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1章
2「俺のこと、好き…なの…?」
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「あぁ…今日もいい天気だな…」
澄み渡った青空の下、彼は大きく背伸びをして空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
夏の一番暑い頃を過ぎ、これからしばらくは過ごしやすい季節になっていくだろう。
風も爽やかに吹き抜けていき、彼は気分が良かった。
(ここ最近、あいつらの誰からも声がかかってないのが最高すぎる。その上、熊ちゃんの美味い飯もあるし…こんなに体調が良いのなんか、いつぶりだ?)
彼は『熊』と知り合ってからというもの、ほぼ毎日のように食事を届けられている。
初めは『熊』が男達に目をつけられるのではないかと心配していたものの、どういうわけか『熊』は周りに誰もいない時に食事を届けにやってきて、少し会話をして帰っていく。
男達と会うことはなさそうだ、と思った彼は『熊』にここへ来るのを止めるように言わなくなったばかりか、今では届けられる料理を楽しみにするようになっていた。
(今日も来るかな、熊ちゃん。昨日は肉が多くて嬉しかったんだよな…そうだ、あの味付けが好きだって言っとこう。…あ、でもそう言ったら何日も続けてあの味付けにしてくるかな?あはは!熊ちゃんならやりかねないよなぁ)
彼がそう考えながら歩いていると、右手の方から彼に向かってくる人影があった。
ふとその人影を見ると、突然彼はその人物に腕を掴まれ、強引に連れて行かれる。
「な、なんだ!お前…俺をどこに連れて行くつもりだ!?」
いくら離せと言っても聞かないその人物はどんどんと足早になり、彼は転びそうになりながらもなんとかついていく。
「はぁ…はぁ…なんだ、お前…なんでこんなところに…」
木が鬱蒼と茂るはずれの方まで来たところで、その人物はようやく彼の腕を放した。
彼が肩で息をしながらその人物を見ると、すぐさま前に何度か相手をさせられた男だと気付く。
(久しぶりで油断してた…俺を連れて行くやつの考えることなんか、1つしかなかったな)
「はぁ?何だお前、まさかこんなところでしようってんじゃないだろうな」
「…分かってるだろ」
「いやいや、お前らって本当に何も考えてないんだな?俺がいつもなんにもしないであの小屋に向かってると思ってるのか?そんな都合のいい話があるか、こんな昼間っから中に挿れることなんてできないぞ」
「じゃ、『上』でいいから」
「は、何言って…っ!!」
彼は強引に跪かされて気づいた。
『上』とはつまり口のことだ。
自らの下衣をはだけさせたこの男は、彼に口で奉仕をさせようとしている。
「なぁ、ちゃんとやれよ。出来なかったら『あいつ』に言うからな」
「お前…うっ…!」
彼は無理やり口に硬いものを咥えさせられると、そのまま喉奥まで一突きされた。
あまりの苦しさに激しく咳き込むも、頭を強く抑え込まれているせいで少しも抜き出すことを許されない。
彼は頭を掴まれながら、あまりの苦しさに目が潤むのを感じた。
「はぁ…久しぶりすぎる。お前、最近人気らしいな」
(はぁ?こいつ…こいつ何言ってるんだ?人気どころか、ここ最近は誰も相手にしてないのに…)
「俺はさ、誰かと一緒にやろうって趣味はないわけ。こうなったのはお前の自業自得だからな」
(何の話だ?自業自得って、俺はただ熊ちゃんとしか…)
彼はそこではっとした。
まさか、男達はそれぞれ『熊』が食事を届けに来るのを『夜の誘い』だと勘違いしているのではないか?
声をかけようとする度に男達は彼が『熊』と話しているのを見て、今日は相手が決まっているのだと悟る。
皆で話をすれば全て同一人物だと気付くはずだが、まさかそこまで詳しく話をすることはないのだろう。
『さっきあいつに小屋へ誘いに行こうとしたら、もう先に誘ってるやつがいた』
『俺も昨日、先を越されてたんだ』
せいぜいこの程度のはずだ。
考えれば考えるほど、そうとしか思えなくなる。
(そうだ…たまたまこいつらに呼び出されなかった日が続いたんじゃない、熊ちゃんがいたからだ。俺、また熊ちゃんに救われてたってことか…)
「あぁ、気持ちよすぎ…お前、口も最高なのかよ」
喉奥まで何度も突かれている彼は歯を当てでもしてこの男を逆上させることのないよう気を遣うのに精一杯で、苦しさのあまり流れる涙にはかまっていられない。
嫌な臭いと味の中、やっとの思いで息をしていた。
「そろそろ出そう…なぁ、飲めよ。俺のを飲む顔、見せろよ」
「…なにをしてるんだ」
声がした途端、頭を掴んでいた男の手が止まる。
彼はなんとかして口の中のものを少し抜き出すと、はぁはぁと肩で荒く息をした。
「え、なにって、取り込み中なんだけど。悪いね、失せてくんない?」
「…失せるのはそっちだ」
怒気をはらんだその声には覚えがある。
いつもとは違うが、明らかに『熊』の声だ。
「はぁ…こんなとこに来るなんてさ、つけてきたの?他人のこういうとこを見るなんて、変態だね」
「…黙れ」
「もしかして俺達のを見て興奮しちゃった?だったらもうちょっと待っててよ、すぐに出してこいつを渡してやるからさ」
(あぁ、熊ちゃんのバカ…こいつにつっかかったってお前じゃ勝てないよ)
「だからさ、あっち行っててよ。終わったら声かけてやるって…え、それなんのつもり?」
「……………」
「いやいやいや。それ、あのジジイのとこの作だろ?そんなのに手をかけてどうするつもりなんだよ、まさかそれを俺に向けようって?…はは、本気かよ。なんだ、どうせそれ、持ち手だけなんだろ?」
男のものを咥えさせられているせいで彼には『熊』の姿は見えていないが、男の話と様子から『熊』が何をしているのかはよく分かる。
彼は一瞬男の手が緩んだ隙に顔を離すと、激しく何度か咳き込んでから言う。
「あの爺さんが持ち手だけなんか寄越すわけないだろ…」
男は深くため息をついてから「萎えたなぁ」と苛立たしげに言い放つ。
「ツイてない、最悪。おい、近いうちに遊ぼうぜ。邪魔が入んないとこでさ」
男の去っていく足音が聴こえなくなったところで、ようやく彼はきちんと息ができるようになった。
今の彼は幾筋も流れた涙によって酷い姿になっている。
彼は『熊』にその顔を見られないように立ち上がると、1番近い小川まで歩いていって何度も顔を洗い、口を濯いだ。
「あ…えっと…俺ん家、わりとすぐそこだからさ。寄ってかない?ここじゃゆっくり話もできないし」
「…うん」
彼はつとめていつも通りに振る舞いながら家へと向かった。
ーーーーーー
「水くらいしか出せなくて悪いな。俺、いっつも茶とか飲まないからさ」
「…大丈夫」
「あ、やっぱり熊ちゃんが手をかけたのってそれか!そりゃあ怯むよな、あの爺さん作の刃物は切れ味が他と比べもんになんないし。熊ちゃんが大事な刃物を振り回すわけないけど、あいつにはそんなの分かりっこないもんな。あはは!」
『熊』の荷物からわずかに覗く特徴的な持ち手は、特に料理人達が扱うことで有名な老鍛冶師の作を象徴するものだ。
彼はいつも通りにその振る舞うことで妙な雰囲気をどうにかしようと思っていたのだが、その効果はなかった。
「まぁその…変なとこを見られちゃったな。まったく、熊ちゃんは何をしにあんなとこへ来たんだ?俺は散々言ってたじゃないか、『ここはイカれたやつらが多いんだ』って。あんなのが1人や2人じゃないんだ、さっきは爺さんの刃物に怯んだから良かったけどさ」
「…君はどうして」
「うん?」
「どうして君は…こんな所にいるの」
「…うーん、まぁ、こんなでも俺の家だから、かな」
彼はまだ少し痛む喉のあたりを擦りながら話す。
「俺、家族から離れたくてここに来たんだけどさ、まぁ…あいつらの相手をさせられること以外は悪くないんだよ。他にアテがあるわけでもないし」
「でも…相手って…」
「なんか熊ちゃんには話しづらいなぁ、でもこの際はっきり言うか。あいつらさ、俺を抱くんだよ。イカれてるよなぁ…あ、こんな話をする俺も大概かも」
「…どうしてそんなことに…」
「まぁ、初めは1人に無理やり抱かれたんだよ。その後すぐにどっか別のとこへ行こうとしたんだけど、姉ちゃんを引き合いに出されて残るしかなかったんだ」
「お姉さんを?」
「うん」
初めて相手をさせられた後、すぐにここから逃れなければならないと思った彼を引き留めたのは、やはり例のあの男だった。
(「お前、姉貴がいるんだってな?なぁ、俺、お前の義理の兄になってやろうか?」)
(「は…な、何言って…」)
(「お前が相手しないんだったら、お前に似た姉貴と仲良くしようかと思ってさ」)
「今思えばさ、あいつらにそんなことできるはずもないんだよ。姉ちゃんはその時もう婚約して酪農地域へ行ってたはずだし、ここなんかとは違って面倒見のいい、優しい人達が沢山いる所で暮してるんだから。本気であいつらが手を出そうとしても、人の目がありゃそんなことできっこない。だけど、当時は俺もバカだったし世間知らずだったから、姉ちゃんにだけは近付けさせちゃいけないと思ったんだよな…もう何年も会ってないし、連絡も取ってないけど、唯一俺に理解を示してくれた人だったんだ」
彼は「姉ちゃん、どうしてんのかな。ま、幸せにしてるか」と呟いた。
「お姉さんに手出しできないと分かっているのに…どうしてここを去らないの」
「だから言ったろって、今さらどこに行けばいいっていうんだ。俺にはアテもツテもないんだよ…あ、あいつらの相手なんか好き好んでしてるわけじゃないからな。押さえつけられたり無理やりさせられたりしてさ、最悪な気分だし、いつも内心では悪態ついてんだ。まぁでも、そのうちもっと歳を取ればあいつらもあんなに元気ではいられなくなるんだし、俺を相手にしようなんて思わなくなるって。だろ?」
「…アテとツテなら、もうある」
「は?」
「……」
彼は一瞬ぽかんとして考える。
(熊ちゃん、まさか一緒に暮らそうって言ってんの…かな?え、友達として?あぁ、でもそうか、友達じゃなかったらなんだって話だもんな…っていうか、俺が男に抱かれてるって知ってて普通そんなこと言うか?気持ち悪がったりしてもおかしくないのに、なんか別に驚きもしてないみたいだったし…そもそも、さっきなんか俺が口でさせられてるのを見たんだし)
彼が考え込んでいる間、『熊』の方も何も言わずにただじっとしていて、目を伏せたその姿は本当に『しとやか』という言葉がよく似合うようだ。
(いや、待てよ…もしかして熊ちゃん、俺のことが好きだったりして…?いや、そんなわけないな!?あいつらだって俺に相手をさせるけど、別に男が好きってわけでもないみたいだし…もうよく分からないな、本人に聞くのが1番いいか)
彼は「…なぁ」と『熊』に声をかける。
「熊ちゃんさ、俺を抱きたいの?」
それはなんとなく口にした言葉だったが、それを聞くなり『熊』は弾かれたように立ち上がり、「違う!」と声を荒らげた。
彼はそんな『熊』の姿に驚いて、「え、悪かったって、そんな怒るなよ」となだめる。
「俺の言葉が悪かったな、あー…えっと…」
「僕は!君を慰みものにしたいんじゃない!ただ…ただもっと自分を大切にしろって言ってるんだ!」
「あ…うん、そうだな、ありがとう。俺は別に熊ちゃんがあいつらと同じだと思ってるわけじゃないよ」
「君は…君は嫌な思いをしているのに、心の中では悪態をついているのに、どうしてここを離れようとしないんだ!君が普通だと、仕方ないと思っていることは、普通でも仕方のないことでもない!本当は君は好きな所へ行って好きなことをしていいのに、自分自身をここへ縛り付けているんだよ、抜け出すことを諦めてはだめだ!」
「お、うん…く、熊ちゃん、俺が悪かったって…その、俺が聞きたかったのはさ…」
彼が狼狽えていると、ひとしきり耐え忍ぶように拳を握りしめていた『熊』は今日の分の料理を差し出し、「…帰る」と一言だけ言った。
「あ…じゃあ俺も途中まで一緒に行くよ。あと1個工房まで運ぶのがあるし…」
彼が荷物を手にしようとするより早く『熊』はそれを取る。
「…僕が届けるからいい」
「いや、どこ宛か分かんないだろう」
「分かる。いつも行く工房の、左から3軒目のところ」
たしかにその通りだ。
彼は呆気にとられながら「あ、そう…だけど…」と呟く。
「…とにかく、もう今日は外に出ないで。きちんと鍵をかけて、誰が来ても応じちゃだめだ。そうして、お願いだから」
「う、うん…分かったよ…」
「……それじゃ」
『熊』は彼がきちんと戸に鍵をかけたのを確認してから帰っていった。
ーーーーーー
(「本当は君は好きな所へ行って好きなことをしていいのに、自分自身をここへ縛り付けているんだよ、抜け出すことを諦めてはだめだ」)
(…熊ちゃん、すごく怒ってたな)
彼はその晩、渡された料理を食べながら言われた言葉を何度も思い返してはじっと考え込んだ。
(熊ちゃんは俺のためにあんなに怒ってくれたんだ。…そういえば、口でさせられてたのを止めてくれた時も声が怖いくらいに…はぁ、俺はなんであんな聞き方をしちゃったんだ?あれじゃ不快に思って当然だよ、『俺が好きなのか?』って、それで良かったのに)
彼は深くため息をついて料理が盛られていた皿を片付ける。
(明日、会ったら聞こう。熊ちゃんはなんて答えるかな…ただ友達としてって言うかも。そうだよな、普通は男同士であんなことをしたりしないんだ。熊ちゃんも言ってた、『君が普通だと、仕方ないと思っていることは、普通でも仕方のないことでもない』って。…っていうか、熊ちゃんは明日も来るのかな?)
彼は灯りを消して寝台に潜り込むと、今日見た『熊』の真っ直ぐな瞳を思い浮かべながら眠りについた。
ーーーーーー
「あ…く、熊ちゃん…」
翌日、いつもと同じ時間、いつもと同じ場所に『熊』は やってきた。
彼はなんとなくそわそわとした気持ちでいたのだが、『熊』はいつも通りに料理を手渡してくるだけだ。
彼はそれを受け取りながら「熊ちゃん、その…俺…」と反応を伺いながら話しかける。
「昨日は本当にごめん…でもさ、俺、1つ真面目に聞きたいことがあるんだよ」
「…何?」
「熊ちゃんてさ、その…俺のこと、好き…なの…?」
なんとか口にしたものの、その次は返答が気になって仕方がない。
まるで何時間も経ったかのように感じられる間の後で、『熊』はゆっくりと頷いた。
それを見て、彼が「それは…友達…として…?」と再び尋ねると、今度は首を横に振る。
(えっ…てことは、そういうこと…なんだよな…?)
彼は目を瞬かせながら、無意識のうちに「いつから…」と呟いていた。
「…もうずっと前。初めは何度か見かけただけだった。君は他の人と違っていつも1人で歩いていたし、ひどく体調が悪そうな時もあって気にかかってたんだけど…たまに君に話しかけている人達の目が何か普通じゃないような気がして、変だと思ったんだ」
「あぁ…まぁ、俺に話しかけるやつなんて、考えてることは1つだから…」
「…君に、その…そういうことをするために話しかけているんだって気付いてから、もう気にするだけじゃいられなくなって…君に荷物運びを頼んだあの時、なんとか君を助けたい一心だったんだ。僕が邪魔をすれば、少しでもいいんじゃないかと思って…」
(熊ちゃん、初めから俺がそういうことをさせられてるって知ってたんだ…知ってたから、昨日も驚いたりしなかったんだな)
「体調が悪そうなのも、きちんとしたものを食べてないからみたいだし…こうして届けに来れば君に話しかけに来る人からも守れると思っていたんだ。だけど昨日…君があんな風に連れて行かれるのを見て…追ったけど途中で見失って…させられる前に止めてあげられなくて…」
「いい、いいんだよ、熊ちゃん。あんなのなんでもない、沢山助けてもらってたんだって俺は知ってるんだ。本当だよ。もうずっと声をかけられてなかったのも、身体の調子がいいのも、全部熊ちゃんのおかげだって知ってるんだ」
彼は『熊』の頬を伝う雫を拭いながら微笑む。
「ありがとう、熊ちゃん。こんな俺を助けてくれて、好きになってくれて。俺のために…怒ってくれて」
それから彼は満面の笑みを浮かべて言った。
「熊ちゃん。ねぇ、熊ちゃん。明日もさ、ここへ来てよ。何とは言わないけど…必ず、ね」
『熊』はゆっくりと、力強く頷いた。
ーーーーーー
(…はぁ、俺の荷物なんて本当にこれっぽっちしかないんだな。荷造りなんてする意味なかったよ)
彼は僅かな衣服などを袋に入れ終えると、どかりと寝台に座った。
明日だ。
彼は『熊』の迎えと共にここを出ていく事を心に決めていた。
(あいつらには絶対に悟られないようにしないと…熊ちゃんは夕方くらいに来るから、それまではあくまでもいつも通りに振る舞うんだ。声をかけられたって適当に返事しとけばいい、どうせ明日の今頃はここにはいないんだから)
そわそわとした心は抑えようもなく、あれこれと考えさせてくる。
(それにしても…俺、誰かに好きだなんて言われたの初めてなんだけど…!こんなに嬉しいものなのかな?熊ちゃんは優しいし、なんかかっこいいし、料理も上手いし…そんな人が俺をって、本当なのかな?でも熊ちゃんは嘘とかつかないよな…熊ちゃんが、あの熊ちゃんが?本当に俺を?えぇ?)
彼は寝台の上でゴロゴロと転がりながら明日が来るのを待った。
ーーーーーー
いつも通りの朝だ。
清々しい風が吹き、鳥達が飛び回る朝。
ここで見る、最後の景色。
(今日は3軒運べばいいだけだ。どれもちょっと距離があるけど…別にどうってことない、さっさと済ませて夕方になる前にはもういつもの場所に行っとこう。…あ、だったら待ってないで自分から熊ちゃんの所へ行っちゃおうかな?でも忙しい時だったら迷惑になるかもしれないし…行き違いになるのも嫌だから、やっぱり待ってよう。熊ちゃんがあんまり歩かなくて済むように、いつもより中央広場の方へ寄っておくんだ)
荷を運んでいる時は基本的に誰とも会うことがないため、彼は『熊』のことを思い浮かべ、顔を綻ばせながら歩いた。
(熊ちゃんと一緒に暮らしたら、どんな毎日なのかな?俺より3つ年上だったっけ、意外と朝が弱かったりして!ほら、熊は冬眠するし…本当にそうかも知れないぞ。寝ぼけた熊ちゃん、面白そうだなぁ)
(熊ちゃんが重くて持てないのは俺が代わりに持つんだ。料理は食堂の皆がやるんだし、俺に出来ることっていったらそれくらいだからさ。男手がないって言ってたし、きっと俺は役にたてるはず)
彼は昼過ぎにはもう最後の荷を持ち、1番遠くの工房へと向かっていた。
この工房は他のどの工房よりも比較的彼の家に近いため、荷を運び終えたらすぐに家へ帰ってあの僅かな荷物を持ち出そうと考えていたのだ。
(あの陽が沈む頃にはもう俺はここから出ていってるんだよな。あぁ、すごく…すごく楽しみだ、どうしよう、すごく待ち遠しい!)
弾む心は足取りを軽くさせ、彼は日が傾き始めた頃に最後の荷物を運び終えた。
(よし、もう荷物を持って熊ちゃんを待とう。あと少しで全部が変わる、全部変わるんだ)
彼が足早に家へ向かうと戸の所に誰かが立っている。
一瞬、『熊』かと思ったものの、それは例の男だった。
「よぉ、もう運び終わったのか?やけに早いな」
「……何の用だ」
「何って?お前を迎えに来たんだけど」
『迎えに来た』というその言い方には嫌な響きが含まれている。
彼は出ていくことを悟られているのかと緊張したが、まだそうと決まったわけでもないため、今までであればどう返していたかと慎重に考えた。
「くそっ…また俺を使う気かよ。どうせ逃げらんねぇんだ、迎えなんかいるかよ」
「はははっ!まぁ、そうだよな。逃げたらどうなるか分かってんだし」
「小屋へ来いってんだろ、暗くなるまで大人しく待っとけよ」
「いいや、『迎えに来た』って言っただろ」
「はぁ?…っ、おい!」
男は彼を担ぎ上げると、そのまま歩きだす。
彼は「降ろせよ!」と全力でもがくも、家が遠ざかっていくのを止めることは出来なかった。
ーーーーーー
「お前…何すんだよ!暗くなるまで待てないっていうのか?バカみたいにサカりやがって!」
「はいはい、威勢がいいなぁ。今日は久しぶりに中を洗うのを手伝ってやるよ。もう湯も溜めてあるぜ、冷たいと可哀想だからな」
「な、何言ってやがる…やめろ、触るな!」
「初めて俺が中を洗ってやった時のあの顔が忘れらんねぇ。お前、顔を真っ赤にしてさ…今もそうか見てやるよ」
「やめろっつってんだろ!」
彼は小屋の浴室へ連れ込む男の手から必死に逃げ出そうとするものの、片手で首を、もう片手で下の方を強く握られて抵抗しきれない。
2つの苦しさを味わう間に上下の衣を取り去られ、彼は丸裸にされてしまった。
(ま、まずい…なんとかして逃げないと!)
男を押し退けて浴室の扉へ手をかけるも、彼は体勢を崩され、そのまま濡れた床へ押し倒される。
「逃げられると思ってんのか?無理なんだからさ、さっさと諦めな」
押し倒され、組み伏されても彼は諦めなかった。
(『抜け出すことを諦めてはだめだ』)
(そうだ、熊ちゃんも言ってたじゃないか。諦めちゃだめなんだ、俺は自分を守ってやらなきゃいけない。俺のために怒ってくれた熊ちゃんを、俺を好きになってくれた熊ちゃんを、あの優しい熊ちゃんを悲しませちゃいけないから…熊ちゃんが守ろうとしてくれた俺の体を俺が守らないでどうするんだ、こんなやつに負けちゃいけないんだ)
だが、いくら全力で足掻いてもそれ以上に男は力があった。
その上、彼は敏感な部分を手で扱われ、ひどい嫌悪感に襲われながらも意思とは関係なく反応し始めてしまう。
「中を先に洗おうと思ってたけど、まぁ、こっちが先でもいいよな。なぁ勃ってきてるぞ、見えるか?これじゃ嫌なのかなんなのか、分かんないな」
「い、嫌だ…っ!やめろ!!離せ!」
(あぁ、最悪だ…何でこんなので…!だめだ、耐えないと!うぅ…くそ…っ!)
彼は必死に耐えていたものの、そのうちこらえきれなくなって放った。
自らの下腹部にぱたぱたと飛び散った白濁は、屈辱と『熊』への申し訳ない気持ちで胸をいっぱいにする。
「出たなぁ。よし、次は中だ…なんだよ、まだ抵抗するのか?そんなに明るいうちからが嫌だったのかよ。でももう心配すんな、暗くなってきてるから」
窓を見ると、たしかに射し込む陽は弱々しくなってきていた。
約束の時間が迫ってきている。
彼は自分が今どうするべきかを必死に考えた。
(逃げ出せないなら解放させるしかないぞ、まだ間に合うはずだ。こいつは2回も出せば満足するはず…でなければ3回。さっさと出させれば、まだ…!)
彼が男のものへ手を伸ばそうとすると、男は彼を抱え込み、後ろの秘めた部分に無遠慮に指を突き入れてきた。
中を洗われながらも、彼は身を捩って男のものへ肌を擦り付け、ようやく1度出させる。
「なんだお前、急にやる気になったのか?ったく、最初からそうしてくれると面倒が減るよ。中も洗えたし、さっさと部屋へ行こうぜ」
彼は体も大して拭われないままに寝台へと放り投げられた。
男はよほど興奮しているのか、放ったばかりだというのにもかかわらず下のものを硬くそそり勃たせている。
(都合がいい、これなら早く済みそうだ。でも、やっぱり中に挿れさせないとだめだろうな…あぁ、ごめん、本当にごめんな、熊ちゃん。自分を守りたかったんだけど、こいつに使われちゃうよ。でもこいつに使われるのはこれが最後だから…大丈夫、すぐに終わらせるよ。じっくりなんてさせない。俺ならできる、さっさと解放させてみせるから)
彼は拳を握りしめ、何度も心の中で『熊』に詫びた。
「あ、もう始まってる?」
「来たか。いい時に来たな、これからだよ」
「これから?なんかもうヤってる感じじゃん」
突然聞こえてきた声に彼が勢いよく小屋の扉の方を見ると、なんとそこには4人の男達がいた。
どれも前に相手をしたことがある男達だ。
部屋の状況を目にしても気まずそうにするどころか、薄気味悪く感じる笑みを浮かべながら部屋へ入ってくる男達。
「お、お前ら…」
彼はこの時、初めて気付いた。
今晩相手をさせられるのは、例の男1人ではなかったのだ。
「本当にやるんだ、ちょっと冗談だと思ってたんだけど」
「な。でも結構面白そうだよ」
「来ないって言ってたやつらも来てみればよかったのにな。まぁ、皆来たら部屋が狭いだけか」
「俺、先に湯を浴びてくるわ」
「なぁ、何人ずつ相手させんだよ」
1人から尋ねられた例の男は「まぁ、4人だろ」と事もなげに言う。
「4人?」
「あぁ。ここと口と両手で4人」
「じゃ1人は見てるだけかよ、最初にさせてやんないと可哀想だな」
「なら、1人はこいつのを触ってやれば?1番近くでこいつの反応を見れるぞ」
「うわ、それはそれで良さそう」
男達はすでに下衣に手をかけ、ものを取り出し始めている。
この部屋に彼自身を見ている者は1人もいない。
誰もが彼の体だけを見ている。
窓の外はすでに陽が沈み、僅かに赤みが残る程度だ。
彼は呆然と寝台に視線を落とし、ちらちらと揺れる灯りが自らの肌を照らすのを眺めた。
(…熊ちゃん、だめだ。俺、もう逃げらんない。諦めたくなかったけど、5人もいるんだ。こいつらは手加減なんかしないからさ、これ以上抵抗したら俺も何されるか分かんないよ…なぁ、熊ちゃん…)
「両手使わせるんなら寝台が壁側にあるんじゃ不便だよ、移動させようぜ」
「面倒くさいなぁ、この机の上でやれば?」
「この机の上に膝ついて腰振んのかよ、膝がどうなっても知らないぞ」
「そうだよ、やっぱ寝台の上でやんないと」
「机は後で立ってする時に手をつかせよう。ほら、さっさと動かそうぜ」
(熊ちゃん…まだあの場所で待ってるなんてこと、ないよな?今日はもう俺、行けないみたいだからさ…早く帰りな。来いって言ったのは俺なのに…ごめんな、熊ちゃん…)
寝台は彼を上に乗せたまま部屋の真ん中へと移動させられ、5人の男達はその周りを取り囲むように立って初めに誰が何をするかと話し合う。
男達はまず全員で取り掛からず、口と後ろを代わる代わる使うことに決めたようだ。
「心配すんなよ、明日のお前の分の仕事は俺らで代わってやるから」
「明後日も代わってやることになるかもな」
「おい、もういいだろ。早く始めて俺らにもさせてくれよ」
男達は軽く笑い声を漏らすと、彼を四つん這いにさせる。
まず後ろに熱く硬いものが挿入され、それからすぐ眼前にも男のものが差し出された。
「ほら、咥えて」
彼が顔を背けて抵抗すると、後ろ髪を掴む手に力が込められるのを感じる。
頬を掴まれ、強引に開かされた口内に熱く拍動するものが滑り込んできた。
(苦しい…苦しいよ、熊ちゃん…)
「はぁ…毎日誰かとヤッてるって話じゃなかったか?こんなにキツイって…これじゃすぐ出そ…うっ」
「それ、こいつも興奮してるからだったりして。…なぁ、お前と最近ヤれないから、逆に皆でって話になったんだぜ。どうだ、意外と悪くないんじゃないか?うん?」
(うぅ…熊ちゃん、助けて…あぁ、いや、だめだ…こんな姿見たら、熊ちゃんは俺を嫌いになるに決まってる…好きだって言ってくれたのに、こんなの見せらんないよ…)
彼の頬を1つ2つと雫が濡らしていく。
今までは抱かれている時に感じる苦しさや屈辱は、全て鋭く睨みつける眼光に代わっていた。
しかし、今はそれらが大粒の涙となっている。
「はぁ…もう出る…う…っ!」
彼の口内に嫌悪感の塊が放たれた。
彼は咥えていたものを抜き出されると、すぐさまそれらを寝具に吐き出して激しく咳をする。
「お前、早すぎでしょ。いつもそうなのか?」
「はぁ?違うって!こいつの口が良すぎるんだよ!っていうか、俺が早いんじゃない、そいつが遅すぎるんだ」
「はぁ…俺ももう出すよ…これ、中にいいの?」
「いいだろ、別に。全部外に出してたら寝台が汚れて片付けるのが面倒だ。まだあと何人か来るって言ってたし」
「じゃこのまま出すよ…はぁ…あぁ、すごい…うっ!!」
彼の中に不快な感覚が渦巻く。
(あぁ…なんでよりによって今日なんだ…出ていこうとしてたのは関係ないらしい、偶然…偶然今日だったんだ。こんなことなら、昨日出ていくんだった…あんな荷物どうってことなかったのに…熊ちゃんが『好きだ』って言ってくれて、『俺も』って言って、そのまま出ていけばよかったんだ…もう合わせる顔がないよ、熊ちゃん…だけど、だけど俺は絶対に心だけは守るよ。体はだめだったけど、この気持ちだけは…)
彼は自らの唇を強く噛み締めて血を滲ませた。
これからどんなことをされたとしても、この唇の痛みがあれば正気を保てるはずだと信じて。
「じゃ、そこ代われよ」
「俺はこっちな…あぁ…あぁすごい…キツくて熱くて最高だ…」
「手でしてもらおうかな…ちょっと待ってらんない」
「見ながら自分ですれば?」
「また後で人が増えたらそうすることになるって。まだ少ないうちに好きなことをしといた方がいいよ」
「なんかこいつ顔色が良くなったし、肌も…前よりもずっと楽しめそうなんだけど」
(熊ちゃんが…熊ちゃんが美味いものを食わせて大切にしてくれたからだ…お前らなんかとは違って優しい熊ちゃんが…)
彼は再び顔を上げさせられ、先ほどと同じように1人の男のもの突きつけられる。
片手はその男の腰を掴まされ、もう片手はさらに別の男のものをおさめさせられた。
ちゅぽちゅぽという音。
すりすりという音。
パンパン、ぐちゅぐちゅという音。
吐息に短い喘ぎ声。
全てが混ざりあった聞くに堪えないほどの『音』は部屋に充満しているが、もはや彼の耳には、それらは何1つ聞こえていない。
喉奥の苦しさと手のひらの不気味な熱さ、ヒリヒリと痛む後ろの穴、中に出されたことで不快感を増した腹の感覚。
そして唇の痛みが彼の感じ取れる全てだった。
一体これがいつまで続くのか。
永遠にも思えたその瞬間、彼ははっきりとある一言を聞いた。
「どけ」
彼を取り巻く全ての動きが止まり、彼はその声の主がまさしく自分の思う人物だと実感する。
(く、熊ちゃん…熊ちゃんだ、熊ちゃんの声…)
「あんた、誰から声をかけられたんだ?悪いけど順番待ちしてくれよ」
「どけって言ってるんだ」
(熊ちゃん…お前には勝てないよ、むしろ俺とおんなじ目に合わされちゃう。なんでこんなとこへ来たんだ、どうしてここを知ってるんだ…)
「はぁ…独り占めは良くないんじゃないか?皆で楽しまないと」
男達は突然の『熊』の来訪に興が削がれたらしく、彼の口、手、穴からものを抜き去る。
彼が激しく咳き込むと、ばさりと全身に何かが覆いかぶされた。
「せっかく楽しんでたのに、邪魔しやがって…う、うわ!」
「わっ、だ、大丈夫かよ!」
彼は覆いをされているせいで辺りの状況を伺うことができず、ただ何かが当たる音や僅かな争う声だけを聞く。
(だ、だめだめ熊ちゃん!俺も動かないと!あぁ、動けよ、俺!)
彼がなんとかして寝台から逃れようとしていると、急に担ぎ上げられる感覚がした。
反射的に暴れたものの、担ぎ上げている人物からふわりと嗅いだことのある匂いがしたことで、彼は大人しくする。
彼の体に添えられている手は温かく、優しいものだった。
ーーーーーー
「まだやって…う、うわ!何があったんだよ、これ!」
小屋へ遅れてやってきた男は中へ入るなり驚きの声を上げる。
項垂れた例の男が言った。
「…『お姫様』がさらわれたんだよ」
澄み渡った青空の下、彼は大きく背伸びをして空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
夏の一番暑い頃を過ぎ、これからしばらくは過ごしやすい季節になっていくだろう。
風も爽やかに吹き抜けていき、彼は気分が良かった。
(ここ最近、あいつらの誰からも声がかかってないのが最高すぎる。その上、熊ちゃんの美味い飯もあるし…こんなに体調が良いのなんか、いつぶりだ?)
彼は『熊』と知り合ってからというもの、ほぼ毎日のように食事を届けられている。
初めは『熊』が男達に目をつけられるのではないかと心配していたものの、どういうわけか『熊』は周りに誰もいない時に食事を届けにやってきて、少し会話をして帰っていく。
男達と会うことはなさそうだ、と思った彼は『熊』にここへ来るのを止めるように言わなくなったばかりか、今では届けられる料理を楽しみにするようになっていた。
(今日も来るかな、熊ちゃん。昨日は肉が多くて嬉しかったんだよな…そうだ、あの味付けが好きだって言っとこう。…あ、でもそう言ったら何日も続けてあの味付けにしてくるかな?あはは!熊ちゃんならやりかねないよなぁ)
彼がそう考えながら歩いていると、右手の方から彼に向かってくる人影があった。
ふとその人影を見ると、突然彼はその人物に腕を掴まれ、強引に連れて行かれる。
「な、なんだ!お前…俺をどこに連れて行くつもりだ!?」
いくら離せと言っても聞かないその人物はどんどんと足早になり、彼は転びそうになりながらもなんとかついていく。
「はぁ…はぁ…なんだ、お前…なんでこんなところに…」
木が鬱蒼と茂るはずれの方まで来たところで、その人物はようやく彼の腕を放した。
彼が肩で息をしながらその人物を見ると、すぐさま前に何度か相手をさせられた男だと気付く。
(久しぶりで油断してた…俺を連れて行くやつの考えることなんか、1つしかなかったな)
「はぁ?何だお前、まさかこんなところでしようってんじゃないだろうな」
「…分かってるだろ」
「いやいや、お前らって本当に何も考えてないんだな?俺がいつもなんにもしないであの小屋に向かってると思ってるのか?そんな都合のいい話があるか、こんな昼間っから中に挿れることなんてできないぞ」
「じゃ、『上』でいいから」
「は、何言って…っ!!」
彼は強引に跪かされて気づいた。
『上』とはつまり口のことだ。
自らの下衣をはだけさせたこの男は、彼に口で奉仕をさせようとしている。
「なぁ、ちゃんとやれよ。出来なかったら『あいつ』に言うからな」
「お前…うっ…!」
彼は無理やり口に硬いものを咥えさせられると、そのまま喉奥まで一突きされた。
あまりの苦しさに激しく咳き込むも、頭を強く抑え込まれているせいで少しも抜き出すことを許されない。
彼は頭を掴まれながら、あまりの苦しさに目が潤むのを感じた。
「はぁ…久しぶりすぎる。お前、最近人気らしいな」
(はぁ?こいつ…こいつ何言ってるんだ?人気どころか、ここ最近は誰も相手にしてないのに…)
「俺はさ、誰かと一緒にやろうって趣味はないわけ。こうなったのはお前の自業自得だからな」
(何の話だ?自業自得って、俺はただ熊ちゃんとしか…)
彼はそこではっとした。
まさか、男達はそれぞれ『熊』が食事を届けに来るのを『夜の誘い』だと勘違いしているのではないか?
声をかけようとする度に男達は彼が『熊』と話しているのを見て、今日は相手が決まっているのだと悟る。
皆で話をすれば全て同一人物だと気付くはずだが、まさかそこまで詳しく話をすることはないのだろう。
『さっきあいつに小屋へ誘いに行こうとしたら、もう先に誘ってるやつがいた』
『俺も昨日、先を越されてたんだ』
せいぜいこの程度のはずだ。
考えれば考えるほど、そうとしか思えなくなる。
(そうだ…たまたまこいつらに呼び出されなかった日が続いたんじゃない、熊ちゃんがいたからだ。俺、また熊ちゃんに救われてたってことか…)
「あぁ、気持ちよすぎ…お前、口も最高なのかよ」
喉奥まで何度も突かれている彼は歯を当てでもしてこの男を逆上させることのないよう気を遣うのに精一杯で、苦しさのあまり流れる涙にはかまっていられない。
嫌な臭いと味の中、やっとの思いで息をしていた。
「そろそろ出そう…なぁ、飲めよ。俺のを飲む顔、見せろよ」
「…なにをしてるんだ」
声がした途端、頭を掴んでいた男の手が止まる。
彼はなんとかして口の中のものを少し抜き出すと、はぁはぁと肩で荒く息をした。
「え、なにって、取り込み中なんだけど。悪いね、失せてくんない?」
「…失せるのはそっちだ」
怒気をはらんだその声には覚えがある。
いつもとは違うが、明らかに『熊』の声だ。
「はぁ…こんなとこに来るなんてさ、つけてきたの?他人のこういうとこを見るなんて、変態だね」
「…黙れ」
「もしかして俺達のを見て興奮しちゃった?だったらもうちょっと待っててよ、すぐに出してこいつを渡してやるからさ」
(あぁ、熊ちゃんのバカ…こいつにつっかかったってお前じゃ勝てないよ)
「だからさ、あっち行っててよ。終わったら声かけてやるって…え、それなんのつもり?」
「……………」
「いやいやいや。それ、あのジジイのとこの作だろ?そんなのに手をかけてどうするつもりなんだよ、まさかそれを俺に向けようって?…はは、本気かよ。なんだ、どうせそれ、持ち手だけなんだろ?」
男のものを咥えさせられているせいで彼には『熊』の姿は見えていないが、男の話と様子から『熊』が何をしているのかはよく分かる。
彼は一瞬男の手が緩んだ隙に顔を離すと、激しく何度か咳き込んでから言う。
「あの爺さんが持ち手だけなんか寄越すわけないだろ…」
男は深くため息をついてから「萎えたなぁ」と苛立たしげに言い放つ。
「ツイてない、最悪。おい、近いうちに遊ぼうぜ。邪魔が入んないとこでさ」
男の去っていく足音が聴こえなくなったところで、ようやく彼はきちんと息ができるようになった。
今の彼は幾筋も流れた涙によって酷い姿になっている。
彼は『熊』にその顔を見られないように立ち上がると、1番近い小川まで歩いていって何度も顔を洗い、口を濯いだ。
「あ…えっと…俺ん家、わりとすぐそこだからさ。寄ってかない?ここじゃゆっくり話もできないし」
「…うん」
彼はつとめていつも通りに振る舞いながら家へと向かった。
ーーーーーー
「水くらいしか出せなくて悪いな。俺、いっつも茶とか飲まないからさ」
「…大丈夫」
「あ、やっぱり熊ちゃんが手をかけたのってそれか!そりゃあ怯むよな、あの爺さん作の刃物は切れ味が他と比べもんになんないし。熊ちゃんが大事な刃物を振り回すわけないけど、あいつにはそんなの分かりっこないもんな。あはは!」
『熊』の荷物からわずかに覗く特徴的な持ち手は、特に料理人達が扱うことで有名な老鍛冶師の作を象徴するものだ。
彼はいつも通りにその振る舞うことで妙な雰囲気をどうにかしようと思っていたのだが、その効果はなかった。
「まぁその…変なとこを見られちゃったな。まったく、熊ちゃんは何をしにあんなとこへ来たんだ?俺は散々言ってたじゃないか、『ここはイカれたやつらが多いんだ』って。あんなのが1人や2人じゃないんだ、さっきは爺さんの刃物に怯んだから良かったけどさ」
「…君はどうして」
「うん?」
「どうして君は…こんな所にいるの」
「…うーん、まぁ、こんなでも俺の家だから、かな」
彼はまだ少し痛む喉のあたりを擦りながら話す。
「俺、家族から離れたくてここに来たんだけどさ、まぁ…あいつらの相手をさせられること以外は悪くないんだよ。他にアテがあるわけでもないし」
「でも…相手って…」
「なんか熊ちゃんには話しづらいなぁ、でもこの際はっきり言うか。あいつらさ、俺を抱くんだよ。イカれてるよなぁ…あ、こんな話をする俺も大概かも」
「…どうしてそんなことに…」
「まぁ、初めは1人に無理やり抱かれたんだよ。その後すぐにどっか別のとこへ行こうとしたんだけど、姉ちゃんを引き合いに出されて残るしかなかったんだ」
「お姉さんを?」
「うん」
初めて相手をさせられた後、すぐにここから逃れなければならないと思った彼を引き留めたのは、やはり例のあの男だった。
(「お前、姉貴がいるんだってな?なぁ、俺、お前の義理の兄になってやろうか?」)
(「は…な、何言って…」)
(「お前が相手しないんだったら、お前に似た姉貴と仲良くしようかと思ってさ」)
「今思えばさ、あいつらにそんなことできるはずもないんだよ。姉ちゃんはその時もう婚約して酪農地域へ行ってたはずだし、ここなんかとは違って面倒見のいい、優しい人達が沢山いる所で暮してるんだから。本気であいつらが手を出そうとしても、人の目がありゃそんなことできっこない。だけど、当時は俺もバカだったし世間知らずだったから、姉ちゃんにだけは近付けさせちゃいけないと思ったんだよな…もう何年も会ってないし、連絡も取ってないけど、唯一俺に理解を示してくれた人だったんだ」
彼は「姉ちゃん、どうしてんのかな。ま、幸せにしてるか」と呟いた。
「お姉さんに手出しできないと分かっているのに…どうしてここを去らないの」
「だから言ったろって、今さらどこに行けばいいっていうんだ。俺にはアテもツテもないんだよ…あ、あいつらの相手なんか好き好んでしてるわけじゃないからな。押さえつけられたり無理やりさせられたりしてさ、最悪な気分だし、いつも内心では悪態ついてんだ。まぁでも、そのうちもっと歳を取ればあいつらもあんなに元気ではいられなくなるんだし、俺を相手にしようなんて思わなくなるって。だろ?」
「…アテとツテなら、もうある」
「は?」
「……」
彼は一瞬ぽかんとして考える。
(熊ちゃん、まさか一緒に暮らそうって言ってんの…かな?え、友達として?あぁ、でもそうか、友達じゃなかったらなんだって話だもんな…っていうか、俺が男に抱かれてるって知ってて普通そんなこと言うか?気持ち悪がったりしてもおかしくないのに、なんか別に驚きもしてないみたいだったし…そもそも、さっきなんか俺が口でさせられてるのを見たんだし)
彼が考え込んでいる間、『熊』の方も何も言わずにただじっとしていて、目を伏せたその姿は本当に『しとやか』という言葉がよく似合うようだ。
(いや、待てよ…もしかして熊ちゃん、俺のことが好きだったりして…?いや、そんなわけないな!?あいつらだって俺に相手をさせるけど、別に男が好きってわけでもないみたいだし…もうよく分からないな、本人に聞くのが1番いいか)
彼は「…なぁ」と『熊』に声をかける。
「熊ちゃんさ、俺を抱きたいの?」
それはなんとなく口にした言葉だったが、それを聞くなり『熊』は弾かれたように立ち上がり、「違う!」と声を荒らげた。
彼はそんな『熊』の姿に驚いて、「え、悪かったって、そんな怒るなよ」となだめる。
「俺の言葉が悪かったな、あー…えっと…」
「僕は!君を慰みものにしたいんじゃない!ただ…ただもっと自分を大切にしろって言ってるんだ!」
「あ…うん、そうだな、ありがとう。俺は別に熊ちゃんがあいつらと同じだと思ってるわけじゃないよ」
「君は…君は嫌な思いをしているのに、心の中では悪態をついているのに、どうしてここを離れようとしないんだ!君が普通だと、仕方ないと思っていることは、普通でも仕方のないことでもない!本当は君は好きな所へ行って好きなことをしていいのに、自分自身をここへ縛り付けているんだよ、抜け出すことを諦めてはだめだ!」
「お、うん…く、熊ちゃん、俺が悪かったって…その、俺が聞きたかったのはさ…」
彼が狼狽えていると、ひとしきり耐え忍ぶように拳を握りしめていた『熊』は今日の分の料理を差し出し、「…帰る」と一言だけ言った。
「あ…じゃあ俺も途中まで一緒に行くよ。あと1個工房まで運ぶのがあるし…」
彼が荷物を手にしようとするより早く『熊』はそれを取る。
「…僕が届けるからいい」
「いや、どこ宛か分かんないだろう」
「分かる。いつも行く工房の、左から3軒目のところ」
たしかにその通りだ。
彼は呆気にとられながら「あ、そう…だけど…」と呟く。
「…とにかく、もう今日は外に出ないで。きちんと鍵をかけて、誰が来ても応じちゃだめだ。そうして、お願いだから」
「う、うん…分かったよ…」
「……それじゃ」
『熊』は彼がきちんと戸に鍵をかけたのを確認してから帰っていった。
ーーーーーー
(「本当は君は好きな所へ行って好きなことをしていいのに、自分自身をここへ縛り付けているんだよ、抜け出すことを諦めてはだめだ」)
(…熊ちゃん、すごく怒ってたな)
彼はその晩、渡された料理を食べながら言われた言葉を何度も思い返してはじっと考え込んだ。
(熊ちゃんは俺のためにあんなに怒ってくれたんだ。…そういえば、口でさせられてたのを止めてくれた時も声が怖いくらいに…はぁ、俺はなんであんな聞き方をしちゃったんだ?あれじゃ不快に思って当然だよ、『俺が好きなのか?』って、それで良かったのに)
彼は深くため息をついて料理が盛られていた皿を片付ける。
(明日、会ったら聞こう。熊ちゃんはなんて答えるかな…ただ友達としてって言うかも。そうだよな、普通は男同士であんなことをしたりしないんだ。熊ちゃんも言ってた、『君が普通だと、仕方ないと思っていることは、普通でも仕方のないことでもない』って。…っていうか、熊ちゃんは明日も来るのかな?)
彼は灯りを消して寝台に潜り込むと、今日見た『熊』の真っ直ぐな瞳を思い浮かべながら眠りについた。
ーーーーーー
「あ…く、熊ちゃん…」
翌日、いつもと同じ時間、いつもと同じ場所に『熊』は やってきた。
彼はなんとなくそわそわとした気持ちでいたのだが、『熊』はいつも通りに料理を手渡してくるだけだ。
彼はそれを受け取りながら「熊ちゃん、その…俺…」と反応を伺いながら話しかける。
「昨日は本当にごめん…でもさ、俺、1つ真面目に聞きたいことがあるんだよ」
「…何?」
「熊ちゃんてさ、その…俺のこと、好き…なの…?」
なんとか口にしたものの、その次は返答が気になって仕方がない。
まるで何時間も経ったかのように感じられる間の後で、『熊』はゆっくりと頷いた。
それを見て、彼が「それは…友達…として…?」と再び尋ねると、今度は首を横に振る。
(えっ…てことは、そういうこと…なんだよな…?)
彼は目を瞬かせながら、無意識のうちに「いつから…」と呟いていた。
「…もうずっと前。初めは何度か見かけただけだった。君は他の人と違っていつも1人で歩いていたし、ひどく体調が悪そうな時もあって気にかかってたんだけど…たまに君に話しかけている人達の目が何か普通じゃないような気がして、変だと思ったんだ」
「あぁ…まぁ、俺に話しかけるやつなんて、考えてることは1つだから…」
「…君に、その…そういうことをするために話しかけているんだって気付いてから、もう気にするだけじゃいられなくなって…君に荷物運びを頼んだあの時、なんとか君を助けたい一心だったんだ。僕が邪魔をすれば、少しでもいいんじゃないかと思って…」
(熊ちゃん、初めから俺がそういうことをさせられてるって知ってたんだ…知ってたから、昨日も驚いたりしなかったんだな)
「体調が悪そうなのも、きちんとしたものを食べてないからみたいだし…こうして届けに来れば君に話しかけに来る人からも守れると思っていたんだ。だけど昨日…君があんな風に連れて行かれるのを見て…追ったけど途中で見失って…させられる前に止めてあげられなくて…」
「いい、いいんだよ、熊ちゃん。あんなのなんでもない、沢山助けてもらってたんだって俺は知ってるんだ。本当だよ。もうずっと声をかけられてなかったのも、身体の調子がいいのも、全部熊ちゃんのおかげだって知ってるんだ」
彼は『熊』の頬を伝う雫を拭いながら微笑む。
「ありがとう、熊ちゃん。こんな俺を助けてくれて、好きになってくれて。俺のために…怒ってくれて」
それから彼は満面の笑みを浮かべて言った。
「熊ちゃん。ねぇ、熊ちゃん。明日もさ、ここへ来てよ。何とは言わないけど…必ず、ね」
『熊』はゆっくりと、力強く頷いた。
ーーーーーー
(…はぁ、俺の荷物なんて本当にこれっぽっちしかないんだな。荷造りなんてする意味なかったよ)
彼は僅かな衣服などを袋に入れ終えると、どかりと寝台に座った。
明日だ。
彼は『熊』の迎えと共にここを出ていく事を心に決めていた。
(あいつらには絶対に悟られないようにしないと…熊ちゃんは夕方くらいに来るから、それまではあくまでもいつも通りに振る舞うんだ。声をかけられたって適当に返事しとけばいい、どうせ明日の今頃はここにはいないんだから)
そわそわとした心は抑えようもなく、あれこれと考えさせてくる。
(それにしても…俺、誰かに好きだなんて言われたの初めてなんだけど…!こんなに嬉しいものなのかな?熊ちゃんは優しいし、なんかかっこいいし、料理も上手いし…そんな人が俺をって、本当なのかな?でも熊ちゃんは嘘とかつかないよな…熊ちゃんが、あの熊ちゃんが?本当に俺を?えぇ?)
彼は寝台の上でゴロゴロと転がりながら明日が来るのを待った。
ーーーーーー
いつも通りの朝だ。
清々しい風が吹き、鳥達が飛び回る朝。
ここで見る、最後の景色。
(今日は3軒運べばいいだけだ。どれもちょっと距離があるけど…別にどうってことない、さっさと済ませて夕方になる前にはもういつもの場所に行っとこう。…あ、だったら待ってないで自分から熊ちゃんの所へ行っちゃおうかな?でも忙しい時だったら迷惑になるかもしれないし…行き違いになるのも嫌だから、やっぱり待ってよう。熊ちゃんがあんまり歩かなくて済むように、いつもより中央広場の方へ寄っておくんだ)
荷を運んでいる時は基本的に誰とも会うことがないため、彼は『熊』のことを思い浮かべ、顔を綻ばせながら歩いた。
(熊ちゃんと一緒に暮らしたら、どんな毎日なのかな?俺より3つ年上だったっけ、意外と朝が弱かったりして!ほら、熊は冬眠するし…本当にそうかも知れないぞ。寝ぼけた熊ちゃん、面白そうだなぁ)
(熊ちゃんが重くて持てないのは俺が代わりに持つんだ。料理は食堂の皆がやるんだし、俺に出来ることっていったらそれくらいだからさ。男手がないって言ってたし、きっと俺は役にたてるはず)
彼は昼過ぎにはもう最後の荷を持ち、1番遠くの工房へと向かっていた。
この工房は他のどの工房よりも比較的彼の家に近いため、荷を運び終えたらすぐに家へ帰ってあの僅かな荷物を持ち出そうと考えていたのだ。
(あの陽が沈む頃にはもう俺はここから出ていってるんだよな。あぁ、すごく…すごく楽しみだ、どうしよう、すごく待ち遠しい!)
弾む心は足取りを軽くさせ、彼は日が傾き始めた頃に最後の荷物を運び終えた。
(よし、もう荷物を持って熊ちゃんを待とう。あと少しで全部が変わる、全部変わるんだ)
彼が足早に家へ向かうと戸の所に誰かが立っている。
一瞬、『熊』かと思ったものの、それは例の男だった。
「よぉ、もう運び終わったのか?やけに早いな」
「……何の用だ」
「何って?お前を迎えに来たんだけど」
『迎えに来た』というその言い方には嫌な響きが含まれている。
彼は出ていくことを悟られているのかと緊張したが、まだそうと決まったわけでもないため、今までであればどう返していたかと慎重に考えた。
「くそっ…また俺を使う気かよ。どうせ逃げらんねぇんだ、迎えなんかいるかよ」
「はははっ!まぁ、そうだよな。逃げたらどうなるか分かってんだし」
「小屋へ来いってんだろ、暗くなるまで大人しく待っとけよ」
「いいや、『迎えに来た』って言っただろ」
「はぁ?…っ、おい!」
男は彼を担ぎ上げると、そのまま歩きだす。
彼は「降ろせよ!」と全力でもがくも、家が遠ざかっていくのを止めることは出来なかった。
ーーーーーー
「お前…何すんだよ!暗くなるまで待てないっていうのか?バカみたいにサカりやがって!」
「はいはい、威勢がいいなぁ。今日は久しぶりに中を洗うのを手伝ってやるよ。もう湯も溜めてあるぜ、冷たいと可哀想だからな」
「な、何言ってやがる…やめろ、触るな!」
「初めて俺が中を洗ってやった時のあの顔が忘れらんねぇ。お前、顔を真っ赤にしてさ…今もそうか見てやるよ」
「やめろっつってんだろ!」
彼は小屋の浴室へ連れ込む男の手から必死に逃げ出そうとするものの、片手で首を、もう片手で下の方を強く握られて抵抗しきれない。
2つの苦しさを味わう間に上下の衣を取り去られ、彼は丸裸にされてしまった。
(ま、まずい…なんとかして逃げないと!)
男を押し退けて浴室の扉へ手をかけるも、彼は体勢を崩され、そのまま濡れた床へ押し倒される。
「逃げられると思ってんのか?無理なんだからさ、さっさと諦めな」
押し倒され、組み伏されても彼は諦めなかった。
(『抜け出すことを諦めてはだめだ』)
(そうだ、熊ちゃんも言ってたじゃないか。諦めちゃだめなんだ、俺は自分を守ってやらなきゃいけない。俺のために怒ってくれた熊ちゃんを、俺を好きになってくれた熊ちゃんを、あの優しい熊ちゃんを悲しませちゃいけないから…熊ちゃんが守ろうとしてくれた俺の体を俺が守らないでどうするんだ、こんなやつに負けちゃいけないんだ)
だが、いくら全力で足掻いてもそれ以上に男は力があった。
その上、彼は敏感な部分を手で扱われ、ひどい嫌悪感に襲われながらも意思とは関係なく反応し始めてしまう。
「中を先に洗おうと思ってたけど、まぁ、こっちが先でもいいよな。なぁ勃ってきてるぞ、見えるか?これじゃ嫌なのかなんなのか、分かんないな」
「い、嫌だ…っ!やめろ!!離せ!」
(あぁ、最悪だ…何でこんなので…!だめだ、耐えないと!うぅ…くそ…っ!)
彼は必死に耐えていたものの、そのうちこらえきれなくなって放った。
自らの下腹部にぱたぱたと飛び散った白濁は、屈辱と『熊』への申し訳ない気持ちで胸をいっぱいにする。
「出たなぁ。よし、次は中だ…なんだよ、まだ抵抗するのか?そんなに明るいうちからが嫌だったのかよ。でももう心配すんな、暗くなってきてるから」
窓を見ると、たしかに射し込む陽は弱々しくなってきていた。
約束の時間が迫ってきている。
彼は自分が今どうするべきかを必死に考えた。
(逃げ出せないなら解放させるしかないぞ、まだ間に合うはずだ。こいつは2回も出せば満足するはず…でなければ3回。さっさと出させれば、まだ…!)
彼が男のものへ手を伸ばそうとすると、男は彼を抱え込み、後ろの秘めた部分に無遠慮に指を突き入れてきた。
中を洗われながらも、彼は身を捩って男のものへ肌を擦り付け、ようやく1度出させる。
「なんだお前、急にやる気になったのか?ったく、最初からそうしてくれると面倒が減るよ。中も洗えたし、さっさと部屋へ行こうぜ」
彼は体も大して拭われないままに寝台へと放り投げられた。
男はよほど興奮しているのか、放ったばかりだというのにもかかわらず下のものを硬くそそり勃たせている。
(都合がいい、これなら早く済みそうだ。でも、やっぱり中に挿れさせないとだめだろうな…あぁ、ごめん、本当にごめんな、熊ちゃん。自分を守りたかったんだけど、こいつに使われちゃうよ。でもこいつに使われるのはこれが最後だから…大丈夫、すぐに終わらせるよ。じっくりなんてさせない。俺ならできる、さっさと解放させてみせるから)
彼は拳を握りしめ、何度も心の中で『熊』に詫びた。
「あ、もう始まってる?」
「来たか。いい時に来たな、これからだよ」
「これから?なんかもうヤってる感じじゃん」
突然聞こえてきた声に彼が勢いよく小屋の扉の方を見ると、なんとそこには4人の男達がいた。
どれも前に相手をしたことがある男達だ。
部屋の状況を目にしても気まずそうにするどころか、薄気味悪く感じる笑みを浮かべながら部屋へ入ってくる男達。
「お、お前ら…」
彼はこの時、初めて気付いた。
今晩相手をさせられるのは、例の男1人ではなかったのだ。
「本当にやるんだ、ちょっと冗談だと思ってたんだけど」
「な。でも結構面白そうだよ」
「来ないって言ってたやつらも来てみればよかったのにな。まぁ、皆来たら部屋が狭いだけか」
「俺、先に湯を浴びてくるわ」
「なぁ、何人ずつ相手させんだよ」
1人から尋ねられた例の男は「まぁ、4人だろ」と事もなげに言う。
「4人?」
「あぁ。ここと口と両手で4人」
「じゃ1人は見てるだけかよ、最初にさせてやんないと可哀想だな」
「なら、1人はこいつのを触ってやれば?1番近くでこいつの反応を見れるぞ」
「うわ、それはそれで良さそう」
男達はすでに下衣に手をかけ、ものを取り出し始めている。
この部屋に彼自身を見ている者は1人もいない。
誰もが彼の体だけを見ている。
窓の外はすでに陽が沈み、僅かに赤みが残る程度だ。
彼は呆然と寝台に視線を落とし、ちらちらと揺れる灯りが自らの肌を照らすのを眺めた。
(…熊ちゃん、だめだ。俺、もう逃げらんない。諦めたくなかったけど、5人もいるんだ。こいつらは手加減なんかしないからさ、これ以上抵抗したら俺も何されるか分かんないよ…なぁ、熊ちゃん…)
「両手使わせるんなら寝台が壁側にあるんじゃ不便だよ、移動させようぜ」
「面倒くさいなぁ、この机の上でやれば?」
「この机の上に膝ついて腰振んのかよ、膝がどうなっても知らないぞ」
「そうだよ、やっぱ寝台の上でやんないと」
「机は後で立ってする時に手をつかせよう。ほら、さっさと動かそうぜ」
(熊ちゃん…まだあの場所で待ってるなんてこと、ないよな?今日はもう俺、行けないみたいだからさ…早く帰りな。来いって言ったのは俺なのに…ごめんな、熊ちゃん…)
寝台は彼を上に乗せたまま部屋の真ん中へと移動させられ、5人の男達はその周りを取り囲むように立って初めに誰が何をするかと話し合う。
男達はまず全員で取り掛からず、口と後ろを代わる代わる使うことに決めたようだ。
「心配すんなよ、明日のお前の分の仕事は俺らで代わってやるから」
「明後日も代わってやることになるかもな」
「おい、もういいだろ。早く始めて俺らにもさせてくれよ」
男達は軽く笑い声を漏らすと、彼を四つん這いにさせる。
まず後ろに熱く硬いものが挿入され、それからすぐ眼前にも男のものが差し出された。
「ほら、咥えて」
彼が顔を背けて抵抗すると、後ろ髪を掴む手に力が込められるのを感じる。
頬を掴まれ、強引に開かされた口内に熱く拍動するものが滑り込んできた。
(苦しい…苦しいよ、熊ちゃん…)
「はぁ…毎日誰かとヤッてるって話じゃなかったか?こんなにキツイって…これじゃすぐ出そ…うっ」
「それ、こいつも興奮してるからだったりして。…なぁ、お前と最近ヤれないから、逆に皆でって話になったんだぜ。どうだ、意外と悪くないんじゃないか?うん?」
(うぅ…熊ちゃん、助けて…あぁ、いや、だめだ…こんな姿見たら、熊ちゃんは俺を嫌いになるに決まってる…好きだって言ってくれたのに、こんなの見せらんないよ…)
彼の頬を1つ2つと雫が濡らしていく。
今までは抱かれている時に感じる苦しさや屈辱は、全て鋭く睨みつける眼光に代わっていた。
しかし、今はそれらが大粒の涙となっている。
「はぁ…もう出る…う…っ!」
彼の口内に嫌悪感の塊が放たれた。
彼は咥えていたものを抜き出されると、すぐさまそれらを寝具に吐き出して激しく咳をする。
「お前、早すぎでしょ。いつもそうなのか?」
「はぁ?違うって!こいつの口が良すぎるんだよ!っていうか、俺が早いんじゃない、そいつが遅すぎるんだ」
「はぁ…俺ももう出すよ…これ、中にいいの?」
「いいだろ、別に。全部外に出してたら寝台が汚れて片付けるのが面倒だ。まだあと何人か来るって言ってたし」
「じゃこのまま出すよ…はぁ…あぁ、すごい…うっ!!」
彼の中に不快な感覚が渦巻く。
(あぁ…なんでよりによって今日なんだ…出ていこうとしてたのは関係ないらしい、偶然…偶然今日だったんだ。こんなことなら、昨日出ていくんだった…あんな荷物どうってことなかったのに…熊ちゃんが『好きだ』って言ってくれて、『俺も』って言って、そのまま出ていけばよかったんだ…もう合わせる顔がないよ、熊ちゃん…だけど、だけど俺は絶対に心だけは守るよ。体はだめだったけど、この気持ちだけは…)
彼は自らの唇を強く噛み締めて血を滲ませた。
これからどんなことをされたとしても、この唇の痛みがあれば正気を保てるはずだと信じて。
「じゃ、そこ代われよ」
「俺はこっちな…あぁ…あぁすごい…キツくて熱くて最高だ…」
「手でしてもらおうかな…ちょっと待ってらんない」
「見ながら自分ですれば?」
「また後で人が増えたらそうすることになるって。まだ少ないうちに好きなことをしといた方がいいよ」
「なんかこいつ顔色が良くなったし、肌も…前よりもずっと楽しめそうなんだけど」
(熊ちゃんが…熊ちゃんが美味いものを食わせて大切にしてくれたからだ…お前らなんかとは違って優しい熊ちゃんが…)
彼は再び顔を上げさせられ、先ほどと同じように1人の男のもの突きつけられる。
片手はその男の腰を掴まされ、もう片手はさらに別の男のものをおさめさせられた。
ちゅぽちゅぽという音。
すりすりという音。
パンパン、ぐちゅぐちゅという音。
吐息に短い喘ぎ声。
全てが混ざりあった聞くに堪えないほどの『音』は部屋に充満しているが、もはや彼の耳には、それらは何1つ聞こえていない。
喉奥の苦しさと手のひらの不気味な熱さ、ヒリヒリと痛む後ろの穴、中に出されたことで不快感を増した腹の感覚。
そして唇の痛みが彼の感じ取れる全てだった。
一体これがいつまで続くのか。
永遠にも思えたその瞬間、彼ははっきりとある一言を聞いた。
「どけ」
彼を取り巻く全ての動きが止まり、彼はその声の主がまさしく自分の思う人物だと実感する。
(く、熊ちゃん…熊ちゃんだ、熊ちゃんの声…)
「あんた、誰から声をかけられたんだ?悪いけど順番待ちしてくれよ」
「どけって言ってるんだ」
(熊ちゃん…お前には勝てないよ、むしろ俺とおんなじ目に合わされちゃう。なんでこんなとこへ来たんだ、どうしてここを知ってるんだ…)
「はぁ…独り占めは良くないんじゃないか?皆で楽しまないと」
男達は突然の『熊』の来訪に興が削がれたらしく、彼の口、手、穴からものを抜き去る。
彼が激しく咳き込むと、ばさりと全身に何かが覆いかぶされた。
「せっかく楽しんでたのに、邪魔しやがって…う、うわ!」
「わっ、だ、大丈夫かよ!」
彼は覆いをされているせいで辺りの状況を伺うことができず、ただ何かが当たる音や僅かな争う声だけを聞く。
(だ、だめだめ熊ちゃん!俺も動かないと!あぁ、動けよ、俺!)
彼がなんとかして寝台から逃れようとしていると、急に担ぎ上げられる感覚がした。
反射的に暴れたものの、担ぎ上げている人物からふわりと嗅いだことのある匂いがしたことで、彼は大人しくする。
彼の体に添えられている手は温かく、優しいものだった。
ーーーーーー
「まだやって…う、うわ!何があったんだよ、これ!」
小屋へ遅れてやってきた男は中へ入るなり驚きの声を上げる。
項垂れた例の男が言った。
「…『お姫様』がさらわれたんだよ」
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BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
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