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道鏡の言伝

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「なるほどこの時、貴女はお父様のご命令で護衛していたと」
「そうよ。何も別に起こらなかったからすぐに帰ったけれど……。彼の顔つきは無念そのものだった。たとえ推し量らずとも、ね。それより、この時期は……」

帝の命は、今にも尽きようとしていた。
「もう何日も意識を取り戻していらっしゃいませぬ……」
治療に当たらせられたのは、当然、帝の医師である小手尼である。
「何か救う手立ては」
「もうだめじゃ」
口々に貴族たちが好き勝手なことをいう。
「皆様。この小手尼に全てお任せください。必ずや、お救い申し上げます」
小手尼はその場を立ち去ろうとした。
「これは一大事でございます。私もお近くに」
この声の主は道鏡である。
「道鏡様。帝は女でございます。容態は一刻を争うのです。男性である貴方様に、できることなど何もございませぬ」
「小手尼様は存じ上げぬかも知れぬが、私は以前、帝をご病気から救ったことがあるのです。どうか陛下のおそばに」
その時、名前もわからぬ一人の貴族が声を上げた。
「道鏡様、帝との逢瀬が出来ずに、寂しゅうございますのか」
「貴様っ!何を……」
「いやいや。私は何も」
「その言葉は陛下を愚弄することにもなるのですぞ……。許さぬ」
何かを盾にした人とは恐ろしいものである。他の者も声を上げ始めた。
「何を動揺していらっしゃるのです」
「道鏡様、お気持ちはわかりまするがな……。ふふっ」
「お互い若くもなかろうに……」
「黙れっ……」
小手尼は静かに語った。
「このような際に、貴方様のような方を陛下のおそばに置くことは断じて許されません。事が収束するまで、自身の邸宅にて蟄居をお願い申し上げます。監視の目もつけることと致しましょう。雄田麻呂(のちの藤原百川)殿、よろしくお願いいたしまする」
「承知」
「くっ。貴様……。いや、貴様らか……」
道鏡は周りの貴族に連行される形で、邸宅へと戻った。勿論、子供たちも一緒である。
「あの人たちは、九尾狐にまた操られていたのですか」
「いや。そんな様子はないわ。あれは本心なのよ。父のことをよく思わない人なんて沢山いたのは知っていたのだけれど、こうも肝心な時にね……。屋敷に着いた父は、私たちに変なことを言い出した」
邸宅の中では、道鏡と三人の子ども達が座っていた。
「皆、本日中に、この都を出なさい。前に言っていた、都を去る日が来たのだ。幸い、狐一匹分は、通ることのできる通路がある。誰にも見つかる心配はなかろう。狩人に気をつけながら、東へと向かえ。ここは直に、我々にとって危険な場所となる」
「危険、とは?」
「おぬしたちには、後で説明しよう」
「お父様はいかがなさるおつもりなのですか」
「一つ、やり残した仕事を終えてからにする。お前達、父のことが心配なのはわかるが、手は出さないでくれ」
「承知いたしました。何をなさるのか存じ上げませぬが、どうかご無事で」
「うむ」
子ども達はこの日の夜に、密かに都を抜け出した。
「……私の記憶はここでおしまい、と」
「お父様は無事だったのですか」
「大丈夫。そのあと、下野国で落ち合った。と言っても、何ヶ月かは経っていたのだけれど……。不思議なことに、その間のことはあまり語らず……。それから数百年生きて、最期に父はこう言った」
「一体何と?」
「清麻呂殿の子孫によろしく。もし会えたら、話をしてやってほしい」
ここから先は、この世の誰ひとり、知らない物語。
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