125 / 867
一章
106.猫語
しおりを挟む「待て、待て」
今回は思わず抱きとめてしまった。
ミチルは話してくれないから、何を考えているのか、何が嫌でどうして欲しいのかなんて全て分からない。
けれどもしかしたら、抱きしめられたりするのは嫌いじゃないのかもしれない。
それなら、これくらいは許してくれるだろうか。
「ミャッ」
小さいくせに、鼓動は飛び出してしまいそうなほど早足だ。
どこを取っても食ってしまいたいほど可愛い。
猫語でも学ぼうかなんて割と本気で考えそうになる。
「落ち着けって」
ミチルは突如大人しくなった。
猛獣の前で死んだ振りをする草食動物のようだ。
別にいじめたい訳では無いのに───こういう反応が、嗜虐心をくすぐるのだ。
「·····なぁ、お前」
ミチルを眺めていたアヴェルは、ふとひとつの可能性にたどり着いた。
完全に起きているじゃないか。
バレた。どうしよう?
このふたつを頭の中で行き来させる。
いつから起きていた?
相手はあのアヴェルだ。初めから起きていたら、今頃八つ裂きにされている。
ということは、目を覚ましたのはたった今だろう。
(だとしても、無理·····)
「·····なぁ、お前」
それにしても、なぜ彼は未だに自分を抱きしめたままなんだ?
「あー·····デリケートな日ってよ」
死刑宣告なら一思いに頼みたい。
「その、だから、アレだ」
彼は何故か言いにくそうに先をつかえさせて、親指の腹で頬を撫でてきた。
「生理なのか?」
「··········」
歯の生え変わりとか、生理とか。
·····アヴェルは、自分のことが女か子供に見えるというのだろうか?
「ほらお前、膣があるだろ?」
「ひゃうっ」
腰をホールドしていた手が下腹を押す。
相手は手持ち無沙汰という感じだが、大袈裟に声が出てしまった。
「悪い、痛かったか?」
「·····!」
手のひらは、さっきもムズムズしたお腹の下あたりを撫でさする。
初めて抱かれた日から、乱暴な言葉遣いやみんなの前での態度とは裏腹に、彼はこっちを気遣うような言動をする。
「そうならそうって言えよ。口付いてんだろうが」
ミチルは首を振った。
女性じゃないんだから、生理なんて来ない。
「じゃあ、なんなんだ?」
なんでこんなに知りたがるんだ?
「俺にはして欲しいこととか、ねえのかよ」
上体を起こしたアヴェルの上に乗っけられて、また腰を支えられる。
鋭い目付きは元々のようだ。瞳は黄金を溶かしたように神々しい。
(アヴェルにして欲しいこと?)
真面目に考えるが、驚くほど浮かばない。
「·····身体熱くねえか?」
そんなに体調が悪そうに見えるだろうか?
別に健康だ。
それでも、やはり触れられるのは心地よい。
(甘えても、怒らない·····?)
ミチルはアヴェルの胸元にそっとよりかかった。
考えてみれば、彼が自分に本気で嫌がることをしたのなんて、どのくらい初めの方だろう。
なんだかんだ世話を焼いてくれる。腕は肩を抱き、光っていた黄金は閉ざされた。
「·····仕方ないやつだな」
怒鳴り声とは程遠い、静かな呟きが落とされた。
翌朝は心地よく訪れた。
まどろみの中で小麦色の壁を見つける。硬いけれど暖かくて落ち着く。
この身体に抱き寄せられたまま、一晩ぐっすり眠ってしまった。
(なにもしなかった)
添い寝しただけだ。
こっちを気遣ってくれたのは明確だ。
そして自己嫌悪に襲われる。
なんだか体がほてって、密着したところを彼に擦り付けたりしてしまった。
『おい、いい加減にしろ』
昨深夜。
夢中になっていたら、背に添えられていた手がついに肩口を掴んだのだ。
『襲うぞ』
ぎらついた視線にドギマギして、その後は大人しく眠るしかなかった。
変態に変態だと思われた。
でも間違いない。お腹の中がムズムズしてから、ずっと淫らな気持ちに耐えていた。
あの時の自分は一体どんなつもりだったんだ。
アヴェルの方を見れない。
ミチルは彼に背を向け、赤くなったり青くなったりしていた。
「·····餌袋?」
ぼんやり目を覚ました男が欠伸を落とす。
「まだ寝てろ」
ポンポンと尻をたたかれる。
片手だけで両尻覆われてしまう大きさだ。
もどかしい気持ちでまた目を瞑る。
ぐー。
のどかな部屋に、突如腹の虫が長く響く。
ミチルは赤面した。
103
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
声なき王子は素性不明の猟師に恋をする
石月煤子
BL
第一王子である腹違いの兄から命を狙われた、妾の子である庶子のロスティア。
毒薬によって声を失った彼は城から逃げ延び、雪原に倒れていたところを、猟師と狼によって助けられた。
「王冠はあんたに相応しい。王子」
貴方のそばで生きられたら。
それ以上の幸福なんて、きっと、ない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる