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Ⅲ.祝福の子

第12話 祭り②

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「すまない。遅れて」
「遅くなりまして、申し訳ありません」
 その時、シェンバー王子に続いて、サフィードの声がした。

 ⋯⋯美形って、ずるいんじゃないだろうか。

 ぼくは思わず、心に浮かんだ思いを飲み込んだ。その場にいた者たちは、揃って沈黙している。
 セツとレイに至っては、口をぽかんと開けたままだ。

 目の前に現れたのは、吟遊詩人の仮装をしたシェンバー王子に、聖剣探しの旅をしたという伝説の王子の姿のサフィードだ。

 サフィードは、腰につけた聖剣は豪華だが、他はごく普通の旅姿だ。それでも、黒の仮面は整った容姿を引き立てる。
 さらにすごいのは、シェンバー王子だった。輝く美貌は仮面をつけたことで妖艶さが増す。竪琴を持つ姿は眩しすぎて、暗くなってきた室内に光が溢れた気がするほどだ。

「いつもの100倍増しぐらいでしょうか。女性なら、目が合っただけで妊娠しそうですね」
 セツがすごいことを言っている。

「あえて仮装する必要はない気がする。せめて、仮面があってよかった」
 銀の仮面から覗く瑠璃色の瞳は、見た者の心を甘く捕らえることだろう。

「⋯⋯仮面がある方が、逆に暴きたくなりますが」
 シヴィルがぽつりと言った言葉に、全員の視線が集まった。
 視線を平然と受け止めて、シヴィルは微笑んだ。

「さあ、皆さん。そろそろ参りましょうか」



 
 村の祭りは、思った以上に盛大だった。

 あちこちで大きなかがりかれている。普段なら家の中に追い立てられる子どもたちも、興奮して走り回っている。

 燻製にした肉をあぶる香ばしい香りが漂い、大きな樽から葡萄酒が次々に注がれる。
 音楽に合わせて歌う者、踊る人の輪。
 ぼくたちの姿を見つけた村長が、すぐに席を作った。

「女神の恵みと多くの実りに感謝を! 皆、一年間ご苦労だった。今宵は無礼講だ。私達に構わず、自由に過ごしてくれ」

 振る舞い酒を手にしたユーディトの挨拶に、わっと歓声が上がる。屋敷から運ばせた樽の葡萄酒が新たに開いた。
 村の上役たちは一礼して下がった。

 気にしなくていい、とユーディトが言っても、あっという間に目の前に食べ物が運ばれてくる。
 ぼくは、葡萄酒を少し口にして、焼きたての魚を味わった。串に刺して焼いた魚は、塩を振っただけで十分美味しい。

「美味しい?」
「うん、とっても。ユーディトは食べた?」
「これからだ。イルマを見ながら飲む酒がうますぎる」

 少しも酔っていないくせに、そんなことを言われると困る。しかも蕩けそうに甘い顔で。

「ユーディト、今朝はありがとう」
「⋯⋯ん」
「あの、正直に言うと、ユーディトが想ってくれているって今まで考えたこともなくて。それに、ぼくは婚約しているし」

「もし、イルマが俺の気持ちを受け入れてくれるなら、陛下に婚約の解消をお願いする。⋯⋯王子とは、戦ってでも」
 ユーディトの言葉には切実な響きがあった。

 美しい竪琴の音が聞こえてくる。
 見れば、吟遊詩人を真ん中に、輪を描くように人だかりがしている。シェンバー王子だ。
 王子が鳴らす竪琴に、若い娘の伸びやかな歌声が重なる。一曲終わると、大きな拍手が起こった。

「王子は何でもお出来になる」
 ユーディトが、ため息をついた。
「人の注目も、心も、簡単に掴んでしまう。剣の腕もたつ。威勢のいいことを言ったけれど、羨ましいぐらいだ」

「ユーディトだって、十分凄いと思うよ」
「私は、いつも父に怒られている。人として足りないことばかりだ」

 宰相アディ―ロの手腕は、近隣に知れわたっている。この弱小国が他の国々と渡り合っていけるのは、彼がフィスタの強みを十二分に把握し生かしているからだ。

「ルチアが⋯⋯。乳母が言ってた。瑠璃も玻璃はりも照らせば光る、って。才能や素質を持っている者はどこにいても輝く。宰相は期待をかけるから厳しい言葉になるだけだ。ユーディトは十分輝いているよ。王子とは、光り方が違うだけ」
「⋯⋯イルマ」
「ユーディトは、この先、きっと素晴らしい宰相になる」

 優しい友人は、民の言葉を聞き力を尽くすだろう。アディ―ロとは違う力がユーディトにはある。

 ユーディトは、手にした葡萄酒を口にした。温かな沈黙が降りた時だった。

 幼い子どもが目の前を走っていく。
 ぼくは、その姿を見てはっとした。

「ユーディト、ごめん。ぼく、ちょっと席を外すね」
「イルマ、どこへ?」
「子どもたちと約束があるんだ!」

 子どもを追うぼくの側に、サフィードが付き従う。
 大きな木の根元に、年嵩としかさの少年を中心に子どもたちが集まっていた。篝火が、子どもたちの顔を明るく照らす。
 どの子も手製の仮面をつけていた。

「あ、イル! イルでしょう!?」
「サフィーも来たんだね! すごい!! きらきらした剣を持ってる!!」
「イルのふく、めがみさまみたい」

 ひらひらした裾に小さな手が触れる。その手が愛おしくなって頭を撫でる。
 サフィードは、飾りのたくさんついた剣を腰から外して見せてやっていた。

「皆の仮面も素敵だよ。頑張ったんだね」
「うん! 毎日少しずつ作ったんだよ」

 子どもたちは、手作りの仮面を顔から外して、ぼくの手に乗せてくれる。
 紡いだ羊毛を石鹸と湯で洗い、日に乾かす。それを何度も繰り返せば布になる。布を切り抜くと柔らかな仮面のできあがりだ。幼い頃、ルチアと作ったことがある。

 花や草の汁で色をつけた仮面は、穏やかな色合いだ。子どもたちが嬉しそうに見せに来た。

「イル! 今日の朝ね、湖に鳥がいたの。女神さまの鳥!!」
「大きな虹も出たんだよ」
 
 目を輝かせて次々に話す中で、一番幼い子が膝に上った。
 ぼくの頬を小さな両手で包んで、じっと見つめてくる。
「とりはねえ、イルのめとおんなじいろ。はちみつみたいな、きらきらしたいろ」

 滅多にもらえない蜂蜜が、今日は子どもたちにも配られたんだ。
 年嵩の少年が、嬉しそうに教えてくれた。

 
 幼い子がぼくを見つめたまま、続けた。
「みんなが、めがみさまがよろこんでるって。おうじさまが、しゅくふくのこ、だからって」

 祝福の子。
 その言葉を、ゆっくりと噛みしめた。
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