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1章

第4話

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《FRside》

 誕生日の翌日。早朝、父様の元へと向かい、婚約破棄の契約書を書いて人伝にライド様へ届けた。先ほど、ライド様が国へと帰るために王城を旅立ったらしいが見送りなどは一切しなかった。後はライド様とハルデンブルグ大公の署名と印が押された契約書が届けられるのを待つのみ。父様からは、あんなに執心だったのにと小言を漏らされたが上手いことを言って誤魔化した。死のルートから外れた俺は、清々しい気持ちでいっぱいだった。ウキウキしながら自室へと戻っていると、後ろから声をかけられる。

「フィリアラール」
「ラティアス兄様と…グレン…」

 俺に声をかけて来たのは王太子で第三王子ラティアス兄様と、俺の唯一の弟グレンだった。ラティアス兄様は俺と血の繋がった兄弟。王妃の長子だ。プラチナブロンドの長髪を肩に流すようにして結っており、新緑の瞳は俺の瞳の色と似ている。しかし、さすがは王太子。俺と顔は似ていても雰囲気が全く違う。威厳に溢れた瞳が少しだけ怖いけど、頼りになる兄だ。そんなラティアス兄様の隣にいるのは、第八王子グレン。ラティアス兄様に次いで優秀な王子だ。母親こそ側妃の中では末端の序列だが、父様とラティアス兄様の信頼は厚い。王妃と似ているため容姿で評価されている俺とは違ってグレンは実力で認められている。母親譲りの赤く燃え上がる髪に空色の瞳のイケメン。俺は、グレンが少しだけ苦手だ。

「ハルデンブルグ次期大公と婚約破棄をしたと聞いたが。真実か?」
「…はい。真実です」
「あの男に酷く執心していただろう。何かされたのか?」
「いえ。ただ、哀れな恋に自ら終止符を打ったまでです」
「そうか。おまえがそう決めたのなら俺が口を挟むことではないな。次の婚約者候補は兄に見せてみろ。品定めしてやる」

 ラティアス兄様は俺の頭を優しく撫でる。軽くお礼を言って微笑むとグレンと目が合う。しかし、すぐに逸らされてしまった。ラティアス兄様はグレンに声をかけ、去って行った。父様に愛される俺を気に入らない兄弟たちもいるが、さすがにグレンのように露骨ではない。ただの妬みか、俺が何かをしてしまったか。いくら考えてもグレンに嫌われる理由が分からない俺は頭を悩ます。するとそこへ、聞き慣れた声が俺を呼び止めた。

「殿下、こんなところにいたのですか?探しましたよ」
「リグ、ごめん。父様のところに行ってたんだ」
「私も連れて行くようにいつも言っていますよね?ここでは貴方様を妬んでいる兄弟方もいるんですから…」
「分かったよ。次から気を付ける」

 過保護なリグに微笑むと大きく溜息をつかれた。リグは俺のこの顔に弱い。いつも怒るけど何かと許してくれる。一見怖そうに見えるけど、優しい騎士だ。

「ところで殿下。陛下に何の御用が?」
「婚約破棄のことでちょっとね」
「…あの様子ですとハルデンブルグ次期大公は殿下のことを諦めるつもりはないようですよ。先ほども帰られる前、殿下はどこかと尋ねてきました」
「へぇ。あの人が望んでたことなのに」

 リグの言う通り、ライド様は婚約破棄を受け入れなかった。俺との婚約も嫌々受け入れたって感じだったし、俺の前では作り笑顔も見せたことはない。ラティアス兄様よりも仏頂面だし…。簡単に笑いかけてくれないところも好き!とか思っていたが、今では全然。むしろ心の底から冷めていた。ライド様を想う気持ちには前回の人生で別れを告げて来たから、もういいだろう。

「殿下は勘違いしておられます。男は本気で好いた方に対しては素直になれない生き物です。ハルデンブルグ次期大公も、第八王子殿下も同様です」
「グレン…?いやいやいや、寝言は寝て言ってよ、リグ。ライド様もグレンも俺のこと嫌いでしょ」

 自分で言っておいて悲しくなるが、事実だ。まだラティアス兄様は、あまり感情を表に出さないが不器用な優しさは伝わる。だが、その他二人は論外中の論外。そもそも本気で好いた人の話に何でグレンが出てくるのか謎だし、ライド様は本気で好きな人に対してはちゃんと優しくする男だし素直だ。あの恋人に対してだけど。今は受け入れてくれずともいずれあの恋人が現れれば、俺と婚約破棄してよかった!って思うようになるだろう。どっちみち跡継ぎのために正妻は娶らなければならないだろうけど。

「前までは、二番目でもいいって愛されなくとも幸せだって思っていたけど、今は違う」
「ハルデンブルグ次期大公が愛人を…?」
「いずれそうなる。父様もそうだけど貴族や王族は一夫多妻となる場合もあるって分かってるんだけど、やっぱり好きな人の愛は独占したいよね?」
「……そういうものですか?」
「そういうものだよ」

 いまいちよく分からないという反応を見せるリグ。今は分からずともいつか分かるようになる。
 俺に好きな人ができるかどうかは分からないけど、今度こそ死にたくない。とりあえず静かに慎ましくをモットーに生きたい。陽光に照らされるリグの横顔を見ながら、そう思った。
 この先、自分がどんな出会いを果たし、どんな危険な恋をするともしらずに______。





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