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第13章 休戦会談と蠢く策謀編
第18話 在りし日の夢と、戻らぬ現実と
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・・18・・
????年??月??日
「…………い。…………大尉」
声がした。僕はどうしていたっけ。
座り心地としてはあんまりよろしくはないけれど、そう悪くは無いクッション性を感じた。
「…………大尉。…………槻大尉」
「ううん……。誰だよ……」
目を開けると、小さい人影が映る。
…………待てよ。ここで小さい人影っていうともしかして。
「高槻大尉。休憩室で寝るなんて身体に悪いぞ」
「如月中佐。……すみません、少し眠たくていつの間にか寝てしまいました」
「おそよう高槻大尉。もうとっくに夕方だぞ。喫煙室も兼ねてるかったいソファでよく寝られたね。今日は訓練も無くて、疲労がたまるとは思えないんだけど」
目の前にいる小さな女性は苦笑いをしていた。
格好は日本陸軍の常装。肩にある階級章は銀下地に銀星二つだから中佐だ。胸部には様々な略綬。中佐にしては多いそれらは、この人がいかに功績を立てているかが一目瞭然だった。
対して僕は大尉。大隊が設立して彼女が隊長になって以来ずっと上官だ。訓練はアホみたいに厳しいし、特殊部隊故に激戦地に送られることもあるけれど、お陰でそれなりに出世が出来て僕も今の階級になれていた。
何よりも、彼女は部下を大切にしてくれている。だから僕は中佐の事を上官として好ましく思っていた。
「何ででしょうね。大して眠たいわけでは無かったはずなんですけど」
「別に責めやしないよ。もう勤務時間は終わりだからね。いくら私達が特殊部隊でも、任務と訓練が無くて軍務を終えれば気張る必要も無いし。煙草、吸うよ」
「どうぞ。ライター付けますよ」
「あら本当? じゃ、お言葉に甘えて」
背中まで届く艶やかな黒髪を揺らして中佐は一歩近づくと、僕は自前のライターを彼女がくわえた煙草の先に火を近づける。
身長は一四〇センチちょっとしかない可愛らしさで女性でも小柄な部類の中佐だけど、喫煙する姿はどこか色っぽい。こういうのをギャップ萌えって言うんだよな。
「お前も吸いなよ。つけてあげよっか?」
「ありがとうございます、中佐」
「ほい」
彼女は軍服のポケットからジッポを取り出すと、慣れた手つきで点火させる。
僕は息をゆっくりと吸い、火のついた煙草を口から離して紫煙を吐き出した。
「それにしても、二日後にはもう中東ですか……。あそこはもう取り返しがつかない程と昔から定評がありますけど」
「上からの命令なら仕方ないよ。ましてや、要人の救出ともなれば事態は急を要する。連中はこちらを舐めてかかってるのかご丁寧に五日も猶予を与えてきやがったわけだし」
「秘匿呼称三三三号作戦。いつの時代も、使いっ走りにされるのは我々のような存在ですからね」
「このクソッタレの時代ではテロリスト共の要求を飲むだなんて愚の骨頂。とはいえ緊急展開が可能な部隊は限られているからさ、私達の出番なわけ。……引っかかる点はあるけれど」
「何か、懸念でも?」
会った当初から黒く濁った瞳の中佐は、憂い気な表情で言う。
少佐の言う通り、この作戦にはどうにも妙な所があった。
そもそも要人がどうして拉致されてしまったのか。護衛にあたっていた部隊が蹴散らされたあたりで杜撰な部分が見え隠れするが、起きてしまったものは仕方ない。
ようするに僕達は軍の不始末の尻拭いをさせられるわけで気分はお世辞にもいいとは言えない。
だけど、僕達は軍人であり特殊部隊のメンバーだ。命令されれば戦地に赴く。役目を果たすまで。
「ありがちな強襲作戦とは違って、今回は救出作戦だ。恐らく、厳しい戦いになる」
「厳しくない戦いはありませんでした。僕達はいつも通り、作戦を遂行するだけです」
「ま、そうだね。お前の言う通りだ。でも、これもいつも通りだけど約束しておく。どんな時でも、大切な部下であるお前達を守る。お前達を生きて帰して、日本に戻ってこさせるから。だから命を預けろ」
中佐は今回も言い切った。
部下を守るだなんて特殊部隊という環境では言うは易しだけど、非常に難しい。
だけど中佐は有言実行で、損耗率を極限まで抑え込んでいた。時には自身が最前線に立ち、まるで神話の戦乙女のように僕達を守って戦っていた。
だから僕は、中佐を尊敬しているんだ。絶対にこの人を喪ってはいけないと思うし、少佐の為なら命を賭けてもいい。
そんな事を言ったら中佐に怒られるから、決して口にはしないけれど。
「はい。命を預けます。そして、みんなで無事に帰ったら飲み会でもしましょう」
「いいね。飲み会は全部私が代金を持ってやる。約束だ」
「ええ、約束です」
僕も中佐も微笑む。
だけど約束は、果たされなかった。
・・Φ・・
1841年4の月13の日
午前9時半
連合王国軍統合本部・医務室
「酷く懐かしい夢を見た……」
僕は目を覚ました。
当然そこは高槻亮としてではなく日本陸軍の軍人としてではなく、アカツキ・ノースロードとしての世界だった。
前世の夢を見ただなんて、いつぶりだろうか。少なくとも片手の数で足りる程度で、それもかなり曖昧なものだったはず。
ここまで明瞭なのはやっぱり、意識を失う前のあの報告のせいだろう。
「そうだ。結局どうなったんだ……」
僕はベッドから身体を起こした。窓の外にある景色からして、おそらくここは統合本部の中にある医務室だろう。
一体どれくらい寝ていたのか気がかりな僕は、立ち上がる。格好は軍服のままだけどジャケットは椅子に丁寧にかけられている。リイナがいないあたり、たまたま席を外しているのかもしれない。となると、まだ平日なのは確かだろう。時刻は午前九時半だし。
とりあえず格好だけでもしっかりしておくか。と、ジャケットに手をかけようとすると扉が開く音が聞こえた。入ってきたのは軍医だった。
「アカツキ中将閣下、目を覚まされましたか……! 急に倒れられたという事で私共も心配していたもので……! お加減はいかがですか?」
「迷惑をかけたね。もう大丈夫。ところで今日は13の日? 僕が寝ていたのは半日だけ?」
「はっ。はい。13の日です」
「そっか。なら良かった。リイナとエイジスはどこにいるかな?」
「リイナ准将閣下でしたら、先程ルイベンハルク中佐が来られて恐らく司令本部かと。ただ長い時間がかかるものではないので、そろそろ戻られるかもしれません。エイジス特務官は本件資料が集まっている資料室に篭もりきりです。どうしてかは分かりません」
「了解したよ。ありがとう」
「とんでもありません。しかしアカツキ中将閣下、軍医としての進言ですがまだ休まれていた方がよろしいかと。倒れられたのはここ三日間の激務が原因です。今しばらくは安静してくださると」
「……そう、だね。リイナが戻ってくるかもしれないなら、ここにいないと余計な心配をかけるし」
「是非そうしてください。――おや、噂をすればなんとやらです。リイナ准将閣下が来られましたよ。リイナ准将閣下、アカツキ中将閣下が目を覚まされました」
「本当?!」
室内にいても扉は開いていたからリイナの声が耳に入る。急ぎ足になったのも聞こえて、すぐにリイナが現れた。
「旦那様……! まったくもう! アナタが倒れるのは何度も見たくないのよ?」
「ごめん……。僕もまさか倒れるだなんて思わなくて……」
「訓練をした後からずっとマトモに睡眠を取っていないんだから当然じゃない。これからは戦地でない限り、睡眠はちゃんと取ってほしいわ」
リイナは心底不安げな顔で言う。そうは言っても僕が無茶をしがちなのを知っているからだ。
だけど、今回ばかりかは彼女が正しいから何にも言えなかった。
「それでは私はこれにて。アカツキ中将閣下、マーチス元帥閣下のご命令で起きてから数時間は絶対安静です。その為にここは誰も来ないようにしてあります。それと、本日は軍務も休日とし御自宅へお帰りを。統合本部を出られる際には私にお声がけ下さい。この階におりますから」
「分かった。ありがとね」
どうやらマーチス侯爵にまで釘を刺されていたらしい。これは後で説教もありそうだなあ……。
軍医は敬礼をすると、医務室を後にした。
「旦那様。まだ起きてすぐなのだからせめてソファには座ってちょうだい。私が隣にいるから」
「うん」
僕はリイナに促されて、ベッドの隣にある二人がけのソファに座る。屋敷のそれに比べればあんまり座り心地は良くないけれど、部屋には二人だけだから少しは落ち着けた。
「はい、水よ。寝起きには必要でしょう?」
「ありがとねリイナ」
「これくらいどうってことはないわ」
リイナから水の入ったガラスのコップを受け取ると、僕は水を飲み干した。
どうにもまださっきの夢が頭から離れない。だからかぼんやりと天井を見つめてしまった。
リイナはその様子をじっと見守ったままで、しばらくは互いに無言だった。
どれだけか経ち、どうしてか分からないけれどリイナの肩に頭を預けたくなった。そっと彼女の左肩に自身の頭を置く。
「珍しいわね。旦那様から寄りかかってくれるなんて」
「ちょっと、ね。僕にとっては初めての敗北みたいなものだから」
嘘だった。ただただ心細かったんだ。
人にはとても言えないけれど、フィリーネ元少将はあの人だったと僕は思う。僕は前世で尊敬した上官を、この世界の国外の軍人だったとはいえ喪ってしまった。
いつも僕ら部下を守ると言ってくれていたあの人を、僕は守る事が出来なかったんだ。
それは気付くのにも遅すぎれば確定へ辿り着くのも遅すぎたから。他国故に干渉が出来なかったから。
そして反対派閥を、人を信用しすぎていた。彼等にも少しばかりかは良心があるだろうと。
けれど、そんな事はなくって、今更後悔しても最早どうにもならない。軍人が政治には勝てるはずがなかったんだ。
「初めての敗北……。旦那様にとって多くの国民達や兵士達が命を喪う敗北と、たった一人の批難と軽蔑を受けて自死を選んだ女性軍人を喪った敗北は同列という事かしら?」
「僕はまったくもって油断していたんだ。だから負けた。そうして人類諸国は喪ってはならない人物を、両手から零してしまったんだ」
「でもそれは、旦那様の責任では無いわ。亡くなった人物へは余り向けたくないけれど彼女の自業自得であって、反対派閥が逆襲のあまり人間性を欠けさせていただけ。旦那様も貴族だから支配者層の考えることは分かるでしょう? これは、政治的戦争が産んだ悲劇よ」
「ああそうさ……。馬鹿馬鹿しい高度な政治的やり取りの末だ……」
「…………ねえ、旦那様。どうしてアナタはそんなにあの女性軍人に肩入れするの? 同じ英雄だったから? 歩んだ道が違ったとはいえ、似た部分があったから? それとも、個人的思い入れでもあったから?」
リイナは静かに僕を問いかける。僕の頭を撫でながら。いつも隣に寄り添ってくれる人は、見透かしてくるような瞳で見つめていた。
「強いて言うなら、あんな行いをしつつもフィリーネ元少将の根底にあった思想に感銘を受けていたから、かもね。形は違えど、僕と彼女は同じだ。大切な人を守る為に、その身を投じていたから。でも、どうしてああなってしまったのかは、ついぞ分からなかった……」
「さっき、ルイベンハルク中佐から伝言を受け取ったわ。保護されたクリス大佐が、アナタに非公式での対談を望んでいるって。回答は保留をしてあるけれど、選択は旦那様に委ねるわ」
「クリス大佐が……?」
「ええ。来月一の日には休戦条約締結会議があるけれど、既に外務省と一部の軍人に委ねられている。アナタは報告を聞くだけで、時間はあるわよ?」
「…………でも、今更僕が行ったところで」
「答え合わせをしたいんでしょ? フィリーネ元少将に何があったか、どうしてその道を選んだのか。たぶん、全てをあのクリス大佐が握っていると思うの」
「だけど僕は中将だ。身軽に動ける身分じゃない」
「そうして今、後悔しているのではなくて? 私は旦那様とずっと歩いてきた。この程度、手に取るくらい分かっちゃうわ」
「……まったく、リイナにはかなわないよ」
「何せ旦那様の奥さんだもの」
リイナは微笑んで言う。
本当に、リイナには敵わない。理由が前世で繋がりで彼女にすら話せない事なのに、彼女は理由も探ろうとせず僕の背中を後押ししてくれる。
だったらそれに応えるべきだ。
幸い、僕はこれまで粉骨砕身し国に尽くしてきた。この程度のワガママくらい、聞いてもらえるだろう。
「協商連合に連絡をしよう。クリス大佐との非公式対談を受け入れる。軍人としてではなく、アカツキとして訪れると」
「了解したわ。そうと決まれば船便の手配と宿泊先の手配ね。お父様には私からも説得するわ。任せてちょうだい」
「ありがとうリイナ」
「報酬は、旦那様を一日抱き枕にする。かしら」
「その程度ならいくらでも」
くすくすと笑うリイナに、僕は約束する。
そして僕は翌々日。リイナとエイジスだけを連れて、協商連合ロンドリウムへと向かった。
????年??月??日
「…………い。…………大尉」
声がした。僕はどうしていたっけ。
座り心地としてはあんまりよろしくはないけれど、そう悪くは無いクッション性を感じた。
「…………大尉。…………槻大尉」
「ううん……。誰だよ……」
目を開けると、小さい人影が映る。
…………待てよ。ここで小さい人影っていうともしかして。
「高槻大尉。休憩室で寝るなんて身体に悪いぞ」
「如月中佐。……すみません、少し眠たくていつの間にか寝てしまいました」
「おそよう高槻大尉。もうとっくに夕方だぞ。喫煙室も兼ねてるかったいソファでよく寝られたね。今日は訓練も無くて、疲労がたまるとは思えないんだけど」
目の前にいる小さな女性は苦笑いをしていた。
格好は日本陸軍の常装。肩にある階級章は銀下地に銀星二つだから中佐だ。胸部には様々な略綬。中佐にしては多いそれらは、この人がいかに功績を立てているかが一目瞭然だった。
対して僕は大尉。大隊が設立して彼女が隊長になって以来ずっと上官だ。訓練はアホみたいに厳しいし、特殊部隊故に激戦地に送られることもあるけれど、お陰でそれなりに出世が出来て僕も今の階級になれていた。
何よりも、彼女は部下を大切にしてくれている。だから僕は中佐の事を上官として好ましく思っていた。
「何ででしょうね。大して眠たいわけでは無かったはずなんですけど」
「別に責めやしないよ。もう勤務時間は終わりだからね。いくら私達が特殊部隊でも、任務と訓練が無くて軍務を終えれば気張る必要も無いし。煙草、吸うよ」
「どうぞ。ライター付けますよ」
「あら本当? じゃ、お言葉に甘えて」
背中まで届く艶やかな黒髪を揺らして中佐は一歩近づくと、僕は自前のライターを彼女がくわえた煙草の先に火を近づける。
身長は一四〇センチちょっとしかない可愛らしさで女性でも小柄な部類の中佐だけど、喫煙する姿はどこか色っぽい。こういうのをギャップ萌えって言うんだよな。
「お前も吸いなよ。つけてあげよっか?」
「ありがとうございます、中佐」
「ほい」
彼女は軍服のポケットからジッポを取り出すと、慣れた手つきで点火させる。
僕は息をゆっくりと吸い、火のついた煙草を口から離して紫煙を吐き出した。
「それにしても、二日後にはもう中東ですか……。あそこはもう取り返しがつかない程と昔から定評がありますけど」
「上からの命令なら仕方ないよ。ましてや、要人の救出ともなれば事態は急を要する。連中はこちらを舐めてかかってるのかご丁寧に五日も猶予を与えてきやがったわけだし」
「秘匿呼称三三三号作戦。いつの時代も、使いっ走りにされるのは我々のような存在ですからね」
「このクソッタレの時代ではテロリスト共の要求を飲むだなんて愚の骨頂。とはいえ緊急展開が可能な部隊は限られているからさ、私達の出番なわけ。……引っかかる点はあるけれど」
「何か、懸念でも?」
会った当初から黒く濁った瞳の中佐は、憂い気な表情で言う。
少佐の言う通り、この作戦にはどうにも妙な所があった。
そもそも要人がどうして拉致されてしまったのか。護衛にあたっていた部隊が蹴散らされたあたりで杜撰な部分が見え隠れするが、起きてしまったものは仕方ない。
ようするに僕達は軍の不始末の尻拭いをさせられるわけで気分はお世辞にもいいとは言えない。
だけど、僕達は軍人であり特殊部隊のメンバーだ。命令されれば戦地に赴く。役目を果たすまで。
「ありがちな強襲作戦とは違って、今回は救出作戦だ。恐らく、厳しい戦いになる」
「厳しくない戦いはありませんでした。僕達はいつも通り、作戦を遂行するだけです」
「ま、そうだね。お前の言う通りだ。でも、これもいつも通りだけど約束しておく。どんな時でも、大切な部下であるお前達を守る。お前達を生きて帰して、日本に戻ってこさせるから。だから命を預けろ」
中佐は今回も言い切った。
部下を守るだなんて特殊部隊という環境では言うは易しだけど、非常に難しい。
だけど中佐は有言実行で、損耗率を極限まで抑え込んでいた。時には自身が最前線に立ち、まるで神話の戦乙女のように僕達を守って戦っていた。
だから僕は、中佐を尊敬しているんだ。絶対にこの人を喪ってはいけないと思うし、少佐の為なら命を賭けてもいい。
そんな事を言ったら中佐に怒られるから、決して口にはしないけれど。
「はい。命を預けます。そして、みんなで無事に帰ったら飲み会でもしましょう」
「いいね。飲み会は全部私が代金を持ってやる。約束だ」
「ええ、約束です」
僕も中佐も微笑む。
だけど約束は、果たされなかった。
・・Φ・・
1841年4の月13の日
午前9時半
連合王国軍統合本部・医務室
「酷く懐かしい夢を見た……」
僕は目を覚ました。
当然そこは高槻亮としてではなく日本陸軍の軍人としてではなく、アカツキ・ノースロードとしての世界だった。
前世の夢を見ただなんて、いつぶりだろうか。少なくとも片手の数で足りる程度で、それもかなり曖昧なものだったはず。
ここまで明瞭なのはやっぱり、意識を失う前のあの報告のせいだろう。
「そうだ。結局どうなったんだ……」
僕はベッドから身体を起こした。窓の外にある景色からして、おそらくここは統合本部の中にある医務室だろう。
一体どれくらい寝ていたのか気がかりな僕は、立ち上がる。格好は軍服のままだけどジャケットは椅子に丁寧にかけられている。リイナがいないあたり、たまたま席を外しているのかもしれない。となると、まだ平日なのは確かだろう。時刻は午前九時半だし。
とりあえず格好だけでもしっかりしておくか。と、ジャケットに手をかけようとすると扉が開く音が聞こえた。入ってきたのは軍医だった。
「アカツキ中将閣下、目を覚まされましたか……! 急に倒れられたという事で私共も心配していたもので……! お加減はいかがですか?」
「迷惑をかけたね。もう大丈夫。ところで今日は13の日? 僕が寝ていたのは半日だけ?」
「はっ。はい。13の日です」
「そっか。なら良かった。リイナとエイジスはどこにいるかな?」
「リイナ准将閣下でしたら、先程ルイベンハルク中佐が来られて恐らく司令本部かと。ただ長い時間がかかるものではないので、そろそろ戻られるかもしれません。エイジス特務官は本件資料が集まっている資料室に篭もりきりです。どうしてかは分かりません」
「了解したよ。ありがとう」
「とんでもありません。しかしアカツキ中将閣下、軍医としての進言ですがまだ休まれていた方がよろしいかと。倒れられたのはここ三日間の激務が原因です。今しばらくは安静してくださると」
「……そう、だね。リイナが戻ってくるかもしれないなら、ここにいないと余計な心配をかけるし」
「是非そうしてください。――おや、噂をすればなんとやらです。リイナ准将閣下が来られましたよ。リイナ准将閣下、アカツキ中将閣下が目を覚まされました」
「本当?!」
室内にいても扉は開いていたからリイナの声が耳に入る。急ぎ足になったのも聞こえて、すぐにリイナが現れた。
「旦那様……! まったくもう! アナタが倒れるのは何度も見たくないのよ?」
「ごめん……。僕もまさか倒れるだなんて思わなくて……」
「訓練をした後からずっとマトモに睡眠を取っていないんだから当然じゃない。これからは戦地でない限り、睡眠はちゃんと取ってほしいわ」
リイナは心底不安げな顔で言う。そうは言っても僕が無茶をしがちなのを知っているからだ。
だけど、今回ばかりかは彼女が正しいから何にも言えなかった。
「それでは私はこれにて。アカツキ中将閣下、マーチス元帥閣下のご命令で起きてから数時間は絶対安静です。その為にここは誰も来ないようにしてあります。それと、本日は軍務も休日とし御自宅へお帰りを。統合本部を出られる際には私にお声がけ下さい。この階におりますから」
「分かった。ありがとね」
どうやらマーチス侯爵にまで釘を刺されていたらしい。これは後で説教もありそうだなあ……。
軍医は敬礼をすると、医務室を後にした。
「旦那様。まだ起きてすぐなのだからせめてソファには座ってちょうだい。私が隣にいるから」
「うん」
僕はリイナに促されて、ベッドの隣にある二人がけのソファに座る。屋敷のそれに比べればあんまり座り心地は良くないけれど、部屋には二人だけだから少しは落ち着けた。
「はい、水よ。寝起きには必要でしょう?」
「ありがとねリイナ」
「これくらいどうってことはないわ」
リイナから水の入ったガラスのコップを受け取ると、僕は水を飲み干した。
どうにもまださっきの夢が頭から離れない。だからかぼんやりと天井を見つめてしまった。
リイナはその様子をじっと見守ったままで、しばらくは互いに無言だった。
どれだけか経ち、どうしてか分からないけれどリイナの肩に頭を預けたくなった。そっと彼女の左肩に自身の頭を置く。
「珍しいわね。旦那様から寄りかかってくれるなんて」
「ちょっと、ね。僕にとっては初めての敗北みたいなものだから」
嘘だった。ただただ心細かったんだ。
人にはとても言えないけれど、フィリーネ元少将はあの人だったと僕は思う。僕は前世で尊敬した上官を、この世界の国外の軍人だったとはいえ喪ってしまった。
いつも僕ら部下を守ると言ってくれていたあの人を、僕は守る事が出来なかったんだ。
それは気付くのにも遅すぎれば確定へ辿り着くのも遅すぎたから。他国故に干渉が出来なかったから。
そして反対派閥を、人を信用しすぎていた。彼等にも少しばかりかは良心があるだろうと。
けれど、そんな事はなくって、今更後悔しても最早どうにもならない。軍人が政治には勝てるはずがなかったんだ。
「初めての敗北……。旦那様にとって多くの国民達や兵士達が命を喪う敗北と、たった一人の批難と軽蔑を受けて自死を選んだ女性軍人を喪った敗北は同列という事かしら?」
「僕はまったくもって油断していたんだ。だから負けた。そうして人類諸国は喪ってはならない人物を、両手から零してしまったんだ」
「でもそれは、旦那様の責任では無いわ。亡くなった人物へは余り向けたくないけれど彼女の自業自得であって、反対派閥が逆襲のあまり人間性を欠けさせていただけ。旦那様も貴族だから支配者層の考えることは分かるでしょう? これは、政治的戦争が産んだ悲劇よ」
「ああそうさ……。馬鹿馬鹿しい高度な政治的やり取りの末だ……」
「…………ねえ、旦那様。どうしてアナタはそんなにあの女性軍人に肩入れするの? 同じ英雄だったから? 歩んだ道が違ったとはいえ、似た部分があったから? それとも、個人的思い入れでもあったから?」
リイナは静かに僕を問いかける。僕の頭を撫でながら。いつも隣に寄り添ってくれる人は、見透かしてくるような瞳で見つめていた。
「強いて言うなら、あんな行いをしつつもフィリーネ元少将の根底にあった思想に感銘を受けていたから、かもね。形は違えど、僕と彼女は同じだ。大切な人を守る為に、その身を投じていたから。でも、どうしてああなってしまったのかは、ついぞ分からなかった……」
「さっき、ルイベンハルク中佐から伝言を受け取ったわ。保護されたクリス大佐が、アナタに非公式での対談を望んでいるって。回答は保留をしてあるけれど、選択は旦那様に委ねるわ」
「クリス大佐が……?」
「ええ。来月一の日には休戦条約締結会議があるけれど、既に外務省と一部の軍人に委ねられている。アナタは報告を聞くだけで、時間はあるわよ?」
「…………でも、今更僕が行ったところで」
「答え合わせをしたいんでしょ? フィリーネ元少将に何があったか、どうしてその道を選んだのか。たぶん、全てをあのクリス大佐が握っていると思うの」
「だけど僕は中将だ。身軽に動ける身分じゃない」
「そうして今、後悔しているのではなくて? 私は旦那様とずっと歩いてきた。この程度、手に取るくらい分かっちゃうわ」
「……まったく、リイナにはかなわないよ」
「何せ旦那様の奥さんだもの」
リイナは微笑んで言う。
本当に、リイナには敵わない。理由が前世で繋がりで彼女にすら話せない事なのに、彼女は理由も探ろうとせず僕の背中を後押ししてくれる。
だったらそれに応えるべきだ。
幸い、僕はこれまで粉骨砕身し国に尽くしてきた。この程度のワガママくらい、聞いてもらえるだろう。
「協商連合に連絡をしよう。クリス大佐との非公式対談を受け入れる。軍人としてではなく、アカツキとして訪れると」
「了解したわ。そうと決まれば船便の手配と宿泊先の手配ね。お父様には私からも説得するわ。任せてちょうだい」
「ありがとうリイナ」
「報酬は、旦那様を一日抱き枕にする。かしら」
「その程度ならいくらでも」
くすくすと笑うリイナに、僕は約束する。
そして僕は翌々日。リイナとエイジスだけを連れて、協商連合ロンドリウムへと向かった。
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目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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