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二年目の秋の話
六 一緒に住む話の決着
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午後六時。
レンはルイスのマンションに向かい、そうっと入った。カードキーをもらっている。前もって行くと伝えてある。
ルイスは夕方に仕事を終えると連絡があった。レンは恭介とのデイキャンプを終えて、店に行って仕込みをし、この時間になった。できればルイスと夕食が食べたいと思い、食事を持ってきている。
「お邪魔します」
いつもであれば部屋に入ると出迎えてくれるのだが、誰も出てこない。明かりはついている。どうしたのだろうと不思議に思いながら、レンはスリッパに履き替える。
「ルイスさん? いますか?」
リビング、寝室を見てもいないので、書斎へ向かう。ノックをして入ると、椅子に座っていた。
「ルイスさん?」
レンが恐る恐る近づいて覗き込むと、椅子の上で体育座りをして、背もたれにもたれて寝ている。器用だ。パソコンの画面はスリープモードになっている。仕事を終えるといっていたが、きっと宣言通りには終えられず、持ち帰ったのだろう。いつから寝ているのだろうか。
こんな生活をしていたら、早くに病気になりそうだとレンは思う。
「寝るならベッドで寝ましょー」
肩を揺さぶっても声を掛けても起きない。本当だろうか。そんなに深く寝入っているのだろうか。
ルイスが疲れていることはわかっている。彼はやることが多い。寝てしまうこともあるだろう。
レンはいつもルイスがするように、ルイスの額に口づけてみる。
「ルイスさんの真似です」
なんだかいけないことをしている気分になる。だがしてみたい。ルイスは、むかし流行ったハリウッド映画の俳優みたいな容姿で、目を閉じていると作り物のようだ。なのに口を開くと喜怒哀楽が激しくて妙に笑えてしまうし、庶民的なところがあるのが不思議だ。
「ルイスさん。いたずらしちゃいますよ」
予告した上で、ルイスの唇にもキスをした。
寝ていたはずのルイスに急に腰を抱かれ、レンはバランスを崩す。
「っ!」
椅子の上に受け止められて、ルイスが起きていたことを知った。キスされたまま抱きしめられて椅子の上から動けない。
「……ルイスさん、いつから起きてたんですか?」
「たった今です。おはよう。おいで、レン」
ルイスはレンを抱いて椅子を立つ。本当かなあとレンは思う。罠にかけられた気がする。ルイスは得意気だ。
ルイスは応接セットのソファに座って、レンをまたがらせて座らせる。
そうして、対面で、ひとしきりキスをする。ついばむような軽いものや、舌を絡めるようなものを何度も繰り返す。レンはすぐに赤くなる。ルイスにとって非常に可愛い。
「おかえり、レン。遅かったですね」
「は、はい」
「恭介と公園でキャンプしてたんでしたね。楽しかったですか?」
「楽しかったです。ローストビーフをサンドウィッチにしたら美味しくて、作って持ってきました。あと、ブロッコリーとキノコのガーリックチーズ焼き。これも美味しかったから、食べてもらいたくて。歯磨いたけど、にんにく臭いかも。あと他にも」
「ふふ。美味しそうです。僕もレンとそういうのしたいです」
「じゃあ、今度しましょうか」
ルイスとも出掛けたいとレンは思う。今日はとてもいい天気だったし、外で食べるのも気分転換になってとても良かった。
しかし、恭介とのデイキャンプは何も意識せずに、気の合う友人付き合いのような感覚だったが、ルイスとだと視線が気になるだろうと思われた。
ルイスが目立つせいか、恋人であるからか。恋人と出掛けるという経験が、レンに足りないせいか。
ルイスはレンの着ている紺のポロシャツのボタンを外し始める。気づけば上着は床に落ちている。いつの間に脱がされたのか、レンにはわからなかった。
「レン。真面目な話なんですけどね」
「……はい」
脱がしながら言われて困惑する。半裸である。
「いつ引っ越してきます?」
「それはそのー……」
「レンが悩む理由を、ぜひ言ってほしいです。まず、三階はOKって言ってましたよね。三階なら怖くないと」
「はい」
「お店も近いですよね」
「はい」
「レンの部屋として一部屋空けてあります。二部屋欲しいですか?」
寝室以外には三部屋ある。うち二部屋はルイスが使っている。一つは書斎、一つはクローゼット兼倉庫にしてある。日当たりと形の良い、ベランダ付きの部屋をレンのために空けてある。
レンは首を横に振る。
「いいえ」
「一部屋でいいですか?」
「はい」
レンのワンルームは六畳だ。キッチンもあってベッドを置く必要もなければ、十畳なら持て余す。レンは荷物が少ない。
詰められてしまい、レンには逃げ場がない。
ルイスは言う。
「……ふたりでここに住みませんか? 君と一緒にいたいです」
ルイスは手を止め、レンを見つめる。
甘えるような上目遣いに、レンはどきりとする。こういう瞳に自分は弱い。
ルイスはわざとやっている。レンから本音を引き出すためだ。レンはなかなか心の内を明かさない。
「……家賃って、いくらするんですか、ここ」
やはりそうかとルイスは納得した。
「レンから家賃を取るつもりはありません」
だが、そういわれるほうが困るとレンは思う。二人暮らしをするのならば、ちゃんと家賃を出したい。しかしながら、億ションの家賃なんて払えない。
「セキュリティの必要性などは僕の都合ですから」
「そうは言っても」
「それに、賃貸じゃないので、家賃は発生しませんよ。丁度、事情があって手放したい人がいると聞いていたので、一括で買いました。個人名義で」
「いっ……」
レンは言葉を失くした。どこの誰が、交際相手が高い場所が苦手だからといって、タワーマンションの最上階を引き払って低層の高級マンションを一括で購入するというのか。冗談だと言ってほしい。
ルイスは笑った。
「さすがに区分ですよ」
レンは言った。
「一棟買いじゃなくてよかったー……、とは思えません」
だが、マンションを一棟購入するくらいのことをしても、何ら不思議ではない。ルイスはお金持ちなのである。
「もし払いたいなら、管理費と修繕積立金を払いますか? 月六万円前後です」
「あ、なんか現実的……」
レンのマンションの共益費は月三千円だ。だから、家賃以外の費用として六万円もかかるなんてと思う。ただし、レンの現在のマンションの家賃は六万円で、共益費とあわせて六万三千円なので、それを払うのがいいだろうという提案は受け入れやすい。というか少し安い。
固定資産税が年間二百万円以上かかることを、ルイスは言わないことにした。
「あと電気代とか水道代とか」
「費用のことはそこまでにしてください。細かいことを言って先延ばしにしたくないです」
有無を言わせぬ様子に、レンは困ってしまう。
ルイスはレンの頬に口づける。ちゅ、と音を立てる。
「話はまとまりましたよね?」
「まとまりましたっけ?」
「で、引っ越しはいつにします? 明日? 明後日? 次の日曜日?」
「…………マンションの契約書、見ておきます。部屋、解約しないといけないし、荷物は手で運べると思いますけど。次の……日曜日」
「ふふ。レン、大好きです」
「それは俺もです……」
「では、続きをしましょうか」
「あのー、おなかすいてないんですか?」
「レンを先に食べたいです」
ルイスはレンに口づけて、早速続きに取り掛かることにした。
レンは色々と諦めることにした。
レンはルイスのマンションに向かい、そうっと入った。カードキーをもらっている。前もって行くと伝えてある。
ルイスは夕方に仕事を終えると連絡があった。レンは恭介とのデイキャンプを終えて、店に行って仕込みをし、この時間になった。できればルイスと夕食が食べたいと思い、食事を持ってきている。
「お邪魔します」
いつもであれば部屋に入ると出迎えてくれるのだが、誰も出てこない。明かりはついている。どうしたのだろうと不思議に思いながら、レンはスリッパに履き替える。
「ルイスさん? いますか?」
リビング、寝室を見てもいないので、書斎へ向かう。ノックをして入ると、椅子に座っていた。
「ルイスさん?」
レンが恐る恐る近づいて覗き込むと、椅子の上で体育座りをして、背もたれにもたれて寝ている。器用だ。パソコンの画面はスリープモードになっている。仕事を終えるといっていたが、きっと宣言通りには終えられず、持ち帰ったのだろう。いつから寝ているのだろうか。
こんな生活をしていたら、早くに病気になりそうだとレンは思う。
「寝るならベッドで寝ましょー」
肩を揺さぶっても声を掛けても起きない。本当だろうか。そんなに深く寝入っているのだろうか。
ルイスが疲れていることはわかっている。彼はやることが多い。寝てしまうこともあるだろう。
レンはいつもルイスがするように、ルイスの額に口づけてみる。
「ルイスさんの真似です」
なんだかいけないことをしている気分になる。だがしてみたい。ルイスは、むかし流行ったハリウッド映画の俳優みたいな容姿で、目を閉じていると作り物のようだ。なのに口を開くと喜怒哀楽が激しくて妙に笑えてしまうし、庶民的なところがあるのが不思議だ。
「ルイスさん。いたずらしちゃいますよ」
予告した上で、ルイスの唇にもキスをした。
寝ていたはずのルイスに急に腰を抱かれ、レンはバランスを崩す。
「っ!」
椅子の上に受け止められて、ルイスが起きていたことを知った。キスされたまま抱きしめられて椅子の上から動けない。
「……ルイスさん、いつから起きてたんですか?」
「たった今です。おはよう。おいで、レン」
ルイスはレンを抱いて椅子を立つ。本当かなあとレンは思う。罠にかけられた気がする。ルイスは得意気だ。
ルイスは応接セットのソファに座って、レンをまたがらせて座らせる。
そうして、対面で、ひとしきりキスをする。ついばむような軽いものや、舌を絡めるようなものを何度も繰り返す。レンはすぐに赤くなる。ルイスにとって非常に可愛い。
「おかえり、レン。遅かったですね」
「は、はい」
「恭介と公園でキャンプしてたんでしたね。楽しかったですか?」
「楽しかったです。ローストビーフをサンドウィッチにしたら美味しくて、作って持ってきました。あと、ブロッコリーとキノコのガーリックチーズ焼き。これも美味しかったから、食べてもらいたくて。歯磨いたけど、にんにく臭いかも。あと他にも」
「ふふ。美味しそうです。僕もレンとそういうのしたいです」
「じゃあ、今度しましょうか」
ルイスとも出掛けたいとレンは思う。今日はとてもいい天気だったし、外で食べるのも気分転換になってとても良かった。
しかし、恭介とのデイキャンプは何も意識せずに、気の合う友人付き合いのような感覚だったが、ルイスとだと視線が気になるだろうと思われた。
ルイスが目立つせいか、恋人であるからか。恋人と出掛けるという経験が、レンに足りないせいか。
ルイスはレンの着ている紺のポロシャツのボタンを外し始める。気づけば上着は床に落ちている。いつの間に脱がされたのか、レンにはわからなかった。
「レン。真面目な話なんですけどね」
「……はい」
脱がしながら言われて困惑する。半裸である。
「いつ引っ越してきます?」
「それはそのー……」
「レンが悩む理由を、ぜひ言ってほしいです。まず、三階はOKって言ってましたよね。三階なら怖くないと」
「はい」
「お店も近いですよね」
「はい」
「レンの部屋として一部屋空けてあります。二部屋欲しいですか?」
寝室以外には三部屋ある。うち二部屋はルイスが使っている。一つは書斎、一つはクローゼット兼倉庫にしてある。日当たりと形の良い、ベランダ付きの部屋をレンのために空けてある。
レンは首を横に振る。
「いいえ」
「一部屋でいいですか?」
「はい」
レンのワンルームは六畳だ。キッチンもあってベッドを置く必要もなければ、十畳なら持て余す。レンは荷物が少ない。
詰められてしまい、レンには逃げ場がない。
ルイスは言う。
「……ふたりでここに住みませんか? 君と一緒にいたいです」
ルイスは手を止め、レンを見つめる。
甘えるような上目遣いに、レンはどきりとする。こういう瞳に自分は弱い。
ルイスはわざとやっている。レンから本音を引き出すためだ。レンはなかなか心の内を明かさない。
「……家賃って、いくらするんですか、ここ」
やはりそうかとルイスは納得した。
「レンから家賃を取るつもりはありません」
だが、そういわれるほうが困るとレンは思う。二人暮らしをするのならば、ちゃんと家賃を出したい。しかしながら、億ションの家賃なんて払えない。
「セキュリティの必要性などは僕の都合ですから」
「そうは言っても」
「それに、賃貸じゃないので、家賃は発生しませんよ。丁度、事情があって手放したい人がいると聞いていたので、一括で買いました。個人名義で」
「いっ……」
レンは言葉を失くした。どこの誰が、交際相手が高い場所が苦手だからといって、タワーマンションの最上階を引き払って低層の高級マンションを一括で購入するというのか。冗談だと言ってほしい。
ルイスは笑った。
「さすがに区分ですよ」
レンは言った。
「一棟買いじゃなくてよかったー……、とは思えません」
だが、マンションを一棟購入するくらいのことをしても、何ら不思議ではない。ルイスはお金持ちなのである。
「もし払いたいなら、管理費と修繕積立金を払いますか? 月六万円前後です」
「あ、なんか現実的……」
レンのマンションの共益費は月三千円だ。だから、家賃以外の費用として六万円もかかるなんてと思う。ただし、レンの現在のマンションの家賃は六万円で、共益費とあわせて六万三千円なので、それを払うのがいいだろうという提案は受け入れやすい。というか少し安い。
固定資産税が年間二百万円以上かかることを、ルイスは言わないことにした。
「あと電気代とか水道代とか」
「費用のことはそこまでにしてください。細かいことを言って先延ばしにしたくないです」
有無を言わせぬ様子に、レンは困ってしまう。
ルイスはレンの頬に口づける。ちゅ、と音を立てる。
「話はまとまりましたよね?」
「まとまりましたっけ?」
「で、引っ越しはいつにします? 明日? 明後日? 次の日曜日?」
「…………マンションの契約書、見ておきます。部屋、解約しないといけないし、荷物は手で運べると思いますけど。次の……日曜日」
「ふふ。レン、大好きです」
「それは俺もです……」
「では、続きをしましょうか」
「あのー、おなかすいてないんですか?」
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