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一章
147.知らない四人
しおりを挟む返答を待たず、もう1人の人物がわざとらしくかわいた笑い声を落とした。
「あんなん渡したとこで····なんの損得もないっしょ」
(·····渡したところで、損も得もない·····?)
ドキリと嫌な動悸がする。
売る、渡す。
手放したところで、特に損することも得をすることもない、価値のないもの。
(なんの事·····?)
それが指す答えに、ひとつ心当たりがある。
ハインツェはつまらなさそうに宙を眺めている。続いた一言は特に感情のないものだった。
「まだ遊び足りないのは勿体ねーけど·····まあ、仕方ないか」
部屋の奥にいるヨハネスはずっと無言だ。
分かるだろうと、ダリアが同意を求める。
その言葉には頷いて欲しくない。予測が確信へと変わりつつある混乱の中、それだけを切に願った。
果たしてヨハネスは、一点を見つめ頷いた。
「生贄として、ミチルをサタンに献上する」
「··········!!!」
震える脚で数歩後ろへ引き下がり、ミチルは次の瞬間、弾けるようにしてその場を走り去った。
今の会話は何かの間違いだ。
頭の中が真っ白だった。
それなのに、自分自身に言い聞かせる「間違い」は、偽りだと既に分かっている。
"生贄として·····───"
アビス・サタン。
世界の支配者で、毎年多くの地球人を飲み込む死神。
彼は血肉と魂を喰らい、地獄を見せる。
献上されるとは、即ち死を表す。
(なんで?)
散々弄ばれ、それでも時折与えられる温もりに愛情を感じ始めていた。
聞きたくてたまらなかった声が、さも当たり前に自分を切り捨てた。
他の三人も同意した。
遊ぶことすら面倒になったらしいハインツェは、自分が売り渡されることを「仕方ない」と片付けた。
初めからこうするつもりなら、どうして「愛してる」なんて告げたんだ?
痛みにすら愛情を感じるほど、彼らに絆されていた。
(酷い)
最低だ。
(ここから逃げないと)
どこへ?
どこにも逃げるところなんかない。
初めから独りだった。
廊下の隅で、ミチルはとうとうしゃがみ込んだ。
「ぅ··········っ··········」
少し遅れて涙が溢れ出た。
恐怖ではない。
寂しさと悲しみにのまれそうだった。
棄てられた。
喰われることもなく、彼らの手によって殺されることも無く、1人で死ぬのだ。
一歩も動くことが出来ない。声すら出なくなって、沈黙の中、その場に押さえつけられたみたいに、呼吸をすることも苦しくなる。
───ふと、遠くないところで足音が響いた。
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