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2章
第23話
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《FRside》
リンヤ様に呼び出された数日後のこと。月も出ていない真っ暗闇の夜。アルが任務でいない中、俺はいつものようにベッドで一人寂しく眠っていた。アルとの子供ができるという幸せな夢から引き起こされるように、俺は目覚めた。いや、目覚めさせられた。まさか、幽霊!?とも思ったが、この屋敷では幽霊よりも人間の方が怖いし凶暴だ。部屋が真っ暗のせいで、一体何が起きているのか分からない。
「……………」
息を殺して迫り来る気配に必死に耐える。ふとそこで、感じたことのある匂いが鼻を擽る。つい昨日も嗅いだ気がする。嫌な予感を感じつつも、どうかこれも夢であってくれと必死に願う。まぁ、夢であるはずがないんだろうけど。
「リンヤ様…ですよね」
間違いない。今ベッドにいるのは、目の前にいるのは、リンヤ様だ。俺の問いかけに、ピクリとも動揺を見せない。沈黙は肯定の証。俺は静かに溜息をついた。諦めないとは言っていたけれど、まさか本当に諦めていなかったとは。しかも普通次の日に行動する?リンヤ様の行動力にはびっくりだ。連れ去られることを、俺は望んでいないのに。そう言ってもどうせ、「オマエのためだ」とか言って聞いてくれないんだろうけれど。
リンヤ様を説得する気も、抵抗する気もない俺は、大人しく肩を落とした。それと同時に、首元に強い衝撃が走る。俺はそのまま、暗闇の中へと意識を飛ばした。
暗闇の中を彷徨い続け、一線の光目掛けた瞬間。一気に空想世界から現実世界に引き戻された。体が、何かに揺られている。パカラッパカラッという音は馬の走る音だ。そこで馬車に乗せられていることに気が付いた。手足は幸いなことに、縛られていない。
「起きたか?」
「リンヤ…様…」
暗闇の中でもよく分かる、美しく光る青紫の瞳。サラリと流れる黒髪。いつもの緩い服装とは違う、暗殺者の正装。明らかに雰囲気の違うリンヤ様に目を奪われる。
「オマエには悪いが、強硬手段に出た」
「どうして?」
「昨晩、クルシュラ・エウデラードの分家の子供が殺された」
その言葉に、驚愕する。冷え切った指先が震え始めた。
昨晩。庭園で俺と話した後のことだ。クルシュラ・エウデラード家の分家とは、本家の分家の、更に分家。序列はもちろん一族の中でも末席に当たる。その家の子供が殺された。つまり、暗殺の才能がなかったが故に、殺されたということだ。家族によって。
「その子供の母親も自害した」
衝撃を受けた。まさか、その子供の母親も自害していたなんて。会ったこともない分家の話なのに、まるで他人事には思えない。将来の俺とその子供の姿かもしれないから。
リンヤ様は、震える俺にそっと羽織をかけてくれる。
「やっぱり、あんな危ねぇ場所には置いておけねぇよ」
「何で、何でそこまでして俺のことを…」
リンヤ様の行動の意味が分からなかった。俺と、その子供が危ない目に合うかもしれない。だけど全く関係のないリンヤ様が、そのことを危惧する必要はないのに。どうして、自分が一族を抜けるという危険な行為を犯してまで俺を連れ出したのか。
俺の問いかけに、リンヤ様は驚いた顔をしながらも、気まずそうに頬を掻いた。
「好きだからだ」
「…………は?」
「オマエが、好きだから。好きなヤツを置いてなんていけねぇよ」
手首を掴まれ強く引き寄せられる。気づいたときには、リンヤ様の腕の中にいた。感じたことのない温もりに俺は戸惑う。
リンヤ様が、俺のことを好き?本気で、好きなの?だから俺のことをよく気にかけてくれていた?これまでの行動は、もしかしたら冷やかしとかからかいではなく、単純に俺のことが好きだったから?
「オマエが、アルトリウスのことを好きだってことは知ってる。だが、あんな男にオマエを預けてはおけねぇよ。頼む、フィリアラール。オレについて来てくれ。後悔はさせねぇ、絶対に守る」
耳元で囁かれる、リンヤ様の強い決意。絶対に守る。その言葉に嘘は感じられなかった。だけど、俺を守ってくれるのは、この世にアル以外にいない。最近は忙しいのか任務のせいで会えない日々が続いているし、仕置だと言って恥ずかしい思いをさせられたけれど。それでもアル以外には、あり得ない。優しく笑うアルの顔が脳内に浮かぶ。あの笑顔が、あの声が、あの香りが、あの温もりが…。アルの全てが恋しい。
「それは、聞けないお願いです…」
「フィリアラール…!」
「聞けない、絶対に」
リンヤ様から離れて、首を横に振り続ける俺。リンヤ様は必死に説得しようとしているのか、俺の腕を掴んで離そうとしない。恐怖よりも、焦りが勝る。このまま本当にアルの元から連れ去られてしまうのか。
リンヤ様の顔をチラリと見ると、見たこともない悲しそうな顔をしていた。俺も必死だけど、リンヤ様も必死だ。俺を自分なりに助けようと本気で思ってくれている。それを感じ取った俺は、抵抗を弱める。
「リンヤ様。俺のことを好きになってくれて、ありがとう」
「っ!……」
「こんな俺のこと好きになってくれてありがとう…。でも、俺はアルを愛しています。俺とアルが出会って、愛し合ってるのは、前世からの運命なんです」
俺の運命という言葉に、リンヤ様は静かに動揺する。自分が入る隙はないとでも言っているようだった。
リンヤ様が何かを言おうと口を開いたその瞬間、耳を塞ぎたくなるほどの破壊音が頭上から聞こえた。
「リンヤく~ん」
身の毛もよだつような、声。聞いたことのある声にハッと上を見上げると、ぽっかりと空いた穴。そこから覗き込むようにしてこちらを見下ろしているのは、何とクルシュラ・エウデラード家御当主様リンネ・クルシュラ・エウデラード様だった。
「ママはこんなこと許してないんだけど~」
どこかで死の鐘が鳴り響いた、気がした_____。
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リンヤ様に呼び出された数日後のこと。月も出ていない真っ暗闇の夜。アルが任務でいない中、俺はいつものようにベッドで一人寂しく眠っていた。アルとの子供ができるという幸せな夢から引き起こされるように、俺は目覚めた。いや、目覚めさせられた。まさか、幽霊!?とも思ったが、この屋敷では幽霊よりも人間の方が怖いし凶暴だ。部屋が真っ暗のせいで、一体何が起きているのか分からない。
「……………」
息を殺して迫り来る気配に必死に耐える。ふとそこで、感じたことのある匂いが鼻を擽る。つい昨日も嗅いだ気がする。嫌な予感を感じつつも、どうかこれも夢であってくれと必死に願う。まぁ、夢であるはずがないんだろうけど。
「リンヤ様…ですよね」
間違いない。今ベッドにいるのは、目の前にいるのは、リンヤ様だ。俺の問いかけに、ピクリとも動揺を見せない。沈黙は肯定の証。俺は静かに溜息をついた。諦めないとは言っていたけれど、まさか本当に諦めていなかったとは。しかも普通次の日に行動する?リンヤ様の行動力にはびっくりだ。連れ去られることを、俺は望んでいないのに。そう言ってもどうせ、「オマエのためだ」とか言って聞いてくれないんだろうけれど。
リンヤ様を説得する気も、抵抗する気もない俺は、大人しく肩を落とした。それと同時に、首元に強い衝撃が走る。俺はそのまま、暗闇の中へと意識を飛ばした。
暗闇の中を彷徨い続け、一線の光目掛けた瞬間。一気に空想世界から現実世界に引き戻された。体が、何かに揺られている。パカラッパカラッという音は馬の走る音だ。そこで馬車に乗せられていることに気が付いた。手足は幸いなことに、縛られていない。
「起きたか?」
「リンヤ…様…」
暗闇の中でもよく分かる、美しく光る青紫の瞳。サラリと流れる黒髪。いつもの緩い服装とは違う、暗殺者の正装。明らかに雰囲気の違うリンヤ様に目を奪われる。
「オマエには悪いが、強硬手段に出た」
「どうして?」
「昨晩、クルシュラ・エウデラードの分家の子供が殺された」
その言葉に、驚愕する。冷え切った指先が震え始めた。
昨晩。庭園で俺と話した後のことだ。クルシュラ・エウデラード家の分家とは、本家の分家の、更に分家。序列はもちろん一族の中でも末席に当たる。その家の子供が殺された。つまり、暗殺の才能がなかったが故に、殺されたということだ。家族によって。
「その子供の母親も自害した」
衝撃を受けた。まさか、その子供の母親も自害していたなんて。会ったこともない分家の話なのに、まるで他人事には思えない。将来の俺とその子供の姿かもしれないから。
リンヤ様は、震える俺にそっと羽織をかけてくれる。
「やっぱり、あんな危ねぇ場所には置いておけねぇよ」
「何で、何でそこまでして俺のことを…」
リンヤ様の行動の意味が分からなかった。俺と、その子供が危ない目に合うかもしれない。だけど全く関係のないリンヤ様が、そのことを危惧する必要はないのに。どうして、自分が一族を抜けるという危険な行為を犯してまで俺を連れ出したのか。
俺の問いかけに、リンヤ様は驚いた顔をしながらも、気まずそうに頬を掻いた。
「好きだからだ」
「…………は?」
「オマエが、好きだから。好きなヤツを置いてなんていけねぇよ」
手首を掴まれ強く引き寄せられる。気づいたときには、リンヤ様の腕の中にいた。感じたことのない温もりに俺は戸惑う。
リンヤ様が、俺のことを好き?本気で、好きなの?だから俺のことをよく気にかけてくれていた?これまでの行動は、もしかしたら冷やかしとかからかいではなく、単純に俺のことが好きだったから?
「オマエが、アルトリウスのことを好きだってことは知ってる。だが、あんな男にオマエを預けてはおけねぇよ。頼む、フィリアラール。オレについて来てくれ。後悔はさせねぇ、絶対に守る」
耳元で囁かれる、リンヤ様の強い決意。絶対に守る。その言葉に嘘は感じられなかった。だけど、俺を守ってくれるのは、この世にアル以外にいない。最近は忙しいのか任務のせいで会えない日々が続いているし、仕置だと言って恥ずかしい思いをさせられたけれど。それでもアル以外には、あり得ない。優しく笑うアルの顔が脳内に浮かぶ。あの笑顔が、あの声が、あの香りが、あの温もりが…。アルの全てが恋しい。
「それは、聞けないお願いです…」
「フィリアラール…!」
「聞けない、絶対に」
リンヤ様から離れて、首を横に振り続ける俺。リンヤ様は必死に説得しようとしているのか、俺の腕を掴んで離そうとしない。恐怖よりも、焦りが勝る。このまま本当にアルの元から連れ去られてしまうのか。
リンヤ様の顔をチラリと見ると、見たこともない悲しそうな顔をしていた。俺も必死だけど、リンヤ様も必死だ。俺を自分なりに助けようと本気で思ってくれている。それを感じ取った俺は、抵抗を弱める。
「リンヤ様。俺のことを好きになってくれて、ありがとう」
「っ!……」
「こんな俺のこと好きになってくれてありがとう…。でも、俺はアルを愛しています。俺とアルが出会って、愛し合ってるのは、前世からの運命なんです」
俺の運命という言葉に、リンヤ様は静かに動揺する。自分が入る隙はないとでも言っているようだった。
リンヤ様が何かを言おうと口を開いたその瞬間、耳を塞ぎたくなるほどの破壊音が頭上から聞こえた。
「リンヤく~ん」
身の毛もよだつような、声。聞いたことのある声にハッと上を見上げると、ぽっかりと空いた穴。そこから覗き込むようにしてこちらを見下ろしているのは、何とクルシュラ・エウデラード家御当主様リンネ・クルシュラ・エウデラード様だった。
「ママはこんなこと許してないんだけど~」
どこかで死の鐘が鳴り響いた、気がした_____。
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