ヤンデレ公爵様は死に戻り令嬢に愛されたい

月咲やまな

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第一章

【第六話】審判の部屋②

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「ようこそ、“審判の部屋”へ。ずっと待っていたヨ」
 シャム猫風の猫がカーネとティアンに声を掛ける。
「まさかこんなに待つ事になるとは思わなかったから、ボクらずっと、此処で首を長くしていたんダヨ?」
 続いて黒猫がそう言い、三日月型の目と口を細めてニタリと笑う。こちらも長毛種で、子供の頃に文字の勉強の為に読んだ童話に出てくる顔の大きな縞模様の猫にちょっとだけ雰囲気が似ているなとカーネは思った。

「…… “審判の部屋”?」

 訝しげな声でティアンが呟く。神話や物語にでも出てきそうな響きの言葉なのに、聖女教育の時などに神官達から聞いた話でも出てこなかった単語なせいか動揺を隠せていない。
 神話の本を何冊も読んだ事のあるカーネも初めて聞く言葉だし、『審判』という響きが胸に引っ掛かる。そのせいで、これがあまり良い状況だとは思えなかった。
「そうダヨ。生前の罪を裁くのが目的の部屋ナノ」
「でも今回はちょっと本来の用途とは違う使い方になるけどネ」
 二匹とも似たような声で、どちらが話したのか二人にはわからなかった。

「喋る猫って、もしかして…… あなた達は、獣人なの?」

 流石に知らない場所で不可思議な生き物を相手にして怒り任せに訊くような真似はせず、ティアンが落ち着いたトーンで訊く。
「ンー。『そう』とも言えルシ、『そうではない』カモ?」と言って、黒猫はニタリと笑ったまま首を傾げた。
「答えになっていないわよ」
 眉間に皺を寄せ、ティアンが不機嫌そうな顔になった。彼女の沸点の低さには妹であろうと毎度驚かされる。

「だって、どうでもいい事なんだモン」
「ネー」

 そう言って、二匹がまたクスクスと笑い合う。
「それにネ、今はのんびりと話していい状況でもないしネ」
「そうソウ。猶予はあまりないンダ」
 揃ってニマッと笑うと、天秤のすぐ上の空間がザザッと音を立てて揺れた。次の瞬間、空間部分に大破した馬車が大きく映し出される。

「…… え?な、何、何なの?」
「すごい…… 絵が、動いてる?」

 ティアンは酷く動揺し、カーネは感嘆の息を吐く。初めて見た魔法みたいなものに対する感想は、彼女達が双子とはいえ、全く別々のものだった。
「——これ、ワタシの馬車だわ!」と叫び、ティアンが天秤のある場所まで駆け寄った。そのせいで彼女に繋がる鎖がジャラジャラと不快な音を立てる。

 空間には今、崖から落ちて大破した馬車と、二頭の馬の無惨な姿が映し出されている。どうやら崖下までの高さはそれ程無かった様だが、スピードが出過ぎていてどちらも耐え切れなかったみたいだ。
「中を見せてよ、早く!無事なの?無事なんでしょうねぇ。ワタシが怪我でもしていたら承知しないんだから!」
 二匹の猫に向かい、最速で化けの皮を脱ぎ捨てたティアンが怒鳴り散らす。すると猫達は素直にその要求に応じ、パッと映像は車内へと切り替わった。

「——っ!い、生きてるの?ねぇ、生きてるのよねぇ⁉︎」

 両の手をぎゅっと強く握り、天秤の上を見上げながらティアンは必死の形相で状況を確認しようとした。既に人生に疲れ切っているカーネとは違い、ティアンは何一つ諦めてはいない。まだ自分の願いが叶っていない為、彼女にとって、生死は重要な問題だった。
「「んー…… 」」
 二匹の煮え切らない回答に腹を立て、「早く答えなさいよ!」とティアンが叫ぶ。

「あー怖いネェ、怖いネェ」
「あれで聖女候補だってネ。ヒト族って寛容なんだネェ」

 馬鹿にする声色でそう返され、彼女は咄嗟に天秤に対して八つ当たりを仕掛けた。だがカーネの服と同じく天秤には触れることも出来ず、やり場のない怒りがティアンに襲いかかる。

「あぁぁぁぁ、煩い、煩い煩い煩い!黙れ!」

 いくら叫んでも怒りは収まらず、ティアンがその場で地団駄を踏んだ。その度に手足の黒い枷から繋がる鎖が金属音を立てる。彼女の柔肌に擦れて赤い跡を残しているが、それを気にする余裕すら今のティアンにはなかった。
 そんな姉に対し、カーネは困り顔になった。『落ち着いて』と言った所で自分の話を聞くタイプでもないし、『此処は“審判の部屋”らしいから、響き的にも大人しく様子を見た方がいい』と諭そうかとも考えたが、それでもやっぱり聞いては貰えないだろうと思うと何も出来ない。

「大丈夫。今は、まだ生きているヨ」
「“妹の体”はもう、事切れているけドネ」

「「その理由は、アナタはもちろん知っているヨネ?」」

 二匹の声が綺麗に被り、スッと細めた目でティアンを見詰める。『全てを知っている』と暗に告げているその視線はとても冷たく、侮蔑が滲んだものだった。
「…… 暴走した馬が悪いんでしょ?いや、御者の方よね。何で急に、一体何処に消えたんだか」
 フンッと鼻から息を吐き出し、ティアンは長い髪を後ろにかきあげた。そっぽを向いたまま腕を組んで彼女は黙っているが、猫達の目は、当然冷ややかなままである。

(これってまさか、誤魔化したつもり、なのかな…… 。どう考えたって、通じるはずがないと思うんだけど)

 状況が益々悪い方向へ向かっているのをカーネは肌で感じた。だが、『大事な聖女候補だから』と散々甘やかされて自由奔放に育ったティアンは全く空気が読めていない。こんな状態では先が思いやられる。

「サテ。ココからが本題ダヨ」
「生きている体は一体。でも魂は二つ」

「「戻れるのは一人だけとなると、どっちが戻ル?」」

 二匹が交互に話し、最後は声が揃った。
「早くしないと、と言いたいケド、ゆっくり考えてもいいヨ」
「此処は月の女神様の加護があるから、外の時間は止まっているノ」
 尻尾をゆらりと揺らして二匹が微笑む。口元が動いていないと、どちらが言ったのか今回もわからなかった。

「ワタシが戻るわ!」
「…… 私が、此処に残ります」

 間髪入れずにティアンがそう答え、カーネは正反対の回答を猫達へ告げた。元々そのつもりだったから後悔はなさそうな顔だ。
「フーン。じゃあ、そうするべき理由を教えてもらえるカナ?」
「そうネ、知りたいネ、気になるワァ」
 黒猫の問い掛けに、白猫も続く。

「当然じゃない。だって、まだ生きているのはワタシの方なんだから、戻るべきはワタシじゃない。この子はもう死んだんでしょう?なら、死体に戻ったって意味が無いじゃない。また此処へ戻って来るだけだわ。それにね、ワタシは“聖女候補”なの。何百年、信徒が待ち望んだ“神の愛し子”となる者なのだから戻ってあげないと皆が悲しむわ!」

 胸に手を当て、自信満々にティアンはそう言った。
「——じゃあ、そちらはどうして此処に残るト?」と、白猫はカーネにも理由を訊く。その瞳はとても優しく、愛しい者でも見ているかの様だ。
「…… 姉の、言う通りだと思うからです。私はもう死んでいます。聖女候補である姉を待つ者は多いですが、私が戻ると…… 多分…… 」とまで言って、カーネは言葉を濁した。『今度は姉が、自分と同じ理由で死ぬ事になる。そして何処かで絞殺死体になって見付かるだろう。今までみたいにまた自分が生き残り、そして、今回は今まで以上に周囲から責められるだろうから』とは、自分の持つ能力を理解している彼女は、とてもじゃないが言えなかった。

(“聖女候補”が死んで、『母殺し』と呼ばれて忌み子扱いされている双子の妹の方が生き残るとか…… 誰一人として喜ばないもの)

 だが、一瞬だけカーネの頭の隅に一人の少年の姿が浮かんだ。でもすぐに被りを振って、その幻想を胸の奥底に払い捨てる。
「正しい判断だわ、流石はワタシの妹ね」
「あり、がとう…… ございます」
 人生で初めてティアンに褒められた気がする。だけどカーネはちっとも嬉しくはなかった。

「当然よねぇ。誰だって、だもの」

 ティアンがそう言った途端、二匹の猫がニヤリと笑う。その瞳には明らかな悪意が宿っており、『言質を取った』と口元は弧を描いていた。
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