異世界妖魔大戦〜転生者は戦争に備え改革を実行し、戦勝の為に身を投ずる〜

金華高乃

文字の大きさ
315 / 390
第20章 絶望の帝国冬季大攻勢編

第11話 軍という巨大な歯車は回り続ける。

しおりを挟む
 ・・11・・
 同日
 午後3時50分
 ムィトゥーラウ・統合軍前線司令部


 ココノエが退却中の三個軍のもとへ戻ってしばらく経った頃。
 統合軍の総指揮官たるマーチスは右腕たるブリックを喪った悲しみに長い時間は暮れず、刻一刻と悪化する戦況報告を聞いて最善策は取れなくともベターな采配で戦線の破綻という最悪の結末を防ごうと頭脳を発揮していた。
 とはいえこの月の初頭から始まった帝国軍の猛攻は激しく、膠着状態にまでは持ち込めておらず戦線整理と軍の再編成で精一杯だった。
 この日の戦況は以下のようになっている。

【戦闘詳報~帝国軍の進出線~】
 東方面:ムィトゥーラウまで一六〇キーラ
 北東方面:ムィトゥーラウまで一四〇キーラ
 北方面:ムィトゥーラウまで二〇〇キーラ

 統合軍全体において、現在も遅滞防御を敢行。多数の戦死傷者を生じさせながらも、帝国軍の侵攻速度は低下しつつあり。
 これは皮肉ながらも、帝国軍の侵攻により制圧地域が減少し友軍の密度が上昇した結果によるものである。また、全軍において魔石地雷の敷設など妨害工作を行った結果でもあり、兵站拠点を使用させない為に使い捨てしている成果も見られる。

【戦闘詳報~友軍損害~】
 ドエニプラ方面:一個軍は絶望的。
 ホルソフ方面:計二個軍。一個軍は退却完了。ホルソフにて遅滞防御敢行の一個軍の戦死傷者数は四割を越え壊滅判定。三割は捕虜になった可能性あり。残数三割は退却中の報告あり。

 以上の結果により、統合軍全体の死傷者数は以下の通り。

 推定戦死傷者数:約一三二〇〇〇。
 推定被捕虜者数:約二五〇〇〇程度?

 推定損害数:約一五六〇〇〇程度。

 残存兵力:約九四〇〇〇〇
 ※ただし、現在ブカレシタ方面より後方予備一個軍が出立し間もなくオディッサへ到着。ブカレシタにはさらに二個軍の後方予備が存在するも、アルネセイラにおける事態につき一部が本国へ配置転換中。
 ※帝国軍の推定兵力は約一三五〇〇〇〇~一四〇〇〇〇〇。


 このように統合軍は僅か半月で十万以上の将兵を失ってしまったのである。帝国軍と比較して予備戦力が豊富ではない統合軍にとっては大損害であり、広い戦線をカバーするには足りない兵力だと言っていい。さらにアルネセイラにおける事態が士気低下に拍車をかけていたのだから、帝国軍の侵攻速度を遅らせているマーチスの采配は見事と言っていいだろう。
 しかし、問題はそれだけではない。第二戦線の南方植民地では着々と帝国軍が占領範囲を広げており、オディッサに停泊していた統合軍海軍は協商連合海軍壊滅によって制海権を奪われた当該地域の再奪取に多数の戦力を振り向けざるを得なかった。本国駐留の法国海軍だけではとても足りないからである。
 統合軍の劣勢は明らかである。だが、ムィトゥーラウにいる将兵と今も前線で戦う将兵は決して諦めていなかった。
 アカツキが一時的に指揮不能になっていたとしても。
 もちろん、ムィトゥーラウの総司令部で矢継ぎ早に命令を送っており僅かばかりの休息をしていたマーチスも同じであった。
 彼を気遣ってか、総司令官の執務室には誰もいなかった。部屋の外に護衛の兵士がいるくらいである。

「最前線にいる兵士達の努力もあり、戦線崩壊は防げている……。戦線整理に師団以上の再編成も終わりが見えてきた。これならばムィトゥーラウより約一〇〇キーラ地点で迎え撃つ位は出来るはずだ……。切り札としてオレ自身、召喚武器もある……。なんとか、目処は立つか……」

 疲労している様が拭えない、目の下にクマがついているマーチスは煙草を吸いながら椅子に深く腰掛ける。ただでさえここ二週間は身も心も休めていないのに、今日に至ってはまだ夜も深い時間から今までずっと起きていたのだから無理もない。

「いかんな、思考が散らばる……」

 マーチスは煙草を吸い終えて灰皿に押し付けて火を消すと、目頭を押さえていた。眠気眼ねむけまなこを解すためだ。
 統合軍全ての最終決定権を担うマーチスが行うべき軍務は多い。特に今のような戦況であれば余計に。一応当面の命令は全て行ったし、部下に休んでくださいと言われたからここにやってきたものの、だからといって体力と気力が回復しそうな気はしない。
 やはりと言うべきか、彼もとある人物の事が気がかりだった。
 その人物とは、無論アカツキの事である。
 最初の報告を聞いた時は我が身を疑った。
 アカツキ中将、錯乱により一時的に指揮不能。至急ムィトゥーラウへ搬送する。
 一体何が起きたのか分からなかった。だがそれも退却中の三個軍で代理指揮を執る我が娘、リイナから入る詳報で掴めてきた。
 曰く、急襲を受けた際に以前から軍議に上がっていたリシュカ・フィブラが現れた。
 曰く、被害そのものは大きくはないもののアカツキの様子が明らかにおかしかった。
 曰く、原因は不明だが平常のアカツキの姿は全くなくただ虚ろな瞳でうわ言のように何かを言うばかり。
 この状況ではとても指揮出来ない上に退却中では様々な面でアカツキが足枷になりかねないし、もしまた急襲を受けたらという懸念を考えればムィトゥーラウへの搬送が適当。搬送の担当はココノエ達が行うから離陸から一時間もあれば到着出来る。
 理由を聞かずに即決でムィトゥーラウへの搬送を許可した自分は正しかった。とアカツキの姿を目撃したマーチスは思った。
 ココノエの重臣、実朝に抱えられたアカツキは報告通りの有様だったのだ。
 これが、あのアカツキなのかと思えるほどに。
 改革を振るい連合王国軍を今の姿に育てた彼が。
 後身の育成も手掛けて精強な軍隊を作り上げた彼が。
 常に戦場に立ち続け兵士を鼓舞し、作戦を立案。参謀本部だけではない。他国軍からも全幅の信頼を置かれているアカツキから遠くかけ離れた姿だった。まるで病人のようだったのだ。
 今アカツキはムィトゥーラウの中心市街地から西にある、この地で最も安全である野戦病院の個室に寝かせてある。鎮静魔法も施したから、暫くは寝たままだろう。
 アカツキの姿にマーチスですらこの動揺ぶりなのだ。参謀本部や各指揮官クラスはもっと大きい衝撃を受けたに違いない。にも関わらず心が折れていない彼等の様子を見て、マーチスはこれもアカツキの成した功績の賜物かと感じたが。

「ココノエ陛下から大体の経緯は聞いたが、アカツキは戦力に数えない方が良さそうだな……。欠けたピースが余りにも偉大すぎるが……」

 マーチスは軍人である。だからこそ軍人として今のアカツキが役に立たないと冷静な判断を下す。しかしマーチスとて人である。自身の娘が愛する男、義理の息子がああなっては落ち着けるわけもなかった。そして次に湧くのが、ぶつけようのない怒り。
 リシュカ・フィブラとやらが何をしでかしてくれたのか検討もつかないが、許せない。許す訳にはいかない。もしかしたら人の心に作用する魔法を用いたかもしれないからだ。
 彼のこの予測は実際は的外れなのだが、情報が不足している現状ではそう思っても仕方ない推論と言えるが。

「代理指揮がリイナならば、ブリックが選んだ幕僚達なら大丈夫だろう。最大限航空支援は振り分けた。地上戦力も戦線の件もあるから合流出来るようにしてある。ブリックの奴、最後に一仕事しやがって……」

 マーチスの心労が深いのは右腕を喪ったのもある。しかし死んだ者が帰ってこないのは戦争の常だし、彼が判断したのだからとやかくは言わない。
 しかし、どうして生きて帰ろうとしなかったという言葉が思考が、マーチスの頭からは離れなかった。

「すまんな、ブリック……。アカツキを、リイナを、逃してくれて感謝する、ブリック……」

 マーチスは天井を見つめる。
 今は落ち込んでいる場合ではないと分かっているが、割り切れてはいなかった。
 ブリックの死。アカツキの錯乱。欠けたピースを埋め合わせるにはどうすればいい。
 纏まらない脳内回路がどうにも悪循環しようとしてくる。

「…………いかん。いかんな。今も娘が重責を担っているのに父がこうでは格好がつかん。それに娘だけではない。皆がへし折れそうな心にも関わらず踏ん張っているのだ。正気を保たねば……」

 マーチスは両頬を叩く。眠気覚ましも兼ねて。
 彼は再び姿勢を正すと煙草に火をつけて机に広げた地図を見つめる。
 最悪の事態は脱しそうだ。自分でもよくここまでやれたと思う。だが、またいつ崖の底に落ちかねない事態になるか分からない。油断は出来ないのだ。

「まだ負けてはいない。致命的ではない。ならば、また勝ち取るまでだ」

 マーチスは硬く決意する。
 英雄不在に等しい状況であろうと関係ない。個人に重きを置かれるかつての軍ならともかく、今ここにあるのは現代的軍隊である。現にアカツキが今のようになっていても機能しているし、この件も予想していたのかもしれないがアカツキがそうさせた。
 そもそも自分は統合軍全ての指揮官である。歳を重ねているが、時代に即した軍人という自覚もある。
 総指揮官が弱音を吐くな。弱みを見せるな。降伏のその時まで心折れるな。指揮官たれ。例え祖国の首都が蹂躙されようとも。
 軍という巨大な歯車を動かすマーチスは立ち上がると、休憩も早々に切り上げて司令室へと戻って行った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様

コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」  ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。  幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。  早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると―― 「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」  やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。  一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、 「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」  悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。  なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?  でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。  というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

処理中です...