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《59》消えた死神

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「そ、そう·····」

「そうだとも。いくら君が僕を平手で打とうが、シャンパンを被せようが、僕を愚弄し、ゴキ〇リと付き合うよりも嫌だと拒絶しようが、僕が君のことを恨むはずないじゃないか」

「う"っ·····」


キースの言葉には、明らかに悪意がある。


「あ、あれは、言葉のあやというかさ···」


しかし、彼とて"ノワとキースが付き合っている"という出鱈目な噂は、撤回したいはずだ。


「さっきのは確かに言い過ぎたけど、キースだって嫌な誤解は解けた方がいいだろうし···」


キースは、ふむ、と相槌を打った。


「"嫌な誤解"か」

「·····?」


低い声がボソリと呟く。


「ノワくん」

「何?」


ノワは首を傾げた。


「なんでも、心に決めた人がいるんだって」


どうやら、先程のやり取りを全て聞いていたらしい。


「もう、僕が悪かったって」


これ以上からかうのはよしてほしい。
片手を振ると、端正な微笑みが一瞬ぎこちなく見えた。


その後は、2時間続けて歴史の授業。
お経のような老教師の解説のおかげで、船を漕ぐ生徒が目立つが、ノワはどの授業よりも歴史の授業が好きだった。

前世とは違う世界の歴史は新鮮だ。
何よりも、フィアンを始めとする攻略対象の先祖達が登場する。

こうしていると、ここが乙女ゲームの世界であることを忘れてしまいそうになる。

その日最後の授業を終えた頃、空の色は既に薄暗かった。
今日は、部屋に帰ってから授業で進んだ所を読み返したい。最早歴史ヲタクだ。

誰よりも早く席を立つ。

何やら、廊下が騒がしいことに気がついた。
一体何事だろう。ノワは鞄を手に廊下へと顔を出した。


「速報!ビッグニュースだ!」


すぐ目の前を、広報部の部員が通り過ぎていった。

彼がばらまいた新聞が宙を舞う。
生徒たちが次々と新聞を手に取る中、ノワも、床に落ちていた1枚を確保した。


「この学年から、参加者が選出されたって?」

「聞いたことも無い名前だな····」


驚きの声があちこちから聞こえる。
異様なざわめきだ。ノワは新聞の活字へ目を通した。

『剣大会出場者決定』。大きな見出しが飛び込んできた。

どうやら、周りの生徒が持ち切りなのはこの話題らしい。

秋の剣大会──身分階級に関係なく、国中の17から20歳までの者が参加できる、剣術大会。
今まで上位百人に勝ち上がることができた最年少は、フィアンとロイドの二人のみ。


(それなのに、今年、1学年が?)


新聞の見開き一ページを丸々と使ったトピックには、ため息が漏れてしまうほど凛々しいフィアンの横顔写真。

彼の名前を指でなぞる。

その隣に、同じく太々としたゴシック体で記された名前に、覚えがあった。


「·····え?」


























1人のクラスメイトを探して、一心不乱に校内を駆け回る。

思い出されるのは、彼が発した言葉の数々だった。


"フィアンは、お前の思ってるような奴じゃない"

"あんな奴のどこがいいんだよ?"

"反吐が出そうだぜ"


事情は分からないが、リダルはフィアンを酷く嫌っていた。

だからこそ2週間前の自分は、彼とフィアンを比べた上で、リダルをコテンパンに非難した。
我ながら性格の悪い事をしたと思うが、大好きなフィアンを悪く言われて黙っていることなどできなかった。

果たして、彼は予想外な反応を見せた。
怒るどころか、恐ろしく美しい顔立ちは何かを企むように微笑んだ。
それきりリダルは姿を消してしまったのだ。

『1学年から剣大会出場者選出』


手にした新聞を握りしめ、階段をかけおりる。
あの時の嫌な予感が的中した。


『出場者:リダル・ジルレイ・クワダムス』


(まさか、立候補して、選出されるなんて!!)


出場しないと断言していた彼が心変わりしたのには、理由がある。
ノワは確信していた。


(僕とフィアン様、どちらにも復讐するつもりなんだ)


貶されて黙っているような男ではない。

剣大会は残り20人から、本剣で戦うことを許される。
相手を殺してしまわなければ、怪我を負わせようと一切お咎めはない。

リダルは剣大会のルールを利用し、フィアンを狙っている。
鋭い刃に切りつけられるフィアンを想像し──ノワは腰から崩れ落ちそうになった。










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