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第一章
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ウィーウェン城の中に戻り、湯浴みをする。やっと気を休めることが出来た。かなり少ない方とはいえ、一年ぶりに皇族として仕事をしたため精神的にも肉体的にも疲れた。
薔薇の花弁が浮かぶ薄ピンク色をした湯船に浸かり、一息つく。…今日はまともな食事も取っていない。お腹が空いた。
わたくしが城内に入った時点で晩餐の準備は始めているだろう。湯浴みを終えた頃に暖かい食事が出来ている筈だ。お父様とお母様は今日は夜会があるため、遅くまで帰ってこない。
一人で食事を取るのは嫌だからシモンが帰っていたら嬉しいが……
と、思っているとダイニングにはシモンがいた。食後なのだろうか?
「姉上。お疲れ様です」
「ええ。貴方もね。シモンはもう食事を取ったの?」
「いえ、姉上が帰ってくるまで書類を片付けていましたので、まだです。姉上は一人で食事を取るのがお嫌でしょう?」
「ええ。では一緒に食べましょう」
なんと、待ってくれていたようだ。まさかシモンが待ってくれているとは思っていなかったので素直に嬉しい。
食事が運ばれて来たので、二人で食べながら話しをする。
「今日は私の影の稽古をつけてくれていたようで、ありがとうございます」
「ええ。でもかなり厳しいことを言ったわ」
「詳細はアオに聞いていますよ。姉上の言う通りですので、むしろありがとうございます。一年後までに強くなってくれたら良いのですが……」
「そうね。やっぱり影が入れ替わるのは嫌?」
「それはまあ、そうですね」
幼い頃から側にいるのだ。今更替わるのは嫌に決まっているだろう。
だが、例え嫌われたとしても、シモンを守れない者を側には置かせたくない。この先数年くらいはシモンにとって大事な時期になってくるだろう。
シモンの年齢からして、そろそろどこの爵位を継ぐか決まって来る筈だ。その大事な時期に何か起こさせる訳にはいかない。
「ですが、例え入れ替わる者が出たとしても、それは努力が足りなかったからであって、姉上を責めるつもりはないです。姉上も自分を責めないで下さいね」
「冷たいことを言うようですが、皇族を守る者は生半可な気持ちではやっていけません。そのような覚悟の者はどんどん切り捨てられていく。それは命がかかっているから。それに私は姉上の人選が間違っていたとは思えません。ですので、一年後に私の影が変わっていることはないでしょう。私は姉上と影達を信じますから」
……シモンがそう言うのならわたくしは何も言うことはない。
「…そう。ねえシモン。わたくし達はたくさんの者に守って貰っているわ。生まれ持った身分が皇族と言うだけで。それがどういう意味か分かる?」
「いつも姉上が言っておられることでしょう?」
「ええそうよ。たくさんの者に守って貰い、尽くして貰っているのは皇族だから。普段、尽くして貰っている変わりにわたくし達は何かあったら真っ先に民のためを思って行動しなければいけないわ」
「普段貰っている分だけではなく、それ以上に返さなければならない。常に守られる立場である私達に出来るのは民を思い、行動し、心から寄り添うこと。皇族の国ではなく全国民の国。下の者の不始末は上の者である皇族が取らなければならない。いつでもどこでも国を大切に思うこと。これが、何億年も前からこの国が強くある理由、でしょう?」
「ええ」
今、わたくし達が言ったことはわたくし達皇族が一番最初に習うこと。初代皇帝からずっと続いている言葉。一言一句間違えずに言うことが出来る。
「…と言うことで。シモン、今日の仕事は終わった?」
「何ですか、突然。終わりましたけど」
とっくに二人とも食べ終わっている。仕事がないのなら後は寝るだけだが。
「二つ!したいことがあるの」
「何ですか?」
「一つは、剣の稽古。もう一つは『影達の差し入れを作りたいの。お菓子。』」
「っ!急に脳内に入って来ないで下さい!」
「だってサプライズにしたかったんだもの。気配は消してるけれどいつも一人は側にいるでしょう?」
「そうですが……」
「それで、いいの?駄目なの?」
「二つ目はいいですよ。一つ目は駄目です。姉上はゆっくり休んで下さい。するなら明日の朝です」
心配してくれているのだろうか?それなら嬉しいが。
「分かったわ、では厨房へ行くわよ~!」
「急に元気になりましたね…疲れてないんですか、姉上は…やっぱり体力おかしくないですか…?」
「そんなことないわよ」
「なんでこの声量で聞こえるのですか。…ああ、加護か」
「ええ」
わたくしの五感が優れているのは愛しの加護持ちだから。やはり、神は加減というものを知らないのか、何百メートルも離れた所の物も見えるし同じくらいの距離の音を聞き取る事が出来る。嗅覚や味覚も同じく。
気配にもかなり敏感で、そのため消すのも得意だ。
ただ、優れすぎているが故に無駄な音を拾ったりするのは面倒だが。
◇
「それで、何を作るのか決めているのでしょうね?」
「ふふっ。勿論…決めていないわ!」
「自信満々に言うことですか!やっぱり姉上って皇族として以外では全然駄目だ…計画性がありませんね、姉上は」
語尾を強めて言われた。そんなこと言われても、決めていないものは仕方ないだろう。普段皇族としてちゃんと振る舞っている分、反動でダメダメになるのだ、わたくしは。
「姉上、反動でダメダメになるのだとか思っていませんよね?」
「思ってるわよ」
「姉上の場合、反動ではなく元々の性格ですからね」
「なに?それならわたくしがダメダメなのは元々だと言いたいのかしら?」
「他に何があるのですか」
真面目に言わないでほしい。失礼な弟だ。
「さっき言った通りよ。さて、何を作りましょうか!」
「あからさまに誤魔化していますよね、それ」
「いつまでその話をしているの、早く終わらせないと明日も忙しいのよ?」
「誰のせいですか!はあ……姉上は何が作りたいのですか?」
わたくしの影達はみんな甘いものが好きだと言っていた。明日の稽古の時に持っていきたいから、手軽なものが良いだろうか?
「…あ!」
「どうしました?」
「良いこと思い付いたの」
「はい」
「『明日渡すつもりだったのだけど、やめて明後日渡すのはどうかしら?第二でレイがアオ達の稽古をつけてくれるそうだから、その後ーーー』」
愛しの加護持ちしか使えない、心話というものを使い、先ほどと同じように直接シモンの脳内に声を響かせる。
心話は、対象の脳内に直接入り込み、会話をすることが出来る。加護持ちでなくても、話しかけられた方は声に出さずに答えられる便利なものだ。
「良いですね。そうしましょう」
「『アオ達は甘いもの大丈夫なの?』」
「『ええ。むしろ全員すごく甘党ですよ』」
「良かったわ。では決まりね」
そうして決まったのがケーキ。フルーツたっぷりのケーキとチョコレートケーキと苺のタルトを作ることになった。全てホールにして、食べる時に切って出す。
「そう言えば、明後日は予定大丈夫なの?」
「大丈夫ではないですが、稽古までに頑張れば終わりますよ。姉上は?」
「わたくしも大丈夫よ。明後日は一日書類仕事しかないから、食べるのが楽しみだわ。一日頭を使って、甘いものを欲していそう!一応、伯父上に許可を取っておくわね」
「はい。準備は明後日の早朝で良いですか?」
「そうね。明日も稽古があるからバレてはいけないし」
料理人に手伝って貰いながら作る。わたくしはフルーツケーキ担当、シモンはチョコレートケーキ担当、苺のタルトは一緒に作る。
ーーー
ご覧頂きありがとうございます。
たくさん書き留めたものがあるので、明日から二月終わりまでの一週間は一日二回投稿にしたいと思います。
これからもどうぞ宜しくお願い致します。 山咲莉亜
薔薇の花弁が浮かぶ薄ピンク色をした湯船に浸かり、一息つく。…今日はまともな食事も取っていない。お腹が空いた。
わたくしが城内に入った時点で晩餐の準備は始めているだろう。湯浴みを終えた頃に暖かい食事が出来ている筈だ。お父様とお母様は今日は夜会があるため、遅くまで帰ってこない。
一人で食事を取るのは嫌だからシモンが帰っていたら嬉しいが……
と、思っているとダイニングにはシモンがいた。食後なのだろうか?
「姉上。お疲れ様です」
「ええ。貴方もね。シモンはもう食事を取ったの?」
「いえ、姉上が帰ってくるまで書類を片付けていましたので、まだです。姉上は一人で食事を取るのがお嫌でしょう?」
「ええ。では一緒に食べましょう」
なんと、待ってくれていたようだ。まさかシモンが待ってくれているとは思っていなかったので素直に嬉しい。
食事が運ばれて来たので、二人で食べながら話しをする。
「今日は私の影の稽古をつけてくれていたようで、ありがとうございます」
「ええ。でもかなり厳しいことを言ったわ」
「詳細はアオに聞いていますよ。姉上の言う通りですので、むしろありがとうございます。一年後までに強くなってくれたら良いのですが……」
「そうね。やっぱり影が入れ替わるのは嫌?」
「それはまあ、そうですね」
幼い頃から側にいるのだ。今更替わるのは嫌に決まっているだろう。
だが、例え嫌われたとしても、シモンを守れない者を側には置かせたくない。この先数年くらいはシモンにとって大事な時期になってくるだろう。
シモンの年齢からして、そろそろどこの爵位を継ぐか決まって来る筈だ。その大事な時期に何か起こさせる訳にはいかない。
「ですが、例え入れ替わる者が出たとしても、それは努力が足りなかったからであって、姉上を責めるつもりはないです。姉上も自分を責めないで下さいね」
「冷たいことを言うようですが、皇族を守る者は生半可な気持ちではやっていけません。そのような覚悟の者はどんどん切り捨てられていく。それは命がかかっているから。それに私は姉上の人選が間違っていたとは思えません。ですので、一年後に私の影が変わっていることはないでしょう。私は姉上と影達を信じますから」
……シモンがそう言うのならわたくしは何も言うことはない。
「…そう。ねえシモン。わたくし達はたくさんの者に守って貰っているわ。生まれ持った身分が皇族と言うだけで。それがどういう意味か分かる?」
「いつも姉上が言っておられることでしょう?」
「ええそうよ。たくさんの者に守って貰い、尽くして貰っているのは皇族だから。普段、尽くして貰っている変わりにわたくし達は何かあったら真っ先に民のためを思って行動しなければいけないわ」
「普段貰っている分だけではなく、それ以上に返さなければならない。常に守られる立場である私達に出来るのは民を思い、行動し、心から寄り添うこと。皇族の国ではなく全国民の国。下の者の不始末は上の者である皇族が取らなければならない。いつでもどこでも国を大切に思うこと。これが、何億年も前からこの国が強くある理由、でしょう?」
「ええ」
今、わたくし達が言ったことはわたくし達皇族が一番最初に習うこと。初代皇帝からずっと続いている言葉。一言一句間違えずに言うことが出来る。
「…と言うことで。シモン、今日の仕事は終わった?」
「何ですか、突然。終わりましたけど」
とっくに二人とも食べ終わっている。仕事がないのなら後は寝るだけだが。
「二つ!したいことがあるの」
「何ですか?」
「一つは、剣の稽古。もう一つは『影達の差し入れを作りたいの。お菓子。』」
「っ!急に脳内に入って来ないで下さい!」
「だってサプライズにしたかったんだもの。気配は消してるけれどいつも一人は側にいるでしょう?」
「そうですが……」
「それで、いいの?駄目なの?」
「二つ目はいいですよ。一つ目は駄目です。姉上はゆっくり休んで下さい。するなら明日の朝です」
心配してくれているのだろうか?それなら嬉しいが。
「分かったわ、では厨房へ行くわよ~!」
「急に元気になりましたね…疲れてないんですか、姉上は…やっぱり体力おかしくないですか…?」
「そんなことないわよ」
「なんでこの声量で聞こえるのですか。…ああ、加護か」
「ええ」
わたくしの五感が優れているのは愛しの加護持ちだから。やはり、神は加減というものを知らないのか、何百メートルも離れた所の物も見えるし同じくらいの距離の音を聞き取る事が出来る。嗅覚や味覚も同じく。
気配にもかなり敏感で、そのため消すのも得意だ。
ただ、優れすぎているが故に無駄な音を拾ったりするのは面倒だが。
◇
「それで、何を作るのか決めているのでしょうね?」
「ふふっ。勿論…決めていないわ!」
「自信満々に言うことですか!やっぱり姉上って皇族として以外では全然駄目だ…計画性がありませんね、姉上は」
語尾を強めて言われた。そんなこと言われても、決めていないものは仕方ないだろう。普段皇族としてちゃんと振る舞っている分、反動でダメダメになるのだ、わたくしは。
「姉上、反動でダメダメになるのだとか思っていませんよね?」
「思ってるわよ」
「姉上の場合、反動ではなく元々の性格ですからね」
「なに?それならわたくしがダメダメなのは元々だと言いたいのかしら?」
「他に何があるのですか」
真面目に言わないでほしい。失礼な弟だ。
「さっき言った通りよ。さて、何を作りましょうか!」
「あからさまに誤魔化していますよね、それ」
「いつまでその話をしているの、早く終わらせないと明日も忙しいのよ?」
「誰のせいですか!はあ……姉上は何が作りたいのですか?」
わたくしの影達はみんな甘いものが好きだと言っていた。明日の稽古の時に持っていきたいから、手軽なものが良いだろうか?
「…あ!」
「どうしました?」
「良いこと思い付いたの」
「はい」
「『明日渡すつもりだったのだけど、やめて明後日渡すのはどうかしら?第二でレイがアオ達の稽古をつけてくれるそうだから、その後ーーー』」
愛しの加護持ちしか使えない、心話というものを使い、先ほどと同じように直接シモンの脳内に声を響かせる。
心話は、対象の脳内に直接入り込み、会話をすることが出来る。加護持ちでなくても、話しかけられた方は声に出さずに答えられる便利なものだ。
「良いですね。そうしましょう」
「『アオ達は甘いもの大丈夫なの?』」
「『ええ。むしろ全員すごく甘党ですよ』」
「良かったわ。では決まりね」
そうして決まったのがケーキ。フルーツたっぷりのケーキとチョコレートケーキと苺のタルトを作ることになった。全てホールにして、食べる時に切って出す。
「そう言えば、明後日は予定大丈夫なの?」
「大丈夫ではないですが、稽古までに頑張れば終わりますよ。姉上は?」
「わたくしも大丈夫よ。明後日は一日書類仕事しかないから、食べるのが楽しみだわ。一日頭を使って、甘いものを欲していそう!一応、伯父上に許可を取っておくわね」
「はい。準備は明後日の早朝で良いですか?」
「そうね。明日も稽古があるからバレてはいけないし」
料理人に手伝って貰いながら作る。わたくしはフルーツケーキ担当、シモンはチョコレートケーキ担当、苺のタルトは一緒に作る。
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ご覧頂きありがとうございます。
たくさん書き留めたものがあるので、明日から二月終わりまでの一週間は一日二回投稿にしたいと思います。
これからもどうぞ宜しくお願い致します。 山咲莉亜
応援ありがとうございます!
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