ヤンデレ公爵様は死に戻り令嬢に愛されたい

月咲やまな

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第一章

【第五話】審判の部屋①

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「——こ、此処は?」

 今さっき。五度目の死を迎えたカーネの瞼が開き、彼女は周囲を軽く見渡した。
 いつもなら、彼女はシリウス公爵家の旧邸にある自室で目を覚まし、何の手出しも出来ないうちに、自分を殺したはずの人間の凶報を聞かされる事となる。カーネとは全く無関係な場所で、カーネがされたはずの死に方で『——様が、亡くなりました』と聞かされる為、彼女が疑われた事が無いのは救いであった。ただでさえ『聖痕無しが』や『母殺しのくせに』などと言われ、蔑み、罵られ続けているのに、これ以上冷遇される要素など欲しくはないから。

 だが今回は様子が全然違う。

 真っ白で、どこまで遠くへ視線をやっているつもりになっても果てが見えない空間に、カーネはぺたりと座っている。上らしき方向を見ても天井は無く、明るいのに太陽どころか光源になるような物は何も無い。柔らかな床に座っている様な感覚は確かにあるのに、下というものがある様な雰囲気すらも無い。とても不可思議な空間なのに怖いとは感じられず、カーネは騒がずに現状を受け止めた。

(…… 此処が、天国ってやつかな?)

 こっそり読んだ教本に書かれていた雰囲気とは随分違うが、そうならばどんなに嬉しい事か。十八年目にして、やっと、やっと願いが叶ったのだと、カーネは胸の奥がじわりと熱くなるのを感じた。

 生後間もない時の死に戻りを知らない彼女の脳裏に、ふと、今までの死に様が浮かんでくる。
 一度目はベランダから突き落とされて死に、二度目は狭い部屋に閉じ込められて餓死しそうになり自殺した。三度目では毒を盛られ、先程迎えた四度目は双子の姉に首を絞められて死亡した。

 どれも、とても辛かった、痛かった、苦しかった。
 そして…… 悲しかった。

 地面に激しく全身を打ちつけ、でも即死出来なかったせいで酷い激痛が全身に走っているのに、そんな自分の姿を上から見下ろして楽しそうに大笑いしている少年。歓喜と憎しみの混じる目で鉄製の重たい扉をゆっくりと閉めていく男の顔。毒を飲んだ彼女が、苦しみ、喉を掻きむしり、腹を押さえたりしながら床でのたうち回る様子を冷たい目でじっと見詰める青年。そして、自分と同じであろう顔が狂気に満ちた状態に歪み、『死ね』と叫びながら首を絞めてくる姉の姿。

『もう、戻りたくない』

 このまま死にたいと、カーネは何度も思った。
 “死”と直面する度に、何度も何度も願った。

 どうせ戻っても、また別の者に殺される。そんな恐怖を常時抱える生活では精神はすり減る一方だった。シリウス公爵家の中は常にカーネにだけ冷たく、人に会う度に殺気に満ちた視線が刺さり続けるのだから当然だろう。

 軽く上を見上げ、死に戻りからはもう解放されたのだと実感し始めたカーネがほっと息をついた時。「…… う、くっ」と小さな唸り声が背後から聞こえた。その声のせいでカーネの体がビクッと軽く跳ねる。聞き慣れた、でも今一番聞きたくない声とあまりに類似していて、彼女の胸に不安が生まれる。
「…… 此処、何?何処なのよ」
 その声を聞き、カーネがゆっくり振り返る。
 先程周囲を軽く見渡した時には確かに彼女は此処に一人きりだった。その時は誰も居なかったはずだ。なのに今は、カーネの姉であるティアンが、彼女と同じ空間に居た。
「ちょっと、此処は何処なの⁉︎アンタ、ワタシに何をしたのよ!」
 大声をあげてティアンがカーネに掴み掛かろうとする。すると、ジャラッと何かの音が鳴り、掴む事は叶わなかった。一体何の音かと二人が揃って音の方へ視線をやると、それはティアンの手首に装着されている手枷と、そこから繋がる鎖とがぶつかる音だった。

「——ちょっ!何でこんな物が、ワタシの腕に⁉︎」

 ティアンが自分の手足を見て、驚きの声をあげる。手首だけじゃなく足首にも真っ黒な枷が着いており、長い鎖まで繋がっているが、その鎖が続く先が全く見えないせいで不快感と不安がティアンを襲う。

 さっきまでは神殿に行く為にと白ベースの女性らしい綺麗なドレスを着ていたはずなのに、今はボロボロのロングタイプのキャミソール一枚だけの姿になっている事に気が付き、ティアンはまたカッと怒りを爆発させてカーネを怒鳴りつけた。
「その服を脱ぎなさい、今すぐに!」
「え?な、何で…… 」
 自分とは違い、カーネが膝丈までの真っ白なキャミソールドレスを着ていた事が癪に触る。丁寧に編まれた綺麗なレース、背中には大きなリボンがある服はちょっと少女趣味なデザインではあるものの、自分よりも綺麗な服をカーネが着ているというだけでティアンは気に入らない。
「早くして!」
「は、はい…… 」
 言われるままにカーネは服を脱ごうとしたが、不思議と服には触れる事が出来なかった。
「あ、あれ?」と慌てるカーネに対し、「アンタは本当に鈍臭いわね!」と文句を口にしながら服を掴もうとした。だがティアンもカーネの服を掴む事は出来ず、一層苛立ちを募らせる。

『——ハーイ。流石にそこまでダヨ』
『もうやめておいたラ?』

 突然声が聞こえ、二人が同時に振り返った。するとそこには古風なデザインをした巨大な金色の天秤がドンッと置かれていたが、『其処には何もなかったはずなのに』も流石にニ度目ともなるとカーネは驚きすらしていない。だがティアンの方は大いに驚き、少し身じろいだ。
『驚いてル、驚いてル』
 クスクスと笑う声も聞こえ、どちらが言った言葉かはわからない。声の主は天秤のうで部分の左右に分かれてゴロンと寝そべっており、猫っぽい印象のある二匹の生き物がじぃっと二人の様子を観察していた。
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