【騎士とスイーツ】異世界で菓子作りに励んだらイケメン騎士と仲良くなりました

尾高志咲/しさ

文字の大きさ
上 下
78 / 90

77.元の世界で

しおりを挟む
 
 俺が戻ってから、周囲は大騒ぎだった。

 目を開けたら、高校の駐輪場に立っていた。俺が異世界に行く前に、にあった場所だ。
 魔術師の帰還術は見事に成功して、俺は元の世界に戻ったのだ。

 今はいつで、何時なんだ?

 駐輪場のすぐ近くには、昇降口に繋がる小さなロータリーがある。ロータリーの中央には、時計塔があった。時刻はお昼だ。でも、校舎が静かなのは何でだろう? そういえば、駐輪場だってガラガラだった。そして、じりじりと陽が照りつけて暑い。

「……お前、さ、佐田さだ?」

 振り返ると、小柄な男が立っていた。大きな瞳が丸くなって、半袖姿でこちらを呆然と見ている。手に持っていたコンビニの袋を落として、あっという間に顔がぐしゃぐしゃになる。

「……花井はない?」
「おっ、お前、今まで! どこ行ってたんだよ!」

 体を掴んでゆさぶる友人から、今が7月の終わりで夏休みだと知った。

 時間の流れは、向こうとこっちでは全く違っていた。俺が異世界に飛ばされたのは一学期の中間テスト前だった。そう、たしか6月の真ん中だったんだ。向こうには9か月位いたはずなのに、こちらでは一か月半しか経っていない。
 こちらの一か月が向こうの半年になるのか。

 同じ家政部の花井は、俺の親友と呼べる男だった。部活に出るどころじゃなくなった花井が泣きながらスマホを貸してくれたので、俺はものすごく久しぶりに自宅に電話した。一番上の姉が出て「姉さん、俺だけど」と言った途端に無言になり、いきなり電話を切られた。花井が泣きながら代わりにかけてくれて、そこから大騒ぎになった。
 車を飛ばして学校に駆けつけた姉は、俺を見た途端、泣き崩れた。花井も一緒に自宅に行き、帰宅した家族は皆、魂が抜けたような顔になって、その後もみくちゃにされた。父親も会社から早退してきた。

「……母さんは?」

 おそらく家にいないとわかっていたけれど、俺は姉たちに聞いた。

「病院。後で一緒に行こうね」
ゆうちゃんが帰ってきたから、すぐによくなるよ」

 たくさん俺の事を心配した母は、頑張って頑張って、とうとう倒れてしまった。病院に面会に行ったら、母は黙って俺の手を取った。久しぶりに触れた母親の手が細くて、胸がぎゅっと痛くなる。親の涙を見たことなんて、今まであったんだろうか。

 その後、警察や学校に連絡して、病院で検査を受けた。いなくなった間どこにいたかを聞かれたので、素直に打ち明けた。ごまかしきれる自信がなかったからだが、何だか長い名前の病名がついた。健康診断もされたけれど、体には問題がない。
 取材させてほしい、と言う声もあったけれど、親と学校が強く拒否して庇ってくれた。まだ高校生だし、人が見つかった話は安心感と共にすぐに消える。

 確かにあの日、大きな地震があった。でも、行方不明になったのは俺だけだ。駐輪場の近くにはケーキの材料が入った保冷バッグが落ちていたから、誘拐かと思われたらしい。高校生男子なので、もちろん友人間のトラブルや家出の可能性も考慮された。ただ、駐輪場には既に自転車が停められていたので謎が深まったようだった。

 夏休みはあっという間に過ぎて、二学期が始まった。しばらくは、あちこちで話題の中心にされていた。ただ、学校では俺に直接、いなくなった間の話を聞くのはタブー視されている。何か事件に巻き込まれたのだという噂がたっていたからだ。ちょうどいいのでそのままにしておいた。異世界の話をまともに信じてもらえるとは、流石に思わない。 

 花井にだけは、俺は異世界で暮らしていたことを打ち明けた。

「……佐田の話を聞いてて、一つ不思議なことがあるんだけど」
「一つか。花井もだいぶ俺の話に慣れたよな」

 ねえ! 聞いてても全然わかんないよ。不思議なことばっかりなんだけど! と最初のうちは叫んでいたのに。

「今も全然わからないことだらけだよ。異世界もだけど、佐田だって、すっかり落ち着いた感じになってるし、口調も変わってるし」
「俺、向こうに行って色々学んだと思う」
「え?」
「自分よりデカい奴らしかいない世界だと、何だか最初から土俵が違うっていうか、自分を大きく見せる必要がないっていうか」
「ふぅん。ぼくが不思議なのはさ……、どうして佐田は、こっちに帰ってきたのかってことなんだ」
「えっ?」

 花井が長い睫毛を伏せて、小声になる。

「もちろん、佐田が帰ってきてくれて嬉しいよ。でもさ、佐田はその、異世界の話が楽しそうで、時々すごく……」

 寂しそうに見えるから、と花井は言った。

「花井の……、気のせいだよ」
「そうか、ごめん。変なこと言って」
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました

及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。 ※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?

桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。 前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。 ほんの少しの間お付き合い下さい。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

処理中です...