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第2章 魂と思惑
009 悪魔と死神
しおりを挟むノゾミが戻って来た。
煙草とビール、そして幼女を連れて。
メイに向き合う形でソファーに座ると、ノゾミは隣に座り体を密着させてきた。
「……」
引きつった笑みと赤い顔。無理してるのは明らかだった。
「ノゾミ、その……な、そういうのが苦手なんだったら、無理する必要はないんだぞ。それにほら、俺たちの契約は、俺じゃなく、ノゾミが俺に惚れることなんだから」
「いいの」
「そうなのか?」
「そうなの。確かに私、契約内容を誤解してた。でもね、こうすることで、雅司が私を意識する。その積み重ねがきっと、私の気持ちを変えていくの。今は振りでもいい、嘘でもいい。その嘘が本当になる日が来ると、私は信じてる」
よくよく考えれば失礼な話。
だが、自分を好きになる為の努力なんだと感じ、受け入れることにした。
「分かったよ。でもあんまり無理しないようにな。ノゾミには、その辺の免疫がないんだから」
雅司の笑顔に、ノゾミの顔が更に赤くなった。
「それで本題に入るけど、君、名前は?」
「メイだ」
「メイちゃんね、よろしく。俺は雅司、雪城雅司だ」
「知ってるさ」
メイがドヤ顔を向ける。
大仰な物言いの幼女。そのギャップに苦笑する。
「ノゾミが連れてきたってことは、君も悪魔なのか」
「死神だ」
「なるほど。死神ね」
「雪城雅司。お前のことは以前から知っていた。魂を刈る為にな」
「……」
「ノゾミからも聞いていると思うが、お前はある意味、千年に一人の逸材なのだ」
「まあ、聞いてはいるんだけどな。俺の魂、そんなに価値があるのか」
「自分の価値には気付けない物だ。仕方あるまい」
「それで? その死神様が、俺に何の用なんだ」
「お前の魂を刈る為、どれだけ私が待ったか知るまい。今日だろうか、明日だろうか。そう思い、ずっと待っていた。お前、辛抱強いにも程があるぞ」
「そんな説教初めてだな。頑張ったなと褒めてくれるところじゃないのか」
「人間と我々では、価値観が違うのだ。大体お前、なんでそんなに我慢出来たんだ。大した希望も持ってない癖に」
「まあ、だからこそ一昨日、死のうとした訳だが」
「やっと、やっとだったんだ。本当に長かった。でもそれが今、報われる……そう思い安堵したんだ私は!」
「でもそこに、ノゾミが現れて」
「があああああああっ!」
メイが頭を抱えて叫ぶ。
「……目の前の宝を、みすみす悪魔にかっさらわれたのだ。このまま冥界に帰ったら、私はとんだ笑い者だ」
「で、ここにいると。でもなんで来た? ノゾミの話だと、契約した以上、あんたらは俺に手出し出来ないんじゃないのか」
「ここからは私が。あのね、雅司」
そう言って、ノゾミが経緯を説明した。
「……なるほどな。要するにあんた……メイは、俺が魂を譲渡するという言質が欲しい訳だ」
「そういうことだ。覚悟するがいい」
「覚悟って……まあいい、好きにすればいいさ。部屋はノゾミと一緒でいいか」
「構わん。向こうの世界でも、よく一緒に寝てたからな」
「そうなのか?」
「うん。私とメイはね、子供の頃から仲が良かったの。お互い魔界と冥界を行き来してね」
「幼馴染ってやつか」
「騒がしくなるけど、ごめんなさい」
「謝ることはないよ。残り少ない余生、賑やかなのも悪くないさ」
「雪城雅司。お前にひとつ、聞きたいことがある」
「雅司でいいよ。ノゾミもそう呼んでくれてる」
「雅司。お前は今、この非日常を楽しんでるように見える。これまでずっと見てきたが、お前はそんなに笑うやつじゃなかった。死んだ目で世界を見つめ、いつ消えようか、そればかりを考えていた」
「そうだな。否定はしない」
「だが今のお前は、まるで別人のようだ。雅司、もしその命、お前の好きにしていいと言われたらどうする? やはり死ぬのか」
この問い、一昨日私がしたことだ。ノゾミが雅司を見る。
ひょっとしたら、今なら答えが違うのだろうか。
そう思えるぐらい、今の雅司は自然体だった。
しかし答えは同じだった。
雅司は真顔になり、小さくうなずいた。
「ああ。それが許されるなら、今すぐ俺は死ぬ」
何の躊躇もない言葉。
何も信じず、何も期待せず。一切の希望を持たない目。
この男は心から、消えることを望んでいる。そうメイが思った。
「……そうか」
「まあなんだ、メイも色々疲れただろう。それに何をしてたのか知らんが、二人共えらく汚れてる。風呂に入ってこいよ。その間に布団の用意、しておくから」
「布団ぐらい、私がするから」
「気にしなくていいよ。お客さんなんだから、いらん気遣いは無用だ」
そう言って立ち上がり、ノゾミの部屋へと向かう。
「じゃあメイ、お風呂に行きましょうか」
「あいつ……お前とのこと、察したようだな」
「そうみたいね。でも聞いてはこない。本当、不思議な人ね」
「確かにな」
うなずきあい、二人は風呂に向かった。
「さて、寝るか」
二人は既に休んでいた。何度もあくびをするメイに気付き、ノゾミが部屋に連れていったのだった。
「明日の夜勤が済んだらまた休み。こんなの久しぶりだな」
そうつぶやき、布団にもぐりこんだ。
「……ん?」
違和感を感じた雅司が、慌てて電気をつける。
「うぎゃあああああああっ!」
「どうしたの!」
雅司の叫びに、ノゾミが部屋に駆け込んできた。
「ノ、ノゾミ、これ、これ……」
「……」
ノゾミが見た物。それは、一糸纏わぬ姿のメイだった。
「メイ! あなた、トイレに行くって言ってたのに、何してるのよ!」
「何をそんなに怒っておるのだ。夜伽に来ただけではないか」
「夜伽ってあなた……いいからベッドから出なさい! 今すぐに!」
「相変わらずだな、お前は。そんなのだから、いつまでたっても生娘なのだぞ」
「あなただって同じでしょ!」
「私には覚悟がある。これと決めた男には、全てを委ねる覚悟だ。なあ雅司よ、お前がその気なら、私はいつでも受け入れてやるぞ」
細い足を絡ませ、耳元で甘く囁く。
腕に当たるやわらかな温もりは、微乳のそれだった。
「ノ、ノゾミ……助け……」
「なんだ雅司、照れておるのか? しかしお前、一昨日も女を抱いていたではないか。初めてでもあるまいし、何をそんなに狼狽えておるのだ」
「いやいや、あの日の女とお前とでは、カテゴリーが違うから! 条令に引っかかる!」
「年齢の話か? 心配無用だ。こう見えてもお前より長く生きておる」
「昨今はそれでも駄目なんだよ! 見た目こそが重要と騒ぐ連中が多いんだ!」
「今は私たちだけなのだ。気にすることもあるまいて」
「いいから離れなさい!」
ノゾミがメイを引きはがす。
「何だノゾミ、お前もしたかったのか? なら遠慮せずともよい。人間と死神と悪魔、三人で爛れた夜を過ごそうではないか」
「いい加減その口、閉じなさい!」
メイを肩に担ぎ上げ、尻を叩く。
「ふぎゃあっ! ノゾミ、何をするか!」
「いいから黙りなさい、この脳内ビッチ! お仕置きです!」
もう一発叩く。
「ふぎゃあっ! 分かった、分かったから許してくれ! 今日のところは諦める!」
「いいえ、今から部屋で説教です。覚悟しなさい!」
もう一発。
「雅司、そういうことだから。ごめんね」
そう言うと、猛ダッシュで部屋から出て行った。
「……」
腕にはまだ、胸の感触が残っている。
甘い香り、やわらかい温もり。
それらを思い返し、顔を真っ赤にして。
雅司はそのまま崩れ、ベッドに沈んだのだった。
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