異世界妖魔大戦〜転生者は戦争に備え改革を実行し、戦勝の為に身を投ずる〜

金華高乃

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第9章『春の夜明け作戦』編

第7話 法国軍が陥る問題と恐れていた事態の発生

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・・7・・
6の月28の日
午後1時35分
ブカレシタ市西部郊外
イリス法国軍・領土回復運動遠征軍総司令部

 アカツキ達二カ国軍が地区の一つ一つを争う熾烈な市街戦を繰り広げつつも妖魔軍を南部のみにまで追い詰めていた頃、法国軍もキシュナウから南に位置しているブカレシタ市で市街戦を行っていた。
 ブカレシタ市はキシュナウ市以上に堅牢な防御体制だった。妖魔帝国軍が南部の要衝だからと資材を投入して要塞とまではいかないものの持久戦に十分耐えうる態勢を整えていたからである。
 そこへ法国軍は十八個師団を投入。ブカレシタまでの戦闘で継戦可能な兵力を十六個師団にまで減らしているものの、郊外に展開していた妖魔軍を殲滅してここを占領。さらには市街にも食い込み始め、二カ国軍に比べれば速度は遅いものの着実にブカレシタを制圧しようとしていた。
 対して、ブカレシタ市を守るは妖魔帝国軍西方第二軍団約二十五万――内魔人構成師団四個師団――は型落ちの装備でよく戦っていた。彼等は明らかに時間稼ぎに出ており、頑強な抵抗によってブカレシタ市内はこちらも地区の一つ一つを奪い合う壮絶な戦いになっていた。
 それでも限度というものがある。初期、中期の内に法国軍が誇る魔法能力者中心の師団によって魔物軍団はかなりが消し飛んでおり、残されているのは魔物軍団約四万と魔人構成師団が三万と三分の一以下にまでなっていた。
 しかし、それでも法国軍を十四個師団にまで減らした上で相当の武器弾薬の類を消耗させたのは賞賛に値するだろう。
 その法国軍領土回復運動遠征軍総司令部では、有利な戦いをしているにも関わらず問題が生じている事で司令部の面々は頭を悩まされていた。
 その先頭に立っているのは、総司令官のマルコ大将だった。

 「想定以上に武器弾薬を消費していますね……。補給が追いつかなきつつあります……」

 「その通りでありますマルコ大将閣下。我が神聖師団達はよく戦っておりますが、敵地奥深くに侵攻中。兵站線はまもなく限界を迎えてしまいます」

 「だから言ったのですよ。かのアカツキ少将が重要視している兵站を軽んじてはならないと。彼は新しい局面に進んでいるこの戦争をよく知っている。昔のようにはいかないと」

 「そもそも、遺憾ながらも連合王国軍と我々では兵站維持の強度が違うと言ってしまってはそれまでですが、だとしても本国の要請が厳しすぎますね……」

 「高らかに領土回復運動を掲げて奪還に次ぐ奪還をする気持ちは分かりますよ。しかし、かの国と我が国では大いなる差がある事を忘れています。連合王国軍及び協商連合軍は新しい戦争と言える本戦争に耐えうるシステムが整えられ、必要な機材も人も揃っている。それに比して我々は立ち遅れているのです。にも関わらず、他国が出来るのならば神の加護を受けている我が軍も可能だと、あの猊下げいかは……」

 「本国ではとても出来ない会話ですが、仰る通りです。我が軍にはこの侵攻速度と広い占領区域は荷が重すぎます。これでも連合王国や共和国、協商連合からも支援を受けているのですがね……。モノがあっても運ぶ方が追いついていないのではどうしようもありません」

 マルコ大将と参謀長が苦い顔をしながら話しているのは、軍では切っても切り離せない補給の問題だった。
 法国軍は領土回復運動と銘打って次々と旧東方領を奪還。既に本国国境から遠く離れているブカレシタに到達している。その距離、約八百キーラ。
 アカツキの前世である日本で例えるのならば、なんと東京広島間とほぼ同じなのである。
 彼のいた輸送システムが完全に確立した現代日本であれば東京広島間の輸送は容易い。例えば一般人の移動であれば新幹線で約四時間。自動車であれば休息を無視する形になるが約十時間だ。モノの輸送にしても、様々な要素を加味しても一日なり二日なりあれば可能だろう。
 しかし、ここは十九世紀半ばから後半に至りつつある技術水準の世界だ。国内に鉄道網を構築しつつある連合王国や協商連合ならともかく、法国は未だ馬と人に頼る輸送を行っている。
 連合王国はこの戦争を遂行出来るよう、ついに東方領にも仮設だが単線鉄道を敷設しつつあり既に完成次第の地点まで鉄道輸送を行っている。未開通部分からはやはり馬と人中心だが、一部ではトラック輸送を開始しているからこれまでとは比較にならない速度と物量が前線に届けられていた。アカツキ達二カ国軍が惜しむことなく火力を投射しているのはこれに裏打ちされているからこそであるのだ。
 ところが法国軍にはこのシステムがない。鉄道についてはようやく国内で敷設が始められたが、赤字財政のこの国ではそうすぐに作り上げられない。結局は東部国境に集積された物資弾薬を人海戦術で送り込む他無いのだ。それも量にすれば二カ国軍には遠く及ばない。
 その結果が今なのである。

 「参謀長、物資と弾薬の備蓄状況はどうですか?」

 「既に弾薬については一日一人あたりが射撃可能な発数を従来の七割に落として対処しています。魔法能力者が魔力回復に用いる魔力回復薬も使用可能個数を半分に制限。当然不足しますから、今ある予備人員を上げるなどしています。食糧についてはここだけは死守していますが、そろそろ八割制限にせざるを得ないかと……」

 「食糧だけは維持してください。現状ですら質が落ちているのです。これ以上は兵の士気に直接影響します……」

 「とは言いましてもマルコ大将閣下……」

 「何か問題でも……?」

 「早く占領しろと言わんばかりに送られてくる割合は武器弾薬が増えているのです。食糧が割を食っている状況でして……。それに、占領した半島にも送っていますから……」

 「まったく……。これだから本国でぬくぬくと肥え太っている指導陣は嫌いなのですよ……」

 「それ以上の発言はお控えください……」

 「この現場にいる誰もが思っている事ですよ。誰も内通なんてしません。こっちは命を懸けているんですから」

 普段は温厚なマルコ大将ですら語気と口調を強めて言うが、総司令部にいる面々は頷いて肯定していた。前線事情を知らない本国首脳陣に過剰介入されて無理を強いられているからだろう、現場には不満が蓄積しているのだ。
 法国首脳である法皇を始めとした指導部は焦っているのである。連合王国にしても個別同盟を組んで協力している協商連合にしても、かの国達の快進撃が止まらないからだ。聞くところによればダボロドロブについては間もなく奪還可能だと言うし、キシュナウも奪還は時間の問題。
 そうなると、彼等の取り分が増えるわけだ。法国は既にブカレシタから南西の半島を占領しているから十分な占領地を保有しているのだが、人間はどこまでも貪欲な生き物だ。領土回復運動という錦の旗を掲げているのだから尚更である。
 もしブカレシタの占領に手間取って援助を仰ぐ事になるなど可能ならば避けたいのだ。自分達の利権が減るのだから。
 連合王国や協商連合が利権も重要なのを分かっている上で法国にも綿密な連携を望んでいるのを、法国は極力単独で臨まんとしているという温度差が生じている。
 これは黒字国家の二国と赤字国家の法国というその財政差が生んでいるわけで、マルコ大将はそれどころじゃないだろうというのが正直な感想であった。連合王国の強力さを肌身で感じていたからである。

 「本国に強く要請してください。ブカレシタの敵は悔しいですが想定以上の抵抗をしてきます。今以上の物資と弾薬補給をするようにと。無論、私も兵站線が伸びきって限界を迎えているのは知っています。しかし、それでもです」

 「了解しました……。兵站部門に通達しておきます。協商連合から支援された魔法無線装置がありますから、情報は素早く届くでしょう」

 「支援があって助かりましたよ。そうでなければこの情報一つですら送られるのが遅れますから」

 「まったくです……。連合王国軍はカネを惜しまず投入していると言いますのに……」

 「他国を羨ましく思うのはよしておきましょう。自国の財政に不満を言えるだけ、まだこの戦争はマシなんだと」

 「はっ。失礼しました」

 参謀長は敬礼すると、自身の職務に戻っていった。
 マルコ大将は、目の前にある地図と補給に関する資料を交互に見やるとため息をつく。

 「アカツキ少将……。貴方が秘匿で送ってきた資料はこういう事なのですね……。ええ、私も薄々感じてましたよ。これが貴方の言う、攻勢限界点なんだと」

 彼は他の者には聞こえない声量で呟く。補給関連資料の横にあったのは、アカツキが法国本国を経由せず両国接続地点である後方チェラノラフィティから送ってきた秘匿資料だった。

『貴国軍における補給線による攻勢限界点の可能性と、問題が生じた際の対処法についての提言』

 それがアカツキが送ってきた資料のタイトルである。丁寧に彼の名前だけでなく、総司令官のマーチス侯爵の直筆サインまであった。

 「攻勢限界点を迎えれば、我々は守勢に立たされます。そもそも我が軍にとっては現状このブカレシタまでが限界です。そして、もしこの状態で妖魔帝国軍に援軍が現ればどうなるか……」

 法国軍は現在約十四万。四個師団を損耗しており、本国に追加要請をしてようやく来週には捻り出した二個師団が送られてくる。弾薬は不足しつつあり、食糧など物資についても不安がある。このような現状で妖魔帝国軍に援軍が現れれば苦戦は必須であり、その規模が万が一十万単位であれば下手すれば総崩れにすらなりうる。何せここは敵地。本国で戦っていた時とは違い、敗北すれば兵士達の運命は血に塗られた凄惨なものと化すだろう。

 「まったくアカツキ少将。貴方という人はどこまでこの戦争を見通しているのでしょうか。首脳陣が口にしそうな言い回しですが、まるで神の申し子ですよ」

 マルコ大将はそう呟き、これはいけないと思い返る。自身は信心深い方だが、神に縋り過ぎるのもいけないと。


 ・・Φ・・
 日付と所が変わって、翌日二十九の日。
 連合王国などに遅れてようやく本国が重い腰を上げて――もちろんそれだけが理由ではないが――組織された、法国軍召喚士偵察飛行隊に所属しているとある下士官は敵の動きを察知する為に召喚動物である鷹を使役してブカレシタの東九十キーラを偵察飛行をしていた。
 連合王国がその有効性を証明した、擬似空軍たる召喚士偵察飛行隊は法国軍でもようやくその運用が領土回復運動開戦以来開始された。
 相変わらず予算不足に喘いでいる為にその規模は連合王国軍に遠く及ばないが、それでも一個偵察飛行隊は組織されている。連合王国軍が運用方法などの支援を提案し法国がそれを受諾したからだ。
 当然これらは最前線たるブカレシタの法国軍に配置され、偵察網は不足を感じるものの確かに行われていた。
 ブカレシタを通過するには敵の対空魔法攻撃がある為に敵のいない区域を大回りをせざるを得ず、また偵察飛行隊の練度が未熟だからその偵察可能半径は百三十キーラしかないがそれでも百三十キーラである。発見すれば少なくとも四日から五日は猶予がある点は法国軍にとっては大きな利であり、今日もこのように偵察をしていた。
 召喚動物を使役する男性下士官は、召喚動物の視界を共有して敵を探していた。今の所、敵軍は発見していない。懸念されている敵援軍が本日もいないのに安堵していた。何故ならば、彼も食糧の配給状態と自身に直結する魔力回復薬の支給状態にやや変化が出ているのを感じているからである。

 「航法に従っていけば、現在ブカレシタから東九十五キーラ。まだ、もう少し東にいけるな……」

 上官や同僚、部下からも敵軍発見の話は耳にしていない。あるのはこの一帯に広がる平原だ。
 しかし、彼は発見してしまったのである。
 それは、ブカレシタから東百十キーラまで到達した時だった。下士官の男には、悪夢が現れてしまったのである。

 「なんだよ……、なんだよ、これ……」

 彼は顔を真っ青にして、絶望する。
 地平線の先端に広がるのは有象無象。地を覆い尽くす大軍勢。
 すなわち、妖魔軍約三十万の出現であった。
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