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《306》予期せぬもの
しおりを挟む不審に思ったらしいジョセフが、扉からそっと顔を出した。
「ノワ様!」
彼は部屋の中を伺うと、驚いたようにこちらへかけてくる。
心配させるといけない。
立ち上がろうとした足は、酷く震えていた。
「ノワ様、どこか痛むのですか?」
直ぐに主治医を呼ぼう、と、踵を返しかけたジョセフの袖を掴む。
隣の部屋にはロイドとレイゲルが待機している。騒がしくしたら、彼らも様子を見に来るだろう。
「なんともない」
「··········」
ジョセフはしゃがみこみ、脱いだベストを肩にかけてくれた。
「ベットまでお運びします。お身体を抱き上げてもよろしいでしょうか」
「このままでいい」
同じように、淡々とした返事を繰り返す。
ちっとも傷ついてなんかいないふりをして、頑なに一点を見つめる。
この世界に、彼と自分が過ごした日々は抹消されている。
こんなに残酷な現実を、どうしたら受け入れられるだろうか。
誰の記憶にもないと言うなら、そんな出来事は、初めからなかったのと同じなんだ。
こちらを見つめる視線を感じた。
こんなところ、見せたらダメだ。
分かっているのに、唇は震えて、立ち上がることだってできない。
「抱きしめさせていただけますか」
「·····?」
ノワはぱちくりと瞬きをし、声の主を見上げた。
──しかしジョセフ自身、その発言は予期せぬものだった。
口にしてから、失礼にあたることだと気がつく。
しかし、ポロリと、言葉通り零れるように口から出てきたのだった。
偉大な聖徒様。
しかし目の前にいるのは、床にはいつくばり、必死に涙をこらえる、自分よりも3つも年下の青年だ。
こちらを見つめてきた瞳に、ジョセフは思考を忘れる。
時折覗き見える彼の弱い表情に、釘付けになるのだ。
彼のこんな姿を、国民は知りえないだろう。
小さな背中は、身に余る負担と重圧に押しつぶされてしまうのではないだろうか。
彼を哀れに思い、胸が痛む一方で、壊れてしまいそうな可憐さに魅了されている。
返答は来ない。
我慢できず、そっと手を差し出す。
肩口に触れると、長いまつ毛が俯いた。
彼はこちらに向かって身体をかたむけてきた。
胸にすっぽり納まった体を抱きしめる。
暖かくて、華奢な身体だ。
細い指が背に回される。感じた昂りを、腕に力を込めるのと同時に殺す。
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