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《58》モブ
しおりを挟む「随分興味津々だな。正直あんま覚えてないけど、ノワがそんなに興味持つ相手なら1度話してみたいよ」
なんせお前はあんまり他人に興味が無さそうだから、と笑うクラスメイト。
「そんなことないだろ」
ノワは誤魔化すように頬をかいた。
実質、彼の言葉に間違いはない。
関わりたくない訳では無い。が、このクラスメイト含め、攻略対象以外の者は皆個性に欠けて、どこか似ている。
不自然でない程度に、しかし目を惹く者は一人としていない。
まさに"モブ"と呼ぶに相応しいクラスメイト達だ。
そんな彼らを思えば、尚更リダルは異質だった。
「けど、いいのか?」
茶化すように聞かれる。
ノワは首を傾げた。
「何が?」
「何がって···」
クラスメイトはやれやれと首を振った。
「あんまり他の奴にばっか興味持ってると、恋人が可哀想じゃん」
彼が、今は空席のノワの隣を見やる。
全く面白くない冷やかしだ。
ノワはげんなりしてため息をついた。
『キース・クリスティー・バーテンベルクとノワ・ボース・パトリックは禁断の関係以下略』
入学したばかりの頃、ノワとキースの"ある会話"から広まった、事実無根の噂話。
くだらない冗談ばかり言うキースだが、彼は帝都では有名な伯爵家の長男。
そんな事で、あっという間に広がった噂話は、今や事実としてすっかり定着してしまっている。
実質学年公認の恋人同士というわけだ。
今更ノワが弁解してまわったところで、返って話が盛り上がってしまう恐れがある。
いずれ収まるだろうと放っておいているのだが、目の前で言われてしまえば黙っているわけにもいかない。
ノワは渋々口を開いた。
「···キースとはそんなんじゃないって」
「言うね。喧嘩中?」
どうやら、噂が真実だと信じて疑わないようだ。
「あんな奴、好きなわけない」
「あんな奴って·····全世界の女子を敵に回したな」
愉快そうな笑い声が妙に腹立たしい。
「信じないならいいよ」
「怒るなよ。分かった、多方浮気でもされたんだろ?そりゃ最低だけど、相手があのキースサマとなれば·····」
それも、キースなら浮気の一つや二つしたって仕方ないなんて言い出しそうな話の流れだ。
確かにキースは、家柄も容姿も、何をとっても申し分ない。
が、目の前のクラスメイトの頭の中で構築されているであろう「浮気をされて機嫌が悪い可哀想なノワ」という間違った解釈は訂正しないと気が済まない。
ノワは彼の言葉を遮るように、声を上げた。
「キースなんかと付き合うくらいなら、ゴキ〇リと付き合う方がマシだよ」
相手は驚いたような顔をしてから、ブッと吹き出す。
「お前、それはいくらなんでも酷すぎ····」
言いながら笑っていた彼の声は、しりすぼみに消えていった。
やっと理解してくれたようだ。
ノワは腕を組む。
「だいたい、僕には心に決めた人がいるんだ。その人とは決して結ばれないけど·····とにかく、僕はあんな、チャラくて意地悪で変態で薄情な奴は絶対に無理。こっちから願い下げ。いや、付き合うくらいならむしろ死んだ方がマシ」
「酷い言われようだな。あんなに僕の顔に見とれていたのにかい?」
「う"···いや、いくら顔が良くたって、」
無理、とまで言い、ふと言葉を閉ざす。
前席のクラスメイトの顔は蒼白だ。
先ほど質問してきたのは誰だっけ。
肩に置かれた手に飛び上がる。
すぐ後ろに、先程まで話題にしていた男の微笑みがあった。
「僕と交わった口で僕のことを悪く言うなんて、いけない子だ」
それともまた塞いで欲しいのかい、と、あまい声が囁く。
周りの生徒にも聞こえるような声量だ。
「交わっ·····」
前の席のクラスメイトが、思わず声を上げる。
彼はキースの流し目に睨まれると、慌てたように立ち上がり、挙動不審で教室から出ていってしまった。
今度こそ弁解の余地は無くなった。
ノワは絶望に撃ちひしがれる。
「随分面白い話をしてたみたいだね」
隣の席で足を組んだキースは、いつになく愉快そうだ。
ノワの中で、ある種の疑いが生まれた。
「·····ひょっとしてキース」
「なんだい?」
「僕のことを恨んでるの?」
仲が良い振りをして、自分を陥れようとしているとしか思えない。
キースは「あはは」と軽い笑い声をこぼした。
「まさか」
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