神護の猪(しし)

有触多聞(ありふれたもん)

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月光の下

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門番たちが話をしている。
「何じゃありゃ?」
「ん?どうした?」
「あれは……あそこの屋根の上にいるのは……もしかして例の狐じゃないか?」
「何をお前、寝ぼけたことを……。仕事で疲れているのだろう」
「そうかねえ……。ふあぁ」
しかし、その黒い影、光る目は確かに狐そのものだった。
しばらく後、瞬く間に伝令が駆け巡った。
「霊狐が……霊狐がでたぞ!直ちにとらえよ!」
都中がどよめく。その知らせは当然、小手尼の元へも届けられた。
「なるほど。狐の体なら、あの屋敷から抜け出すことも難しいことではあるまい。しかし、今のおぬしは追われる身。……雄田麻呂殿はおりますか」
「はっ。ただいまこちらに」
「妖狐は国家を破滅に導くと言われています。直ちに捕えなさい」
「はっ」
小手尼は筆を取り出し、帝の名を書き出した。
「清麻呂の時には邪魔をされたが、今度こそは……」
その紙は紫色に怪しく光った。
「これよ……。名を呪われたものは、無間の中で彷徨い続けるのじゃ……。こう簡単に死なせてなるものか……」
小手尼は長い呪文を唱え、全ての力を注ぎ込む。しかし、何と紙は散り散りに破けてしまった。
「なぜ……なぜじゃ……」
「おぬしは何も知らぬな……」
意識を失っていた帝が口だけを静かに開けた。
「何!」
「ふん……」
「今、この手で地獄へ送ってくれる」
小手尼が帝の首を締めようとした、その時である。扉越しに声が聞こえた。
「小手尼様、小手尼様。雄田麻呂にてございます。ただいま、霊狐めを退治いたしました。その報告に」
「ほう……死にましたか」
「はっ。その死体はいかがいたしましょう」
「今どこにあるのですか」
「私が預かっております」
「よろしい……。見せなさい」
小手尼はがらりと扉を開けたが、そこには何もなかった。
「奴の死体は……」
そう言い終わらぬうちに、真横から鋭い一太刀がせまる。
「油断。おぬしは……わしが道鏡にしか化けぬと、思い込んでいたであろう!」
「ぐっ」
「気づくのがもう少し早ければよかったが……。今しかあるまい。おぬしこそ、国を滅ぼす、霊狐なり!」
刀は空を裂き、見事に小手尼の胸を捉えた。すると、みるみるうちに体から獣の毛が生えはじめ、絵巻に描かれた九つの尻尾、狐の顔が顕れた。
「ぐうう!」
「……おぬしは今まで化かすことばかりを考えて、化かされるということを知らなかった。それが敗因じゃ」
「……煩い……煩い!わしは……わしは簡単には諦めんぞ……。この傷が完全に癒えれば、必ずこの国を滅ぼしてやる……。何百年と経とうが……。首を洗って待っておれ……」
九尾狐は闇世に溶けていくかのように消え去った。

「陛下!ご無事ですか!」
道鏡はすぐさま帝のもとへ駆け寄った。
「ふ……朕は大事ない……。朕はもう目が見えていないが……。そこにいるのは、きっと道鏡なのだろう。おぬしも……器用な奴じゃな」
「狐とは、化けるのが仕事でございますから」
「そうか……。今までも、そうであったな……」
「しかし私は……もう疲れてしまいました。ですから、今この時は……」
「よかろう」
「いつまでも、お側におりまする……」
「それは、頼もしきことよ……。……道鏡よ。最期にひとつ、話でもせぬか」
「それはよろしいことですなあ」
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