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《122》つまらない
しおりを挟む不器用で変な編入生だが、悪い奴ではないらしい。
この時のノワは、せいぜいそんな風にしか思っていなかった。
ヒロインと結ばれる候補者は、やはり優秀であることが前提のようだ。
前世で読んだ転生物の漫画をいくつか思い出す。中には、悪役令嬢を断罪する皇太子がとてつもなく愚かなやつだったなんていう話もざらにあった。
いっそそうなら、こんなに苦労することもなかったのに。
ノワは向かいの席に座っている人物をそっと窺った。
彼は、ノワの歌声を聴きながら、手にした万年筆を紙の上で滑らせている。
「君のだよ」
出来上がった楽譜には、びっしりと譜が振られている。
ノワはわあと声を上げた。
「ありがとうございます!」
耳で聞いた曲を書き出すことが出来るなんて、ゲームの紹介には書いてなかった。天は二物を与えずなんてことわざはもう当てにならない。
「飾り付けしよう」
「飾り付け?」
彼はこちらにペンを差し出した。
「君の歌は聞いていてつまらないんだ」
つまらない。率直な感想は、ノワをいくらか傷つけた。
「はい」
ペンを握り直す。
ユージーンは、2人きりになっても、私的な話をすることは一切無かった。
彼は自分との間に、見えない一線を引いたのだ。
(良かった····のかな)
初めの頃のユージーンとも違い、本性を表した彼とも違う様子だ。
出し物の完成のためだけに関わっているだけで、こっちになんて全く興味が無いようにも見える。一気に遠い存在になってしまったような気がした。
(いや、元から遠い存在だったけど)
ノワは胸の蟠りを無視して、ユージーンが指摘した部分に記号を付け足してゆく。
しばらく、心地よい声を聞きながらペンを動かす。時間は刻々と過ぎていった。
夏季休暇中のパーティが終われば、彼との関係は更に浅くなってゆくだろう。
望んでいたことなのに、ふと胸の辺りが切なくなる。
実際に関わったユージーンは、ゲームの中の彼とはかけ離れた人物だった。初対面の時は、あの冷ややかな笑みにショックを受けたものだ。
けれど、甘い言葉だけを囁くゲーム中のユージーンよりも、目の前の彼の方が余程魅力的だった。
興味があると言われ、怯える反面、一瞬心から喜んだ時があった。
「ノワ?」
「·····あっ·····」
名前を呼ばれ、現実に引き戻される。
「·····他のことを考えていたの?」
くぐもった声が冷たい。
また、彼をガッカリさせてしまった。
どこまでも呆れたやつだと、きっとユージーンは、愛想をつかしただろうか。
「ノワ····──いいや、パトリック」
後悔したってもう遅い。
望んでいたことだ。
嫌われるでもなく、しかし目をつけられるでもなく、その他大勢として接されれば及第点。そう思っていた。
沈黙の後彼が口にしたのは、叱責や蔑嗤ではなかった。
「なぜあの日、俺の事をジェダイトと呼んだ?」
空のような瞳が、こちらを真っ直ぐ見つめる。
ノワは、浅く息を吸い込んだ。
こういう時、転生者のくせに無知なことを、とても後悔する。
その答えはきっと、これから現れる主人公のみが知っているはずだ。
故にゲームをクリアしていない前世の自分も、ただのモブキャラを目指す"ノワ"にも、分かるはずがない。
きっと一生知ることは無い。
これから始まるストーリーに、自分の言動なんて何一つ反映されない。
ノワは、記憶を辿るように、一度まぶたを伏せた。
「母──いえ、祖母の形見に、ネックレスをいただきました」
これは、前世の春川の記憶だ。
母親からの形見だが、ノワの母親は健在だ。ここでは祖母と言わせてもらう。
肌身離さず身につけて、大切にしていたネックレスだ。気持ち程度に小さなクリスタルがあしらわれていた。
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