私は彼の恋愛対象外。

江上蒼羽

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番外編⑤

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それなら逆に相手の方が兄の顔目当てだろうか?と考えていると、母が「それはともかく……」と切り出す。


「遼………アンタ…大丈夫なの?」


母が不安そうに兄に問う。


「心療内科にかかってたみたいだけど…」

「あぁ……」


ずっと兄に聞きたくても聞けずにいた事を漸く話題に出した母。


「もう良いの?それに、彼女はその事ちゃんと知ってるの?」


丁度このタイミングで、兄の婚約者がトイレから戻って来た。

兄は彼女の方を一瞥した後「大丈夫だよ」と答える。


「ちゃんと彼女には話してあるし、もう病院にはかかってない」


凪さんは兄の言葉で、話の内容を理解したのか、心配そうに兄を見守っている。


「完全に大丈夫だとは言い難いけど………それでも凪が傍に居てくれるから、人間らしくいられてるというか……まぁ、一時期よりは全然マシになった」


兄は凪さんに「ね?」と、優しく微笑み掛ける。

それに対して彼女の方もはにかみながら頷いた。

二人の間に結ばれた絆………愛情と信頼が見えた瞬間だった。

凪さんは、兄にとってかけがえのない女性なんだという事がよく分かった。

そんな二人を見て、母が「………そう…」と呟いた。

母は、ホッと胸を撫で下ろしたかのように、穏やかな表情をしている。


「良い人を見付けたのねぇ…」


母の隣で父が頷く。


「アンタも良い歳だから、お父さんもお母さんも口出しするつもりはないけど、もし二人で解決出来ない事に直面したら、いつでも頼って良いんだからね?」


母の言葉に、兄は驚いたように目を見開く。


「アンタはいつだって一人で抱え込んで、何でもないような顔して黙って耐えて………何にも言ってくれやしない。少しは人に甘える事も覚えなさい」

「母さん…」


父が「そうだぞ」と口を挟む。


「子供は子供らしく親に甘えろ。それも親孝行になるんだからな」


兄の事を突き放していた癖に、やはり本心では心配で堪らなかったのだろう父。

家族愛を感じさせるワンシーンに、涙が滲み出た。




「凪さん、遼の事、よろしくお願いします」

「お願いします」


両親が兄の婚約者に向かって頭を下げた。

それに倣って、私も頭を下げる。


「こ、こちらこそよろしくお願いします」


まだ緊張が解れない様子の凪さんも勢い良く頭を下げる。


「まだ入籍のタイミングや式の時期も決めてないから、今日は取り敢えずの顔合わせのつもりだったんだけどねぇ…」


この時の、兄の嬉しそうな笑顔がとても印象的だった。



その後は、凪さんを交えて和気藹々と談笑しながらお茶を楽しんだ。

終始兄は、凪さんを気遣い、優しい眼差しを向けていた。

それは、私の知らない兄の姿。

以前よりも口数が増え、変化が乏しかった兄の表情が嘘みたいに明るく豊かになったのを目の当たりにして

大切な人の存在が、こんなにまで人を変えるのか………と、感慨深いものを感じた。

兄と婚約者の凪さんの幸せを願いながら思う。

私も、そんな相手に出会いたいな………と。

結婚なんて………と思っていたくせに、無性に恋がしたくなった。




*****




「―――って、ウチの妹が言ってんだけど、青柳さん、ウチの妹とかどう?」

「は?………何を唐突に…」

「訳の分からない女子高生と遊んでないで、歳相応の彼女作ったら?」

「いや、貴方と親戚になるつもりはありませんよ…」

「だよねぇ、俺も嫌。それに、ウチの妹、顔は良くても性格悪いし…」

「………それ、まんま帯刀さんじゃないですか。帯刀さんの女バージョン」

「失礼な。あんなのと一緒にしないでよ」




―――息抜き終わり。
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