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第12章 ブカレシタ攻防戦決着編

第15話 各国の反応には思惑が混じり、アカツキは

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 ・・15・・
 妖魔帝国皇帝・レオニードによる全人類に対する通達は各国に衝撃を与えた。
 直接参戦を控えている共和国などですら予測不可能な内容に驚愕したのだから、直接参戦している法国、協商連合、連合王国は大混乱であった。
 ただし、その反応は様々であった。
 開戦当初から苦戦を強いられていた法国にとって休戦は願ってもいないことであり、法皇であるベルヘルム十五世は、

「これは天啓じゃ! 天啓であるぞ! 神が我々に救いの手を差し伸べたのだ!」

 と、諸手を挙げて大喜びであったと大司教や軍上層部が後の手記に残しているほどである。
 現場の軍による不断の努力の結果を神のお陰と決めつけるのには疑問を感じざるを得ないが、彼が滅多にしない笑顔をしてみせるほどに法国にとってはありがたい事であった。
 対して、協商連合は喜びというより安堵であった。
 領土を直接脅かされていた法国や連合王国と違い、協商連合は本土が脅威に晒されていた訳ではない。彼等にとっての参戦理由は旧東方領の利権獲得であり、人類諸国の中で最も損得勘定で参戦しているのだ。
 故にブカレシタ星型要塞攻略戦の想定外の損害には険しい顔をせざるを得えなかった。
 とはいえ、旧東方領に眠る莫大な資源や今後発生する鉄道利権などを鑑みれば山脈越えにまで軍を出す、追加派遣をする、といった手段をしてもお釣りがいくらでも来る。
 故に協商連合はこれ以上事態が長引くのであれば第二派遣軍を送るのもやぶさかではなかづた。
 そんな所へ、レオニードの通達である。

「敵方から停戦を願い出てくれるとは運が良いものだ。エリアス国防大臣も奴らの提案に乗っても良いと考えてくれた。このまま休戦にまで結びつけば、休戦とはいえ暫く旧東方領は安寧となる。戦費に注ぎ込むはずだった部分を回せるのだから有難い。何せ、フィリーネ少将の件で国内問題が巻き起こっているのだからな」

 協商連合大統領、アルフォンス・クロスフィールドは肩の力が抜ける思いでありながらも頭の中では利益について巡らせており、口元は緩んでいた。
 そして、連合王国。人類諸国の中で最大の軍派遣を行っていた国である彼等にとっては複雑な心境であった。
 休戦に持ち込めるのならこれほどの好機は無いと感じたのは財務省とその官僚達。

「マーチス侯爵など軍部省は継戦する気でいるだろうが、財政をお任せされている身からすれば此度の停戦が休戦条約発効に繋がればこれ以上に喜ばしいことはない。今の所戦争は儲かっているが、ブカレシタの被害を聞くと山脈越え以降はどうなるか分かったものではない。確実に勝てた上で犠牲も少ないならともかく、そうでないかもしれないのだ。ただでさえ戦費が予測の範疇を越えている。ここで休戦し不安を取り除いて経済を活性化させ、次に備えるのならば有りだが、今のままではな……。どうにも財政の面から見てもこの戦争は今までのようにはいかない気がするから、な」

 財務大臣、シリウス・ホワイト侯爵の発言に財務省関係者が抱く全ての感想が詰まっていた。
 戦争による空前の好景気と、アカツキという英雄を掲げて予想以上に集まった国債により新戦争計画基準で五年は戦えると予測したにも関わらず、実際にかかる戦費はさらにその上をいった。
 戦時経済に移行しているとはいえ連合王国は極力国民に影響が出ない範囲での予算編成を行っていた。それらは工業生産力に裏打ちされた高火力と、魔法非魔法に関わらず高練度だからこそ連戦連勝に伴う犠牲者の少なさのお陰で実現しているだけ。
 ところが山脈越え前の段階ですらあらゆる数字は彼等の勘定を狂わせていた。
 故の停戦の賛成。
 しかし、既に停戦の先を見越して懸念を抱いていた人物がいた。
 名君、エルフォード・アルネシア。連合王国の主君、その人であった。

「ふむ、この状況での停戦とな。余は停戦のみは即時承諾したが、先にあるであろう休戦には賛成じゃろう。じゃがマーチスや軍あたりはどう思うじゃろうか。特に推進の中心のアカツキもの……。妖魔皇帝レオニードとやら。やはり戦争狂いだけではなさそうじゃの」

「畏れながら陛下。現在の所、国民は知る手段はありませんがどのようにご説明なさるおつもりでしょうか。国民は勝利しか知りません。生活も圧迫されているわけではございませんから、妖魔など蹴散らしてしまえが大勢を占めております。経済に関しては休戦になったとしても軍需は暫く活発でありますし、民需はいくらでも充てる先があります。不景気はありえませんが……」

「宮内大臣よ。そちの憂慮はもっともじゃがこの辺りが一区切りであろ。余の連合王国や協商連合はともかく、法国は限界が近いのは忠臣達からの報告書で儂も知っておる。それに、じゃ。連合王国とて五年は戦えぬであろう?」

「緊急会合にて、軍部大臣は五年戦える自信はありますがそれまでにどれだけ失うかは判断がつかない領域に入りつつあると言っておりました。エルフ理事会は旧東方領の全奪還が叶ったので持ち掛けてきた停戦に反対する理由は無く、ドワーフ理事会は軍需の低下はあるだろうが民需で補えるとのことです」

「山脈越えはあくまで奴等が攻め入ってきておるから予防策として、いや、これもアカツキが言うておった革命扇動と内部崩壊。すなわち安全圏の確保の為であったか。いずれにしても、妖魔帝国が停戦、そして休戦を望めばあらゆる話が変わってくる。あとはそうじゃの、休戦が叶えばあの若い皇帝は儂の寿命を待っているのかもしれぬ」

「そ、そのような事を仰るのは陛下……!」

「事実であろ? 余も来年で七十四じゃ。既にこの国でも長生きの部類である。あと何年かと問われれば、そうじゃの……、五年じゃろうて」

「陛下は今もご健勝であらせられます。決して、五年などと……」

「既に時代は移り変わっておる。そろそろ息子に継がせても良い頃じゃ。これまでは戦時じゃからと儂が王座に座っておったが、休戦となれば世代交代も良かろうて。じゃから停戦を受け入れたのもあるのじゃよ。あやつは、息子は優秀であり王位を次ぐに十分相応しい人物である」

「陛下……。陛下が仰るのであらば、私は何も言うつもりはございません」

 レオニードによる停戦の通告直後こそ王座から立つほどに驚愕したエルフォードも、翌日となって冷静になったからか既に先を見渡していたのはやはり名君であるからか。
 しかし、その名君とて齢七十三。人間の平均寿命を鑑みれば老齢であり五年後は怪しく十年後の保障などあるはずもない。だからこそ休戦になれば次世代へと継がせる用意も可能だろうと判断したのだ。全ては円滑な国家運営のため、自国の繁栄のため。
 各国為政者が様々な感想を抱いていた頃。
 前線にいるアカツキ達は一時停戦で銃弾などこそ飛び交っていないものの、大騒ぎであった。


 ・・Φ・・
 6の日
 正午
 3カ国軍総司令部

 妖魔帝国、停戦通告。
 全ての人類諸国が驚かされたこの一報に現場は大混乱に陥った。
 皇帝レオニードは戦争狂。例えブカレシタで敗北しようとも、僕達が山脈を越えてやってこようとも、あの国は戦争を続けると思っていた。
 ジトゥーミラ・レポートにも皇帝の異常性はこれでもかと並んでいたし、内乱を経ても次は外征と版図を広げていたあの国ならば、人類根絶さえ果たそうとしていた国だからこそ停戦なんて単語は頭になかった。
 けれど、現実に停戦は提案された。各国の首脳はそれぞれの事情――特に法国は――により承諾。ブカレシタは開戦以来初の一発も銃声が響かない日がそこにあった。
 戦争を吹っかけてきたのが妖魔帝国側だけあって初日こそ互いに懐疑的となっていた兵達も、本当に銃弾が飛んでこないとなると信じざるを得ず肌身で本当に停戦になったのだと感じていた。
 その中で総司令部にいた指揮官クラスは、東側にいたラットン中将も含めて緊急会議になる。
 直前まで殺し合いをしていたけれど、停戦が勅令や大統領令という絶対命令が下された事で継戦など選べるはずもなく、マーチス侯爵も、

「オレは連合王国軍人。陛下の勅令に逆らうのことは叛逆にあたる。奴等が撃ってこない限りはこちらも撃つな。ただし、いつ約束を反故にされてもいいよう備えておけ」

 と、戸惑いがようやく収まった表情で厳命した。
 僕が所属となっている参謀本部では早速今後についての会議が開かれた。
 とはいえこちらも停戦命令が各国の最高位命令であるだけに、今は待機。ただし、停戦に進展があった場合に備えてのパターンは作っておくべきという形に落ち着いた。
 エイジスは自身の演算の範疇外の行動を示した妖魔帝国を理解不能としながらも、皇帝レオニードを単純な戦争狂ではなく為政者としては大胆な決断をしたと評価していた。
 そのような身動きが取れない中で、6の日に本国経由で新たな情報が入る。発はRA。つまりは王宮。
 内容は以下のようなものだったんだ。

『妖魔帝国皇帝・妖魔帝国軍陸海総司令官の連名にて、ブカレシタ星型要塞からの撤退が宣言された。妖魔帝国軍はブカレシタ星型要塞を人類側へ明け渡す。旧東方領全域からの撤退となること。ただし、要求として現地妖魔帝国軍は降伏ではなくあくまで撤兵であり誰一人として捕虜としないこと。全てが約束通りにいくのならば、妖魔帝国軍は休戦条約発効に前向きである。よって、三カ国軍総司令官は妖魔帝国軍現地司令官と交渉し決着を図ること。なお、妖魔帝国軍も現地司令官に交渉のテーブルにつくよう既に連絡済みである』

 マーチス侯爵はこの報告を受け取った時、やはりそうなったか。と呟いた。
 僕を含めて参謀本部の面々も予想はしていたから驚きこそしなかったけれど、まさか妖魔帝国がこんなにも早く休戦条約の話を出してくるとは思わなかった。
 奴等から戦争を吹っかけておいて休戦条約とは随分身勝手なという批判はあったし、僕も同様に感じたけれど、これ以上の犠牲を払うことなくブカレシタ星型要塞が手に入るのを喜ばない人物はいない。
 何にせよ、本国から命令があった以上は現場は動かないといけない。マーチス侯爵はいつ敵の軍使が来訪してもいいよう態勢を整える事を命じた。
 冬を迎える前に決着がついたことに多数の指揮官クラスや参謀達は苦戦を強いられていた先日までとは打って変わって顔つきが明るくなってきた中、一度自分の執務室に戻った僕とリイナはこんな会話をしていた。

「休戦条約の交渉まで盛り込んできた意図が読めないわ。あいつら、何を考えているのかしら」

「不明。妖魔帝国は旧東方領を奪われて怖気付いたと考えるには要素が少なく、ワタクシの予測演算でも皇帝の思考は読めません」

「全く分からないね……。ただ、休戦になったら計画に狂いが生じるのは間違いないよ……」

「旦那様の計画、かしら」

「うん。僕が組み立てたものは、ブカレシタ星型要塞の攻略だけじゃなくて山脈越えのその先まで考えた、王宮も知っているはずの内容だ。休戦になれば、条約調印の為に様々な条件が並べられる。となると……」

「なら、アナタは休戦には反対というわけよね」

「本音はね。でも、入ってくる通信から読み取るに、休戦条約調印に賛成か限定的賛成をする人は多いかな」

「お父様も継戦派のはずよ。そうなれば多くの貴族や将官はこっちにまわるはず」

「どうだろうね。ここだけで死傷者約三五〇〇〇の衝撃は大きいと思うよ。連合王国は五十師団以上を抱えるまでになったけれど、たった一度の戦いで多くの精鋭をあっという間に失った衝撃は大きいから。これをまだ数年続けるとなった時、死傷者はどうなるか。とか、戦費はいくらかかるんだ。とか。色んな要素が躊躇させるんじゃないかな。それだけじゃない。この戦争は連合王国だけでしているわけじゃないから……」

「協商連合や法国も絡んでくるわけね。多国連合で戦争しているからこその問題は絶対ありうるわ……」

「推測。法国は休戦条約調印に最も前向きになるかと。法国は開戦から現在まで軍のかなりを失っており、山脈越えに至るまでの遠征軍派遣はほぼ不可能。経済的にも余裕はありません。対して協商連合はブカレシタ星型要塞において多くの死傷者が発生しているものの、あくまで遠征軍の中でだけの話であり、本国は無傷で戦地から遠いです。しかし、協商連合が参戦した理由はあくまで旧東方領の利権獲得。山脈越えの場合でも同様の要求で増派を認めると思われますが、現状でも旧東方領の利権のみで十分な利益を得るのは目に見えているので、この戦いを落とし所にするでしょう」

 エイジスは至極真っ当な、正論を述べる。
 この戦争は連合王国だけでなく、直接的には法国と協商連合――戦争初期は連邦も――が絡んでいて、物資支援という間接的なものまで含めれば共和国に王国と全人類諸国が関わってくる。
 これが連合王国だけで進めている戦争なら全ての決定権は連合王国にある。
 けれど、この戦争は多数の兵力を動員している法国と決して少なくない兵力を派遣した協商連合がいる。エイジスの言うように、戦況からして二つの国は休戦条約調印に前向きな姿勢を取るだろう。

「そして、総司令部内のあの雰囲気。軍人側でもブカレシタで新たな戦争の局面を体感した事で、継戦は果たして可能なのだろうか。山脈を越えて妖魔帝国本土へ侵攻した時、果たしてどうなってしまうのだろうかと考えてしまう人も出てきただろうね。そんなタイミングで停戦だけじゃなく休戦条約の言葉まで出てきた。今なら旧東方領で見込まれる莫大な利益のお陰で戦争は大きなプラスで一区切り付けられる」

「休戦条約が調印されると仮定して、それが何年間になるかは分からないけれど戦争が止まれば旧東方領の復興に注力出来るわ。西部ではもう始まっている調査ですら、冬の寒さの厳しさを踏まえても担当者の笑いが止まらないくらいに見込めるそうだもの」

「これ以上戦争を続ける事を望む者は少ないと考えられます、マイマスター。例えそれが、好機を逸するとしても人は目先の利益を求めるものですから」

「エイジス、正しいけれどその発言は他では控えるようにね。僕もそう思うけれど、総力戦を望む人はいないわけで、彼等の考えだって決して間違っていないんだから」

「……サー、マスター。しかし……、ワタクシは休戦条約が調印されたとしても講和条約ではないので、結局は再び泥沼になるのではと愚考します」

「かもしれないね。けど、僕は統治者じゃなくて軍人だ。国家に、陛下に忠誠を尽くす存在だ。これまでは周りの支えと賛意があったから動けたけれど、今回は違う。下手を打てば孤立化しかねない。正しい事をしたのに、どうなったかなんてフィリーネ少将の例を見ればエイジスも分かるだろう……?」

 連合王国だって賛成派は少なくない。民需に回せるであろう予算をA号改革の頃から投入し続け、軍拡をしてきた。でも、戦争は進むにつれて道のりが決して易しいものではないと判明しつつある。覚悟はしていただろうけど、実際なってみるとでは話は別。
 僕は総力戦というものを前世では歴史として知り、今世で体感している。それでも、戦えるだけの最善を尽くしてきた。
 国王陛下の勅令からもそれは伺えた。戦争が長期化すればどれだけの負担になるのか、それは国民にどうのしかかってくるのか。
 あの計画よりも、他に考慮すべきあらゆる点を鑑みられた結果、あの文面だけの判断になるけれどおそらく陛下自身は自国の為にも歩調を合わせて休戦条約に賛成されるだろう。
 国王陛下が賛成の立場ならば、軍官共に反対はせず、国民も納得する可能性は高い。
 戦争は高度な政治的取引に移るわけだ。こうなってしまえば、僕はもう口を挟める立場じゃないんだから。

「納得しかねます。が、マスターがそう仰るのでしたら、ワタクシはこれ以上の発言を控えます」

「いいんだ、エイジス」

「こればかりかはどうしようもないもの。旦那様が王家ならば話は変わるけれどもね」

「残念だけど僕は貴族ではあるけれど王族では無いから。けど、僕のする事は変わらないよ。国を守るため、大切な人達を守るため。それはこれからもずっと同じだ」

「ええ。私もアナタの隣でアナタを支える。どうなったとしても、不変よ」

 エイジスが納得出来ないのも分かる。僕だって腑に落ちない点はある。短期的視点ではなく長期的視点で戦争を俯瞰するのならば、最低でも妖魔帝国本土に侵攻した上で緩衝帯になる反皇帝の独立国家を樹立させないと完全な安全保障は叶わない。
 でも、こうなってしまった以上実現可能性は一気に低くなった。無理してでも実現させるべきだろうけれど、僕に力があったとしてもフィリーネ少将の二の舞になりかねない。
 やれる事に限界がある。今回は限界を越えた先なんだ。
 それは僕が貴族だろうと転生者だろうと、関係ない。
 これが、政治なのだから。
 少し重たい雰囲気になっているところに、執務室のドアがノックされた。
 入ってきたのは伝令の士官だった。

「アカツキ少将閣下、妖魔帝国軍の軍使が西部側の戦線に現れました。既にマーチス大将閣下が派遣したこちら側の軍使と接触しております。一度仕事を切り上げ、情報司令室へと戻るようマーチス大将閣下より言伝を預かっております」

「了解。すぐに向かうよ」

 両軍の軍使が接触し、停戦に関する交渉の前段階が行われた。
 妖魔帝国軍は消耗しており撤退する事を踏まえて早めの開催を希望していたけれど、こっちなだって都合はある。
 結果、双方の妥協点として二日後の午後より開かれる事となった。
 休戦の交渉に立つ三カ国軍側代表者には、僕の名前も並んでいた。
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