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第7章 聖女の解放、そして

エピローグ

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 イスラ・レウスから嫁ぎ先のヴァーシオンへ向かう途中、メルヴィオラたちはローレインの墓所へ立ち寄った。ルーテリエルの願いを、その力と共に受け取ったメルヴィオラは、ヴァーシオンへ行く前にどうしてもこの場所へ来るべきだと感じたからだ。

 小さな島に一本だけひっそりと聳え立つフィロスの樹。今なお満開に花を咲かせる樹の下には、島全体を覆うほどの白いレーシアの花が咲き乱れている。

 葬送の花。
 摘み取ればすぐに枯れてしまう白い花。黄泉を逝く死者がさみしくないように、迷わないように。そうやってローレインのそばに寄り添おうとするルーテリエルの幻影が、メルヴィオラの脳裏を掠めていく。

「一緒に連れていけたらいいのに……」
「そういや、手折れば枯れるんだったな」
「精霊の力が満ちるヴァーシオンなら、この花も咲くんじゃないかなって……思ったんだけど」

 ルーテリエルの癒やしの力を完全に継承した今なら……とも思ったが、やはりレーシアの花は摘み取れば時間をおかずにはらはらと枯れてしまった。
 彼女にとってこの場所は愛しいひとを亡くした悲しい場所だ。けれど彼らが生きた時代は随分と昔で、きっとローレインにまつわるものなどなにひとつ残されていないのだろう。
 できれば一緒にヴァーシオンで眠らせてやりたかったが、それも叶わない現実にメルヴィオラの胸が切ないさざなみに揺れた。

「メルヴィオラ様」

 かけられた声に振り向けば、そこにはパトリックが立っていた。彼もまたメルヴィオラと共に、ヴァーシオンへ向かっている。とは言っても彼の場合はメルヴィオラの護衛として、聖女を無事にヴァーシオンへ送り届ける任に就いているだけだ。
 一度はメルヴィオラ専属の護衛としての話もあったようだが、ラギウスが一蹴してしまったらしい。パトリックが来てくれればメルヴィオラも心強かったが、あからさまに向けられる嫉妬が少し嬉しくもあって……つい頬が緩んでしまうのだった。

「よければ、こちらを使ってみてはいかがですか?」

 そういてパトリックが手渡したのは、小さなガラスの器だ。

「手折って枯れるのなら、根ごと持っては行けないでしょうか。ヴァーシオンへ着くまで定期的に聖女の涙フィロスを与えてやれば……もしかしたら枯れずに済むかもしれません」
「そうね! 試してみる価値はありそうだわ!」

 言われた通りに土と一緒に花を移し替えると、少しくたりとしたものの枯れることはなさそうだ。土の中に聖女の涙フィロスを一粒入れれば、花はみるみるうちに生気を取り戻していく。

「すごい! 大丈夫みたいよ。ありがとう、パトリック!」
「一緒に連れていってやりたいと願うメルヴィオラ様の心が、花にも伝わったのですよ。よかったですね」
「……おい、リッキー。今更コイツに取り入ろうなんざ無駄だからな。ヴィオラはもう俺のモンだぞ」
「そうやって牽制する辺り、自信のなさを露呈しているようなものだ」
「テメ……ッ」
「君があんまりにも不甲斐ないと、私はメルヴィオラ様をイスラ・レウスへ連れ戻すぞ」
「護衛の話は却下しただろうが」
「三ヶ月だ」
「は?」
「三ヶ月で見極めろと、神官長様から言付かっている」
「はぁ!? いつの間にそんな話になってんだよ!」

 どうやらラギウスの知らない間に、神官長とセラスと間でやりとりがあったらしい。本気ではないにしても、神官長たちが自分のことを心配してくれているのがわかって、メルヴィオラの心がじんわりとあたたかくなる。

「それじゃあ、パトリックは三ヶ月間はヴァーシオンに滞在するの?」
「そうなりますね。これからもよろしくお願いします」
「よろしくじゃねぇ! ってか、ヴィオラも喜ぶんじゃねぇよ!」
「だって、嬉しいんだもの。やっぱり気心の知れた相手がいると安心するし」
「気心の知れた相手だと? ンなの、俺らでじゅうぶんだろうが!」

 パトリックの同行にここまで嫉妬をあらわにするラギウスが可愛くて、ほんのちょっとだけからかってしまった。けれどそれが裏目に出たようだ。メルヴィオラは有無を言わさず、ラギウスの肩に荷物のように抱え上げられてしまい――。

「見極めるのに三ヶ月も必要ねぇよ。一日ありゃじゅうぶんだ」
「ちょっと! 何する気!?」
「要するに、コイツが俺にベタ惚れりゃいいんだろ?」

 肩に担ぎ上げられているため顔は見えないが、メルヴィオラにはラギウスがひどく意地悪な笑みを浮かべてるのが手に取るようにわかってしまった。

「もう俺なしじゃ生きられないほど、抱き潰してやるよ」

 そう言って、剥き出しになった足首をするりと撫でられる。びくりとも、ぞくりともする、不安と期待の混ざったような、よくわからない鳥肌が全身に広がった。

「いーーーーやーーーーっ!!」

 メルヴィオラの悲鳴とラギウスの笑い声が、白いローレインの墓所に響き渡る。そこにコーラスを加えるようにレーシアの花がさざめき、花を揺らした風が空高く舞い上がって――。ずっとこの地を覆い隠していた空の雲が晴れ、ようやく眩しい太陽の光が島に降り注いだ。

 フィロスが輝き、レーシアが揺れる。
 青い海のその先を目指して、白い花びらがどこまでも高く舞い上がる。

 まだ見ぬ航路の先にあるのは――――光だ。





 ――――fin.





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