私は彼の恋愛対象外。

江上蒼羽

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番外編③

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兄の心療内科通いが判明してからは、家族一同兄を腫れ物に触るみたいに扱うようになった。

メンタル系は完治に時間を要するだろうし………そもそも、どの段階で完治と判断するのかすら分からない。

どう接するのが正解なのか分からず、兄が以前のように戻る見通しも立たないまま、月日だけはどんどん流れていった。




兄の引きこもりから2年が経とうとしていた頃、事件が起きた。

いや、事件というには大袈裟かもしれないけど、我が家にとって、かなり驚きの展開が巻き起こる。



「兄ちゃん、今日もまた病院?」

「みたいね………通い始めて長いけど、どうなってるんだろうねぇ…」

「お父さんは、兄ちゃんの事何て言ってんの?」

「放っておけって…」

「相変わらず冷たいねぇ。自慢の息子だって称えてたのが嘘みたい」


暇を見て実家に寄り、いつものように母と兄を話題にお茶を飲む。


「まだ例の叫び声、夜中に聞こえてくるの?」

「………たまにね。未だに慣れないわ…」


私は聞いた事がないけど、母が言うには、時々夜中に兄の「うわぁっ!」という叫び声が聞こえてくるらしい。

驚いて母が様子を見に行くと、汗だくで目を見開いたまま肩で息をしている兄がいるという。

どうにも、酷い悪夢を見ているようだと母は言う。


「どうしたもんかねぇ…」

「本当に……」


兄は相当病んでいる。

最悪母の言う通り、最終的に私が兄の面倒を見なくてはならないのか………と腹を括り掛けていた時、玄関の戸が開く音がした。

兄が帰って来たらしい。

いつものようにさっさと二階の自室に籠るのだろうな、なんて思っていると、珍しくリビングのドアが開いた。


「っ?!」

「え……」


思わず母と顔を見合わせた。


リビングに入ってきたのは、スーツを来た見知らぬイケメン。

イケメンは我が物顔でリビングを闊歩し、キッチンの方へと向かう。

冷蔵庫を開けて作り置きのお茶をコップに注いで一気に飲んだ彼は、小さく息を吐いた。

そんな彼に母が恐る恐る尋ねる。


「あの………どちら様ですか…?」


ゆっくりと振り返った男性は、冷めた目で私と母を交互に眺めた。

それから気怠そうにネクタイを緩めながら言う。


「………自分で生んだ子供の顔も分かんないとかどうなの?」


綺麗な顔だなー……なんて見とれかけてた私は、彼の言葉と聞き覚えのある声に衝撃を受けた。


「え………兄ちゃん?!」

「りょっ、遼なのっ?!」


緩やかなウェーブが掛かった明るめの茶髪に、くりっとした大きな目。

中性的で綺麗な顔立ちのこのイケメンが、ただただ野暮ったいだけの兄だという事が判明し、言葉を失う。


兄が眼鏡を外した所を見たのは数年ぶり。

いくら野暮ったくても、元はそんなに悪くない印象を持ってはいた。

けど、彼がこんなに容姿端麗だったとは……

このイケメンが自分の知る兄と同一人物だなんて到底思えない。

どうした兄よ………との言葉を懸命に飲み込む。


「いっ、一体全体、何があったの……?」


母が声を震わせる。

私はじっと兄の言葉を待つ。

兄は相変わらず冷めた眼差しで「……別に」と一言。

いつかの沢尻エリカを思い起こさせる。


「仕事と一人暮らし用の部屋見つけて来た。近い内に出てくから」


淡々とした口調で言った後、リビングを出る直前に聞こえるか聞こえないかの声量で兄が言う。


「………今まで迷惑掛けてごめん…」


兄はいつだって多くを語らない。

けど、彼なりに色々と思う事はあるみたいだ。

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