天使は甘いキスが好き

吉良龍美

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天使は甘いキスが好き

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「大丈夫だって。それよりほら、チャイムが鳴った」
 恵は吐きそうになる胸を押さえて、どうにか平片に微笑んだ。
「無理するなよ?」
「うん。ありがとう」
 無理そうになったら、先生に云って保健室に行けば良い。恵は左腕のギブスを撫でた。きっと大丈夫。良くなる。薬だってちゃんと飲んでいると、恵は心で云い聞かせる。精神安定剤と、腕の痛み止めも飲んでいる。帰りは平片が付き添いで病院に連いて来てくれる事になっていた。十和子が恵がひとりにならない為だと、心配したからだ。
 空は今にも雪が降りそうだった。背中がゾクリとして震える。恵は胸元を押さえて、そこに指輪が在るのを確かめた。昨夜、三十センチ程のチェーンにぶら下げたのだ。まさか学校に指輪を嵌めて来る訳に行かない。指輪の内側に掘られた文字に、恵はドキリとしたのだ。
『Love and the trvth of theeternity RtoK』
 昨夜恵は意味を理解して、胸をときめかせた。
 ーーー永遠の愛と真実を…か…。
 会いたいな。と、恵は胸の中で呟く。
 ーーー背が高くて白いコートが似合ってて…。
 恵はふと窓の外を眺めながら、白い何かが瞼の裏に過ぎる。
 ーーーなんだろう…。 コート? 違う。あれは…。
「細川、細川恵。前に出て英文を訳しなさい」
「はい」
 英語教師に呼ばれ、恵は返事をして立ち上がる。前に出て白いチョークを手に書き出した。

 雪は本降りとなり、何処からか雪ダルマを作ろうと、声が聞こえて来る。恵は食事の箸を思わず止めて、ざわめく教室内を見渡した。
 平片は椅子を恵の机に寄せて、一緒に食事をしていたのだが、恵の顔色が朝よりも悪い事に眉根を寄せた。
「恵、やっぱ保健室行くか? 顔色が悪いぞ」
「…うん。やっぱり保健室行く」
 恵も自分の記憶の不快感に、体調の悪さを訴えた。
「食事進んでないもんな」
 平片が食べ終えた自分の分を片付け、鈴の背中を支える。
「どうしたの?」
 女生徒達が異変に気付くと、男子生徒達も振り返った。
「ごめん。気分が悪いから…ちょっと保健室行くね?」
「恵君、顔色悪いもんね。次体育でしょ? 放課後まで寝てると良いよ」
 クラスの副委員長の女子が、先生に云って置くからと、恵を平片に頼んだ。
「どっちにしても体育は恵、見学だからな。丁度良いから寝てろよ」
 保健室まで付き添いながら、平片が云う。
「ありがとう。平片も体育着に着替えなきゃいけないから、此処で大丈夫だよ。サンキュ」
 保健室の前で恵は云う。
「解った。帰り、荷物持って迎えに行くからな? それまで待ってろよ?」
「うん」
 過保護な平片に、申し訳無いと思いながら恵はお礼を云った。
 平片を見送ると、恵はドアをノックする。中から返事が聞こえて、恵はドアを開けた。
「済みません。先生。具合悪いので少し休ませ…? 先生?」
 恵は保健室に入ると、若い女医が薬品の片付けをしている処だった。
「あら。どうしたの?」
「すみません、気分が悪いので休みたいのですが」
 女医は仕事を中断し、椅子に腰掛ける様に云うと、体温計を恵に渡した。
「音が鳴ったら、外して私に渡してね?」
「はい」
 恵は云われるまま、脇に体温計を挟む。
「今年は雪が珍しく振るわよね。去年なんか一度も降らなかったのに」
 女医は云いながら、カルテを机の上に置く。三分待つと、ピピピと音がして、恵は女医に体温計を手渡した。
「少し熱があるわね。それじゃ、此処にクラスと名前書いて」
 ペンを渡されて、書き込んでいると女医が体温計をしまう。
「少し熱があるから、ベッドで寝ていなさい。ご家族の方に連絡して迎えに来て貰いましょうか?」
「いえ。少し寝れば大丈夫です。友人が後で迎えに来るので」
 そう云って、恵は立ち上がってベッドに向かう。
「そう? 先生、これから職員室に行くけど。気分が悪くなったら、そこの電話から職員室に掛けて。壁に番号書いて貼って在るから」
「解りました」
 女医が出て行くと、恵は上着を脱いで畳み、ベッドの端に置く。
 窓際のベッドから、地面に溶けて無くなる雪が見えた。
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