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第一章

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翌日。朝早くから馬車に乗り、クレイス王国に戻る準備が整った。昨日はたくさんヘウラ様とお話したりお買い物が出来てとても楽しかった。

リュードやシュナと同行したが彼らは、『創造神に話しかけるなんて恐れ多いこと出来るわけないだろう』と口をそろえて言っていた。

『でもシュナ、ヘウラ様は見ての通りとても穏やかでお優しいわよ?そんなこと気にしなくていいと思うのだけど』
『気にしないのはリリアぐらいだ』
『リリアは肝が据わっているとか図太いとかそういうのを通り越していると思う』

二人ともひどい。リリアより彼らの方がよっぽど失礼なことを言っていると思う。

(特にシュナには言われたくないわね)

『でもリリアの言うように本当に気にしなくていいんだよ?私もリリアのように気楽に話してくれた方がやりやすいからね』

リリアにはあれこれ言ってきたくせにヘウラの言葉通りに、少し経つとすんなり打ち解けていた。シュナなんて神相手に自分の妻の惚気話を聞かせていたくらいだ。順応力が少しばかり高すぎやしないだろうか。

そんなこんなで気楽に観光をして長いようで短かった故国への帰省&仕事を終えたのだった。



「──ご苦労だったな。少しはゆっくり出来たか?」
「はい。次はもっとゆっくりしたいので送ってくる仕事を増やしてくださると助かります。どうせ兄上に仕事を減らせと言っても聞いてくれないのでしょうから、せめてそのくらいは」
「あい分かった」
「伯父上、次からはもっと早く帰省命令を出してくださいね」

今回のようなギリギリになって命令を出してくる皇帝がどこにいる。いや、ここにいるのだけど。とにかく迷惑極まりない。

「承知した。急に呼び立てて悪かったな」
「エリン様、またお会いしましょうね~」
「ええ、今度は女子会でもしましょう!」

皇家女性陣と影たちを集めて!とか何とかお母様たちは盛り上がっている。ちなみにだがヘウラ様のために集まっていた王族たちはわたくし達と同じく今日か、明日くらいに帰るらしい。クレイス王家は今日、わたくし達の前を走って帰るようになっている。

「リリアとシモンも息災でな。ついでにリュード殿も」
「はい」

(リュード様はついでなのね)

やっぱりリュード様の扱いがみんな少しだけ雑な気がするのは気のせいか。

「ではまた。遅くとも一年後にはお会い出来ましょう」
「ああ。リリア……ではなくリリア皇女、少し耳を貸してくれ」
「はい、何でしょう陛下」

わざわざ皇女と言い直したからには、公務かそれ関係の話だろう。心当たりはないけど何の話だろうか?

「例の襲撃の件だが、向こうに戻ったら断罪するだろう?大体いつ頃になる?」
「…夏の社交シーズンが始まって中頃くらいの予定ですわ」
「分かった。そのころに私の代理として皇太子を送ろう。帝国側は全てリリア皇女の判断に任せる」
「承知致しました。詳しいことは皇太子殿下よりお聞きします」
「ああ」

あれについては帝国側も結構怒っているようだった。ユースゼルクを離れて初めてのことだったので余計にだろう。わたくしに任せるということは、どんな処置を取っても文句は言ってこないだろう。そもそも狙われたのはわたくしなのだし。

「リリアは向こうに戻ったらどうするんだい?」

伯父上たちと別れ、動き出した馬車の中でお父様はわたくしに聞いてきた。

「もうすぐ夏の社交シーズンが始まりますのでドレスなどを用意しないといけないのですけど…」
「それについてはリュマベル城に仕立て屋を呼ぶから好きなだけ仕立てろ。シーズン中は王都の屋敷に滞在することになるだろう」
「ありがとうございます。…と言うことですわ、お父様」

そっか、と微笑んで後は何も聞かれなかったので知りたかったのはそれについてだろう。

(それにしても社交シーズンね…いつもたくさんの方にお招き頂けるのは嬉しいのだけどひと月近くあるから大変なのよね。──それと、リュード様にはわたくしの正体が割れているけど使用人たちは知らないのだから、ボロが出ないよう気を付けないといけないわ)

いっそ、侍女や護衛とでも言って影たちを表に立たせた方がいいのかもしれない。だがそれだと顔が割れてしまうのでいざという時に動きづらくなってしまう。よって残念だがこの案は却下だ。



『ではお父様、お母様、シモン。また今度会いましょう』
『二人とも、仲良くやるんだよ』
『はい』

ユースゼルクを出て三日目、クレイス王国の国境に入った。ここからは目的地が違うのでリュードとリリアはスミス公爵家、父たちはマリデール侯爵家の馬車に乗り換える。

(とはいえ、一か月以内にはまた会うのでしょうけど)

『リリア、社交シーズンまでまだ少しある。ドレスや宝飾品はいつ頃仕立てる?』
『私はいつでも大丈夫ですよ。クレイス王国にいる間は公務といっても書類仕事が主ですからね』
『分かった。俺もシーズン終わりまでは休暇が続く。しばらくは俺も城にいることになる』
『そうですか』

それならリュードが仕事に復帰するまでにやりたいことがあればやっておこう。今のところは何もないが。

『…わたくしではなく、私に戻すんだな』
『はい。その方が分かりやすいでしょう?皇女の時はわたくし、公爵夫人の時は私』
『俺は久しぶりに聞いたから違和感がある』

(そんなこと言われても私なりに区別しているのだから変えられないわ。それに私だって違和感はあるもの)

自分だけが違和感を感じているわけではない。

『私の情報を漏らさないように気を付けてくださいよ?何なら拷問されても大丈夫なように訓練しますか?』
『…一応聞くがその内容は?』
『影は必ず一度エリスティア公爵領の育成所に入れられます。影の場合はヤバめですが』

影の訓練ではない方なら少しマシですよ?と付け加える。ゴク、と唾を飲み込み、具体的には?と聞いてきたがそれを聞いてこの人は耐えられるのか。

(ユースゼルクの皇族は拷問訓練もするけれど、リュード様は私たちほどのものは受けなくていいはずだわ)

『その前に残念なお知らせです。ユースゼルク皇族となったリュード様はそこまで厳しくないですがその内拷問訓練を受けていただきますよ』
『初耳なんだが!?』
『言ってませんでしたからね?』

初耳も何も、伝えていないのだからリュードが知っているわけがない。日頃からあらゆるものに狙われる立場、それも世界きっての大国の皇族となればいつ殺されそうになったり捕まったりしても何も不思議ではない。
どうせなら殺される方が情報漏洩の心配がなくていいが、捕まったとなれば拷問にかけられるのは当たり前と言えよう。

悪どいことを考える者は掃いて捨てるほどにいる。実際、リリアもユースゼルクにいる間は何度も捕まりそうになったし、殺されそうになった。その証拠にリリアの影には暗殺者が四人いる。他付きやまだ育成所にいる暗殺者もほとんどがリリアを狙ってのものだ。愛し子となれば出来ることは多いのだし。

『でも内容は今は知らない方が良いと思いますわ。最初は楽なものから始まりますし。その時になったらお教えしますよ』
『いつ頃から始まるんだ?その訓練は』
『一年以内になるかと。私とライが担当することに決まりましたから準備が整い次第始めましょう』

ちなみにだがライはノリノリだった。拷問訓練はリリアの影が担当することが多い。特に容赦ないことで有名なのがライだ。そのライとリリアが担当なのだからリュードを憐れむしかない。

『……最悪な組み合わせではないか?』
『あら、拷問慣れすることで有名なのですけど』

つまり鬼畜。本物の拷問の方がマシなのではないかと言うくらいに鬼畜ということだ。だがそんなことをリュードが知るはずもないので、結局はただただ冷や汗をかくことしかできないのであった。



「お帰りなさいませ、旦那様、リリア様…!」
「ああ」
「ただいま~!みんな、久しぶりね!」

スミス公爵領にあるリュマベル城。城内に入るなり、使用人が全員そろって出迎えてくれた。

「はい、リリア様!お疲れでしょうからまずはお部屋に戻りましょう」
「ありがとうデリア。リュード様はどうなさいます?」
「俺も今日は部屋で休む。夕食の時にまた会おう」
「分かりました」

それぞれ使用人を伴って部屋に戻る。と言っても、二人とも部屋は隣にあるので一緒に行くことになるが。そういうことで、いつものようにリュードと話しながら私室に向かっているのだが、やけに視線を感じるので周りを見ると使用人たちが瞠目してこちらを見ていた。

「?」
「リリア様とリューが仲良く話しているからみんな気になっているんだよ」
「は、はい。失礼ながら旦那様とリリア様はそれほど親しくされていなかったと思いますが…」

戸惑いながら言ってきたのは執事長のロータスだ。

「向こうにいる間に仲良く…と言うほどではないが和解した。と、俺は思っている」
「ええ。和解しましたのよ」
「本当ですか!?それはようございました。私たちも嬉しいです」

どうやらみんな感動している様子。たしかに仲は良くなかったがここまで喜ぶとは思わなかった。

(みんな心配してくれていたのかしら?でもそうよね。自分のあるじ夫婦が不仲なのは嫌よね)

「ではリリア、またあとで」
「はい」

リュードの隣の部屋に入ったリリアの後ろからは荷物を持ったデリアとメアリが入ってくる。不在中も部屋を綺麗にしてくれていたようで、以前と同じように一つの花瓶だけ開けて花がたくさん活けてあった。
 残り一つの花瓶にはリリアが活けるのが習慣になっていたので、あとで温室か庭園の花を取ってこようと思う。

「長旅お疲れさまでした、リリア様」
「ええ。これ、お土産なのだけど使用人みんなで分けてくれる?」
「これは?」
「お菓子専門店『カイラ』のアソートセットよ」
「あの有名店のですか!」

ユースゼルク皇都には本店があるのでそこで購入したと言えば納得していた。あの店は人気でいつも行列が出来ているし、分店は数量限定がほとんどなので中々購入することが出来ない。

「ありがとうございます」
「ありがとうございます!ところでリリア様、ロータスも言っていましたけど旦那様と和解されたのですね。親しそうに話しておられましたが、どこまで進展しましたか?」

メアリに聞かれるが進展とは何のことだろうか。デリアも聞きたそうにしている。

「進展って?」

え、そこからですか?という顔だ。二人とも分かりやすすぎる。もう少し取り繕った方がいいのではと思ってしまう。

(進展とは事態が進行したり、物事が進歩発展したりすること。それがどうしたのかしら?)

「えっと…一つお伺いしますが、リリア様は旦那様をお好きではないのですか?」
「好きよ?」
「恋愛的な意味ですよ?」
「恋愛…?それは分からないわ。私、恋をしたことがないから」

恋をしたことがないのに、恋愛感情がどんなものか分かるわけがない。恋愛小説を読むこともあるが知識と感情は別物だろう。

(好きだけど、恋愛かは分からないわ。ただ一つ言えるのは私にとってリュード様の優先順位はそれほど高くない。……少なくとも今は)

平民だとリリアの年齢で恋したことがない人の方が少ないだろう。だが貴族は政略結婚が当たり前なので、年齢の割には恋をしたことがある人は少ないと思う。普通の貴族でもそんな感じなのに、人より遥かに感情が薄いリリアが恋などすることはないのかもしれない。

未来予知が出来るわけではないので断言はできないが、少なくともリリアの懐に入っているシモンやリリア直属の影たちくらい優先順位が上がらないとリリアは恋だとは思わないだろう。そういう意味ではまだライの方が見込みがある。

「旦那様はリリア様のことを好いておられるように見えましたけどね」
「そんなことないと思うわよ?」
「確かにかの国へ行かれるまではそうだったかもしれませんが、帰ってこられてからの旦那様はリリア様を見る目が以前と違うように思いました」
「私たちがとやかく言うことでもありませんから、これ以上は黙っておきますけどね。でもリリア様なりに何かが進展したと思われることがあったら、是非教えていただきたいです!」

恋愛の話が好きそうなメアリが楽しそうな顔をする。期待しているところ申し訳ないがそのような話をすることはないと思う。

「つかぬことをお伺いしますが、スミス公爵家のお世継ぎはどうなさるのですか?あ、ただ聞きたいだけですので答えていただかなくても結構ですが……」

世継ぎというとこの家の次期当主はどうするのかという話だが確かにどうするつもりだろうか?以前なら養子でも取ればいいと思っていたが、リリアが皇女だと知れた以上それは通用しない気がする。知られる前ならユースゼルク皇帝もそれで良いと言ってくれたかもしれないが……



「──と言うことがありまして。今更な話ですけどリュード様は何か考えておられるのですか?」

リュマベル城にはリリアの私室に寝室はないので同じベッドで眠ることになる。夕食を終え、寝る前に聞いておこうと思って二人、ベッドに入ったまま聞いてみた。

「あー…そうだな。特に考えていないが……」
「少し脳内に侵入させていただきますわ」
「?」

もし誰かに聞かれていたなら困るどころではないので、加護を使って脳内にお邪魔させてもらう。

「『加護を使っています。声に出さなくても考えるだけで相手に伝わりますのでそれで私の話を聞いてください』」
「『!?わ、分かった』」
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