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《179》記憶の中の彼

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無理やり顔を見上げさせられ、再び口付けを受け入れていた。


「っ·····ンぅ·····」


腰を掴んでいた手が、ジャケットの中に滑り込む。
───こんなのは、何かの間違いだ。


「んぅ·····ふ、·····っ·····」


流れてきた唾液を飲み込んだ頃、ノワの口内はとろけきっていた。


「はぁ·····っ」


熱い吐息が絡まりあう。目の前はチカチカ光って、甘い余韻だけが残っている。

「強引な手は使いたくなかったんだが·····」


耳に押し付けられた唇が、直接脳に語り掛ける。


「どんな手を使っても、お前が欲しい」


「····っ···フィア·····」



シー、と、掠れた吐息が吹きかけられた。


「お前は、俺だけを信じればいい·····そうだろ?」


(フィアン様だけを·····)


一瞬、おぞましい深紅を思い出す。残像はすぐに消え去った。


「ん·····ふ·····」


拒むことは出来なかった。
惨めでたまらない、はしたない悦びに、沈黙で耐える。よだれを垂らしてマテをする犬と変わらない。


『そのままの方がいいに決まってる』


いつもは傷つけてくるばかりの冷たい声を思い出しながら、口内でうねる温もりに目を細める。
強くなりたいなんて、笑わせる。
こんな時にどこにいるかも分からない男の気まぐれな言葉にすがろうとしていたなんて、本人が知ったら笑うだろうか。

なんで、こんな時に彼が頭から離れないんだろう。
なんで今、彼に会いたいと·····───。


「·····話の続きをしないとな」


腰から崩れ落ちたノワの身体は、フィアンに支えられた。


「2人きりになれるところに行こうか」






















「何も、今日じゃなくたって····」


馬に揺られながら、レハルトはぼやいた。

遥か向こうの王都の明かりが美しい。本当ならば、今頃あそこでうまい料理を食べていただろうに。


「殿下にお会いしたい方が沢山いらっしゃったはずですよ」

「煩い、気が散る」


レハルトの抗議は、ドスの効いた声に一蹴された。


第二皇子一行は、神殿へ通ずる森林を進んでいた。

森の様子は異様だった。
野生動物──いや、草木さえもが、なにかに怯えるように、じっと息を殺している。

目的地は神殿。

薄暗い森林に道はない。
地図すら存在しないため、本来祭司の案内がなければ辿り着くことは不可能な場所だった。

レハルトはふと前を進む男を眺めた。

じっと前を見すえる、刃の切っ先のような横顔。

彼は確かに、目視で距離を測りながら神殿へ向かっている。

強く、聡明で、そして誰よりも孤独な君主。
この任務が終われば、彼の辿るイバラの道は、やっと終わりを迎えるのだろうか。

レハルトは主にならい前を見すえた。


「·····!」


森林の向こうに古びた建物が見えた。

人の気配はない。


「殿下」

「様子を見てくる。お前たちはここで待機してろ」


イアードは馬から飛び下りた。

ぬかるんだ地面が重たい。進むにつれ、嫌な予測は確信へと変わっていった。








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