彼と姫と

蓬屋 月餅

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『姫』視点

6「夕陽」

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 遠くからかすかに聴こえてくる波の音。
 裏山の木々が風にそよぐ音。
 時折混じる、野鳥達の囀り…。
 柔らかく射し込む陽の光が寝具を暖め、綿のいい香りがふわりと香る。

 彼は目が覚めてからずっと霙の寝顔を眺め続けていた。
 自らのものとは違う体温がすぐ傍にある、同じ寝具の中にあるということの不思議さ、くすぐったさは穏やかな空気と相まって(これは現実なのだろうか)と思わせる。
 それでも彼の目に映るこの男は霙本人であり、聴こえてくる鼓動も静かな寝息も、すべて現実、本物だ。

(寝顔…可愛いな?睫毛もこんなに長い……でも、やっぱりこうして見るとはっきりした顔立ちで…すごく……かっこいい。かっこいいな、すごく。…え、ええ?かっこよすぎないか、ちょっと。額、眉、鼻筋にこの唇…同じ人間なのかな、本当に。実はなんかちょっと別の人間とか?…うん、そうとしか考えられない…どうしてこんなに完璧なんだろう?かっこいいな…うわぁもう!かっこいいなぁっ!)

 彼は霙の寝顔を眺めれば眺めるほどよく思えてならないらしい。
 呼吸音1つでさえも、彼の心を溶かすのには充分だった。
 だが、彼がこんなにも間近で霙のことを熱心にあちこち見続けることができたのは、霙が眠っていたからこそだ。
 霙が目を覚まし、ゆっくりと目を開けた瞬間、彼はすぐさま俯いて見つめるのを止めた。
 しかし、今度はじっと胸を見つめる格好になってしまう。

「……起きて…いたんですか」

 霙の、起きたばかりの少し掠れたような声。
 彼は(寝起き…本当の、本当に寝起き!)と密かに胸を躍らせながら頷く。
 
「どうか…しました?」
「ん、ううん……」
「体調は…どうですか」
「うん…大丈夫……」
「…そうですか」

 良かった、と霙は彼の頭を撫でた。
 まるで抱きしめるかのように、優しく、暖かな腕を伸ばして。
 彼は火がついたように熱くなった自らの顔を手で覆い、早鐘を打つような心拍を落ち着かせようと息を止める。
 顔の熱さと心臓の激しさ、息苦しさでどうにかなってしまいそうだ。

「あ…すみません、つい、その……」

 霙は彼の手の隙間からわずかに覗く耳や首元が真っ赤になっているのに気付いて手を止めたが、それでも彼の赤面は止まず、むしろじわじわと熱気が伝わってくるようだ。
 そのあまりの顔の赤さに「…水、飲みますか?」と問いかけた霙は、彼が答えるよりも早く寝台を下り、調理場の傍にある水甕へと向かった。

 霙の後ろ姿を寝具の中からまじまじと見つめていた彼は、のそりと起き上がると、音もなく、吸い寄せられるようにして霙の後ろへ行く。
 適当な杯に水を汲んだ霙は振り向くなり彼の姿を見つけ、「お、起き上がってたんですか?」と胸を押さえて驚いた。

「まだ体が…痛むでしょう?今持っていこうとしていたんですが……」

 手渡された水を一口だけ飲んだ彼は杯を霙に返したが、その間中、どうしても霙から目を離すことができずに見つめ続けてしまう。

 見てしまう理由、それは寝癖のせいだ。

 霙の髪には派手な寝癖がついている。
 ただ横になっていただけだというのに、どうしてこうも立派な寝癖がつくのか。
 彼にはそれが可愛らしく、不思議で、面白くてたまらない。
 そっと手を伸ばして寝癖を撫でつけてみるも、なんの変化もないようだ。

(もっと…根元から梳かさないとだめかな?)

 彼は霙の髪に手を差し込み、流れに沿って何度かしっかりと梳かしてみた。
 …少し癖はとれたものの、やはり強く跳ねた毛束は元に戻らない。

「寝癖、つきやすいんだね」
「あっ……はい……」
「すごく跳ねてる、ふふ」

 いくらやっても跳ねる髪が可愛らしくてつい何度も髪を梳いていた彼だが、霙の目元や頬が薄紅色に染まっているのを見て、ようやく自分がつい先ほどされていたことをそっくりそのまま霙にしていたのだと気付いた。
 気恥ずかしいような空気が漂い、霙は手に持っていた杯をぐいっと呷る。
 だが、それからすぐに霙は一層顔を赤くした。

 霙が示す反応は彼と全く同じであり、彼も目を瞬かせる。
 (どうやら、本当に霙が自分のことを想ってくれているらしい)と。

「あの…い…つから?」
「はい?」
「いつから、僕のこと…というよりどうして…僕のどこが…その……」

 吃ってしまう彼に、霙は「いつ…から…」と緊張した様子で答える。

「…私のちょっとした冗談に、あなたが大笑いした時……でしょうか。あの時から…好きだったんだと思います」
「え?大笑いって……そんなこと?僕が笑ったって、それだけ?」
「そうです、たったそれだけ」

 霙は言う。

「私はこんな目をしていますから…黙っていると誰も話したがらないんです、怖く思われて。だから気を付けなければいけなかったのに、ここへ来てすぐの時は環境に慣れていないこともあって馴染めず…そんな中、いつも楽しそうに私の話を聞いてくれたのがあなたでした。つまらない話にも興味を持ってくれて、くだらない冗談によく笑うあなたが、いつしか大切になっていたんです」

 「初めは友人として、でしたが」と霙は苦笑する。

「友人として大切なんだと思っていたのに、どうやらそうではないと感じ始めて…戸惑いました。『そういう感情』は、男女間にしか成り立たないものだとばかり思っていたので、まさか、と。でも、どうしても好きになってしまって……そう思ってあなたと話していると余計に意識してしまうし、なんだかあなたも同じ気持ちなんじゃないかという気がして…」
「っそうだよ、僕も同じ気持ちだった」
「え…」

 突然、はっきりとした声で「僕も、同じだったんだよ」と言う彼に釘付けになる霙。
 彼はまっすぐに霙の目を見つめている。
 もし他に目を逸らしてしまったら、言葉が出てこなくなってしまう気がして。

「僕は初めて会った時から、話した時から、好きになってた、君のこと。君が僕を好きになる前から、ずっと前から」
「ずっと…前から……?」
「そうだよ、ずっと前から。だってこんなにかっこよくて素敵な人、他にいない。僕が女の子だったらすぐに告白してたし、もし振られたとしても諦めなかった。だけど、絶対に君は僕のことそんな風に見てないから、だから……」
「…私はあなたが言うほどの人間ではありません」
「ううん、そんなことない」
「人に怖がられるような人間で…」
「違うよ」

 彼は霙の頬を包み込み、言い聞かせるようにしながら言う。

「僕は、この目が好きなんだ。この目の形、すごく好き。瞳の色も綺麗。低めの声が好き、大好き、全部好き、言い尽くせないくらい全部が好きだか……」

 霙に唇を塞がれ、彼は大人しくなった。
 その代わりに激しい心臓の音がまた聞こえ出す。
 触れ合うだけだったそれは、霙が唇を食んだことで変わり始めた。
 きわめて優しく喰まれた彼の唇はビリビリと痺れ、感覚がいくらか鋭敏になる。
 お返しとばかりに彼も霙の唇を喰み、また触れ合わせ、今度は軽く吸い付いて音を立てる。
 随分長いことそうして口づけてから、2人は肩で息をしつつ顔を離した。
 霙は、耳の端まで真っ赤になっている。
 いつも凛として、色で言えば青などの涼しい雰囲気を纏っている男だというのに。
 なんと、今は幼くさえ見える。

(霙……)

 彼はその瞳を見つめたまま霙の両腕を取り、ゆっくりと一歩ずつ後ずさるように動く。

(このまま僕を押し倒させたら…霙はどんな反応をするかな?嫌がる?怒る?喜ぶ?諭すかな、それとも……)

 彼の膝裏に寝台の縁が当たった。
 強く霙の腕を引き、体重をさらに後ろへ傾けて体が宙に浮くような感覚になる。
 次に来るのは背中への衝撃…のはずだった。

「……危ないでしょう」
「あ……」

 寝台に背を付けたのは、彼ではなく霙だ。
 倒れ込みそうになった瞬間、霙は彼の背を支えて身を翻し、彼の代わりに寝台からの衝撃を全て受けていた。
 呆気にとられる彼に霙は言う。

「体を痛めているのに、こんなことをしては良くないでしょう?気を付けないと……」

 霙が寝台から身を起こしたことで、彼は霙の太ももに乗る格好になる。
 彼は(押し倒されたら)ということしか考えておらず、思いもしていなかった霙のその行動に目を瞬かせた。

「君は…本当に僕のことが好き、なの?」

 思わずそう口にした彼に、霙はしっかりと力強く頷いてみせる。
 霙のその瞳に、心の何処かに残っていた『ありえない』という思いが優しく溶けていく。
 
 もう夢だと思うことはない。
 もう『ありえない』などと思うことはない。

 彼は完全に心から霙を信じ、身を委ねることに決めた。
 自分の何もかもを、この男は受け入れてくれるという絶対的な安心感。
 それに見合うお返しは、霙のどんな言葉も考えも行動も、何もかも全て聞き、受け入れることだ、と。
 霙の上に座ったまま、わずかに上からねっとりと濃厚な口づけをして彼は思う。

(あぁ…好き、好きだ霙……本当に好き……愛してる……)

 抱きしめながら、背を弄るようにして時々声をもらす。
 息をつくためにほんの少し顔を離すと霙は掠れたような声で「……当たって…ます」と囁いた。

「下の……」
「うん…当ててるから……」
「…だめです」
「だめ?」
「ちょっと1度…離れましょう」
「どうして?」
「…痛むんでしょう?」
「うん…」
「だから…体を休めないと……」

 彼の『その気』を鎮めようとしているらしい霙だが、彼の尻にもしっかり硬いものが当たっている。
 彼の秘部はまだ少しヒリヒリとした痛みが残っていて、おそらく無理はしないほうがいいだろうということは彼自身も理解しているのだが、それよりも(今のこの瞬間を逃したくない)という気持ちの方が大きかった。

 想いが完全に通じ合っていると確かめた今この瞬間、その相手と抱き合ったとしたら…一体どんな心地になるのだろう。

 彼はさらに霙に腰を擦り付ける。
 窓から射し込む陽が赤い夕陽になりつつあるだとか、昨夜散々絡み合ったばかりだとか、そんなことはもはやどうでもよかった。
 今後がどうなるかは分からない。
 ただ、今この瞬間に霙と愛し合いたい。
 その一念で、彼は懐から容器を取り出す。

「ねぇ…薬塗るの、手伝ってくれない?」

 霙に見せつけるようにしながら指にたっぷりと軟膏を掬い取った彼は、自らの下衣を下げて秘部にそれを塗りつけた。
 丹念に、しっかりと、中の奥深くにまで挿し込んで。
 山中で交わってからまだ1日も経っておらず、柔らかなそこはまったくほぐす必要もない。
 彼は霙に抱きつきながら、甘ったるく、上気した声で誘う。

「もっと奥に塗りたいのに…届かない、指じゃ……」
「……」
「お願い…この薬、中の奥まで…塗って?」
「………」
「お願い…」

 霙の首筋から香る濃厚な香りと、軟膏を塗ると言いつつも自ら秘部の準備をしているというこの状況がさらに彼を興奮させる。

(はぁっ、霙……霙…っ!!)

 指の動きを早めると聴こえてくる卑猥な音に、彼の先端のものはわずかに湿り気を帯びていく。
 彼の吐息がさらに荒くなったところで、霙は彼の唇を激しく吸いながら身を翻して寝台に彼を押し付けた。
 互いの体を余すところなく弄り、正しい手の位置を探るようにあちこちへ触れる。
 興奮のために熱を帯びた体は衣を一切必要としておらず、邪魔になったそれらは徐々にはだけて寝台の隅に押しやられていった。

「ッはぁ、はぁ、霙…みぞれぇ…っ!」

 呼吸の合間、必死に彼は霙を求める。
 少しでも肌が離れることを恐れ、早く繋がりたいというどうしようもない欲に体中が支配されていた。
 霙は傍らに転がっていた容器から軟膏をできるだけ多く取り、その硬く立派に反り勃ったものの先端へ存分に塗りつける。
 その間も、彼は広げた両足で霙の太もも、腰、脇腹、ふくらはぎ、と触れられる部分を忙しなく擦り、肌と肌が触れ合う音を立てさせた。

「早く…はやくぅ…」
「挿れ…ます」
「ん、きて…はやく、なかに……~~~っ、あぁっ…あっ、んぅぅ」

 彼の中心を霙の凶悪なそれが拓いていく。
 それは初めて霙と交わったあの夜を駕ぐほどの衝撃と快感をもたらした。
 人体とは思えない熱さの肉棒がじっくりと、彼の中の良い1点を押し潰すようにして挿入され、ぴったりと腰と腰がくっついてそれ以上深くまで行かないというところになるまでに、彼は絶頂を迎えてしまった。
 腰や足がガクガクと震える様はあまりにも不格好だが、それを気にする者はいない。
 荒い呼吸のまま、一心に顔を傾けて2人は濃厚な口づけを交わす。
 初めての口づけを済ませてからそう時間が経っていないなど、きっと誰も信じないだろうというほどに。
 舌を絡め、吸い、口内を味わい尽くしていく。
 さらに舌先で互いの唇の輪郭までもを余すところなく形どった。
 もはや触れていないところを見つけるのは不可能だろう。
 ようやく唇を離した彼は霙の唇から外れた部分が濡れていることに気付き、それをそっと指で拭いながら言う。

「ごめん…『これ』はまだ慣れてなくて……んうっ!!」

 再び口内に舌が挿し込まれ、苦しいほど激しく口づけられた。
 霙の瞳には、かすかに怒りが浮かぶ。

「慣れてなくていい…慣れてる必要なんかない」

 その低い声は普通に聴けば恐ろしいほど冷たいものだ。
 しかし、彼は微笑みを見せる。

「それ……それが本当の君、なんでしょ?」
「……」

 唇をかたく引き締めて何も言おうとしない霙。
 彼は気付いていた。
 霙は普段、本来とは違う話し方をしていたのだと。

 昨夜、月明かりの下で抱かれている時の霙の言葉は、自分のことを『私』と呼び、かしこまった口調をしているいつもとは違っていた。

(「………掻き出してやる」


(「……もっと…もっと掻き出してやる……全部、全部だ」)

(「誰か来ても…どうせ俺しか見えない」)


 人は余裕のない時に本来の姿が出る。
 まさにあの状況こそ『余裕のない時』であり、霙の口調や『俺』という呼び方は本来のものだと想像がついた。
 そこに今の霙の言葉だ。
 彼は確信を持って霙に問いかける。

「本当は…『俺』なの?僕が歳上だから、いつも敬語だった?」
「………」
「本当は違うんでしょ?……ねぇ、顔、真っ赤だよ」

 彼がわざと心配そうにしながら霙の頬をつつくと、「…夕陽の、せいです」と霙ははっきりと否定した。

「夕陽のせいで…」
「ううん、夕陽じゃないよ」
「夕陽です」
「違うよ」
「…夕陽です」
「違うってば、君の顔が赤いの」

 いくら射し込む夕陽が真っ赤であろうとも、霙の頬が、耳が赤くなっていることは分かる。

(認めないなんて…)
「可愛いね」

 彼は霙の頬を愛おしく撫でて「可愛い」と何度も口にする。
 青などの清々しい色味が似合うと思っていたのに、こうして夕陽に照らされた姿を見ると、この朱のような色もよく似合うようだ。
 きっとどんな色や物も、霙によく似合うに違いないとさえ思える。

「可愛い…真っ赤になってるの……かわいい……っ、はぁっ」

 霙がすでにぴったりとくっついている腰をさらに押し付けて奥まで刺激してきた。
 ゾクゾクとした感覚が全身を駆け巡り、彼は胸を激しく上下させる。

「ねぇ…1歳なんか差じゃないから……んっ…本当の君でいてよ……っ、ね?『俺』って言って…乱暴でもいいから……」
「っ…もうその話は…」
「ねぇ『霙』…僕、全部君のこと受け入れるから……だからさ…う、あぁっ…」

 ゆっくりと、じっくりと。
 砂浜へ静かに繰り返し打ち寄せる波のように。
 霙は彼の中の奥深くへ入っては入り口まで抜き出し、再び奥深くまで入るということを充分に、長すぎるというほどの時間をかけて行う。
 その一連の動きは、まさに『愛を紡ぐ』という言葉が相応しい。
 その長い抽挿がもたらす快感を目を閉じて余さず感じていた彼は、ふと霙が自らをじっと見つめていることに気付いた。

「みぞれ……」
「……」
「ぼく…っ、かわいい?」

 快感の波に晒され続けている彼の上気した顔や声は信じられないほど淫らだ。
 霙は堪え忍ぶように何拍かおいてから「……綺麗だ」と答える。

「すごく…綺麗だ」
「ん……かわいい?」
「綺麗だ」
「かわいく…ないの?」
「…可愛いというより……綺麗だ」

 霙は頑なに『可愛い』と言わないが、彼にはそんな姿も可愛く思えて仕方がない。
 彼は「みぞれは…すごくかわいいよ」と微笑みを浮かべて言う。

「かわいい……ぼくのこと、こうやって突いて……顔がまっかで……かわいい」
「……」
「みぞれ…すき……っ、大好きだよ、みぞれ…ずっと…んっ…ずっと、こうしたかった……抱いてほしくて……い、いいっ……んぅぅ…」

 溢れる想いのまま、ただひたすらに「すき……だいすき、みぞれ…」と繰り返す彼。
 涙まで滲み始めたその瞳に、霙はそっと唇を寄せた。

「俺も……好きだ、『さえ』」
「あっ…」
「愛してる、『さえ』…」
「う、あぁっ…」
「愛してる……『さえ』…『冴えた月夜の子』……」

 彼は体を激しく痙攣させるほどの絶頂に見舞われた。
 霙が、名前を呼んだ。
 『さえ』。『冴えた月夜の子』と。
 たったそれだけ、それだけで彼はあまりにも大きな幸福感に包まれ、ポロポロと涙を流す。

「うぅ……もっ、と…もっと、よんで……なまえ…ぼく、の、なまえ……」
「冴……」
「う、ううっ、んっ、はぁっ、ああっ……!!」

 苦しげに頭を反らし、強すぎる快感を抑え込むかのように大きく開いていた膝を閉じる彼。
 太ももと膝に熱い霙の体温が伝わってきたのが分かった瞬間、腰が真っ二つに割れるのではないかというほど力強く腰を打ち付けられた。
 彼の体内、奥深くに霙の愛が注がれる。
 2人は固く抱きしめ合い、騒がしすぎる鼓動と呼吸を繰り返しながら互いの存在をたしかに感じた。
 しっとりと汗ばんだ肌は一層赤みを増した夕陽によって美しく色づく。

 初めての時とも、昨夜の山中とも違う、あまりの良さ。
 霙と肌を合わせる度にこれ以上ないというほどの快感を得ているのに、この先も身体を重ね合わせ続けたら、一体どうなってしまうのか。
 ぼぅっとそんなことを考えていた彼は、霙に首筋へ口づけられて「うぅ、っあ……」と声をもらす。

「うん…ん…今、出したばっかり……まだ、かたいんだ……?」
「……」
「ねぇ……昨日もあんなにしたのに、ほんと?……まだ…まだできるなんて……うそでしょ」
「…ごめん、抜くから……」
「まって…まってよ……」

 彼は身を起こそうとする霙を引き留め、ほとんど力が入らなくなっている足を霙の腰に絡みつけると、腕や足、全てを使って霙に自分を突かせた。

「あっ、あぁっ、ん…」
「ちょっと…体…壊れるって…」
「もう…そんなの、いまさら……ねぇ、僕、おかしくなりそう、おかしくなりそうだよ……」
「だから…っう」
「もっとめちゃくちゃにして…みぞれぇっ、おねがい、僕をめちゃくちゃに…おかしくさせて…っぅあ!!」

 熱くうねる体内に精を放ったばかりの体には、彼のねだる声は効きすぎる。
 霙が再び重い一突きをし、彼は大きく喘いだ。
 それでも足りない、と霙の耳朶や耳裏に口づけ、舌を這わせ、吐息を吹きかけながら煽っていく。
 堪えきれなくなった霙は身を起こすと、彼の腰を抱え込み、寝台から浮かせるようにして強く突き始めた。

「うぁっ、んっ、んんんっ!!!」

 あまりにもあけすけな喘ぎ声が響き、彼は流石に恥ずかしくなって口を抑える。
 すると、霙は口を塞ぐ彼の手の甲に濃厚な口づけをして「声、出して」と強く腰を打ちつけた。

「ほら…声、出して」
「んぅっ、だ、だめ…」
「ほら」
「うっ、うんんっっ」
「喘いでる声、聴かせろって」

 霙の腰の動きは、まるで懲罰を与えているかのようにさえ見える。
 そのあまりの強さに我慢できなくなり、彼は手を口から霙の太ももに移してそこをしっかりと握った。

「うっ、あっあっああっ!!!んっ、ああっ!!!」
「そう…もっと、もっと聴かせて…俺ので喘いでるの……すごく……いやらしい……」
「やぁっ、あっ、ああんっ!!!き、きもちい…きもち、い、から、っ!!」

 霙が腰や脇腹、胸に触れる度、彼はくすぐったいような感覚に襲われてビクビクと身を震わせる。
 彼は少しだけ後悔していた。
 あまりにも気持ちが良すぎるのだ。
 まるで全身、どこもかしこも性感帯になったかのようであり、頭の中から溶けていってしまいそうにも思える。
 霙の腰を膝で挟み込みながらなんとかしがみついているものの、すでに全く力が入らなくなっている足はだらしなくその先で伸ばされたままだ。
 煽られた霙は誰にも止められないほどの猛々しさを誇っている。

 体を激しく揺さぶられながら、彼は一人で霙との情事を想像していたときのことを思い出した。
 攻めたてるにしても控えめだった想像の中での霙とは違い、実際の霙は容赦なく、しつこい攻めの抽挿を繰り返して中を意地悪く掻き回すのだ。
 ゾクゾクするような魅力を秘めた瞳に見下されるのも、堪らない。
 霙の情事への向き合い方に、彼はすっかり虜になっている。

「んっ…はぁっ、あっあ……っ」
「……」
「いっ……んっ、んんっ…ぅああっ……」
「なぁ…ここだろ…どうだ……」
「やぁっ、あっ、んぅ……~~~ッ!!」

 霙がさらに体を傾け、彼の中の1点を強く擦った。
 意識が飛びそうなほどの強烈な刺激に喉を反らし、彼は声にならない喘ぎ声を存分にあげる。

 苦しげでありながらも美しい表情、喉元、胸。
 滑らかな腹、腰、足…。
 真っ赤な夕陽が隅々まで舐め尽くすように色付ける中、彼の硬く反り立った肉棒は先端からダラダラと白濁を流し、揺さぶられる度に少しずつ腹へと雫を垂らす。
 それはみっともなく、だらしのない姿だが、そんな彼の姿に霙はより一層興奮して血潮を滾らせた。
 喘ぎ声に隠れていた肌のぶつかり合う音や結合部からの聴くに耐えないようなひどく卑猥な音も、はっきりと聴こえるほど霙は彼をさらに攻めたてる。
 彼は逃れようのない快感に苦しみ、頭の下にある枕を固く握りしめた。
 腕と手で、力いっぱいに寝具や枕を手当たり次第掴む。

「んっ、ん、んんっ……はぁ、あぁっ」
「もっと…突いてやる」
「ん…うっ、あっ、あぁっ!!!」

 霙は彼の右足を捕え、膝裏を肩にかけさせると、さらに彼へ迫った。
 信じられない深さだ。
 内臓がぐちゃぐちゃに掻き回されているような、体の中の何か大切なものを鷲掴みにされているような。
 そんな感触さえする。
 
 彼はキツく眉根を寄せ、時々左右に頭を振りながら「だ、め……もう、ぅぅ、うっ、~~~っ!!」と息も絶え絶えに声をあげた。

「い、いいっ、いいからっ、あっ!!!いいっ……ッく、うぅん、あぁっ!!!」
「はぁぁ、っ、……」
「だ、だめ、もう、ぼく、うぅ…い、やっ…あっ、~~~~~~ッ!!!」

 背が寝台から離れるほど体を反らした彼はガクガクと全身を痙攣させ、最大の絶頂を迎えた。
 全身が痺れ、ビリビリとあちこちに刺激が走る。
 大きく荒い呼吸を繰り返しながらぐったりとする彼。
 しかし、霙はまた1度、2度とゆっくり、強く彼の中を突きながら彼のまだ白濁を放ちきっていないそれを手で握ると、わざと音をたてるようにしてグチュグチュと素早く刺激し始めた。

「最後にもっと……気持ちよくさせてやるから……」
「ひぅッ!!はぁっ、はぁぁっ」

 彼は体に力が入らないこともあって少しも抵抗することなく、敏感すぎて痛いほどの快感が走るそれへの刺激を受け入れて呼吸を止める。
 何も考えられず、頭の中が真っ白になったようだ。
 (うっ、うぐっ……)というくぐもった声を喉から漏らし、彼は射精にそなえる。
 1度、2度、3度…
 尻と霙の腰がぶつかる音が鳴り響いた後、体内に勢いのある熱いものが広がったと同時に、彼は精液を滴らせた。
 もはや『射』と言えるほどの勢いはない。
 ぽたり、ぽたりと先端から白く濁った粘着く精液を数滴腹の上に吐き出し、彼は射精を終えた。

ーーーーーーー

 ぐったりと寝台に身を横たわらせた2人は、薄暗くなっていくのにも構わず指を絡めて手を握り合う。
 少しばかり冷静になると、あまりの乱れっぷりに羞恥する気持ちや体への影響が気になり始めるが、結局それらを上回るのは互いへの愛おしい気持ちだ。

「ねぇ…好き」

 彼は他に言葉が見つからず、ただ1言だけを霙へ届ける。
 何度でも伝えたいその言葉。
 それは規則正しく続く呼吸音に一瞬だけ乱れをもたらすと、やがて同じような甘さを含んだ声音を霙から引き出した。

「うん…俺も好きだ。…愛してる」

 もう それ以上の言葉は必要ない。
 2人は唇を寄せ合い、何度目かも分からない口づけをそっと交わした。
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