彼と姫と

蓬屋 月餅

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後編

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「おはようー」
「あれ?おはよう、珍しいな」
「んー、まぁね」

 朝から元気な声があちこちに響く作業場。
 ある日 彼がいつものように作業場へ向かうと、なんと珍しく『姫』が仕事をしに外へ出てきていた。
 『姫』は衣の袖を捲り、仕事仲間の男達と一緒に賑やかに談笑しながら作業を始めている。

 彼はあの日以降『姫』へなんと声をかければいいのか分からず、家を訪ねることもできていなかった。
 しかし、こうして外へ出てきているのだから今日は作業の合間に近寄って声をかけることだって出来るはずだ。
 何気なく、天気の話題でもしながらそれとなく話かけようと彼がチラチラ『姫』の方を窺いながらいつも通りに作業を始めていると、そこへ同年代の他の仕事仲間がやってきた。

「えーっ!久しぶりだな、『姫』!」
「あははっ、久しぶり!相変わらず元気そうだなぁ」
「まぁな!まったく、お前はフラフラっと仕事しに来て…もう少し来るようにしろよ」

 『姫』は作業場の人々にとても可愛がられているらしく、会う人全員から「おぉ、今日は来てるのか」と声をかけられている。

「うるさいなぁ…仕事しに来る、来ないは勝手だろ?何度も言ってるじゃないか、僕は生きられるだけの食料があればいいんだ」
「おい、そんなこと言ってるからいつまで経ってもそんな薄っぺらい体なんだぞ」
「あっ、こいつ!ひどいぞ、僕が筋肉つきづらいからって…!筋肉があるのがそんなに偉いのか?なぁ、おい!」
「うわ!怒ったぞ、『姫』が!」
「あっ、逃げるんじゃない!こいつ…!」

 わぁわぁと言い合いをしている『姫』達の姿を見て、他の仲間や魚のアラを加工場から届けに来た女性達は「まったくもう、賑やかどころか うるさいくらいね」と笑う。
 彼はそんな中、1人黙々と作業しながら考え込んでいた。

(一体、この中のどれだけの人が姫と…彼とシたことがあるんだろうか。そもそも、彼があんなことになっているというのを、どれだけの人が知っているんだろうか)

 いつの間にか作業場には例のあの男もやってきている。
 1度目が合ったが、その視線はやはり冷ややかだ。
 むしろ以前よりも鋭いように感じられる。
 きっとその視線の以前との違いは気のせいではないだろう。
 きちんと確認はできなかったが、男は彼が『姫』の家に出入りする姿を目撃していたはずだからだ。

(俺は招かれざる客、ってわけだな)

 彼は男に構わず何度か『姫』のそばへ近寄ろうとしたが、その度に男も移動し、間に入ってくるような場所を位置どる。
 それは何度試みても同じことで、なかなか近寄ることはできない。
 だがこうして意識してみると、どうやら『姫』も男のことを気にかけているらしいと分かる。
 なんとなく目で追っているような様子なのだ。

(やっぱり…あいつとは何かがあるんだ。あいつのことを警戒してるから、ああやって目で追ってるんだな…)

 結局『姫』に話しかけることもできず、彼は再び仕事が終わったあとの、『姫』が家に帰ったところで話をしに行くことにした。

ーーーーーー

「あれ…また来たんだね?」
「…ちょっと、話があって」

 真剣な面持ちで家を訪ねてきた彼に対し、『姫』は「話って、なにを?」とわずかに眉根を寄せる。

「話なんかするより…」
「あいつ、君に何をしたんだ」
「え?」
「あいつだよ。この間見たんだ、この家に押し入っていったあの…」
(シーッ)

 『姫』は彼の言葉を遮ると、やはり後ろの方にちらりと視線を向けてから「とりあえず、中に入って」と彼を家に入れた。
 戸を閉めてから振り向いた『姫』は、「何を見たの」とさらに眉をひそめる。

「振り向かずに帰れって言ったのに、見たって?もう…言うことを聞かない子だな」
「あいつと、他に誰とこんなことをしてるんだ。君はそれでいいのか、誰にでも抱かれるなんて」
「誰にでもって、別にそんなんじゃないけど…君はなにか勘違いをしてるんだね、外でこんな話をしちゃ…」
「勘違い?何が勘違いだって?分かりきってる、君はあいつに弱みでも握られてるんだろう?だからこんなことになってるんだ」
「…弱み、か。まぁ…たしかに弱みといえば弱みだろうね。それも、どうしようもないくらいの」

 『姫』は「でも君には関係ないから」と1つため息をついて言う。

「放っておいて。別にどうしようという気もないし」
「…関係ある」
「ないでしょ」
「俺は…君を助けたい」
「は…?」

 思わず口をついて出た彼の言葉に、『姫』は「何言ってるの」と目を丸くする。

「助けたいって?どうしたの、君。まさか僕に本気になっちゃったとか?ははっ、やめときなよ!」
「どうして」
「どうしてもなにもないけど、ロクなことにならないって!2回?ヤッた相手のことに首を突っ込むなんて、君は本当にウブなんだなぁ。君って僕より歳下でしょ?しかも、君は僕の名前も知らないんじゃない?あぁ、これが若さってやつかぁ」
「…俺は真剣に話してるんだ」
「はいはい、分かったから分かったから。でもさ、名前も知らない相手に、それもおんなじ男に本気になるなんてさぁ…いくら僕が女の子みたいだからっていっても、それは無茶苦茶じゃない?」

 たしかに、彼は『姫』の名前を知らない。
 『姫』という愛称があまりにも似合っているために自然とそう呼ぶのが当たり前になってしまっていたのだ。
 彼は「君はなんて…名前なんだ」と尋ねるも、『姫』から返ってきたのは「『姫』、だけど?」という一言だった。

「皆、僕のことを『姫』って呼んでるし、君だってそうだったでしょ?別に今更知ろうとしなくったって、いいんじゃない?」

 『姫』は軽く笑ってあしらおうとしている。
 自らが真剣に向き合おうとしているにも関わらずそんな態度をとる『姫』が腹立たしくなり、彼は気がつくと『姫』を寝台の上に押し倒していた。

「うわうわ…怒ってヤりたくなっちゃったの?それも若さだなぁ、こうやって押し倒して抱こうって?」
「いい加減にしてくれ、目を覚ませよ」
「いや?僕の目は覚めてるよ、はっきりとね。現実だけを見てる。夢を見てるのは君だ」

 なおも真面目に取り合おうとしない『姫』。
 彼は押さえ込んだ『姫』の衣に手をかけ、素肌を晒させた。

ーーーーーーー

「うっ…ちょっ、ちょっと、やめて!うぅ、い、痛くなっちゃうって…!!」

 『姫』は寝台の上で乱暴に体を揺さぶられながら必死に声をあげる。
 しかし、彼には届いていないようだ。
 彼は『姫』を想っての言葉達が軽くあしらわれたことに対しての怒りを抑えることができず、強引に押し倒したその華奢な体にまるで自身の存在を刻みつけるかのように激しく、強く、何度も『姫』を突き続けていた。
 乳首を両手で摘み、捏ね、細い腰をしっかりと捕まえて突く。

「わ、悪かったって…っ、悪かった、腹が立ったんだろ?」
「………」
「う…や、やめ……痛い!い、痛いだろ!こんなの…聞けって!乱暴すぎる、やめろ!」

 どれだけ言っても止まない抽挿の中、『姫』はなんとか身を捩って逃れようとするが四つん這いにされたところでまたしっかりと押さえ込まれてしまう。
 中に抜き挿しされているものはまるで熱された石か鉄のように硬く、不気味なほど熱い。
 粘着くような音と肌のぶつかり合う音、それに『姫』の「やめろ!」という声で部屋はいっぱいになっている。

「やめっ…せ、せめて外に、外に出してくれ…!!嫌だ…中は嫌だ!!」
「………」
「嫌だ、やめてくれ!それだけは、それだけは……っ!いやぁ!!」

 『姫』が一際大きく悲鳴をあげた瞬間、彼は抽挿を止めて『姫』の全身に覆いかぶさると、首筋に濃厚な口づけを落とした。
 ピタリと腰を『姫』の尻につけ、欲望の全てをそこへ吐き出す。
 中にドクドクと注がれるそれは、『姫』に自らの存在を知らしめたがっているかのようだ。

「は…う、うそだ…うそだろ、そんな……そんなの………」

 呆然としている『姫』の腰をしっかりと掴み、1滴たりとも外へ漏れ出すのを許さないとばかりに中へ注ぎ込む彼。
 両手を寝台についている『姫』の表情は、彼の方からは見えない。
 一通り済んだところで彼が『姫』の腰を解放すると、『姫』はそのままばたりと寝台へ倒れ伏した。
 散々腰を打ち付け続けて疲れ果てた彼も体を横たわらせ、『姫』を後ろからしっかりと抱きしめる。

「…こんなところ、出ていこう」
「……」
「俺が君を連れ出す、あいつから君を守る……俺は絶対に君を安全な場所へ連れて行くから…」
「………」
「俺は、本気だ……」

 胸の中にいる『姫』の温かさと動き続けていたことによる疲れによって、彼はいつのまにか眠りに落ちていた。

ーーーーーー

〔……のかな、今日はここで寝ちゃってるんだ〕

 潜められた声によって眠りからわずかに目を覚ました彼は、目を閉じたまま『姫』のものらしきその声を聞く。

〔…だから無理だよ……〕
〔……〕
〔え?〕

 『姫』は誰かと話をしているらしいが、その相手の声はあまり聞き取れない。
 彼は目を覚まさなければと思うのに、どうしても目を開けることができないでいる。

〔……いや、なんでもないから……えっ、ちょっ、ちょっと…!!!〕

 バタン、と戸の閉まる音が響いて人の気配が無くなった室内。
 どうやら『姫』はひそひそと言葉を交わしていた相手と共に外へ行ったらしい。
 その静寂に再び深く眠ってしまっていた彼が目を覚ましたのは、真夜中のことだった。
 『姫』もいない部屋の中、乱れた寝具が自らの衝動的な行動を示している。
 湯や水を浴びようにもここは他人の家で勝手が分からず、彼はひとまず自らの家へ帰ることにした。
 衣を整えて外に出ると、とても明るい真ん丸の月が辺りを照らしていて、夜道を歩くのには苦労しない。
 彼は家に帰ると(もう1度『姫』と話をする必要がある)と考え、眠ることなく朝になるのを待った。

ーーーーーー

【寝込んでいます
    声をかけないでください】

 朝になって『姫』の家を訪ねていくと、戸にはそんな貼り紙がしてあり、昨夜の『姫』の声を今になって思い出した彼は罪悪感と共にひとまずその場を立ち去ることにする。
 午後にでもなれば少しくらい、戸越しに話すだけでもできるだろうと考えてほとんど寝不足のまま仕事に向かったが、やはり頭の中は『姫』のことでいっぱいだった。

 たしかに、『姫』の言う通り彼はほとんどきちんと話したこともない『姫』に想いを寄せている。
 同じ男とは思えない美しさと体つき、そして妖艶さを合わせ持つ上に掴みどころのない態度をとる『姫』。
 彼がその虜になるのも無理はなかった。
 『姫』を初めて見た、あの遠目からでも心をときめかせていたのだから。

 彼はどうしても頭から離れない『姫』の姿を振り払おうと一心に力仕事をしたが、その分必要以上の量をこなしてしまい、寝不足だったことも相まって仕事終わりにはすっかり疲れ果ててしまう。
 それでも『姫』の様子が気になった彼は『姫』の家を訪ね、せめて昨夜のことを詫びてから帰ろうと家の方向へ足を向けた。
 日が沈み、そろそろ暗くなり始めるだろうという空。
 夕陽がとても強く射す中を一歩一歩踏みしめながら、彼は『姫』へ伝えたい言葉を胸の内に紡ぐ。

(昨夜は悪かったと…だけどこの想いは本物なんだと、それだけは言うんだ。誰にも、あの男にも、もう君に触れさせない…もっと自分を大切にするように、こんな生活から、助けだすからと…)

 『姫』の家の前に来た彼は深呼吸をして戸を叩こうと握りしめた拳を出す。
 しかし、不意にどこからか物音がしてくるのに気づいて手を止めた。

「…?」

 耳を澄ましてみると、それは何かが軋むような、人の荒々しい息遣いのような、とにかく普通の状況ではない音だ。
 まさか、と思いながら彼は家の横へ回る。

「んっ…はぁっ、あっあ……っ」
「……」
「いっ……んっ、んんっ…ぅああっ……」
「なぁ…ここだろ…どうだ……」
「やぁっ、あっ、んぅ……~~~ッ!!」

 絶えず中から聞こえてくるその音、声。
 それは明らかに行為中のものだ。
 呻くような『姫』の声と重なるように聞こえてくるもう1つの声は、あの例の男のものらしい。
 間取り的に寝台のそばの窓まで来た彼は思わぬ衝撃に息をのんだ。

 閉じられた窓。
 薄い窓掛けのかかった窓。
 寝台の、すぐ横にある窓。

 その窓は反対側から射す強い夕陽を受け、すぐそこで起こっている出来事をぼんやりと映し出していた。
 
 細く伸びた脚と、そこに覆いかぶさる大きな体。
 その下にいる人物は喉を晒すように顎をあげているが、それはどこか苦しげにも見える。
 上にいる人物は腰のあたりをしきりに動かし、その度に寝台の軋む音が響く。
 下の人物は影の重なった部分から細くしなやかな腕を伸ばすと、頭上の方の何かを強く握ってギシリと音を立てさせた。

「んっ、ん、んんっ……はぁ、あぁっ」
「もっと…突いてやる」
「ん…うっ、あっ、あぁっ!!!」

 上の人影は細い脚を一本膝裏から抱えて肩にかけると、さらに下の人影へ迫りながら動きを大きくする。

「うっ、あぁっ、ああぁっ!!!や、やぁ…っ、あっん、うぅん、ん、んん……っ!!!」

 信じられないものを目にした時、人間は言葉を失い、考えることを一切放棄してしまう。
 まさに今の彼がそうだった。
 彼はいても立ってもいられなくなり、少しずつ後退りをしてその場を離れると、一目散に走り出す。
 まさかそんな場面に出くわすとは思ってもみなかった彼は、暴れる心臓を抑えることができない。
 間近で見聞きした他人の行為というだけでも計り知れない衝撃を与えるものだというのに、ましてやその1人はあの美しい『姫』だ。
 影だけで、はっきりと姿を見たわけでは無いが、あの声や腕、足の細さは『姫』のものに違いない。
 1度だって聴いたことがないほどの艶やかな声を交えた絡み合いは、詳細な動きが見えない影だとしても、彼へ『羞恥』というものを教えるのには充分すぎる。
 彼にはどうしても中へ踏み込んでいく勇気がなかったが、その代わり家に帰ってきてすぐに荷造りを始めた。
 『姫』からの返事を聞いていないとしても、『姫』の考えていることが分からないとしても…そんなことより何より、早く『姫』を連れて何処か別の場所で暮らそうと考えたのだ。

(あんな風にされてるなんて…絶対にこのままではだめだ、俺がなんとかしなきゃ、俺が…)

 だがすでに寝不足と力仕事のせいで疲労困憊だった彼は、あらかたの荷物をまとめ終えたところで倒れ込むようにして眠ってしまった。

ーーーーーー

「う、ん…………」

 肺に流れ込んでくる空気に目を覚ました彼。

「………っあ!!」

 飛び起きた彼はあちこち痛む体を引きずるようにして窓の外を見る。
 もうすっかり空が白み始めているところをみると、あれから一晩眠ってしまっていたらしい。

(は、早く『姫』を連れ出さないと…!)

 彼はすぐに家を飛び出そうとしたが、そこで紙片が戸に挟まっているのに気がついて足を止めた。
 紙片を広げてそこに書いてある文字を目にした彼は、『姫』の家目掛けて走り出す。

【ごめん、ありがとう
          さようなら】

 その3言だけの手紙は、不穏な想像を掻き立てる。
 ざわつく胸のまま辿り着いた『姫』の家だが、鍵のかかった戸を叩いても、何度呼びかけても、中からは人の気配がしない。
 なぜだかは分からないが、不思議なことに人など住んでいないような様子さえ感じられる。
 『姫』はまるで蜃気楼かのように姿を消してしまっていた。

(どこにいるんだ…早く捜さないと!なにか起きてからでは遅いのに…!!)

 彼は走って辺りを捜し始めた。
 裏の森の付近にはいないようだが、他にどこか行きそうなところはあるだろうか。

 彼はあの日、『姫』を連れ出さず強引に抱いてしまったことを酷く後悔しながら走る。
 あの日、感情と欲望のままに『姫』を押し倒していなければ。
 自らの存在を知らしめようとしなければ。
 そのまま手を引いて逃げ出してさえいれば…

 『姫』はあの男に苦しげな声をあげるほど抱かれることも、こうして短い手紙だけを残して姿を消すこともなかったはずだ。
 もし、万が一にでも世を儚むことがあれば…と考えるのも恐ろしく、彼はひたすら『姫』の姿を捜して走る。

(一体どこに…頼むから命だけは………っ!)

 ひたすら方々を走り回っていた彼は、ついに思い浮かべていたその人を見つけた。
 明るさを増した空の下、遠くの道に『姫』は立っている。
 じっと漁業地域の方に目を向け、儚げに衣をはためかせる『姫』。
 手には大きめの包みがあるようだ。

「おい…」

 彼が大声で『姫』に呼びかけようとしたその時、『姫』はふと横に視線を向けて満面の笑みを浮かべた。
 彼が見たことのない、美しい表情だ。
 そして『姫』がその美しい表情を向ける先にいたのは、あの男だった。
 『姫』は美しい表情のまま、〔…と思ったよ〕と男に話しかける。

〔そんなわけ無いだろう〕
〔どうかな、それは。君ってやつは本当…〕

 彼は混乱しながらその様子を見つめる。
 あの男のことを、『姫』は警戒していたのではないのか?
 あの人物は、笑顔を見せながら話しているあの人物は、本当にあの『姫』なのだろうか?
 なぜ『姫』はあんなにもあの男と楽しそうに、幸せそうに話をしているのだろうか。
 あの2人は、一体どういう関係なんだろうか…?

〔…か、歩けるのか〕
〔んー…だめかも、おぶってよ。………あははっ!ちょっと!!〕

 男が手に持っている包みごと『姫』を軽々と抱き上げると、『姫』は照れたように笑いながら軽く男の肩を叩く。
 それから、『姫』は男の首に腕を回し、ほとんど抱きしめるようにしながら言った。

〔じゃ…大きな通りに出るまで、よろしく〕
〔…ってやる〕
〔え?あははっ、みぞれ!言ったね?本当にそうする?〕

 楽しそうに会話しながら遠ざかっていく2人の姿は、まさに恋愛中の、恋人同士のそれだ。

 彼にはまったく理解できなかった。
 訳も分からず、もはや呆然と立ち尽くす他にない。
 彼は怒りも悲しみもなく、ただ狐につままれたような気持ちで抱きかかえられながら去っていく『姫』の後ろ姿を見送るしかなかった。
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