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【第12話】
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「——大和さん?」
大和の私室の襖前に立ち、那緒が声をかけた。匡と涼の二人が来てから、もう随分経つ。時間的にはもう夕飯の時刻を過ぎていたので、那緒は皆の食事が気がかりでならなかった。
『葵さんの居る客間には、絶対に入ってはいけませんよ』
隣家に住む幼馴染の葵と共に大和が帰って来た時、彼に言われた一言だ。その言いつけを守り、那緒は客間には近づかないようにはしていたが、大和達の心配をする事くらいは許されるだろう。そう思い、襖越しに声を掛けたのだが反応が無い。
「やま——」と、もう一度名を呼ぼうとした時。襖がスッと開き、大和が口元に人差し指を当てながら部屋から出て来た。廊下に進み、大和が自分の部屋の襖をそっと閉める。
ゆっくりと息をつき、大和は那緒へ視線をやった。
「えっと…… 皆さんの食事は、どうしましょう?」
心配そうに大和の顔を見上げながら、那緒が訊いた。
「僕はいりません。お腹が空いていなくって。多分…… 他の三人も食べられないと思いますよ」
苦笑いを浮かべる大和の表情を見て、那緒が不安そうな顔になった。
「…… 事情を、訊いてはいけませんか?」
大和の着る着物の胸元を、那緒がギュッと掴む。久しぶりに葵がウチへ来ている事は教えてはもらえたが、会わせては貰えず、何かあったみたいなのに事情も知らない。だが重苦しい雰囲気からとても大変な事があった事だけは察している那緒は、事情がわからない分余計に心配でならなかった。
(葵ちゃんにきっと何かあったんだ。それも、私の同級生が何か絡んでいる…… )
だが、思い付く事は少なく、そしてどれもあまり気分の良いものではない。
(ああ。どうか、私の考えているような事ではありませんように)
願うような気持ちで那緒が着物を握る手に力を入れた。
そんな那緒の顔を大和がじっと見ていたが、彼は瞳をゆっくり閉じ、頭を横に振った。
「那緒は心配しないでいいですよ。これは彼等の問題です。だから、貴女が背負うような事ではありません」
「でも、葵は私の——」と言った那緒の言葉を、大和が遮る。
「他人ですよ、所詮は他人。葵の世界に僕らは入れない。…… そう、葵自身が言っていました」
「…… そ、そんな」
幼馴染であり、妹の様にも思っていた葵から拒絶された事がショックでならない。
(特に、那緒への感情は複雑なものだったでしょうしね…… )
那緒は自分の感情と向き合う事に精一杯で、葵が大和に想いを寄せていた事に気が付いてはいなかった。なので、葵からそう思われている理由がわからず、酷く驚いている。
悲しそうに眉をよせる那緒の頭にそっと触れ、大和が腕の中に抱き寄せた。今日はいつも以上に、愛しい人に触れられる事が出来る幸せを実感してしまう。
(互いの想いが通じる事の、なんと幸せな事か…… )
今にも泣き出しそうにすらなり始めている那緒を強く抱き締め、「泣かないで下さい、貴女には僕が居る…… 」と、大和が囁く様に言った。
少し後。大和の部屋の襖がゆっくり開き、匡と涼の二人が、廊下に居る二人に顔を見せた。大和の腕の中に、慰めるように抱かれる那緒の姿に一瞬少し驚いた顔をしたが、二人はすぐ真顔に戻る。
「「葵に、会わせて下さい」」
「…… 決心がついたのですか」
そう問われ、匡と涼が深く頷き、真っ直ぐに大和の目を見る。
「「たとえ愛してもらえなくても、もう僕達は葵しかいらないんです」」
二人の言葉が今回も、一言一句綺麗に被っている。二人の瞳にはもう迷いは無く、強い意志が感じられた。
「それと、すみませんでした」
匡が代表して謝罪を口にし、涼と共に、大和達へ深々と頭を下げた。
「僕に謝らないで下さい。僕は、貴方達に何もされてはいない」
「時間を奪いました。心を乱し、暗い気持ちにさせた。謝ってどうにかなるものではありませんが…… 」
「本当に、すみませんでした」
匡に続き、涼も謝罪を口にする。
二人の言葉を聞き、大和は一息吐き出すと、那緒の肩をぽんと軽く叩いた。
「すみません。那緒は、僕の部屋で待っていて下さい。あ、その前にお茶でも淹れておいてもらえますか?…… すぐに、戻りますから」
那緒の頭を愛しそうに撫でながら大和がそう言うと、その手をそっと離した。「はい」と答え、那緒が素直に従う。
「こちらです、二人はついて来て下さい」
大和はそう告げると、三人は客間に向かい、静々と歩き始めた。
◇
客間の襖の前に立ち、「——葵さん。起きていますか?」と大和が声を掛けたが、返事はない。
(心配ではあるが、あとは当人達に任せよう。自分が関ってどうこう出来る問題でもないだろうから)
葵が彼等を警察に突き出し、訴えると言うのなら話は別だが、その気は無いと言っていた。『自分は彼等を恨んではいない』とも。
「…… また何かしたら、その時は、僕は貴方達に容赦しません。絶対にもう葵を傷付けない。そう約束出来るのなら、この襖を開けて中へ入って下さい」
大和に念を押され、二人が無言で頷く。
「同じ過ちは犯しませんよ」
「他人の領域を侵すのは…… もう懲り懲りですから」
真剣な眼差しで匡と涼が断言した。彼らの事を深く知らない為、本心なのかどうかすらわからない。だが今は二人の言葉を信じるしかない。だけどきっと、葵の心を癒せるのは、自分ではないだろうから。
「では、お任せしますね」
そう心に決め、大和はその場を後にした。
大和の私室の襖前に立ち、那緒が声をかけた。匡と涼の二人が来てから、もう随分経つ。時間的にはもう夕飯の時刻を過ぎていたので、那緒は皆の食事が気がかりでならなかった。
『葵さんの居る客間には、絶対に入ってはいけませんよ』
隣家に住む幼馴染の葵と共に大和が帰って来た時、彼に言われた一言だ。その言いつけを守り、那緒は客間には近づかないようにはしていたが、大和達の心配をする事くらいは許されるだろう。そう思い、襖越しに声を掛けたのだが反応が無い。
「やま——」と、もう一度名を呼ぼうとした時。襖がスッと開き、大和が口元に人差し指を当てながら部屋から出て来た。廊下に進み、大和が自分の部屋の襖をそっと閉める。
ゆっくりと息をつき、大和は那緒へ視線をやった。
「えっと…… 皆さんの食事は、どうしましょう?」
心配そうに大和の顔を見上げながら、那緒が訊いた。
「僕はいりません。お腹が空いていなくって。多分…… 他の三人も食べられないと思いますよ」
苦笑いを浮かべる大和の表情を見て、那緒が不安そうな顔になった。
「…… 事情を、訊いてはいけませんか?」
大和の着る着物の胸元を、那緒がギュッと掴む。久しぶりに葵がウチへ来ている事は教えてはもらえたが、会わせては貰えず、何かあったみたいなのに事情も知らない。だが重苦しい雰囲気からとても大変な事があった事だけは察している那緒は、事情がわからない分余計に心配でならなかった。
(葵ちゃんにきっと何かあったんだ。それも、私の同級生が何か絡んでいる…… )
だが、思い付く事は少なく、そしてどれもあまり気分の良いものではない。
(ああ。どうか、私の考えているような事ではありませんように)
願うような気持ちで那緒が着物を握る手に力を入れた。
そんな那緒の顔を大和がじっと見ていたが、彼は瞳をゆっくり閉じ、頭を横に振った。
「那緒は心配しないでいいですよ。これは彼等の問題です。だから、貴女が背負うような事ではありません」
「でも、葵は私の——」と言った那緒の言葉を、大和が遮る。
「他人ですよ、所詮は他人。葵の世界に僕らは入れない。…… そう、葵自身が言っていました」
「…… そ、そんな」
幼馴染であり、妹の様にも思っていた葵から拒絶された事がショックでならない。
(特に、那緒への感情は複雑なものだったでしょうしね…… )
那緒は自分の感情と向き合う事に精一杯で、葵が大和に想いを寄せていた事に気が付いてはいなかった。なので、葵からそう思われている理由がわからず、酷く驚いている。
悲しそうに眉をよせる那緒の頭にそっと触れ、大和が腕の中に抱き寄せた。今日はいつも以上に、愛しい人に触れられる事が出来る幸せを実感してしまう。
(互いの想いが通じる事の、なんと幸せな事か…… )
今にも泣き出しそうにすらなり始めている那緒を強く抱き締め、「泣かないで下さい、貴女には僕が居る…… 」と、大和が囁く様に言った。
少し後。大和の部屋の襖がゆっくり開き、匡と涼の二人が、廊下に居る二人に顔を見せた。大和の腕の中に、慰めるように抱かれる那緒の姿に一瞬少し驚いた顔をしたが、二人はすぐ真顔に戻る。
「「葵に、会わせて下さい」」
「…… 決心がついたのですか」
そう問われ、匡と涼が深く頷き、真っ直ぐに大和の目を見る。
「「たとえ愛してもらえなくても、もう僕達は葵しかいらないんです」」
二人の言葉が今回も、一言一句綺麗に被っている。二人の瞳にはもう迷いは無く、強い意志が感じられた。
「それと、すみませんでした」
匡が代表して謝罪を口にし、涼と共に、大和達へ深々と頭を下げた。
「僕に謝らないで下さい。僕は、貴方達に何もされてはいない」
「時間を奪いました。心を乱し、暗い気持ちにさせた。謝ってどうにかなるものではありませんが…… 」
「本当に、すみませんでした」
匡に続き、涼も謝罪を口にする。
二人の言葉を聞き、大和は一息吐き出すと、那緒の肩をぽんと軽く叩いた。
「すみません。那緒は、僕の部屋で待っていて下さい。あ、その前にお茶でも淹れておいてもらえますか?…… すぐに、戻りますから」
那緒の頭を愛しそうに撫でながら大和がそう言うと、その手をそっと離した。「はい」と答え、那緒が素直に従う。
「こちらです、二人はついて来て下さい」
大和はそう告げると、三人は客間に向かい、静々と歩き始めた。
◇
客間の襖の前に立ち、「——葵さん。起きていますか?」と大和が声を掛けたが、返事はない。
(心配ではあるが、あとは当人達に任せよう。自分が関ってどうこう出来る問題でもないだろうから)
葵が彼等を警察に突き出し、訴えると言うのなら話は別だが、その気は無いと言っていた。『自分は彼等を恨んではいない』とも。
「…… また何かしたら、その時は、僕は貴方達に容赦しません。絶対にもう葵を傷付けない。そう約束出来るのなら、この襖を開けて中へ入って下さい」
大和に念を押され、二人が無言で頷く。
「同じ過ちは犯しませんよ」
「他人の領域を侵すのは…… もう懲り懲りですから」
真剣な眼差しで匡と涼が断言した。彼らの事を深く知らない為、本心なのかどうかすらわからない。だが今は二人の言葉を信じるしかない。だけどきっと、葵の心を癒せるのは、自分ではないだろうから。
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