天使は甘いキスが好き

吉良龍美

文字の大きさ
上 下
51 / 98

天使は甘いキスが好き

しおりを挟む
「?」
 鈴は顔を上げて、双眸を見開く。
「…裕太?」
 平片が憮然とした顔で、了解も無しに向かい側に座る。遣って来たウエイトレスに、平片はコーヒーを頼んだ。
「なんで?」
「此処に居るかって? 移動中の車の中から、恵から電話で雪が降って来たから、鈴の迎えに行ってくれって頼まれたんだよ。お前まだ喘息治らなかったのか? 俺は頼まれたから、恵の家に一応行ったけど、お前まだ来てないしこの辺で買い物の筈だって聞いてな」
 鈴は目許を染めて、慌てて顔を窓の外に向けた。
「めんどくさいなら…別に来なくても良いのに」
 鈴の言葉に平片はムッとなる。
「可愛くねぇ」
 鈴は胸がズキンとして俯く。
「どうせっ恵みたいに素直じゃないよ」
「あ? 恵と自分を一緒にするなよな。それより早めに恵の家に行くぞ」
 コーヒーを飲み干して、平片は立ち上がる。
「僕は後から行く。先に行っていて良いよ」
 鈴は眼を逸らしたまま、本を閉じる。
「そうはいかないんだよ。恵に頼まれてんだ」
 鈴は唇を噛んだ。徐々に周りのテーブルに着いていた客が、こちらを気にし始めてジロジロと見て来る。
「外は冷え込んでるんだ。また喘息でも出たらどうすんだよ!? 俺が恵に」
 ガタンと立ち上がった鈴に、とうとう店内の客達がギョッと振り返った。
「そんなに恵恵って、恵の云い成りになんか、なってんなよな」
「は? それはあんただろう? 恵は関係無いじゃないか」
「関係無いか。そうだよ関係無いっ裕太にも恵にもね!」
 鈴はバッグから小箱を取り出すと、裕太の胸に投げ付けた。
「なっ!?」
「裕太の馬鹿っそれ、代わりに捨ててくれ!」
 鈴は荷物を掴むと、会計用紙を手にレジへ急ぐ。
「なんだよ? ったく…なんだこれ……プレゼント?」
 せっかくの紅いリボンも小箱もぐしゃりとなっている。リボンを解いて箱を開けた。中からお洒落な腕時計が、カードと共に入っていた。
『裕太へ。来年の高校入学愉しみにしているよ?』
 平片は右手にカード、左手で頭を掻いた。溜息が出る。先程、鈴を探しに来た平片は鈴と二人の高校生を見付けた。背の高い方の男が、鈴の頬を撫でたのを見た刹那、怒りが頭に過ぎったのだ。それだけではない。鈴の柔らかな頬を撫でたのだ。胸がギリッと痛んだ。なのに。
 当の鈴はくすぐったそうに笑う。鈴から決して向けられた事の無い笑顔。恵や伊吹に向ける笑顔は、天使の様に美しかった。自分にもあの笑顔を向けて欲しくて。だから何でも云う事を聞いた。小学校に上がるまでは。でも笑顔を向けてくれない鈴は、平片は自分を嫌っているのだと思い込んだ。なのに小学校に入って間も無く、平片は泣き虫の恵を守るんだと、祖父の道場入りをした直ぐ後に、鈴も入部して来た。
 ーーー俺は今は恵の事が好きで。いや…これは違う。これは…この感情は? 鈴の事を? あの傲慢な可愛げのない男を?
 考えてもみたら、いつも鈴は平片の眼を合わせ様としなかった。目許を染めて。恵の事を話せば鈴を怒る。
「なんで気付かなかった? こんなに鈴の顔を思い出す事ができるのに」
 恵は何処までも鈍い男ではなかった。恵は気付いていたのかも知れない。鈴の本心。平片への反発の態度も。平片は時計を嵌めて立ち上がる。鈴を探しに。たった今気付いた恋に向き合う為に。我侭な女王様の許に迎えに行くナイトの様に。

 鈴の脚は子供の頃よく遊んだ公園に向いていた。平片と恵と鈴。
「此処って、こんなに小さかったっけ」
 空は白に覆われて、雪に頬が当たる。髪も服も濡れた。鈴はベンチに腰を下ろして、雪空を見上げた。吐く息は白く、空気を深く吸い込めば、気管支が冷えて苦しくなるから、鈴は秋から冬に掛けての間は、特に気を付けていた。「…綺麗だな」
「綺麗なのはお前の方だ。発作でも起こしたらどうする」
 後方から聞こえる声に、鈴は胸が苦しくなって両耳を塞いだ。双眸に涙が溢れる。
「伊吹の家に行くぞ」
「…だから、恵の家には先に行ってって…な、に?」
 平片は鈴の前に出ると、跪いて鈴を抱き締めた。耳元で平片の声がする。
「何を泣いている? 恥ずかしいぞ鈴」
 平片は一度鈴の身体から離れ、鈴の両手を掴む。その視界に鈴の買った腕時計が見えた。
『恵の家』ではなく『伊吹の家』と云ったのだ。そして、腕時計。
「好きなんだろう? 俺が。泣く程になぁ? 鈴」
 懐かしい平片の鈴の名前を言葉に載せて。鈴は涙を零した。鈴は頷く。鈴の手を、平片が暖かな手で握っている。鈴の買った、恵と伊吹へのクリスマスプレゼントが入った紙袋は、平片の右手に在る。鈴は中世的な顔に、男にしては綺麗過ぎるせいか、擦れ違う人達は二人を男同士とは思っていない様だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

鈴木さんちの家政夫

ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

処理中です...