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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の洋上楼閣都市/グラウザー編 

Part17 オペレーション/血流センシング

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 古の時、外科医術は卑しき外法とされていた時代があった。
 技術や薬学が未発達な時代においては不気味な器具が並んだ恐怖心を伴うものであり、フローレンス・ナイチンゲールが近代看護を確立する以前は、医術は死亡率の高い命がけのものであったのである。
 その後、近代医学と近代看護が確立されるに至って、医術・医学は安全なものとなり人々は安心して医療を受けられるようになる。
 しかし、医療技術が向上するに至って次に現れた問題は深刻な〝人手不足〟である。優れた医療技術スキルが求められるに至って、必要な専門技術者の絶対数が足らなくなってしまったのだ。高騰する医療コストの問題も深刻なものとなった。
 その解決手段として求められたもの――
 それが【医療のロボット化】である。
 看護ロボット、遠隔受診システム、手術ロボットシステム――、少ない人材を有効活用し物理的な数の不足と地理的な問題を解決するために機械化とネット化が推し進められたのである。
 
 そして今、その医療のハイテク化サイバー化の最前線に立つ男がいる。
 男の名はシェン・レイ――、神の雷と呼ばれた最強の電脳犯罪者。その彼のもう一つの顔が最新鋭の医療技術を駆使する脳外科医であると言うことだ。
 彼にとっては人もサイボーグもアンドロイドも、〝意識〟という行動決定システムを宿した組織体である事に変わりは無い。ただ、その構成素材が金属か半導体か有機物かと言う違いであるだけだ。
 そして最新鋭のハイテクハッカーである彼は、人間の体を一つのシステムに見立てて、現世界において最も精密な手術を行うことができるのである。彼の医師としての技術を見たことのある者はこう呼び称するのだ――
 すなわち〝神の御業〟と。
 彼こそはもっとも死を超越する立場に近い者の一人なのだ。
 
 
 @     @     @
 

 今、カチュアがメディカル用の特殊機能ベッドに寝かせられていた。高機能なチェアータイプ。そして。腕部と脚部をそれぞれにホールドするようにアームレストとフットレストが設けられている。そしてチェアーからは患者の身体をより正確にホールドするためにサブアームが備わっている。
 カチュアはそのチェアータイプのメディカルベッドの上に横たわっていた。
 四肢を広げ、頭部の受傷部位の前処置を終え、その全身には各種センサーや呼吸用のマスク、点滴の薬液チューブ。その他様々な器具が装着されていた。
 そのベッドの周囲を囲むのは、無数のマニピュレーターだ。手術のメイン作業を行い、施術処置に必要な器具が準備されている。この手術室において患者の肉体に刃を入れるのは人間ではない。精密作業が可能なほどに高機能なメカニクスなのだ。そのメカニクスを支配し、手術の全行程を掌握するのは〝神の雷〟ことシェン・レイである。
 メディカルベッドを見下ろす位置に設けられた専用シートに座する彼は、コンソールからの操作ですべてのシステムを操作することが可能だった。
 専用シートの前方に設けられたコンソールは単なるハードウェアキーボードでは無く立体映像による仮想入力システムであり彼独自の操作システムである。シートの周囲に大規模に空間展開されたアイコンメニューやヴァーチャルキーボードによるコマンドエントリーを用いてシステムを操作していくのだ。それにデータグローブを用いた細密感触フィードバックシステムを併用することで、実際に自らの手でメスを握って執刀しているような状況が得られるのである。
 そして今、コンソールを操作しつつこれから行う術式についてシェンが宣言する。
 
「これより全術式を開始する。まず腹腔内の出血箇所の特定から行う」

 しかる後にコンソール上の空間のアイコン群を操作し展開していく。

【 核磁気センサーアレイ作動        】
【 連続ヘリカルスキャニングスタート    】
【 モード>血流連続探知          】

 端末操作を行えば、左右に分割された状態のリング状の器具が集まってくる。そしてカチュアの胴体の周囲を包むようにリング形状をなすとそのセンサーの作動を示す青いパイロットランプが光を放ち始めている。
 
――キュィィィン――

 甲高い磁気音がかすかに鳴り響き、リング状のセンサーはカチュアの胴体を下から上へ、上から下へと上下を繰り返している。環状に構成された線形センサーが螺旋状に連続作動しクランケの肉体から得られるデータを3次元計測データとして空間上に3次元ホログラフィとして投映する。
 
【 クランケ身体データ:3Dグラフィクス  】
【 表示セクション胴体部全域        】
【 表示対象>全血流、及び、体内臓器形状  】

 指定されたとおりのデータが表示される。そこにはカチュアの胴体内の血液の流れがマイクロ単位レベルで再現されている。動脈から毛細血管、そして静脈、さらには心臓へと絶え間ない流れが、生命が持ちうるある種の神秘さを伴って脈打っていた。
 身体構造と体内臓器のシルエットがシースルーの白、血流が酸素含有量に伴い、赤から紫へと変化しながら再現されている。その極彩色の輝きを目の当たりにして、朝は思わずため息を付いていた。
 
「すげぇ」
「こんなのは序の口だよ。これから先、最もえげつない物をたくさん目のあたりにすることになるから覚悟しておけ」
「はい――」

 不思議な光景だった。たとえ正式な医療技術を持っているとはいえシェンは犯罪者である。そして朝は正規の警察官でありシェンを捕らえる立場にある。だが、今この場においては、朝はシェンに対してある種の畏敬の念のようなものを抱きつつ合ったのだ。
 
【 核磁気センサーアレイモードシフト    】
【 細密センシングモードから        】
【         連続センシングモードへ 】

 センサーアレイの形状が変化する。それまでは丸いリングが8つのブロックに分けられていた物が連結してリング形状を成していた。だが、それが再び8つに分割されて、カチュアの胴体の左右へと2列に並んでいく。

「これまでは体内構造を細密に把握するためのモードだったが、此処から先は血流の変化を絶え間なくスキャンする。これにより体内における出血状態をチェックする」

【 血液流路状態              】
【     連続センシングスキャニング開始 】
【 標準血液流路データと比較チェック    】
【 異常箇所チェックスタート        】

 カチュアの体内データに並べられたのは、カチュアと同じ3歳児の標準的な体内データだ。その2つのデータを比較チェックしていくことで明らかに異常な血液流路や出血などの障害情報を調べだすのだ。そしてシェン・レイが操るシステムは異常と判断されるデータを速やかに調べだしたのだ。
 
【 血流異常箇所〈探知〉          】
【 ・流路形状異常             】
【  >特になし              】
【 ・不正出血箇所[1]          】
【  >腹部内臓器《脾臓》         】
【  [出血レベル・軽度]         】
【  [臓器破損レベル・中度]       】

 システムのセンサーが探知し明示したのは、体内臓器の〝脾臓〟からの出血である。それを視認してシェンがつぶやく。
 
「脾臓か」

 そのつぶやきに朝が問うた。

「やはりベルトコーネに殴打された時でしょうか?」
「おそらくそうだろう。頭部を殴打されて吹き飛ばされたと聞く。その際に胴体を激しく何どこかにぶつけたのだろうな」
「脾臓の損傷は原則摘出処置をするって聞きましたが?」

 朝の疑問をシェンは明確に否定した。

「いや摘出はしない。摘出が適応となるのは成人のみだ。乳幼児は脾臓の代行をする体内機能が未発達だから、摘出してしまうと老化した血液成分が体内に増加して深刻な敗血症を引き起こす可能性がある。理想は移植だが現状ではそれは望み薄だ」
「ではどうすれば?」
「修復する。私独自のマイクロサージャリーを駆使して破損箇所を修復する」
「しゅ? 修復?」
「そうだ、私のオペでは内蔵臓器の修復など別段珍しいものでは無いからな。それでは始めるぞ」
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