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78.スフェンのペンダント
しおりを挟む自宅に戻って、俺はベッドに寝転がった。四方をクリーム色の壁紙に囲まれて、エアコンが目に入る。電力が使えるのって、何だか魔力と似てるよなあ。
異世界に行っていた時は、違いばかり目についていたのに、こちらに帰ってからは、似ているところが目につく。あの世界が身近になってたってことなのかな。
俺はヘッドボードに置いてあったペンダントを手に取った。
あちらの世界で使っていたものは、ほとんどそのまま置いてきた。魔術師に言われたからだ。
『こちらの世界のものを、ご自身から離してください。帰還術は揺れとは違う。それぞれの世界に、己に属するものを呼ばせるものなんです』
どんなものにも、所属する世界がある。俺は帰還術によって、元の自分の世界に呼び寄せられた。
それでも、どうしても置いてこられなかったものがある。
ジードからもらった琥珀のピアスと、スフェンのペンダントだ。革袋に入れて首から下げていた二つを、俺は今も大事に持っている。これがなかったら、異世界での日々を忘れてしまう気がして怖い。
ずっと思っていた。
これを見て何度でも思い出すんだ、って。大事な人たちのことを。俺のことを心配してくれた人たちのことを。
……何よりも、ジードのことを。
花井には結局、言わなかったけど。
俺がこっちに帰るのを決めたのは、母さんたちの夢を見たからだ。
母さんや姉さんたちが俺を探している夢だ。毎日必死で探している。朝も夜もずっと、俺の無事を祈っている。そして、母さんが倒れて病院に運ばれた。
たぶん、これは本当のことだろうと感じた。夢の確実性はあるのかと宮廷魔術師に見てもらうと、彼は俺の中の夢の残滓をたどった。これは確かに異世界から来た力だ、俺と同じ属性のものだと言う。
何とか、家族にこっちの様子を伝えられないだろうかと思った。俺の無事を知らせたら、皆、安心するんじゃないか。
レトに相談して、テオにも聞いた。テオが帰還術で有名な魔術師に相談してくれると言った。彼は隣国のエルンに住んでいる。他の世界のことにも詳しいはずだからと。
魔術師からは、異世界との交信手段はないと返事が来た。人の発する強い想いには力がある。我が子への必死な想いだから何とかここまで来られたのだろう。そう言われた日から、俺は夜、眠れなくなった。
母たちに、自分の無事を伝える方法がない。
家族がぎりぎりなのは見て分かった。俺だけこちらにいてもいいのか。今なら、帰還術を行う魔術師に払うだけの金も用意できる。
テオたちは一緒に考えてくれた。帰るしかないと言う俺に、二人は意を決したように尋ねた。
……帰ったら、もうこちらに来ることは出来ない。ジードと離れてもいいのか、と。
離れたいわけが、なかった。
それでも、家族を見捨てることも出来なかった。
早くしなければ、俺のせいで家族が壊れてしまう。選ばなきゃいけない。
眠れない夜に、テーブルの上の花を見る。母がよく飾っていた花を見る。俺は女神に祈りながら、一つの答えを出した。
何度も何度も、ジードに言おうと思った。言ったら、ジードはわかってくれる。でも、言えなかった。レトに託した手紙には、これまでの経緯を書いた。そして、「ごめん」と「ありがとう」をたくさん。それ以上はもう、書けなかった。
何かが光った。
「⋆⋆⋆⋆⋆⋆か⋆⋆⋆⋆ら⋆⋆⋆⋆」
……まさか。
俺は呆然として、目の前で淡い光を放つペンダントを見た。
「まちが⋆⋆⋆⋆⋆⋆ユウ」
嘘だ。何で、聞こえるんだ?
ずっとつけていた翻訳機はあちらに置いてきた。あれがなかったら、俺は彼らの言葉を聞き取れない。字は少しずつ書けるようになったけれど、言葉を理解して話せたのは翻訳機のおかげだった。だから、エイランの言葉が聞き取れるわけがないんだ。
がばっと体を起こした。
確かにペンダントは光っている。俺の世界に魔力はないのに、これは何度も見た光だ。
「⋆⋆⋆⋆⋆⋆るか」
途切れ途切れに聞こえるのは、確かにスフェンの声だ。
ペンダントからは繰り返し、一つの言葉が聞こえる。
――聞こえるか、ユウ。
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