こうして、世界は再び色を持つ

月咲やまな

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【第13話】

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「…… 葵?」
「寝てる、の?」

 襖越しに、客間の中に居るはずの葵に二人が声を掛ける。反応は無い。この部屋に居る事は間違いないから、きっと疲れて眠っているのだろう。
 このままでは話は出来ないと思い、匡が襖を開け、涼が先に中へと入った。

 ドラマにでも出てきそうな純和風の客間だ。部屋の奥には床の間があり、そこに飾られた小さな赤い花がとても綺麗だ。壁の掛け軸には水墨画の手法で風景らしきものが描かれている。古い住宅だが、草加邸よりもしっかりと手入れが行届いている。その部屋の真ん中に布団が敷かれ、葵が横になっていた。
 もう完全に太陽は沈み、部屋は真っ暗だ。その部屋はまるで葵の心の中を表しているかのようで、匡と涼の心を締め付けた。

 そっと近づき、葵の傍に二人が座る。
 やつれてはいるが、とても愛らしい寝顔をしている葵の表情を前にして、二人の心がざわめいた。

(ああ、このままこの寝顔に触れてしまいたい…… )

 優しく抱き締め、口付けをし、愛してると心から伝えたい。
 その衝動をグッと堪え、「葵…… 」と名を呼びながら、布団越しに彼女の体を匡がそっと揺すった。
「——んっ…… 」
 微かに葵から声が溢れた。それだけで二人の心臓が高鳴り、触れたい衝動が強くなる。
「葵…… ごめんね、起きてもらってもいいかな」
 涼も布団に触れ、そう声を掛けた。
「…… 涼さん、匡さん、も?」
 ゆっくり瞼を開けながら、囁くような小さな声で、葵が二人の名を呼んだ。

「ごめんね、やっと休めた所だったろうに…… 」
「話をしたいんだけど、聞いては…… もらえる?」

 切なそうな声で、二人が葵に訊いた。布団に横になりながら葵が小さく頷いて応える。暗さもあってか、その動きは二人にはよく見えなかった。だが、拒否されているような雰囲気ではなかったので、彼らは少しホッとした様だ。
「あ、あのね、僕達には、もう会いたくなかっただろうけど…… どうしても、聞いて欲しい事があるんだ」
 苦しそうな声で、匡が言う。
「聞いては、もらえるだろうか?」
 涼にもそうお願いされ、葵は「…… もちろんですよ、大丈夫」と答えた。その声は不思議と穏やかなもので、匡と涼が安堵の息をもらす。
「怒っているよね、あんな事して」
 そう言って、涼が気まずそうな顔をする。

「当たり前じゃないですか。学校、無断で休んじゃったし」

「…… が、学校?」
「……え?」

 匡と涼が間の抜けた声をこぼした。まさかそんな言葉が出てくるとは思ってもいなかったので、一気に緊張が解けていく。
「テスト期間だったんです。もう、終わっちゃったけど。今回は自信あったんですよ」と言う葵の声は、ちょっと拗ねた色を持っている。

「あ、あの…… 無理に、抱いた事は——」
 匡の言葉を聞いた瞬間、葵の体がビクッ跳ねた。今は思い出したくない話を持ち出されたせいか、葵が黙り込んでしまう。

「あ、あのね、怒るかもしれないけど、本当の事だから葵にはちゃんと話しておきたいんだ」
「聞いてくれる?」
 そう話す匡と涼に対し、葵は無言のまま、二人の方へ顔を向ける。
 雲間から顔を出した月の明かりが窓越しに差し込み、二人の背と、葵の顔を薄らと照らし、今の表情が二人にはハッキリと見えるようになった。二人に向かい真剣な眼差しを送る葵に、匡がゆっくり口を開いた。

「僕達は…… その…… あ、葵の、体が欲しかったんだ。それで、声を掛けた」
「僕達は双子ってだけじゃなく、その…… 心から、想い合っているんだ。だけど、愛し合うには、僕達は似過ぎている。だから、異性である葵が…… 欲しかったんだ」
「フラッと偶然立ち寄った商店街で葵を見掛けて、『この子しか僕達を繋げる者はいない』と思って、それで…… 」
 匡と涼が順々に話す内容のせいで、葵の顔がどんどんと青冷めていく。二人が互いを好きだという事は一緒に居た時間で充分過ぎる程に理解していた。だが、今聞かされてる話は流石に想像の範囲を超えていたようだ。

「で、でもね!葵の話を聞いたり、触れたりしているうちに」
「そんな事どうでもよくなっていったんだよ!」

 二人が必死に訴える。受け入れて貰えるかもだなんて都合の良い事は考えていないが、当初の目的なんかもうどうでもいいと思っている事だけでも伝えたい。
「最初だけ!本当に、最初だけなんだ、そう考えていたのは」
「今は葵そのものが、僕等は欲しくてしょうがないんだ!」

「たとえそれは叶わない望みだったとしても、それでも僕達は…… 葵の傍に居たい、隣に居たい」
「償いたいんだ、そんな不純な動機で近づいた事を…… 」

「「誰よりも近くに居たくて、もっと傍に行きたくて、あんな事をし続けてしまった事を」」

 暗い部屋の中。同じ声で言われて、もうどっちが話した言葉なのか、葵には区別がつかない。だけどきっと、二人とも同じ事を考えているのだろうなと思って、どっちがだとかを考えるのをやめた。

「でも、何故私だったんです?やっぱり…… 貴方達に似ていたから?」と葵が二人に問い掛ける。

「あ…… あぁ。その通りだよ、僕達はお互いの事が好きだったから」
「似た容姿の子でないと、僕らが受け入れられないと思っていたから…… 」
 そう言う匡と涼は、申し訳なさそうに俯いた。

「つまり…… 『私』は、見てはもらえていないんですねぇ…… 」

 全てを諦め切った顔でそう言われ、二人は「「違う!」」と慌てて否定した。 
「違う!そんな事はないよ!葵には心があって、一人ぼっちで、でもその中で必死に一人で生きていこうとしてるんだって、ちゃんとわかってる」

 真っ先に匡がそう言い、涼が何度も頷く。
「いいんですよ、気を遣わなくても。誰も私を見ていないのなんて、当たり前の事ですから」
 とても穏やかな笑顔でそう言われ、匡と涼の顔が切なさに歪んだ。

 ふぅと息をつき、「もう、帰ってもらえませんか?」と葵が言う。
 もうどうでもいい。早くまた眠ってしまいたいと思うばかりだ。

「まだ話は済んでいないよ」
 涼が前のめりになり、そう叫ぶ。
「だけど、これ以上話を聞くのは無駄だと思うんです。訴えたりはしません、憎んでもいませんから、償いもいりません。でも、もう二度と私の前には現れないでくれませんか?」
 葵が無表情でそう言い放つ。

「い、嫌だ、嫌だよ、そんなの」
「僕らは葵の傍に居たい、もう二人っきりは嫌なんだ!」
 叫ぶように言い、布団に横になる葵の体に二人が縋り付いた。
「——な⁉︎おもぃっ」
 突然重くなった布団に驚き、葵が大きな声をあげる。

「…… す、好きなんだ」
「僕も好き。だから、寄り添っていたい。慰めてあげたい…… 」
「お願い。…… 僕達を好きになってとは言わない。でも、傍には居たいんだ」
「二人っきりの世界にまた戻るなんて、耐えられない」
「何かが違うんだよ、僕達じゃ似過ぎているんだ」

「葵が居ないと」
「葵じゃないと」

 二人から順々に捲し立てられ、葵が混乱する。
「…… す、好き?」
 葵が小さく呟いた。そう言われても、ストンと胸には落ちてこない。

「ああ。葵が好きだ。涼よりも、ずっと」
「僕も、匡じゃなく…… 葵が一番好きなんだ」

「私の事、何も知らないのに…… どうしてそう言いきれるんです?まだほとんど話してもいないのに」

 当然の疑問だ。不信感を隠しきれぬ葵の声を耳にして、匡と涼達が顔を見合わせた。

「…… 何故だろう?ずっと探してた人に会えた時、みたいな」
「そう、だね。何か懐かしい感じがするんだ」
 自分達も何故ここまで執着に近い感情を抱いているのかわからず、二人は少し困った顔になった。
 葵の布団から少し離れ、二人が左右それぞれから彼女の顔を覗き込む。
「「おかしいね、赤の他人だっていうのに」」

「…… そう言えば、世界には、三人。自分と似た顔があるらしいですよ」

「「…… そうなの?」」
「本当かは知りませんけどね、確かめる術もないし。三人じゃなかったかも…… どうだっけ」
「「僕達じゃわからないよ」」
 自信なさげになっていく葵が可愛くって、匡と涼がくすっと笑う。その表情を見上げ、葵の顔も柔かいものなった。
「その三人なんでしょうかね、私達って」
「なのかなぁ?どうなんだろう」
「でも、そうだとしたらすごい偶然だよね」
 葵の言葉に、匡と涼がそう返すと、彼女は微笑みながら頷いた。 
「実は三つ子だったーとか、そんなオチあったりして」
 涼がちょっと困り顔をしてそんな言葉を口にする。
「ある訳ないだろう?そもそも年齢が違うよ。あってたまるか、背徳愛なんかもうイヤだよ?」と匡は眉間にシワを寄せて言った。

「…… あの、私に二股状態を求めている時点で、充分背徳的だと思うのは私だけでしょうか?」

 布団で口元を隠しながら、葵がぼそぼそっと小さな声で二人に言う。その言葉を聞いた二人がきょとん顔で葵を凝視すると、彼女は顔を真っ赤にして布団の中へと隠れてしまった。

「待って!隠れないで!」
「もう一回言って!」

 隠しきれぬ喜びを顔に浮かべ、「「今の言葉の真意がきき——」」と叫びに近い声をあげながら、ガバッと二人が掛け布団を持ち上げた。

「「——た…ぃ…ぇ?」」

 布団を持ち上げたまま、二人が固まる。
「きゃー!!ダメ!やだ!!」
 持ち上げられたままになっている掛け布団を取り戻すべく、必死に端を掴み、葵が元に戻そうとする。だが匡と涼は端正な顔を林檎の様に真っ赤にした状態で、葵を凝視したままビクともしない。

「…… 服、着ていないまま、だったんだ…… 」
「やば、えろ…… 」
 匡とは違う言葉をこぼして涼が鼻を押さえる。既にもう興奮してきてしまい、今にでも鼻血が出そうだった。
「だっ、だって、何もなかったんだもん!」
 真っ白な敷布団の上でぐるっと丸まる葵の姿が小動物みたいで愛らしい。

(マズイ、これはかなりマズイよ)
(他人の家、他人の家だから我慢しろ、自分!)

 掛け布団から手を離せないまま、涼は鼻を、匡は口元を押えながら、二人はそっと葵の裸体から視線を逸らした。
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