夏花

八花月

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14.訪問者たち

013

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「ほら、これ。釘あんじゃん」

 乙女は、一息ついて萩森と雅樂に順番に持たせて確認させた。

「はあ……?」

 雅樂は要領を得ない顔をしたまま、乙女に釘を返す。

「えいっ」

 乙女は中指、人差し指、薬指に釘を挟みきゅっと力を入れた。途端に釘は、Uの字に形を変える。飴細工と見まごうほどの自然さであった。

「えっ……えっ? えっ?」

 再び渡された変形した釘を持って、雅樂は混乱している。

「それじゃわかりにくいか……」

 乙女は、部屋の隅に置いてあったレンガを持ってきて、雅樂に確認させた。

「ほら、レンガじゃん。タネも仕掛けもないでしょ?」

「は、はあ」

「よいしょ」

 乙女が軽く力を入れると、レンガは粉々に砕け散った。 

「こ、これはっ……」

「なんかさー、斧馬に来てからあたしめっちゃ力強くなってんの。よくわかんないんだけど。空気が合うのかなー? うまいメシ食ってるからとか?」

 雅樂はレンガの破片を見つめ、しばらく絶句していたが、
「ど、どうでしょう? もしかすると、この館の問題かもしれません」
と、胸を押さえながら呟いた。

「パワースポット的な何かで……こう、乙女様の力が上がっているのかも。何か妙な気配を感じますし」

「パワースポットかぁ。そういう売り方も面白いかもしれませんね。〝待宵屋敷に来ると怪力になる〟……ってのはちょっと違う気もしますが」

「うん。なんかそういう御利益みたいなのもあったらいいかもね」 

 のほほんと喋っていると、玄関ホールから〝すいませーん〟と乙女に声がかかった。 

「あのー、僕たちもうゴハン食べちゃったんですけど、よければオープニング撮影しちゃいませんか?」

「おう。わかった。今行く」

 乙女は、呼びかけに応じ軽快な動作で立ち上がる。

「オープニングって……動画の? 武音さんも映るんですか?」

「うん。それぐらいサービスしたっていいでしょ?」

「まあ、羨ましい。彼らにとっては一生の思い出になりますわね」

 ほう、と恍惚とした様子で息を吐きながら、雅樂が相槌を打った。

「しかし……仮にもプロのアイドルだった乙女様の美しさを、彼らはきちんと動画に収めることが出来ますかしら?」

 雅樂の疑問に、乙女は〝チッチッチ〟と舌を鳴らして答える。

「甘いな、雅樂ちゃん。それはアイドルって職業のことを全然わかってねーよ」

「申し訳ございません、乙女様。わたくし、まだまだ未熟ですのでどうかご教示を……」

「素人同然のスタッフしかいない現場でも、マナーの悪い客が最前列に陣取ってるステージでも、アイドルは最高のパフォーマンスを提供し、最高に可愛い自分を魅せる……臨機応変、柔軟に対応出来てこそ真のアイドル。〝相手がワルツを踊ればワルツを踊り、ジルバを踊ればジルバを踊る〟昔からアイドル界に伝わってる格言だよ」  

 雅樂のまなこから、つっと涙が一筋流れ落ちた。

「す、素晴らしい……! まさに至言ですわね! アイドル道、なんと奥の深い……」

「それプロレスの人が言ったんじゃなかったでしたっけ?」

「……よし、あんま待たせてもなんだから、そろそろ行ってくるよ!」
 
 萩森の言葉をスルーしつつ、乙女はホールに向かって歩き出す。

「あの、それプロレスの名言ですよね? ニック・ボックウィンクルの……」

「萩森さん! 無粋なマネはおよしなさいませ。多少の細かい矛盾や、ズレもあるでしょう。しかし、その全てを包みこみ前に進んでいくことこそアイドル道。引いては人生そのものなのではないでしょうか? ……わたくしはそう受け取りましたわ」

「いえ、違うんですよ。僕が言ってるのはそんな大層な話じゃなくて」

 乙女の耳には、最早二人の言い争う声は入っておらず、学生たちの動画のオープニングで自己紹介を始めていた。
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