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1章

第11話

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《ARside》

 静かな山奥を抜けると、隆々しく流れる大河から見上げる位置にあるのは断崖絶壁に聳え立つ黒く美しい城。誰も踏み入れることのできないその城へと飛んで行くのは数匹の鴉。その数少ない群れは城へと着くととある一室のバルコニーの手すりにかけられている箱へと器用に数枚の手紙を入れていく。そして城の隣に佇む大きな小屋へと入って行った。それを見ていた一人の男が箱から何枚かの手紙を取り出し室内へと戻る。黒髪を掻き上げた、俺と同じ青紫の瞳。

「有名貴族からも依頼が来ているな」

 世界を代表する暗殺一族エウデラード家当主バルバロード・ディル・エウデラード。俺の実の父親だ。

「やりたい案件があったら持って行っていいぞ。アルトリウス」

 そして、俺はアルトリウス・ディル・エウデラード。エウデラード家の次の当主になる暗殺者。ここは、グラディドール大帝国の僻地にあるエウデラード家の拠点の城である。
 父さんに言われるまま、俺は手紙を物色する。どれも個々の欲望にまみれた案件だ。つまらなねえな…。

「最近、仕事以外に出かけている場所があるみたいだな?」
「…………」

 父さんが言っているのは、フィリアルーラ…フィリアのことだろう。アリーシャリア王国の第七王子に助けられたと伝えてから随分とフィリアのことを気に入ってるみてえだが、何を企んでいるのか全く分からねえ…。フィリアに手を出すようなら…。と、そこまで考えたところで父さんはフッっと笑う。

「そう怖い顔はするな。おまえが珍しく他人に興味を持っているみたいだからな、俺も父として嬉しく思っているだけだ。件を知ってもおまえを受け入れてくれるか分からないが、癒しの力と妊娠機能があるならおまえの妻としては適任以上だな」

 そう嬉しそうに話す父さんに、俺は複雑な気持ちになる。正直に言うと、俺は間違いなくフィリアに惹かれている…。が、父さんが言うように件を知ったら今のままのようにとはいかねえだろ。だがいつかは話さなきゃならねえのも事実だ。普通の人間とは結婚できないとフィリアに言った記憶があるが、それはフィリアも含まれる。裏の世界を知らない無垢なアイツをエウデラード家に引き入れるわけにはいかねえ。父さんはそう思ってねえらいしけどな…。フィリアとどうこうなりたいわけじゃない。ただ、一緒にいたいだけだ。束の間でもいいから好きな人と、して。

「分家のギルガ・エウデラードに一人娘がいるだろ?」
「俺の従姉妹ですか?」
「ユリアナ・ギルガ・エウデラード。アルトリウスの二つ下の十八だ。おまえに次ぐ暗殺者と言われているのも頷けるほどの実力だ。あの娘以上の許嫁はいないと思っていたが…フィリアラール王子がお前の妻となるなら話は別だな」

 父さんは、嘘でそんなことを言うような人間じゃねえ。つまり、本気で言っている。本気でフィリアを俺の妻に、と思っている。

「まぁ今すぐにとは言わない。また決まったら言ってくれ」
「はい。失礼します」
 
 一礼して部屋を出る。
 ユリアナ・ギルガ・エウデラード。俺の従姉妹にして俺に次ぐ実力と言われている暗殺者だ。どんな顔かも忘れたが、まさか父さんが俺とその女と結婚させようとしていたとはな。その女ではなく、もしもフィリアが俺の隣にいてくれたら…。きっと、俺はこれまで感じたことがねえくらい、幸せだって思うんだろうな。






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