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《107》ノワの失言

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「フィアンさま───···········あ····」


部屋にいたのは、フィアンだけではなかった。

彼の隣にいたのは、ユージーン。
なにやら話し込んでいた美男二人は、驚いたようにノワを振り返った。

生徒会室は一瞬静まり返り、直ぐに快活な声が響く。


「走ってきたのか?」


フィアンが、そんなに急がなくても大丈夫だぞと笑う。
ノワの頬はじわじわと熱くなった。


「あ·····はい·····」


荒い息を飲み込む。

走ったせいか、はたまた別の理由か、頬は普段よりも血色が良い。
残念そうに下げられた眉を眺めながら、フィアンはニコリと口の端を上げた。


「ノックもせずごめんなさい、フィアン様·····ユージーン様」 


ノワが小さな声で詫びる。

微笑のユージーンだが、碧眼は冷めた瞳でこちらを見下ろしている。
なぜか?
たじろぐノワと不満げなユージーンを交互にみやり、フィアンは愉快さを押し殺した。

ここ最近のユージーンの視線は、大半が一人の後輩へ注がれていた。


「この前から気になってたんだが」


フィアンは、思い出したように声を上げた。


「ノワ、ラージェと何かあったのか?」

「えっ?」


フィアンに見とれていたノワは、ハッと我に返る。


「前は愛称で呼んでただろ」


「ええと」と口ごもったノワは、やがて狼狽えてしまった。
清廉潔白な笑みの裏で、フィアンは優越感に浸っていた。


「何も無いよ」


答えたのはユージーンだ。


「彼はこの方が呼びやすいんだって」


空のような碧が、ノワを見下ろす。

ノワは気まずさを感じながらも胸をなでおろす。ユージーンがそう言うなら、自分も従うまでだ。


「そうなのか?」


ノワは頷いた。


「ええと、僕なんかが下の名前を呼ぶのは、やっぱり申し訳なくて」


適当に理由を言ったノワだが、直ぐに詰めが甘かったと気付く。


「良かれと思って親しく接しても、相手にとっては重荷になる可能性があるという事だな」


輝くスカーレットが、こちらへと流された。

あまりに綺麗な流し目だ。再び見惚れていたところで、ノワは次に発せられた言葉に固まる。


「俺の事も前と同じように呼ぶか?」


名前で呼べなくなってしまうなんて絶対に嫌だ。最悪「重荷になるから」と、彼までこちらの事を姓呼びするかもしれない。

ノワはブンブンと首を横に振った。


「フィアン様のことは呼びやすいから····!あ、いや、決してフィアン様を軽んじている訳ではなくて!その、あの·····か、滑舌?の問題で·····ですね·····」


話せば話すほど、苦しくなってゆく。


「なるほど」


ふっと笑ったフィアンのおかげで、ノワは一度言葉を噤んだ。


「愛称で呼びたがった訳が気になってたんだが···"滑舌の問題で呼びやすいから"だったのか」


気が動転しているノワは、もちろんこれがフィアンの意地悪だということに気が付かない。


「ち、違います!」

「違うのか?」


このままでは嫌われてしまうかもしれない。けれど、フィアンを愛称で呼びたかったからだと素直に言えば、ユージーンはそうでなかったというふうに解釈されてしまう。

大好きな上司と苦手な上司の2人同時にゴマをすらなければいけないシーンだ。
思考回路がショート寸前のノワを眺めながら、フィアンは笑いをこらえていた。

案の定ノワは、いかにしてフィアンの愛称呼びを確保しようかと必死に千思万考している。

扉の開く音がした。

ロイドと新入役員のアレクシスだ。


「来たか」


ノワはガックリと肩を落とした。
完全に誤解されてしまったに違いない。







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