あなたの心に触れたくて

深湖

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第17話

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 想いを通じ合わせてからの二人は、今までが嘘の様に時間があれば寄り添っていた。単純に身体が寄り添っている場合もあれば、二人の会話、仕草などからお互いを想う気持ちが溢れているのが周囲の者にも伝わるくらいに、心の距離が近い。それがまた見ていて微笑ましい。とてもとても穏やかな時間が流れていた。

「フィリオスさん、本日のご予定をお聞きしても?」

 朝食後、お茶を飲みながらシェリルが尋ねる。

「ん、今日はこの後、騎士隊に顔を見せて…完全非番じゃなくてね。午後、お茶の時間くらいには戻ってこられる予定だよ。どうかした?」
「あっ、いえ…宜しかったら午後のお茶の時間に、以前お約束したお菓子を作ってみようかと思いまして…」

 フィリオスの顔がみるみる明るくなっていく。シェリルはその様子に嬉しくなった。

「それなら、お茶の時間には必ず帰ってくる!楽しみにしてるよ!今日は仕事が捗りそうだな」
「いつもはどうなさっているんですか…?」
「え?いつも?…ちゃんと仕事してるよ?」
「それなら良いのですが…ちょっと心配になってしまいましたよ」

 シェリルが口元に手を当て、楽しそうに笑う。フィリオスの嘘ではないだろうけども、本当かどうか疑いたくなる返答が面白くて。

「大丈夫だよ、ちゃんと真面目にしているから」
「そうですね、フィリオスさんが手を抜いている様に感じたことありません」

 そうでなければ、隊長補佐などの地位には居ないだろう。フィリオスが努力している結果だ。シェリルもそれは良く解っている。

「さて、出掛ける前にシェリルにお願いがあって」
「お願いですか?」
「うん。そろそろ、俺の事をフィリオスと呼んでくれないかな。俺たちの関係は、もうよそよそしく呼び合う仲じゃないだろう?」
「フィリオスさん…」
「シェリル」

 フィリオスがシェリルに真面目な顔をして見つめる。シェリルも戸惑いはしたが、意を決して呼ぶ。

「フィリオス」
「うん、シェリル。更に君との距離が近くなった気がする」

 満面の笑みを浮かべ、椅子から立ち上がりシェリルに近寄る。す、とシェリルを椅子から立たせ、正面で見つめ合う。

「きちんと伝えていなかったから。まずは君の了承を得たい。シェリル、この先の将来、俺と共に生きてくれるだろうか?」

 まっすぐ、まっすぐとシェリルを見つめるフィリオスは、笑顔でありながらも真剣そのものの声音だった。
 想いを通じ合わせ、互いに支えていけたらと思ってはいた。ただ、確約としては何もしていない。

「…私で宜しければ、一生お傍に居させてください」

 フィリオスが笑顔のまま、頷く。

「ありがとう、シェリル。俺と結婚してください」

 初めて言葉として貰った。この感動をどう伝えれば良いのだろう。シェリルは頬を染め、目に涙が滲む。

「シェリル、泣かないで」

 フィリオスがシェリルを抱き寄せ、その目の涙を拭ってやる。

「返事を貰っても?」

 シェリルの目元に柔らかな、触れるだけの口付けを繰り返す。あまりに何度も何度も繰り返すものだから、シェリルは思わず笑ってしまった。

「はい、貴方の妻にしてください」

 想いをお互いに告げてから数週間。日々、会話する度に、触れる度に自分達のこの先の未来に想いを募らせてきた。知れば知るほどに、お互いを求めてしまって。
 伝え合ったその日から、決まっていた様に思う。
 結婚し、二人で未来を紡ぐと。
 幸せに、なるのだと。

「俺のシェリル。必ず幸せにする。一生、君だけを愛するよ」

 そう囁くフィリオスの声がシェリルの耳をくすぐる。
 幸せな、瞬間だった。




◆◇◆◇

「最近、フィリオス様とシェリル様が一緒におられるのを拝見するのが嬉しくて」
「そうね。本当に仲睦まじくて見ているこちらも和むわね」
「…最初の頃が嘘のようです。あんなに生きる気力も失くされていたシェリル様がお食事の量も大分増えて、明るい笑顔を見せてくださるなんて」
「フィリオス様もそうよ。いつも何か思案されている顔をしていて…まぁ、それはシェリル様の事だとは思うのだけど、そういう顔ばかりだったもの。普通に仕事もされていたし食事もされていたけど、心在らずな感じだったもの」
「それが今や!シェリル様のあの綻ぶ笑顔、私が見ていても「あぁ本当に嬉しそう」って思えるくらいにお可愛らしい笑顔を見せてくれるの。フィリオス様の事が本当にお好きなんでしょうね」
「そうね…フィリオス様もそう。シェリル様を見つめる姿から感情がダダ洩れだもの。大切で仕方ないって感じで」
「幸せそうで何よりですよ」
「この先も、このまま続いてくれるといいわね」
「続きますよ、フィリオス様がシェリル様を愛してらっしゃるから」
「ふふふ、シェリル様もきっとそうよ」

 自分達が仕える主人の幸せが、こんなにも嬉しいなんて。
 辛く苦しい時期を知っているからこそ、今の二人の幸せが心に沁みる程に嬉しく喜ばしい。
 
「さ、午後からもしっかりお仕えしましょう」
「そうですね!」
「これ片付けてしまうわよ」
「はい、じゃあこれは私が」

 片付けを済ませ、二人は午後の仕事をする為に自分の仕える主人の部屋に向かった。

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