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《33》兄さん
しおりを挟む正直に言うしかない。
「なんで怒ってるの?」
ノワは強くまぶたを閉じた。
ゲーム中のアレクシスはヒロイン以外を人と思わぬような冷血漢で、エンディングでは毎回あっさり兄のノワを殺める。
このままでは、遅かれ早かれ、ゲーム通りの結末になってしまう。
「謝るから·····」
どうか命だけは助けてくれ。
ノワはアレクシスを見上げた。
「嫌わないで」
「は·····?」
涼し気な瞳が見開かれ、アレクシスの表情は理解し難そうに歪んだ。
「どうして兄さんが謝るんですか」
だから、怒っている理由がわからないのだ。なぜ謝るのかと聞かれても困る。
「アレクに嫌われたんじゃないかって思ったら、怖くて·····」
アレクシスは先程と比べ、いくらか落ち着いた様子だ。
ノワはほっと息をついた。
「アレクが大好きだから」
念の為、可愛げのある言葉も忘れず付け足す。
「··········」
長く感じた沈黙は時間にすれば数秒にも満たなかっただろう。
「あの、アレク·····」
待てども、返答はやってこない。
彼の顔を覗き込もうとし、
「ちょっと待ってください」
いつになく硬い声に、慌てて下へ向き直る。
「アレク?」
「·····謝るのは俺の方です」
──このどうしようもない兄のせいで、本当におかしくなってしまいそうだ。
アレクシスはため息をついた。
嫉妬に狂い、理性を失いそうになる。
しかし、彼の言葉一つに救われてしまう。
どうしようもないのは自分の方なのだろう。
「じ、じゃあ、許してくれるの?」
未だお門違いなことを言うノワに呆れながらも、アレクシスはハイと空返事をした。
「本当に、許す?恨んでない?」
一体何の話をしているのだろう。
ある種、ここまで強い想いは、恨みに近いのかもしれない。
しかし、恨みよりも深く、切ないはずだ。
「はい」
「じゃあ、憎んだりとか」
「·····そんなに気がかりなら、ひとつ、お願いを聞いてください」
ノワはキョトンと首を傾げた。
「アレクが僕にお願い事?」
たちまち表情が明るくなる。
「いいよ!」
理不尽な提案をしたはずだが、ノワは嬉しそうだ。
仕舞いには「お兄ちゃんに言ってごらんなさい」と得意げに胸を叩く。
それこそ、憎らしいほど愛らしい。
アレクシスは生唾を飲み込んだ。
「抱きしめても良いですか?」
「えっ?」
ノワが素っ頓狂な声を上げる。
「それとも、俺では嫌ですか?」
目の前の青年は真剣だが、台詞には違和感があった。
「俺"では"って、どういうこと?」
「·····そのままの意味です」
別の相手なら喜んだんじゃないですか、と、くぐもった声が呟く。
「仲のいい人とか」
ノワはやっと意味を理解した。
彼は、キースの手紙を読んだのだろう。
(これって·····)
ヤキモチという4文字が頭に浮かぶ。
ノワの頬はだらしなく緩んだ。
「弟よ!」
大きな身体に腕を回す。
「アレクが1番大好きだよ~」
「違います」
勢いよく抱きしめて胸元に頬を擦り寄せたら、首根っこを掴み引き剥がされた。
「酷い」
ノワはわざとらしく頬をふくらませた。
アレクシスは笑っていなかった。
「今日は俺から抱きしめさせて下さい」
「·····?」
いつの間にか腰に手を回されていた。
力強く引き寄せられ、胸の中に閉じ込められる。
「っ?」
腕の形に腰がゆがむ。
暖かい手のひらが背を撫でた。
「アレク·····」
いつもの抱擁とは何かが違う。
ノワは狼狽えた。
「もう一度言ってください」
アレクシスがぶっきらぼうに言う。
(何だっけ·····)
「誰よりも俺が好きだと」
「·····?そんなこと·····」
言ってないのに、という言葉は、しりすぼみに消えてゆく。
腰にまわった腕に、力が込められた。
「同じようなことでしょう。それとも、違うんですか?」
「あ·····ちょっ·····」
駄々をこねるような、それにしては艶かしい、男の声だ。
とてもでは無いが、弟らしい甘え方とは言えない。
「ねぇ、兄さん」
お願い、と、彼は宥めるように囁く。
一体いつの間にこんなオネダリを覚えたんだ。
ノワは冷や汗をかいた。
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