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三年目の秋の話
一 お誕生日パーティーの招待
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リビングとベランダのあいだには、三坪のガラス張りのサンルームがある。レンはホットコーヒーをいれたマグカップを二つ持って、サンルームの引き戸を静かに開けた。
秋の午後の日差しが差している。日曜日。午後一時。いい天気だ。ひなたぼっこにぴったりの季節、時間帯だ。風を通していて、心地好い。日差しがあたたかい。
一人掛けのソファが二つ置いてある。柔らかな太陽光の下で、ルイスが片方のソファに掛けて、資料を読んでいる。光に当たると、金色の髪が光っているみたいに見える。秋物のベージュのニットセーターに白いチノパン。
コーヒーの香りに、ルイスは顔を上げた。レンがいるので、微笑む。
「ありがとう」
ルイスが眼鏡を掛けているので、レンは少し驚いた。眼鏡まで似合うのか、この人。
「お仕事中?」
「ううん。仕事じゃないよ。趣味で読んでいるだけの目論見書」
「それってお仕事じゃないんですか」
「うん。テンション上がるよね」
ルイスはわくわくしている。新しい情報を得るのが好きだ。
レンには、ルイスの趣味はよくわからない。専門用語や、アルファベットの略称、英語、数字やグラフが書いてある。レンは、その資料を読んだら、テンションが下がる自信しかない。
「お手紙が届いてますよ」
先ほどポストに届いた、結婚式の招待状のような、封蝋が押されたきれいな封書を、レンはルイスに渡した。目論見書をサイドテーブルに置いて、ルイスは手紙を受け取る。
レンは隣のソファに掛けて、コーヒーに口をつける。
ルイスは眼鏡を外しながら、宛名を読んだ。
「これ、レン宛てだよ」
「え、あ、ごめんなさい」
宛名が英語表記だったので、読めなかったというか、英語で書いてあるから読もうともせずにルイスに回したというのが正しい。
ルイスは手紙を裏返した。
「差出人は、クリスティナ。ああ、そうか、そんな時期か。レン、クリスティナの誕生日パーティーに呼ばれたんだね。前もって誘われているね?」
「あ、こないだ店で。豪華にするからぜひ来てねって」
「ふうん」
ルイスはソファを立って、書斎にあるペーパーナイフで手紙を開けてサンルームに戻る。
ソファに掛け直して、中身を出す。
すべて英語表記のため、レンに訳さなければならない。
「例年よりも特別にするんだって。同伴者一名可とご丁寧に追記してある……クリスティナの実の叔父様はレンの同伴者枠かな? まさか、レンのパートナーは恭介ではないよね?」
レンはつい笑った。
「恭介は断ってました。店見ておきますって。アルバイトの子と」
「恭介が来ない。ということは。やっぱり僕か……」
ルイスはクリスティナの実の叔父だが、同伴者扱いである。
本来であれば、パーティーに誘われるのがルイスで、ルイスの同伴者がレンであるべきところだ。和訳をさせるあたり、ルイスが招待状を読むことが前提になっている。クリスティナによる、ルイスに対する当てつけである。
ルイスは訊ねた。
「レン、タキシードは持ってる?」
逆に持っている人がいるのだろうか、とレンは思った。
「ううん、持ってない」
「ディレクターズスーツか、ブラックスーツは?」
「友達の結婚式に着ていったスーツが……入るかな」
「では新調しようか。すぐに採寸を呼ぼう」
レンが返事をする前に、ルイスは携帯電話を取り出して鳴らした。採寸って呼ぶものなのかとレンが考えるうちに、これから来ることが決まって、ルイスは携帯電話を切る。
「せっかくだから僕も新調するよ」
「大がかりですねえ」
「クリスティナが豪華にするっていうんだったら、それはそれは豪華だよ。まあいいよ。レンは僕に任せておけば。同伴者としてサポートするから」
「同伴者扱いに拗ねてる?」
「いや、婉曲的に呼ばれただけでも大した進歩だよ。なにせ、去年と一昨年は出禁だったんだ」
手紙を置き、コーヒーを飲みながら、ルイスは眼鏡を掛けなおして、資料に目を戻した。すぐに視線に気づいて、目を上げる。
「どうしたの、レン」
レンは目をそらす。じろじろ見すぎた。顔が赤くなってやしないだろうか。熱い。
「眼鏡、視力悪いの?」
「ううん。クリアサングラス。視力はいいんだけど、少し光に弱いので。眩しいというか」
目が青いせいだ。
「あのー、よく似合うというか……」
「ふふ。惚れ直した?」
と、ルイスはソファを立ち、レンの座るソファに近づく。レンの両足の隙間に片膝をのせて、レンの顎を持ち上げて上から口づけた。
目を閉じてレンの唇を味わいながら、ルイスはレンの横髪を撫でたり、首や頬を撫でたりする。レンはただ気持ちいい。
「ん、ん、う」
唇を少し離して、ルイスは笑う。レンはすっかり上気している。
「レンって、僕の見た目好きだよね」
「…………うん」
「素直でいいけど、僕、勃ってしまうんですけど。どうすればいい? こんな真昼間に。ここでしてもいいの? ベッド行く?」
「スケベ」
「よーし、では、はたしてどっちがよりスケベなのか、ちょっと確認してみようか。僕の見立てでは、レンも相当だと思うんだよね。ほら、前屈みになってないで、見せてみて」
と、ルイスはレンを取り押さえて確認しようとする。レンは笑いながら抵抗する。
「ないです、そんなことないです」
そのとき、インターフォンが鳴った。採寸のスタッフが来たに違いない。
ルイスは動きを止め、身体を起こして玄関のほうを見やる。
「まずいな。深呼吸」
ルイスは息を止め、ことさらゆっくりと深呼吸する。なにせ採寸である。一刻も早くおさめなければならない。
レンは前屈みになりつつ、真っ赤な顔で言う。
「すみません。俺、その目論見書? 読んでていいですか……」
ルイスは声をあげて笑った。ルイスの見立ては当たっている。レンも、一刻も早くおさめなければならない。ルイスは目論見書をレンに渡す。レンは難しい資料を見るとテンションが下がるのである。
秋の午後の日差しが差している。日曜日。午後一時。いい天気だ。ひなたぼっこにぴったりの季節、時間帯だ。風を通していて、心地好い。日差しがあたたかい。
一人掛けのソファが二つ置いてある。柔らかな太陽光の下で、ルイスが片方のソファに掛けて、資料を読んでいる。光に当たると、金色の髪が光っているみたいに見える。秋物のベージュのニットセーターに白いチノパン。
コーヒーの香りに、ルイスは顔を上げた。レンがいるので、微笑む。
「ありがとう」
ルイスが眼鏡を掛けているので、レンは少し驚いた。眼鏡まで似合うのか、この人。
「お仕事中?」
「ううん。仕事じゃないよ。趣味で読んでいるだけの目論見書」
「それってお仕事じゃないんですか」
「うん。テンション上がるよね」
ルイスはわくわくしている。新しい情報を得るのが好きだ。
レンには、ルイスの趣味はよくわからない。専門用語や、アルファベットの略称、英語、数字やグラフが書いてある。レンは、その資料を読んだら、テンションが下がる自信しかない。
「お手紙が届いてますよ」
先ほどポストに届いた、結婚式の招待状のような、封蝋が押されたきれいな封書を、レンはルイスに渡した。目論見書をサイドテーブルに置いて、ルイスは手紙を受け取る。
レンは隣のソファに掛けて、コーヒーに口をつける。
ルイスは眼鏡を外しながら、宛名を読んだ。
「これ、レン宛てだよ」
「え、あ、ごめんなさい」
宛名が英語表記だったので、読めなかったというか、英語で書いてあるから読もうともせずにルイスに回したというのが正しい。
ルイスは手紙を裏返した。
「差出人は、クリスティナ。ああ、そうか、そんな時期か。レン、クリスティナの誕生日パーティーに呼ばれたんだね。前もって誘われているね?」
「あ、こないだ店で。豪華にするからぜひ来てねって」
「ふうん」
ルイスはソファを立って、書斎にあるペーパーナイフで手紙を開けてサンルームに戻る。
ソファに掛け直して、中身を出す。
すべて英語表記のため、レンに訳さなければならない。
「例年よりも特別にするんだって。同伴者一名可とご丁寧に追記してある……クリスティナの実の叔父様はレンの同伴者枠かな? まさか、レンのパートナーは恭介ではないよね?」
レンはつい笑った。
「恭介は断ってました。店見ておきますって。アルバイトの子と」
「恭介が来ない。ということは。やっぱり僕か……」
ルイスはクリスティナの実の叔父だが、同伴者扱いである。
本来であれば、パーティーに誘われるのがルイスで、ルイスの同伴者がレンであるべきところだ。和訳をさせるあたり、ルイスが招待状を読むことが前提になっている。クリスティナによる、ルイスに対する当てつけである。
ルイスは訊ねた。
「レン、タキシードは持ってる?」
逆に持っている人がいるのだろうか、とレンは思った。
「ううん、持ってない」
「ディレクターズスーツか、ブラックスーツは?」
「友達の結婚式に着ていったスーツが……入るかな」
「では新調しようか。すぐに採寸を呼ぼう」
レンが返事をする前に、ルイスは携帯電話を取り出して鳴らした。採寸って呼ぶものなのかとレンが考えるうちに、これから来ることが決まって、ルイスは携帯電話を切る。
「せっかくだから僕も新調するよ」
「大がかりですねえ」
「クリスティナが豪華にするっていうんだったら、それはそれは豪華だよ。まあいいよ。レンは僕に任せておけば。同伴者としてサポートするから」
「同伴者扱いに拗ねてる?」
「いや、婉曲的に呼ばれただけでも大した進歩だよ。なにせ、去年と一昨年は出禁だったんだ」
手紙を置き、コーヒーを飲みながら、ルイスは眼鏡を掛けなおして、資料に目を戻した。すぐに視線に気づいて、目を上げる。
「どうしたの、レン」
レンは目をそらす。じろじろ見すぎた。顔が赤くなってやしないだろうか。熱い。
「眼鏡、視力悪いの?」
「ううん。クリアサングラス。視力はいいんだけど、少し光に弱いので。眩しいというか」
目が青いせいだ。
「あのー、よく似合うというか……」
「ふふ。惚れ直した?」
と、ルイスはソファを立ち、レンの座るソファに近づく。レンの両足の隙間に片膝をのせて、レンの顎を持ち上げて上から口づけた。
目を閉じてレンの唇を味わいながら、ルイスはレンの横髪を撫でたり、首や頬を撫でたりする。レンはただ気持ちいい。
「ん、ん、う」
唇を少し離して、ルイスは笑う。レンはすっかり上気している。
「レンって、僕の見た目好きだよね」
「…………うん」
「素直でいいけど、僕、勃ってしまうんですけど。どうすればいい? こんな真昼間に。ここでしてもいいの? ベッド行く?」
「スケベ」
「よーし、では、はたしてどっちがよりスケベなのか、ちょっと確認してみようか。僕の見立てでは、レンも相当だと思うんだよね。ほら、前屈みになってないで、見せてみて」
と、ルイスはレンを取り押さえて確認しようとする。レンは笑いながら抵抗する。
「ないです、そんなことないです」
そのとき、インターフォンが鳴った。採寸のスタッフが来たに違いない。
ルイスは動きを止め、身体を起こして玄関のほうを見やる。
「まずいな。深呼吸」
ルイスは息を止め、ことさらゆっくりと深呼吸する。なにせ採寸である。一刻も早くおさめなければならない。
レンは前屈みになりつつ、真っ赤な顔で言う。
「すみません。俺、その目論見書? 読んでていいですか……」
ルイスは声をあげて笑った。ルイスの見立ては当たっている。レンも、一刻も早くおさめなければならない。ルイスは目論見書をレンに渡す。レンは難しい資料を見るとテンションが下がるのである。
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