《完結》婚約破棄をして静かに慎ましく生きることにします。だから俺のことは放っておいてください。

１章

第１話

《FRside》

　何故、自分がこんな目に合っているのか分からなかった。ただ、心から好きだった人を愛したまで。俺たちは結ばれて当然だと、一生一緒なのだと信じて疑わなかった。俺が何をしたと言うんだろう。恋に現を抜かしたのが悪かったのか。何で、俺ではなくてその人が、あなたの隣にいるの？

「この卑怯者が！！！」
「ひ、きょう、もの？」
「惚けるなよ。ミーレの寝込みを襲うなど、何て卑怯で卑劣な男なんだ…」

　雨が酷く体に打ち付ける中、惨めたらしく地面に座り込んでいる俺を見下ろす人。俺が、愛している人。そしてその隣に立つのは、俺の愛する人が愛している人だ。婚約者の俺を差し置いてあなたの隣に立っている。怯えた表情をした子犬のような恋人は、勇ましく吠えるあなたにピッタリな人だった。あなたに愛されなくとも、あなたの隣にいることができるのならどんな仕打ちでも耐えられると思っていた。その恋人に愛を向けていてもいい。あなたとその恋人の間に子供は産まれることはないのだから、俺だけがあなたと夫婦だという証を授かることができるのなら、それでもいいと俺は思っていたのに。俺が望んだその隣まで、妻の座まで奪うと言うの？

「俺は、あなたの恋人を殺そうとなどしていません」
「口ではどうとでも言える。今におまえの所業が明るみに出るぞ！裁判にかけ適切な処罰を与える！」
「…処罰、？」

　やってもいない罪を着せられ、処罰を受けなければいけないの？確かに俺は、その恋人に嫉妬していた。あなたに愛され尽くさ、同時に愛すことを許されるその恋人に。だけど俺は、無理に笑顔を作って話しかけて来る恋人に冷たく接しただけ。嫉妬はしていたけど、愛す愛される関係なく俺はあなたの子供を孕むことができるから、その恋人には到底できないことを成し遂げられると思っていたから。殺すことなど考えてすらいなかった。

「信じては、くれないのですか？」
「………誰がおまえの言うことなど信じる」

　大好きだった、月の輝きにも負けないほどの美しい金眼が今では恐ろしく見えてしまう。愛されてはいない俺。愛されている恋人。きっと俺は、愛に飢え婚約者の恋人を殺そうとしたと言われ続ける。裁判にかけ適切な処罰を与えると言ったけど、適切なんてものは存在しない。してもいないことを次々とでっち上げられ、処刑、良ければ一国の王子の出ということで幽閉。どっちみち、もう二度とあなたの隣に立つことは叶わないだろう。

「黙っているということは罪を認めるんだな」
「やってはいないと言っても、信じてくれないのでしょう？もう抗うだけ、無駄ではありませんか」

　驚きに満ちた恋人の顔が面白くて、こんな状況なのに思わず笑みが溢れそうになってしまった。本当は心の奥深くで分かっているくせに、俺がやっていないっていうことを。卑怯なのはどちらだろうか。誰かが自分を暗殺しかけ婚約者に容疑がかけられたことをいいことに、それに便乗してか弱く泣くなんて。弱い人間の有様だ。
　あなたを初めて見たとき、運命だと信じて疑わなかった。この人と共に家を繁栄させ、子供を成し、その子の成長を見守る。それが自分の人生だと、本気で思っていたけれど、どうやらあなたは違ったみたい。それでも俺は、あなたの隣では死ねぬ運命だと知ってもなお、あなたを愛している。憎むことなど、恨むことなどできない。束の間の幸せを与えてくれたあなたを心の底から、愛しています。

「精々罪を償うことだな」

　そう冷たく言い放ち、婚約者と恋人は俺に背を向け去って行く。雨で視界が歪むが、俺が愛したその人の背中を最後まで見届ける。一度も振り返らないその人。寒さで悲しさで震える中、懐に忍ばせておいた短剣を取り出し鞘から抜き取る。婚約が決まりもうそろそろ結婚、ということで父から渡された母の形見の短剣。これを使うときが来るとは思わなかった。でも、あなたの荷を少しでも下ろすことができるなら。あなたのために、死ねるのなら。

「それはそれで、いいのかもしれない」

　斬れ味が良さそうな短剣を、心の臓が動く胸元にあてる。力を入れ思いっきり奥まで刺した。痛みなど、最早分からなかった。ただ、感じたのはあなたを愛した日々の尊さ、だけだった。恋に盲目になり、婚約者とその恋人のために死ぬ哀れな人間。もし、やり直せることができるのなら、もうあなたを愛さない。愛すのは今回の俺のみで十分だ。


「さよ、なら」


　あなたに、そして、この哀れな虚しい恋心に。





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