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14_呪縛からの開放
しおりを挟む「課長、私の事、気になっているんでしょ」
朱美は私から目を逸らさずに先程の涙でまだ潤んでいる瞳で見つめてくる。長い髪は後で束ねているが、額にかかる前髪が少し子供っぽさを装っている。私は内心動揺していたのだろうか。今になってはわからないが、目を逸らしたのは、私の方だった。
「安井さんの事を気にはしてるよ。まだ入社して一年も経っていないから。私の課に入ってからも数か月。これから色々と覚えて行ってもらいたい業務もあるし、私の定年までに仕事を振っていく事になるから。今からは、安井さんしか部下がいなくなったから、余計に期待もしてるし気にもしてるよ」
「田村さん、そうじゃなくて。会社の業務がどうとかじゃなくて。私の事をどう思っているのかってことなの」
朱美のこの視線に何度も戸惑いを覚えてきたのは間違いのない事実だ。
「少し飲みすぎているな」私は言うと、彼女の前に水を差しだす。
「田村さん、私の事どう思っているの」
彼女は同じ質問を寄りかかるように下から見上げて繰り返す。飲み会では見たことのない表情で、普段顔色の変わらない朱美の頬は少し紅潮しているように見える。
「どうって、安井さんは娘みたいなものかな。息子と同い年だし」朱美に微笑んで見せる。
「娘って、女性として見られないってこと。一人の女としては見てくれてはいないってことなんだ」
彼女は靠れていたソファーから体を起こして、少しむきになったように言う。
「そうじゃない。仕事も覚えてきてるし、評価もしてるよ。君の頑張りも知っている」
「田村さんの本心が知りたい」
少し声のトーンを落とし、静かに呟くかのように里美が言う。
私は躊躇していた。朱美は感づいているのだろうか。私の本心を薄々ながらも。ここで自分の本心を話すべきだろうか。
「親子ほど歳が離れているんだよ。そんな男から好意を寄せられてもキモいだけだろ」私は自嘲気味に、自分に言い聞かせるように言う。
「今、田村さんに告白したんだよ。私がどんな目にあっているかわかるよね。父親の相手してるんだよ。父に犯されているんだよ。歳が離れていても、私にとっては関係ないの。田村さんにどう思われているかなの」
「父親と同じような男に興味があるのかい。安井さんならもっと理想が高いと思ってたよ。社内に若い子もたくさんいるし」
「私は、今の父親を本当に父親と思ってない。体目当てでしかないのよ。同年代もそう、『好きだ、愛してる』って言っても結局はSEXが目的なのよ」
「男ってそういうもんだ。女性と男性の性〈さが〉は根本的に違うと思うんだよ」
私は、ハイボールで喉の渇きを潤した。
「男女平等だと世間は言っているが、男が狩りをして女が家を守り子を育てる。それは昔も今も変わりない。男が子供を産めない代わりに力仕事や危険な肉体作業をする。男性が得意でない繊細な仕事を女性がする。別に男尊女卑をいう訳じゃないが、役割があっての事だと思う。男は子孫を残すために性を表に出して、女性にアピールする。女性は子供を授かる為に男を受け入れる」
私は、自分で何を言っているのかわからなくなった。少し酔っているようだった。
「私も男だから、綺麗な女性、若い女性には興味はあるよ。表には出さないだけで、正直本音を言えば安井さんからも引かれるだろうな」
「聞きたい。それでもいいから。田村さんの気持ちを」
「そこまで言うなら、言うよ。本心を。安井さんのことをどう思っているか」
朱美は、再び田村にもたれかかるように体を寄せてきた。子猫のように上目遣いで田村を見つめてくる。
「初めて会った時に何かを感じたんだ。朱美が配属した時から。どこかで逢ったような懐かしさを感じたんだよ。好きとか嫌いとかじゃなくて、どう言えばいいんだろうか。一目惚れとも違う。何処かで繋がっているような感じ」
私は、伝える言葉が見いだせなかった。
「遠い昔に出逢っているような。不思議な気持ち。毎日会社で顔を合わせるたびに、思えば思う程、君の事が気になり出した。三十年私が若ければ、告白していたかもしれない。でも、親と変わらない定年間近い私なんかが可笑しいじゃないか、大学出立ての女性を好きになるなんて。家庭もある身にも関わらず」
意を決したかのように、私は朱美の背中から細く白い腕に右手をまわし、さらに自分の方に引き寄せた。朱美は拒否するでもなく、私のされるがまま靠れてくる。朱美のネイルで飾られた細い指が私の太腿に置かれる。
「今夜こんな形で打ち明けるなんて思わなかった。軽蔑するならしても構わない。私が勝手に思い込んでいるだけなんだ。墓場まで持っていくつもりだった」
「田村さん。暫くこうしていたい」
朱美の髪に顔を埋めるように、右腕に朱美を抱いたまま、私もこのまま時が止まればいいと思った。
次の日から、当然のように会社では平静を装った。社内でも社外でも朱美との関係が気付かれてはならなかった。誰かに勘付かれるとすぐに噂となるに違いない。私も朱美もお互いにデメリットしかない。朱美との連絡は夜遅くラインでするのが常だった。寝室も別にしているので、妻は私が女性と連絡を取っていることはまず気付かないはずだった。休日には、忙しいから会社に出勤してくると言えば何も怪しまれはしない。自宅近くは避けて、県外で明美と逢ったり、出張で一日帰らなくても妻からは、『最近出張が多いね』と言われる程度で、不倫していることは疑われもしない。
夏が終わる頃には、朱美の引っ越しも済んでようやく一人暮らしが始められた。
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