誰かの望んだ世界

日灯

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前篇

後期の始まり

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 後期が始まった。
 学園は、賑やかさを取り戻している。
 黒の結晶石クォーツは過去の話となり、未だに魔物が多い現状ではあるが、徐々に減って元通りになると誰もが信じて疑わない。

 午前の講義が終了し、屋上へ向かう。道すがら、アスファーが欠伸をしながら話を振ってきた。

「今回は珍しく、課題、全部間に合ったんだな」
「おー。ちょっと早く戻ってきたら、五年特級の担任と親しくなってさ。なんか色々、構ってくれたから」

 長期休暇中に知り合ったスクーロは中々しっかりした人で、課題がまだ終わってないと言ったら、律儀にアドバイスをくれたのだ。
 たまにルルムに妨害されたが、それでも課題は思ったよりすんなり片付いた。

「五年の特級って、スクーロ先生か? あの人、マトモだもんな。どっかの誰かと違って」

 確かにおれらの担任とは比べ物にならないくらいマトモだ。普通に頼りになると思える。

「なー。教師ってのは、ああいう人のこと言うんだと思うよ。って、アスファー、スクーロ先生と面識あるんだ?」
「ああ。あの人、風紀の顧問だからな」
「へー…。風紀は安泰だ」

 話している内に辿り着いた扉を開き、足を踏み入れた。

「あー…、風が気持ちいいーー」

 この時期は、日陰の気温がちょうど良い。頬を擽る風は冷たくもなく生温くもなく快適だ。
 膝を抱えて座り、俯き加減でいるラウレルをぼんやり見やる。
 長期休暇を終えて、おれたちの間に流れる空気は、少し変わった気がする。
 再会したラウレルは、講義中も何か別のことを考えているようだし、アスファーとジンは相変わらず調子の悪そうな顔をしており、たまに真剣な表情でラウレルに視線を向けている。

 おれは本に目を落としているジンの隣で仰向けに寝そべっているアスファーに視線を移す。

「なぁ、まだ調子戻んねーの?」
「……見りゃ分かんだろ。ダルくて仕方ねぇよ」
「一件落着したんじゃないのかー?」
「黒の結晶石クォーツをどうにかした後の話は、文献にあんま書かれてねぇし…。なんとも言えねぇな」

 アスファーは目を閉じたまま億劫そうに答えた。ジンもラウレルも自分の世界に飛んでおり、無反応だ。
 おれはまったりとお喋りを続ける。――まぁ、つまりは暇なのだ。

「世間じゃ、もう全部終わったことになってるぞ」
「体調は一時期よりマシになったからな」
「魔物は減らないのになー」

 そこでふと、目蓋を上げたアスファーの金色の瞳が、おれを捉える。

「おまえは、そこら辺の奴らみたいに思わねぇのか?」
「おれ? ……うーん、実感ないからあんまり」
「ああ、影響受けねぇんだっけ? ったく、どんな造りしてんだおまえは」

 呆れたような目を向けられ、乾いた声で笑う。それに答える気はない。

「アスファーは? どう思ってんの」

 空に視線を投げて、アスファーが答える。

「……分かんねぇ。一大事は去ったんだろうが、気分はぜんぜん良くならねぇし」
「ふぅん。宗家だと、感じるものがあるのかな」
「どうだかな」

 長期休暇にあったことは、三人から何も聞いていない。
 闇と光の当代の関係性や、闇の当代に杜人もりびとがしなくてはならなくなるかもしれない事について。それらが、アスファーやジンを悩ませているのだろうと推測する。

「ま、なんか起こったら、起こったときだな」
「おまえは気楽でいいな」
「おうとも」

 おれには何も出来ないのだから、考えたって仕方がない。

 少し苦しそうに笑って、アスファーがまた目蓋を下ろす。
 前みたいに気楽な雰囲気に戻るのは、難しいのかなと思った。

 ◇◇◇

 一日の講義が終わると、合唱練習があるのが最近の日課だ。近く、行われる感謝祭のためである。
 感謝祭では、結晶石クォーツや母なる大地に感謝を伝えるために、祈りや歌を捧げる。歌は賛美歌の他、学年ごと異なるものを歌うので、聞いているのが楽しい。
 それから、いつもより豪華な晩餐の後、宴をするのだ。

 帰りのショートを終えたら、合唱練習をしてパートごと解散になる日々。
 今日はお知らせがあったので、教台に立つ。級長もだいぶ板についてきたと思う。

「オーケストラに参加してくれる人、またはこの人がいいってのあったら手を挙げてー」

 縦割りで行われるオーケストラ演奏は、個性的で見応えがある。
 特級は血筋のいい人が多いので本格的だ。他のクラスは、地方の伝統的な楽器を使った演奏だったりする。
 消極的なこのクラスでは、自ら手を挙げる人が少ない。なので結局、

「去年出た人でいいよな」

 つまり、ラウレル、アスファー、ジンは確定である。彼らはたしなみとして、楽器を習っているのだ。他にオーケストラ部の人も参加している。
 
「じゃあこれで」
「おまえは何か弾けねぇのか?」

 面倒事を一人優雅にかわそうとしていると、いつもアスファーに邪魔をされる。昨年は担任が勝手に決めたから、おれは免れることができたのだ。

 ――結構なんでも弾けるけど…。

「おれはいいよ。人数も足りてるし」
「多少多くても構わないはずだぜ?」
「そうだけど、」

 尚も言い募ろうとアスファーが口を開いたとき、後ろから影が落ちた。

「何事も経験だ。ほい、決定」

 呆気なく提出する紙に名前を書かれ、振り返れば怠そうに片方だけ口角を上げたグラディオの姿。

「パートリーダー、練習始めろ」

 彼はそれだけ言ってヒラヒラと手を振り、教室を後にしてしまう。

「ちぇー」

 今年は行事をフルに楽しんでいる気がした。――当事者として。

 アルトの練習が終わり、テノールの方へ行く。すると、楽譜片手にぼんやりしているラウレルがいた。テノールもすでに、解散しているようだ。

「ラウレルもテノールなんて悲しい…」
「去年、アルトでギリギリだったから、俺は嬉しいけどな」

 声をかければ、普通に返ってきた答えに内心でほっと息を吐く。
 年々減り行く高音域である。アスファーなんて、去年もバリバリのバスだった。きっと彼の少年期は、風の如く去ってしまったに違いない。

「勿体ないったら」
「何がだ?」
「アスファーって、老けるの早そうだなと」

 すでに見た目が青年だから、卒業する頃には、オッサンになってるんじゃなかろうか。
 ラウレルはおれの言葉に目を瞬いて、笑って言った。

「そういう人は年取ってから若く見られるって言うから、後年得するんじゃないか?」
「……やっぱりラウレルもおれみたいに思ってたんだ」

 フォローが肯定の上に成り立っている。
 それに気付いたラウレルが、あわあわと口を開いた。

「いや、その」
「なんの話してんだ?」

 ちょうど良く現れたアスファーに、ラウレルの挙動が更に怪しくなる。
 それが可笑しくて笑うと、ラウレルに睨まれてしまった。

「ラウレルは素直だよな~」
「おまえ、ラウレル困らしてんじゃねぇよ」
「違うよ、アスファーの話を」
「イオ、言わなくていい!」

 怪訝な顔をしたアスファーにラウレルが焦る。そんな優しい彼のために、話題を変えることにした。

「なあ、アスファーって、いつ背が伸びたんだ?」

 するとアスファーは不審な顔で答える。

「毎年伸びてるぜ…?」
「……ラウレル、アスファーいつからこんななの」

 まだ成長を続けているというアスファーの言葉はスルーした。
 ラウレルは思い出すように斜め上を向いて口を開く。

「アスファーは昔から背、高かったよな。急に伸びたのは…、二年前か?」

 あと一年早く来たら、ちんちくりんなアスファーに会えたのか。惜しい事をしたと渋い顔で俯けば、アスファーは何故かニヤリと笑う。

「多分あの頃で、今のおまえらと同じくらいの背だったぜ」
「うわっ。ぜんぜん可愛くねぇ!」
「ガキの頃からこんな性格だしな」

 パートリーダーの話し合いを終えてやって来たジンが肩を竦めて言った。

「憎たらしいお子さんだこと」
「ああ、まったくだ」
「おいおまえら、自分が背ぇ低いからって僻んでんじゃねぇぞ」
「おれは平均だ。アスファーが老けてるだけで」

 ビクリと反応したラウレルに微笑めば、アスファーの頬がヒクリと痙攣した。

「おい、さっきの話ってのは…」
「ラウレル、早く帰ろう。食材買わなきゃ」
「あ、ああ…」

 おれはラウレルの手を引いてそそくさと退散する。

「ッ待てイオ!」
「おい、鞄」

 後ろから聞こえた舌打ちとまったりしたジンの声に、自然と笑みが浮かんだ。
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