6 / 88
第一章
【第五話】審判の部屋①
しおりを挟む
「——こ、此処は?」
今さっき。五度目の死を迎えたカーネの瞼が開き、彼女は周囲を軽く見渡した。
いつもなら、彼女はシリウス公爵家の旧邸にある自室で目を覚まし、何の手出しも出来ないうちに、自分を殺したはずの人間の凶報を聞かされる事となる。カーネとは全く無関係な場所で、カーネがされたはずの死に方で『——様が、亡くなりました』と聞かされる為、彼女が疑われた事が無いのは救いであった。ただでさえ『聖痕無しが』や『母殺しのくせに』などと言われ、蔑み、罵られ続けているのに、これ以上冷遇される要素など欲しくはないから。
だが今回は様子が全然違う。
真っ白で、どこまで遠くへ視線をやっているつもりになっても果てが見えない空間に、カーネはぺたりと座っている。上らしき方向を見ても天井は無く、明るいのに太陽どころか光源になるような物は何も無い。柔らかな床に座っている様な感覚は確かにあるのに、下というものがある様な雰囲気すらも無い。とても不可思議な空間なのに怖いとは感じられず、カーネは騒がずに現状を受け止めた。
(…… 此処が、天国ってやつかな?)
こっそり読んだ教本に書かれていた雰囲気とは随分違うが、そうならばどんなに嬉しい事か。十八年目にして、やっと、やっと願いが叶ったのだと、カーネは胸の奥がじわりと熱くなるのを感じた。
生後間もない時の死に戻りを知らない彼女の脳裏に、ふと、今までの死に様が浮かんでくる。
一度目はベランダから突き落とされて死に、二度目は狭い部屋に閉じ込められて餓死しそうになり自殺した。三度目では毒を盛られ、先程迎えた四度目は双子の姉に首を絞められて死亡した。
どれも、とても辛かった、痛かった、苦しかった。
そして…… 悲しかった。
地面に激しく全身を打ちつけ、でも即死出来なかったせいで酷い激痛が全身に走っているのに、そんな自分の姿を上から見下ろして楽しそうに大笑いしている少年。歓喜と憎しみの混じる目で鉄製の重たい扉をゆっくりと閉めていく男の顔。毒を飲んだ彼女が、苦しみ、喉を掻きむしり、腹を押さえたりしながら床でのたうち回る様子を冷たい目でじっと見詰める青年。そして、自分と同じであろう顔が狂気に満ちた状態に歪み、『死ね』と叫びながら首を絞めてくる姉の姿。
『もう、戻りたくない』
このまま死にたいと、カーネは何度も思った。
“死”と直面する度に、何度も何度も願った。
どうせ戻っても、また別の者に殺される。そんな恐怖を常時抱える生活では精神はすり減る一方だった。シリウス公爵家の中は常にカーネにだけ冷たく、人に会う度に殺気に満ちた視線が刺さり続けるのだから当然だろう。
軽く上を見上げ、死に戻りからはもう解放されたのだと実感し始めたカーネがほっと息をついた時。「…… う、くっ」と小さな唸り声が背後から聞こえた。その声のせいでカーネの体がビクッと軽く跳ねる。聞き慣れた、でも今一番聞きたくない声とあまりに類似していて、彼女の胸に不安が生まれる。
「…… 此処、何?何処なのよ」
その声を聞き、カーネがゆっくり振り返る。
先程周囲を軽く見渡した時には確かに彼女は此処に一人きりだった。その時は誰も居なかったはずだ。なのに今は、カーネの姉であるティアンが、彼女と同じ空間に居た。
「ちょっと、此処は何処なの⁉︎アンタ、ワタシに何をしたのよ!」
大声をあげてティアンがカーネに掴み掛かろうとする。すると、ジャラッと何かの音が鳴り、掴む事は叶わなかった。一体何の音かと二人が揃って音の方へ視線をやると、それはティアンの手首に装着されている手枷と、そこから繋がる鎖とがぶつかる音だった。
「——ちょっ!何でこんな物が、ワタシの腕に⁉︎」
ティアンが自分の手足を見て、驚きの声をあげる。手首だけじゃなく足首にも真っ黒な枷が着いており、長い鎖まで繋がっているが、その鎖が続く先が全く見えないせいで不快感と不安がティアンを襲う。
さっきまでは神殿に行く為にと白ベースの女性らしい綺麗なドレスを着ていたはずなのに、今はボロボロのロングタイプのキャミソール一枚だけの姿になっている事に気が付き、ティアンはまたカッと怒りを爆発させてカーネを怒鳴りつけた。
「その服を脱ぎなさい、今すぐに!」
「え?な、何で…… 」
自分とは違い、カーネが膝丈までの真っ白なキャミソールドレスを着ていた事が癪に触る。丁寧に編まれた綺麗なレース、背中には大きなリボンがある服はちょっと少女趣味なデザインではあるものの、自分よりも綺麗な服をカーネが着ているというだけでティアンは気に入らない。
「早くして!」
「は、はい…… 」
言われるままにカーネは服を脱ごうとしたが、不思議と服には触れる事が出来なかった。
「あ、あれ?」と慌てるカーネに対し、「アンタは本当に鈍臭いわね!」と文句を口にしながら服を掴もうとした。だがティアンもカーネの服を掴む事は出来ず、一層苛立ちを募らせる。
『——ハーイ。流石にそこまでダヨ』
『もうやめておいたラ?』
突然声が聞こえ、二人が同時に振り返った。するとそこには古風なデザインをした巨大な金色の天秤がドンッと置かれていたが、『其処には何もなかったはずなのに』も流石にニ度目ともなるとカーネは驚きすらしていない。だがティアンの方は大いに驚き、少し身じろいだ。
『驚いてル、驚いてル』
クスクスと笑う声も聞こえ、どちらが言った言葉かはわからない。声の主は天秤のうで部分の左右に分かれてゴロンと寝そべっており、猫っぽい印象のある二匹の生き物がじぃっと二人の様子を観察していた。
今さっき。五度目の死を迎えたカーネの瞼が開き、彼女は周囲を軽く見渡した。
いつもなら、彼女はシリウス公爵家の旧邸にある自室で目を覚まし、何の手出しも出来ないうちに、自分を殺したはずの人間の凶報を聞かされる事となる。カーネとは全く無関係な場所で、カーネがされたはずの死に方で『——様が、亡くなりました』と聞かされる為、彼女が疑われた事が無いのは救いであった。ただでさえ『聖痕無しが』や『母殺しのくせに』などと言われ、蔑み、罵られ続けているのに、これ以上冷遇される要素など欲しくはないから。
だが今回は様子が全然違う。
真っ白で、どこまで遠くへ視線をやっているつもりになっても果てが見えない空間に、カーネはぺたりと座っている。上らしき方向を見ても天井は無く、明るいのに太陽どころか光源になるような物は何も無い。柔らかな床に座っている様な感覚は確かにあるのに、下というものがある様な雰囲気すらも無い。とても不可思議な空間なのに怖いとは感じられず、カーネは騒がずに現状を受け止めた。
(…… 此処が、天国ってやつかな?)
こっそり読んだ教本に書かれていた雰囲気とは随分違うが、そうならばどんなに嬉しい事か。十八年目にして、やっと、やっと願いが叶ったのだと、カーネは胸の奥がじわりと熱くなるのを感じた。
生後間もない時の死に戻りを知らない彼女の脳裏に、ふと、今までの死に様が浮かんでくる。
一度目はベランダから突き落とされて死に、二度目は狭い部屋に閉じ込められて餓死しそうになり自殺した。三度目では毒を盛られ、先程迎えた四度目は双子の姉に首を絞められて死亡した。
どれも、とても辛かった、痛かった、苦しかった。
そして…… 悲しかった。
地面に激しく全身を打ちつけ、でも即死出来なかったせいで酷い激痛が全身に走っているのに、そんな自分の姿を上から見下ろして楽しそうに大笑いしている少年。歓喜と憎しみの混じる目で鉄製の重たい扉をゆっくりと閉めていく男の顔。毒を飲んだ彼女が、苦しみ、喉を掻きむしり、腹を押さえたりしながら床でのたうち回る様子を冷たい目でじっと見詰める青年。そして、自分と同じであろう顔が狂気に満ちた状態に歪み、『死ね』と叫びながら首を絞めてくる姉の姿。
『もう、戻りたくない』
このまま死にたいと、カーネは何度も思った。
“死”と直面する度に、何度も何度も願った。
どうせ戻っても、また別の者に殺される。そんな恐怖を常時抱える生活では精神はすり減る一方だった。シリウス公爵家の中は常にカーネにだけ冷たく、人に会う度に殺気に満ちた視線が刺さり続けるのだから当然だろう。
軽く上を見上げ、死に戻りからはもう解放されたのだと実感し始めたカーネがほっと息をついた時。「…… う、くっ」と小さな唸り声が背後から聞こえた。その声のせいでカーネの体がビクッと軽く跳ねる。聞き慣れた、でも今一番聞きたくない声とあまりに類似していて、彼女の胸に不安が生まれる。
「…… 此処、何?何処なのよ」
その声を聞き、カーネがゆっくり振り返る。
先程周囲を軽く見渡した時には確かに彼女は此処に一人きりだった。その時は誰も居なかったはずだ。なのに今は、カーネの姉であるティアンが、彼女と同じ空間に居た。
「ちょっと、此処は何処なの⁉︎アンタ、ワタシに何をしたのよ!」
大声をあげてティアンがカーネに掴み掛かろうとする。すると、ジャラッと何かの音が鳴り、掴む事は叶わなかった。一体何の音かと二人が揃って音の方へ視線をやると、それはティアンの手首に装着されている手枷と、そこから繋がる鎖とがぶつかる音だった。
「——ちょっ!何でこんな物が、ワタシの腕に⁉︎」
ティアンが自分の手足を見て、驚きの声をあげる。手首だけじゃなく足首にも真っ黒な枷が着いており、長い鎖まで繋がっているが、その鎖が続く先が全く見えないせいで不快感と不安がティアンを襲う。
さっきまでは神殿に行く為にと白ベースの女性らしい綺麗なドレスを着ていたはずなのに、今はボロボロのロングタイプのキャミソール一枚だけの姿になっている事に気が付き、ティアンはまたカッと怒りを爆発させてカーネを怒鳴りつけた。
「その服を脱ぎなさい、今すぐに!」
「え?な、何で…… 」
自分とは違い、カーネが膝丈までの真っ白なキャミソールドレスを着ていた事が癪に触る。丁寧に編まれた綺麗なレース、背中には大きなリボンがある服はちょっと少女趣味なデザインではあるものの、自分よりも綺麗な服をカーネが着ているというだけでティアンは気に入らない。
「早くして!」
「は、はい…… 」
言われるままにカーネは服を脱ごうとしたが、不思議と服には触れる事が出来なかった。
「あ、あれ?」と慌てるカーネに対し、「アンタは本当に鈍臭いわね!」と文句を口にしながら服を掴もうとした。だがティアンもカーネの服を掴む事は出来ず、一層苛立ちを募らせる。
『——ハーイ。流石にそこまでダヨ』
『もうやめておいたラ?』
突然声が聞こえ、二人が同時に振り返った。するとそこには古風なデザインをした巨大な金色の天秤がドンッと置かれていたが、『其処には何もなかったはずなのに』も流石にニ度目ともなるとカーネは驚きすらしていない。だがティアンの方は大いに驚き、少し身じろいだ。
『驚いてル、驚いてル』
クスクスと笑う声も聞こえ、どちらが言った言葉かはわからない。声の主は天秤のうで部分の左右に分かれてゴロンと寝そべっており、猫っぽい印象のある二匹の生き物がじぃっと二人の様子を観察していた。
0
お気に入りに追加
164
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉。祝、サレ妻コミカライズ化
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる