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天使は甘いキスが好き
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「?」
鈴は顔を上げて、双眸を見開く。
「…裕太?」
平片が憮然とした顔で、了解も無しに向かい側に座る。遣って来たウエイトレスに、平片はコーヒーを頼んだ。
「なんで?」
「此処に居るかって? 移動中の車の中から、恵から電話で雪が降って来たから、鈴の迎えに行ってくれって頼まれたんだよ。お前まだ喘息治らなかったのか? 俺は頼まれたから、恵の家に一応行ったけど、お前まだ来てないしこの辺で買い物の筈だって聞いてな」
鈴は目許を染めて、慌てて顔を窓の外に向けた。
「めんどくさいなら…別に来なくても良いのに」
鈴の言葉に平片はムッとなる。
「可愛くねぇ」
鈴は胸がズキンとして俯く。
「どうせっ恵みたいに素直じゃないよ」
「あ? 恵と自分を一緒にするなよな。それより早めに恵の家に行くぞ」
コーヒーを飲み干して、平片は立ち上がる。
「僕は後から行く。先に行っていて良いよ」
鈴は眼を逸らしたまま、本を閉じる。
「そうはいかないんだよ。恵に頼まれてんだ」
鈴は唇を噛んだ。徐々に周りのテーブルに着いていた客が、こちらを気にし始めてジロジロと見て来る。
「外は冷え込んでるんだ。また喘息でも出たらどうすんだよ!? 俺が恵に」
ガタンと立ち上がった鈴に、とうとう店内の客達がギョッと振り返った。
「そんなに恵恵って、恵の云い成りになんか、なってんなよな」
「は? それはあんただろう? 恵は関係無いじゃないか」
「関係無いか。そうだよ関係無いっ裕太にも恵にもね!」
鈴はバッグから小箱を取り出すと、裕太の胸に投げ付けた。
「なっ!?」
「裕太の馬鹿っそれ、代わりに捨ててくれ!」
鈴は荷物を掴むと、会計用紙を手にレジへ急ぐ。
「なんだよ? ったく…なんだこれ……プレゼント?」
せっかくの紅いリボンも小箱もぐしゃりとなっている。リボンを解いて箱を開けた。中からお洒落な腕時計が、カードと共に入っていた。
『裕太へ。来年の高校入学愉しみにしているよ?』
平片は右手にカード、左手で頭を掻いた。溜息が出る。先程、鈴を探しに来た平片は鈴と二人の高校生を見付けた。背の高い方の男が、鈴の頬を撫でたのを見た刹那、怒りが頭に過ぎったのだ。それだけではない。鈴の柔らかな頬を撫でたのだ。胸がギリッと痛んだ。なのに。
当の鈴はくすぐったそうに笑う。鈴から決して向けられた事の無い笑顔。恵や伊吹に向ける笑顔は、天使の様に美しかった。自分にもあの笑顔を向けて欲しくて。だから何でも云う事を聞いた。小学校に上がるまでは。でも笑顔を向けてくれない鈴は、平片は自分を嫌っているのだと思い込んだ。なのに小学校に入って間も無く、平片は泣き虫の恵を守るんだと、祖父の道場入りをした直ぐ後に、鈴も入部して来た。
ーーー俺は今は恵の事が好きで。いや…これは違う。これは…この感情は? 鈴の事を? あの傲慢な可愛げのない男を?
考えてもみたら、いつも鈴は平片の眼を合わせ様としなかった。目許を染めて。恵の事を話せば鈴を怒る。
「なんで気付かなかった? こんなに鈴の顔を思い出す事ができるのに」
恵は何処までも鈍い男ではなかった。恵は気付いていたのかも知れない。鈴の本心。平片への反発の態度も。平片は時計を嵌めて立ち上がる。鈴を探しに。たった今気付いた恋に向き合う為に。我侭な女王様の許に迎えに行くナイトの様に。
鈴の脚は子供の頃よく遊んだ公園に向いていた。平片と恵と鈴。
「此処って、こんなに小さかったっけ」
空は白に覆われて、雪に頬が当たる。髪も服も濡れた。鈴はベンチに腰を下ろして、雪空を見上げた。吐く息は白く、空気を深く吸い込めば、気管支が冷えて苦しくなるから、鈴は秋から冬に掛けての間は、特に気を付けていた。「…綺麗だな」
「綺麗なのはお前の方だ。発作でも起こしたらどうする」
後方から聞こえる声に、鈴は胸が苦しくなって両耳を塞いだ。双眸に涙が溢れる。
「伊吹の家に行くぞ」
「…だから、恵の家には先に行ってって…な、に?」
平片は鈴の前に出ると、跪いて鈴を抱き締めた。耳元で平片の声がする。
「何を泣いている? 恥ずかしいぞ鈴」
平片は一度鈴の身体から離れ、鈴の両手を掴む。その視界に鈴の買った腕時計が見えた。
『恵の家』ではなく『伊吹の家』と云ったのだ。そして、腕時計。
「好きなんだろう? 俺が。泣く程になぁ? 鈴」
懐かしい平片の鈴の名前を言葉に載せて。鈴は涙を零した。鈴は頷く。鈴の手を、平片が暖かな手で握っている。鈴の買った、恵と伊吹へのクリスマスプレゼントが入った紙袋は、平片の右手に在る。鈴は中世的な顔に、男にしては綺麗過ぎるせいか、擦れ違う人達は二人を男同士とは思っていない様だ。
鈴は顔を上げて、双眸を見開く。
「…裕太?」
平片が憮然とした顔で、了解も無しに向かい側に座る。遣って来たウエイトレスに、平片はコーヒーを頼んだ。
「なんで?」
「此処に居るかって? 移動中の車の中から、恵から電話で雪が降って来たから、鈴の迎えに行ってくれって頼まれたんだよ。お前まだ喘息治らなかったのか? 俺は頼まれたから、恵の家に一応行ったけど、お前まだ来てないしこの辺で買い物の筈だって聞いてな」
鈴は目許を染めて、慌てて顔を窓の外に向けた。
「めんどくさいなら…別に来なくても良いのに」
鈴の言葉に平片はムッとなる。
「可愛くねぇ」
鈴は胸がズキンとして俯く。
「どうせっ恵みたいに素直じゃないよ」
「あ? 恵と自分を一緒にするなよな。それより早めに恵の家に行くぞ」
コーヒーを飲み干して、平片は立ち上がる。
「僕は後から行く。先に行っていて良いよ」
鈴は眼を逸らしたまま、本を閉じる。
「そうはいかないんだよ。恵に頼まれてんだ」
鈴は唇を噛んだ。徐々に周りのテーブルに着いていた客が、こちらを気にし始めてジロジロと見て来る。
「外は冷え込んでるんだ。また喘息でも出たらどうすんだよ!? 俺が恵に」
ガタンと立ち上がった鈴に、とうとう店内の客達がギョッと振り返った。
「そんなに恵恵って、恵の云い成りになんか、なってんなよな」
「は? それはあんただろう? 恵は関係無いじゃないか」
「関係無いか。そうだよ関係無いっ裕太にも恵にもね!」
鈴はバッグから小箱を取り出すと、裕太の胸に投げ付けた。
「なっ!?」
「裕太の馬鹿っそれ、代わりに捨ててくれ!」
鈴は荷物を掴むと、会計用紙を手にレジへ急ぐ。
「なんだよ? ったく…なんだこれ……プレゼント?」
せっかくの紅いリボンも小箱もぐしゃりとなっている。リボンを解いて箱を開けた。中からお洒落な腕時計が、カードと共に入っていた。
『裕太へ。来年の高校入学愉しみにしているよ?』
平片は右手にカード、左手で頭を掻いた。溜息が出る。先程、鈴を探しに来た平片は鈴と二人の高校生を見付けた。背の高い方の男が、鈴の頬を撫でたのを見た刹那、怒りが頭に過ぎったのだ。それだけではない。鈴の柔らかな頬を撫でたのだ。胸がギリッと痛んだ。なのに。
当の鈴はくすぐったそうに笑う。鈴から決して向けられた事の無い笑顔。恵や伊吹に向ける笑顔は、天使の様に美しかった。自分にもあの笑顔を向けて欲しくて。だから何でも云う事を聞いた。小学校に上がるまでは。でも笑顔を向けてくれない鈴は、平片は自分を嫌っているのだと思い込んだ。なのに小学校に入って間も無く、平片は泣き虫の恵を守るんだと、祖父の道場入りをした直ぐ後に、鈴も入部して来た。
ーーー俺は今は恵の事が好きで。いや…これは違う。これは…この感情は? 鈴の事を? あの傲慢な可愛げのない男を?
考えてもみたら、いつも鈴は平片の眼を合わせ様としなかった。目許を染めて。恵の事を話せば鈴を怒る。
「なんで気付かなかった? こんなに鈴の顔を思い出す事ができるのに」
恵は何処までも鈍い男ではなかった。恵は気付いていたのかも知れない。鈴の本心。平片への反発の態度も。平片は時計を嵌めて立ち上がる。鈴を探しに。たった今気付いた恋に向き合う為に。我侭な女王様の許に迎えに行くナイトの様に。
鈴の脚は子供の頃よく遊んだ公園に向いていた。平片と恵と鈴。
「此処って、こんなに小さかったっけ」
空は白に覆われて、雪に頬が当たる。髪も服も濡れた。鈴はベンチに腰を下ろして、雪空を見上げた。吐く息は白く、空気を深く吸い込めば、気管支が冷えて苦しくなるから、鈴は秋から冬に掛けての間は、特に気を付けていた。「…綺麗だな」
「綺麗なのはお前の方だ。発作でも起こしたらどうする」
後方から聞こえる声に、鈴は胸が苦しくなって両耳を塞いだ。双眸に涙が溢れる。
「伊吹の家に行くぞ」
「…だから、恵の家には先に行ってって…な、に?」
平片は鈴の前に出ると、跪いて鈴を抱き締めた。耳元で平片の声がする。
「何を泣いている? 恥ずかしいぞ鈴」
平片は一度鈴の身体から離れ、鈴の両手を掴む。その視界に鈴の買った腕時計が見えた。
『恵の家』ではなく『伊吹の家』と云ったのだ。そして、腕時計。
「好きなんだろう? 俺が。泣く程になぁ? 鈴」
懐かしい平片の鈴の名前を言葉に載せて。鈴は涙を零した。鈴は頷く。鈴の手を、平片が暖かな手で握っている。鈴の買った、恵と伊吹へのクリスマスプレゼントが入った紙袋は、平片の右手に在る。鈴は中世的な顔に、男にしては綺麗過ぎるせいか、擦れ違う人達は二人を男同士とは思っていない様だ。
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