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弐:名古屋

弐の弐:名古屋/執事〝アレン〟

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 新名阪道を一路、西へと進む。富士山を右に見ながらの早朝のドライブ。
 その間に俺は氷室のオジキから託されたデータを確認すべく、愛車に設置してある音声対応のAIナビゲートシステムへと問いかける。パーソナルネームは〝アレン〟と言う。
 
「アレン、氷室さんから受け取ったデータが俺のデータベースにあるはずだ。チェックしてくれ」

 2037年製のSLCのオープントップクーペ、それに搭載されていたインタフェースシステムを自力で改造してAIユニットを追加して音声対応に仕上げたものだ。闇で入手したオートドライブ機能も付けてあるので、本来なら高速道路程度なら自力で運転せずに済むのだが、最近は警察のチェックもやかましいので人目につきやすいところで使わないようにしていた。
 
 俺の声に応じてナビシステムが反応する。使っている音声ライブラリは老齢の執事をイメージした渋系の物だ。
 
〔マスター、いつもの指定データベースでよろしいですね?〕
「あぁ、頼む」
〔了解、少々お待ちください〕

 ナビとのやり取りが始まる。そして速やかに所定のファイルを見つけ出してくれた。
 
〔ご報告いたします。送信者・氷室様よりファイルが一件、届いております。開封いたしますか?〕
「開けろ」
〔承知しました〕

 老齢男性の落ち着いた声で、アレンは淡々と作業を続ける。
 ダッシュパネルに組み込まれたヘッドアップディスプレイシステムが、アレンからの文字情報を映し出していた。
 
【 オンライン・データベースシステムより  】
【       指定ファイルをダウンロード 】
【 圧縮ファイル確認            】
【 >暗号化ファイルにつき復号作業開始   】
【 >解錠キーファイル指定         】
【 ID[004439GA4E]      】
【        00----50----100  】
【 解凍プロセス:**********************  】
【                     】
【 >解凍完了               】

〔ファイル解錠・解凍作業完了しました。データ詳細を読み上げます〕
「よし、話せ」

 俺の指示にアレンは話し始める。それはまるで本当に老練な執事が居るかのようだ。
 
〔総務部長・氷室様からのご伝達です。今回の目的地ですが、愛知県犬山市の博物館施設『明治村』です〕
「明治村? なんでそんなところで」
〔交渉相手である〝サイレントデルタ〟から指定された場所との事です〕
「それで?」
〔サイレントデルタ側の交渉担当者の氏名は不明。本日中に目的地に到着し、支持あるまで待てとあります〕
「場所のみ指定で、人物も時間も無指定か――、やっかいだな」

 指定条件が少ないということは、向こう側からのなんらかのアクションがあるまでひたすら待たねばならないと言うことだ。相手の動きをこちらが裏読みする必要がある。

「試されてるな。これは――、それで他には?」
〔今回のミッションに同行予定者がおります。名古屋駅の東側、桜通口のロータリーが指定場所です。パーソナルプロフィールデータを明示します〕

 ナビはヘッドアップディスプレイに人物データを表示する。

【 人物データファイル           】
【 氏名[田沼有勝]            】
【 国籍[日本]              】
【 年齢[27]              】

 それと付随して人物画像が表示された。それは運転免許証などに添付されているような上半身正面からの写真であった。
 ラフなパーマ頭を整髪料で整えている。服装はスカジャン系で視線は鋭くストリートファイトもこなせそうな鋭さがあった。ガッチリした体つきであり、理系の俺とは真逆の印象を受ける。ただ――
 
「なんだか疲れたような表情だな」

――生きることに疲れた。そんなやつれ方がどことなくにじみ出ていた。

「データはこれだけか?」
〔はい、これで全データです〕
「わかった。ご苦労だった。名古屋駅までの最適ルートを割り出しておいてくれ」
〔承知しました。到着予定時刻は7時40分頃です。それまでBGMをなにかお流しいたししましょうか?〕

 アレンはこう言うところにまで配慮ができる。たまたま入手したAI中枢装置が秘書任務用のアンドロイドのものだったためだ。ところが破損による廃棄処分で捨てられて、巡り巡って俺に拾われて、このベンツの頭脳として組み込まれたことで、第2の人生を歩むこととなったのだ。 
 もともとは国際アンドロイド規定での国際S級の頭脳ユニットであり高度な自我も有している。
 名前はアレン。ホワイトハウスの伝説の黒人執事からもらった名前だった。
 以前、車の頭脳にされたことに不満は無いかと聞いたことがある。
 するとアレンは――
 
――するべき仕事があるのなら、それに勝る満足はありません――

――と、誇らしげに答えてくれた。
 その言葉が示すとおり、アレンの仕事ぶりは勤勉そのものだった。
 
「アレン、お前のおすすめでいい」
〔承知しました。ではアメリカンジャズのスタンダードナンバーからお流しします〕

 流れてきたのはマイケル・デイビスのラウンド・アバウト・ミッドナイト。
 悪くない選曲だ。俺はアレンのセンスが好きだった。
 こいつは俺の大切な部下なのだ。
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