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二年目の秋の話
五 デイキャンプ
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秋晴れの真っ青の空が広がっている。
気温もよく、風もない。木々の光がよく当たる部分は色づいて紅葉してきている。綺麗だ。
日曜日。午前十時。絶好の行楽日和となった。
今日、レンは恭介とともに、河川敷の公園キャンプ場にやってきていた。備え付けのかまどを使って、キャンプ飯を作る。恭介が火の番をして、レンは材料を用意している。
平日一緒に働いているのに日曜日まで一緒に料理するのはどうなんだとレンは思いつつ、恭介から誘ってきたのでレンは応じた。恭介がいいならいい。
「もっと野菜持ってきたらよかったかなー」
ブロッコリー、ウィンナー、にんにくと鷹の爪を切りながら、レンは言った。にんにくで焼けばなんでも美味しい。いくらでも食べられる。
スキレットにオリーブオイルを入れ、刻んだにんにくを煮立て、香りが立ったら下味をつけた海鮮とカマンベールチーズを丸ごと投入し、アヒージョにする。
「レンさん、野菜好きですねー」
「好き。恭介は何が好き?」
「おれはやっぱ肉です」
「肉はいいよねー」
焼き肉用の肉も持ってきている。
昨晩用意しておいたローストビーフの塊をレンは切っていく。
バタールを一本持ってきた。斜めに切って用意してきたソースを塗り、薄く切ったローストビーフと野菜を挟んで、ホットサンドメーカーで軽く焼く。香ばしいにおいが漂ってくる。デイキャンプ場は満員で、いろんなにおいがする。
恭介がよぞらで働き始めて二ヶ月以上になる。その間、恭介は黙々と真面目に働いている。
食事が完成したので、二人で芝生にビニールシートを広げて食事にする。空が青い。ピクニック日和だ。ふだんは立ったまま食べることが多く、こうして向かい合って食事をするのは働き出して初めてのことだ。
「なんか、久しぶりに出掛けました」
「仕事に集中してたね、恭介。出掛けてもいいんだよ」
恭介はよぞらの二階に寝泊まりしているが、レンが日曜日に一階で作業をしていると、手伝いますと出てきて仕事をしており、出掛けている様子が一切ない。
「地元じゃないんで、遊び相手がいないんですよね」
「あ、そっか」
何を話せばいいのか、レンはわからなくなった。あまり立ち入ったことを聞くのはよくないとわかっている。知っていることが少ない。家庭にも事情がありそうだ。
かといって、あれやこれやと話題のタブーを考えると、何も話すことがなくなる。レンは聞き役に徹しがちで、恭介はおしゃべりではない。ちなみにルイスはおしゃべりなので、レンにとって会話しやすい。
「橋谷さんとレンさんは、二年間一緒に働いてたんでしたよね」
「あ、フレンチに異動してだから、一年弱くらい。イタリアンにいたときは、そんなに。ロッカーで挨拶するだけで、あ、でも、何かと気にかけてくれていい人だったけど」
レンは入社直後に、橋谷から例の注意を受けている。橋谷は、レンの容姿が加賀見の好みだと早々に気づいていた。レンのあやうさにも気づいていたのではないかとレンは思う。
恭介は訊ねた。
「橋谷さんって、なんであんなに世話焼きなんですか? 加賀見さんのこと、俺、加賀見さんに泣かされましたけど、わりと自業自得なところもあって。橋谷さんがフォローしてくれたの不思議っていうか」
「んー、性格かな。人が好きなんだよ、橋谷さん。後輩可愛がるタイプだし。まあ、あとは、加賀見さんの関係は、色々あってさ」
「橋谷さんと加賀見さんって……」
「聞いてない? 橋谷さんの奥さんって、ホテルの上層部の娘さんで、もともとは加賀見さんと婚約してたらしいよ」
「……うわー、そういうこと……」
「橋谷さんに聞いたら細かく教えてくれるけど、馴れ初め、大恋愛、のろけ、子煩悩の流れで三時間は聞かされるからおすすめはしない」
「三時間、聞いたんですか……」
「うん」
そういった事情があるので、橋谷は加賀見に対して遠慮がある。婚約者を寝取った上、先に出世した悪い男が橋谷である。
「レンさん、アーヴィンさんと付き合ってるって言ってましたよね」
突然のことに、レンは硬直した。
話題として非常にセンシティブだ。かといってレンは、話したくないわけではない。加賀見に泣かされたという恭介は、おそらく男性同士の関係に抵抗がないと思う。だから、異性愛者よりは話が通りやすい。
淳弥のことは流石に言えなかった。我ながら爛れていると思う。恭介に、危険人物だとは思われたくない。
「うん……まあ……」
「え、別れたんですか?」
「いや、付き合ってる。付き合ってる」
というと、恭介は安堵したように笑う。
「長いんですか?」
交際期間について、どこからカウントすればいいのかわからない。肉体関係が先行している。しかしよく思い返すと、始期は今年の一月十日またはその翌日だろう。
「出会って一年半くらいかな」
レンが困っているのを見て、恭介は苦笑した。
「クリスちゃんが、アーヴィンさんのこと……」
「……すごーく嫌ってる。大事な約束を破ったらしいね」
何があったのか、レンは知らない。だが聞いたら、おそらくルイスに対して幻滅すると思う。
ルイスがよぞらに来ることがあると知っても、クリスティナは、レンにルイスの話題を出すことはまったくない。名前すら一切出ない。その態度がすべてを物語っている。
恭介は、レンと一緒に働き始めて、クリスティナとも打ち解けている。色々と話すらしい。
「仕事を理由に、誕生日パーティーの約束をすっぽかされたみたいですよ」
「うわー、ルイスさんっぽい……」
容易に想像できてしまう。
仕事を言い訳に放置されて傷ついた経験に心当たりがありすぎる。クリスティナはルイスの家族だし、まだ幼い。口は達者だが、七歳やそこらの女の子だ。きっととても傷ついたのだろう。可哀相に。
レンは肩を落とす。二度と約束を破らないと口では言っているが、ルイスの仕事への没入を知っている。
「肉、うまいっす」
頭を抱えるレンの隣で、恭介はむしゃむしゃ食べている。
気温もよく、風もない。木々の光がよく当たる部分は色づいて紅葉してきている。綺麗だ。
日曜日。午前十時。絶好の行楽日和となった。
今日、レンは恭介とともに、河川敷の公園キャンプ場にやってきていた。備え付けのかまどを使って、キャンプ飯を作る。恭介が火の番をして、レンは材料を用意している。
平日一緒に働いているのに日曜日まで一緒に料理するのはどうなんだとレンは思いつつ、恭介から誘ってきたのでレンは応じた。恭介がいいならいい。
「もっと野菜持ってきたらよかったかなー」
ブロッコリー、ウィンナー、にんにくと鷹の爪を切りながら、レンは言った。にんにくで焼けばなんでも美味しい。いくらでも食べられる。
スキレットにオリーブオイルを入れ、刻んだにんにくを煮立て、香りが立ったら下味をつけた海鮮とカマンベールチーズを丸ごと投入し、アヒージョにする。
「レンさん、野菜好きですねー」
「好き。恭介は何が好き?」
「おれはやっぱ肉です」
「肉はいいよねー」
焼き肉用の肉も持ってきている。
昨晩用意しておいたローストビーフの塊をレンは切っていく。
バタールを一本持ってきた。斜めに切って用意してきたソースを塗り、薄く切ったローストビーフと野菜を挟んで、ホットサンドメーカーで軽く焼く。香ばしいにおいが漂ってくる。デイキャンプ場は満員で、いろんなにおいがする。
恭介がよぞらで働き始めて二ヶ月以上になる。その間、恭介は黙々と真面目に働いている。
食事が完成したので、二人で芝生にビニールシートを広げて食事にする。空が青い。ピクニック日和だ。ふだんは立ったまま食べることが多く、こうして向かい合って食事をするのは働き出して初めてのことだ。
「なんか、久しぶりに出掛けました」
「仕事に集中してたね、恭介。出掛けてもいいんだよ」
恭介はよぞらの二階に寝泊まりしているが、レンが日曜日に一階で作業をしていると、手伝いますと出てきて仕事をしており、出掛けている様子が一切ない。
「地元じゃないんで、遊び相手がいないんですよね」
「あ、そっか」
何を話せばいいのか、レンはわからなくなった。あまり立ち入ったことを聞くのはよくないとわかっている。知っていることが少ない。家庭にも事情がありそうだ。
かといって、あれやこれやと話題のタブーを考えると、何も話すことがなくなる。レンは聞き役に徹しがちで、恭介はおしゃべりではない。ちなみにルイスはおしゃべりなので、レンにとって会話しやすい。
「橋谷さんとレンさんは、二年間一緒に働いてたんでしたよね」
「あ、フレンチに異動してだから、一年弱くらい。イタリアンにいたときは、そんなに。ロッカーで挨拶するだけで、あ、でも、何かと気にかけてくれていい人だったけど」
レンは入社直後に、橋谷から例の注意を受けている。橋谷は、レンの容姿が加賀見の好みだと早々に気づいていた。レンのあやうさにも気づいていたのではないかとレンは思う。
恭介は訊ねた。
「橋谷さんって、なんであんなに世話焼きなんですか? 加賀見さんのこと、俺、加賀見さんに泣かされましたけど、わりと自業自得なところもあって。橋谷さんがフォローしてくれたの不思議っていうか」
「んー、性格かな。人が好きなんだよ、橋谷さん。後輩可愛がるタイプだし。まあ、あとは、加賀見さんの関係は、色々あってさ」
「橋谷さんと加賀見さんって……」
「聞いてない? 橋谷さんの奥さんって、ホテルの上層部の娘さんで、もともとは加賀見さんと婚約してたらしいよ」
「……うわー、そういうこと……」
「橋谷さんに聞いたら細かく教えてくれるけど、馴れ初め、大恋愛、のろけ、子煩悩の流れで三時間は聞かされるからおすすめはしない」
「三時間、聞いたんですか……」
「うん」
そういった事情があるので、橋谷は加賀見に対して遠慮がある。婚約者を寝取った上、先に出世した悪い男が橋谷である。
「レンさん、アーヴィンさんと付き合ってるって言ってましたよね」
突然のことに、レンは硬直した。
話題として非常にセンシティブだ。かといってレンは、話したくないわけではない。加賀見に泣かされたという恭介は、おそらく男性同士の関係に抵抗がないと思う。だから、異性愛者よりは話が通りやすい。
淳弥のことは流石に言えなかった。我ながら爛れていると思う。恭介に、危険人物だとは思われたくない。
「うん……まあ……」
「え、別れたんですか?」
「いや、付き合ってる。付き合ってる」
というと、恭介は安堵したように笑う。
「長いんですか?」
交際期間について、どこからカウントすればいいのかわからない。肉体関係が先行している。しかしよく思い返すと、始期は今年の一月十日またはその翌日だろう。
「出会って一年半くらいかな」
レンが困っているのを見て、恭介は苦笑した。
「クリスちゃんが、アーヴィンさんのこと……」
「……すごーく嫌ってる。大事な約束を破ったらしいね」
何があったのか、レンは知らない。だが聞いたら、おそらくルイスに対して幻滅すると思う。
ルイスがよぞらに来ることがあると知っても、クリスティナは、レンにルイスの話題を出すことはまったくない。名前すら一切出ない。その態度がすべてを物語っている。
恭介は、レンと一緒に働き始めて、クリスティナとも打ち解けている。色々と話すらしい。
「仕事を理由に、誕生日パーティーの約束をすっぽかされたみたいですよ」
「うわー、ルイスさんっぽい……」
容易に想像できてしまう。
仕事を言い訳に放置されて傷ついた経験に心当たりがありすぎる。クリスティナはルイスの家族だし、まだ幼い。口は達者だが、七歳やそこらの女の子だ。きっととても傷ついたのだろう。可哀相に。
レンは肩を落とす。二度と約束を破らないと口では言っているが、ルイスの仕事への没入を知っている。
「肉、うまいっす」
頭を抱えるレンの隣で、恭介はむしゃむしゃ食べている。
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