彼と姫と

蓬屋 月餅

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外伝

『収穫』

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 作物が刈り取られ、すっかり秋の黄金色から衣替えをした畑が並ぶ農業地域。
 遠くまで広がる畑はあと1、2ヶ月もすれば雪に覆われ、今度は美しい白銀の世界に様変わりするだろう。
 近くを流れる小川の音や枯れ葉の転がる音が昼間の残暑を攫っていくような爽やかな晩秋の宵は、月の明るさが際立っていて、なんとも風流だ。
 だが、農業地域にある一軒の離れでは外の涼やかな様子とはまったく異なる出来事が繰り広げられていた。

「んっ…」
「…キツいか?」
「んん、大丈夫…どう?できた?」

 彼ら2人きりの空間である離れの2階。
 その中にある寝台の傍らでは霙が冴の体に手を回し、なにやら前に後ろに、上に下にと忙しなく手を動かしている。
 薄衣を羽織ったままの冴の滑らかな体はされるがままになっていて、霙がどこをどういった風に撫でてもじっとそのままの姿勢を保っているのだが…明らかにそれはただのではない。
 霙の手が通ったところ。そこには軌跡を描くようにして一本のが走っていた。
 柔らかな糸のようなものを束ねて造られた、による線だ。

「ねぇ、できた?」
 
 初めは一部分だった縄の感触が体中に拡がりだしたのを感じ取っている冴が訊ねると、霙は「待て…もう少し…」とやけに真剣な顔をしてさらに縄を張り巡らせていく。
 胸元や背、下腹部の方にある ほどよい締め付け感は、衣を着ているのとはまた違う、不思議な心地をもたらしていて、冴はごくりと喉を鳴らす。
 それからまた少しした後、いよいよ霙は「よし、一応こんな感じだと思うけど」と一歩下がって冴と距離を取った。

「どうだ、苦しくないか」

 霙の問いに、冴は少し体を動かしながら自らの胸などを見て「うん、大丈夫」と頷く。

「むしろちょうど良いんじゃないかな…緩すぎなくて、ちょっとキュッとしてる」
「そうか」

 短い会話の後に冴の姿を上から下までまんべんなく見つめる霙。
 それはまるで芸術作品を眺めているような、吟味しているような視線だ。
 冴が『どう?』というように小首をかしげると、霙は階下を目で指して「冴も見てみるか?」と提案する。

「下にある姿見なら冴も見れるだろ。自分の姿が気になってるんじゃないか?」

 直接的には姿の良し悪しに触れていない霙だが、冴はその答えが聞くまでもないことだと分かっていた。
 悪い姿であるはずがない。
 『待ってました』とばかりに冴は頷いて言う。

「霙のがどんなものか、気になって当然でしょ」


ーーーーー


 先に階下へ降りて部屋中にあるすべての明かりを灯した霙に連れられて、冴は慎重に階段を一段ずつ踏みしめて降りる。
 薄衣をまとっているのは上だけだ。
 下には何もない。
 上の薄衣の裾がいくらか長いためには隠されているが…冴は歩く度にが覆われていないことの奇妙な感覚と、敏感な部分に縄が擦れる感覚にかすかに羞恥した。

 階下には2人がいつも身支度をするのに使っている大きな縦長の姿見がある。
 使わないときは常に覆いがされていて、およそこのような夜半の明かりの中ではその覆いが取れているのを見たことがない。
 だが、今これから、霙の手によってそれが外されようとしている。
 姿見の前に立ち、高まる気持ちにうずうずとする冴を見ながら、霙は「いくぞ」と覆いを姿見の後ろへ捲りあげた。

「わぁ、ぁ…」

 思わず感嘆の声を上げる冴に、霙は後ろからぴったりとくっついて鏡に映る世界を共有する。

 ぼんやりとした油灯の暖色の灯りに照らされた部屋の中。その真ん中に立つ男2人。
 その1人の体には、縦長の六角形が3つあしらわれている。
 きちんと左右対称になっているその六角形は、まるで、そう、のようだ。
 3つの亀甲模様が並んだ冴の体。
 もちろんその模様は薄衣に描かれているものではない。
 それらはすべて、一本のによって表現されているのだ。
 前に後ろにと張り巡らされた、一本の、少し柔らかな、なんの変哲もない縄。
 それがなんとも美しい模様を作りだしている。
 体にピッタリと沿って絡みつくそれは、まさに特別にあしらわれた衣だ。

 今から少し前のこと。
 作物の収穫作業をしていた際、霙が刈り取った穀類の穂を束ねたり、乾燥後の脱穀が済んだ穀物を俵に詰めて縄で縛っていたのを見た冴は、『あんな風に自分にしてみてほしい』と持ちかけた。
 それはつまり『自らの体を縛ってほしい』という要求だった。
 まさかそんなことを言い出すとは思ってもみなかった霙が首をかしげると、冴は「手首を縛ったことはあるでしょ」「この俵みたいに…ほら、僕をみたいな感じで、興奮しそうじゃない?」と言って霙の興味を掻き立たせるように何度もねだり、ついに(ほとんど強引に、だったが)承諾させた。
 そしてようやく畑仕事がひと段落したため、それを実践してみたということだ。

 想像していた以上の素晴らしさ、美しさに冴は「本当に君は…器用だね」と感心する。

「まさかこんな感じだとは思ってなかった、だってただぐるぐる巻いてるみたいだったっていうか…どうやったの、これ」

 横向きになって脇腹の方まで見ようとする冴は、まさかこのが本当に一本の縄によってできているとは信じられないとでも言いたげだ。
 霙は「さすがに後ろまでは見れないな」と小さく笑うと、背後での縄の軌道を知らせるように抱き締めながら鏡に映る冴を見た。

「よく見えないだろうけど、後ろはこうなってるよ…ほら、分かるだろ」
「わ、分かる、けど…ねぇ、どうやったのってば。こういう結び方があるの?でも俵にはこんなのはしないでしょ」
「うん?まぁそれは…ただとは言っておこうか。加減が難しいんだよ、やたらきつく締めればいいってもんでもないから。冴を傷つけないように力加減を考えて、こっそり練習した」

 ひとしきりそうして眺めてから、霙は満足した様子で姿見にまた布地をかぶせる。
 霙は冴からこのような話を持ちかけられてからというもの、ひそかに練習をしながら色々な結び方や縛り方を組み合わせてこの『亀甲模様』を造り出していたのだが、実践するにあたってはかなり内心緊張していた。
 手首などを縛るのとは違い、少しでも加減を間違えば胸など体全体を締め付けてしまうこの方法。
 霙はその持ち前の器用さで研究と練習を重ねたが、それでも安全を第一に考えて冴がどこからか、いつの間にか用意したという縄も一番柔らかなものでないとダメだとし、薄衣も着せたままにした。
 そして今夜実際に試したところ、練習のかいもあり、結果として試みはすべてうまくいったのだ。
 達成感と安堵感に包まれながら姿見を元に戻す霙は、背に温かな体が押し付けられたのを感じ、口の端に笑みを浮かべながらわずかに後ろを振り向く。

「霙…ありがと」

 後ろから霙の体に手を回して抱きつく冴は、上目遣いになって「すごく嬉しい」という甘ったるい声を出した。

「とっても上手だよ、ほんとに…今も霙にぎゅっと抱かれてるみたい。ちょっと動くだけでも薄衣の上から縄の感触がして…ねぇ、霙、分かるでしょ?僕…」

「……勃っちゃった」

 股に通された縄のせいで冴の勃起したそれは通常よりもはっきりと形を表していて、信じられないほど官能的な光景を作りだしている。
 冴は霙の手を引きながら慎重に歩き、部屋に灯る油灯を1つずつ消していくと、寝台のある2階へと続く階段の前で霙に深く口づけた。
 すぐに舌を絡めるような濃厚さをもち始めるその口づけに、霙は素早く冴を横抱きに抱え上げて軽々と階段を上がる。

「ふふっ…ねぇ、本当に僕、霙にされたみたいだね。刈り取って、束ねて、担いで運んで…」
「なんだよ、それ…」
「ふふっ」

 寝台に下ろされ、ごろりと仰向けに寝転がる冴。
 縄の間から薄衣をはだけさせると、いつもよりも胸が強調されて見え、霙の興奮を一層煽る。
 だがそれは冴にとっても同じだった。
 常にその存在感が感じられる縄は動きを制限しているようで、好き勝手自由に動くと食い込むそれは、冴に興奮と、若干の痛み、苦しさをもたらす。

「うっ、んんっ!!」

 絶妙な手つきで行われる胸や腰へのくすぐるような愛撫に、思わず身をよがらせた冴が股に走った縄の感触に眉をひそめると、霙は目敏くそれに気づいて縄を解こうと手を伸ばした。
 もったいないからこのままで、と止めようとする冴を 霙は諭す。

「だめだ、今日はもう解こう。扱いに慣れてないから 怪我をするかもしれない」
「ん…」

 大人しく結び目を解かれるのを受け入れた冴が、少し恥ずかしそうな笑みで「また…やってね」と囁くと、霙はやれやれと首を振って「そのうちな」と縛ったのとは逆の手順で縄を解いていった。

 徐々に解かれていく縄と比例するように激しくなっていく愛撫は、縄が完全に冴から離れて寝台の下に放られると、いよいよあからさまな喘ぎ声を部屋中に響かせる。
 つい先ほどまで見事な亀甲模様が描かれていた体は羽織っていた薄衣も脱ぎ捨てて滑らかな素肌を惜しげもなく晒し、寝台のそばに灯る油灯の明かりを反射してしっとりと艶めいていた。

 すべての明かりが消えてようやく寝台が静かになったのはそれから随分経ってからだということは言うまでもない。
 満ちるにはまだほんの少し足りない月が燦然と輝く夜のことだった。
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