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日常4(非エロ)
しおりを挟む「アサァー……アサァー……」
アサドリと呼ばれる鳥たちが、珍しく空を飛びながらその鳴き声を空に響かせていた。
そんなアサドリたちが通り過ぎていくその真下には、仕事前の早朝から川岸に洗濯をしにきているケントとハーヴェイの姿があった。
(……いつ聞いても、絶対バカにしてるだろあの鳴き声)
「ケントさーん、なーにボケっと空見上げてるっすかー、よっと」
ケントが去りゆくアサドリを眺めながら鼻で笑っているその後方で、ハーヴェイは川の水が入った大きな木製の桶(おけ)に寝袋をつっこんだ。
衣服を濡らさないように、布ズボンをヒザまであげ、素足の状態で水桶(みずおけ)の中に足をつっこみ、まるでぶどうからワインを作るかのように桶(おけ)の寝袋を踏み始めた。
砂利の上には、ケント達が運んできた木製の荷車が置かれており、その上にはカラの桶、毛布、小さな布、衣服、そして2人が脱いだであろう茶色い皮のブーツが並んで置かれていた。
「ほっ──ほっ──ほっ──」
テンポよくハーヴェイが、大きな水桶の中の洗濯物を押しつぶすように足で踏む中、ケントは無言でナイフを取り出し、白いせっけんのような固形物の表面を削って、その水桶の中へと入れた。
するとハーヴェイが踏んでいるその水桶の中が徐々に泡立ちはじめた。
ハーヴェイの足元付近に、その白いせっけんのような固形物とナイフを置くと、荷車から次に放り込む寝袋を持ち抱え、ハーヴェイの不器用なダンスみたいな足の洗濯を見ながら、ケントはしゃがんでじっと待っていた。
「うへ……すっげぇ汚れてるっすね」
「ま、俺たち自身もキレイとは言えないしな……」
「──そういえば、サンダーライトっていつまでこの村に留まってるんすかね?」
「どうだろう。あの村とサンダーライトがどういう契約しているかまでは聞いてないしな」
「この村での生活にも村の人たちにも慣れたし、居心地はいいんすけどねぇ」
「村との契約が終わるか、団長達が新しい契約主からの依頼を持ってくるか──ま、なんにしても俺たちは言われた通りにするだけだよ」
「ちげぇねぇっす──あ、これもうオッケーっす」
ハーヴェイが水桶から出ると、ケントは水と泡で重くなった寝袋を持ち上げ、代わりに次の寝袋を放り込んだ。
ケントは寝袋についた泡と汚れをとるために、川の浅瀬に移動し、泡だらけの寝袋をつかんだまま川の中につっこんだ。
2人とも見習い傭兵として、毎日のように雑用をしてきているせいか、その手際に無駄がない。
(こういうのって、現実なら環境問題とかでやたら問題になりそうだけど──この世界の川の水って、どこの水もなぜかキレイなんだよな)
川の上から魚や水草が上から視認できるほど、川の水は透き通っており、その水流はおだやかに流れている。
左手に掴んだ寝袋を川に沈めながら、ケントはじっと川に揺れ映る自分の顔を見ていた。
そのうちこの村を出て、見習いを卒業して、戦場に立つ日がいつかは来る。
自分が死ぬ覚悟をする日が来るのかもしれないし、大事な仲間を失う日が来るのかもしれない。
そんないつかが、遠い夢のようだと思えるほど、平和的な時間だった。
今この時間がふと愛しくなるほどに──
*
その後、川から村に戻る道中、ハーヴェイは荷車をけん引していく。
荷車に乗せた2つの大きな桶(おけ)の中には、水で萎(しな)びた洗濯物が山のように積まれている。
時折、足場の悪い土道のせいか、その振動で揺れる荷車とともに洗濯物も揺れていた。
荷車の荷台部分は土が付着しているため、桶から落ちないようにとケントは洗濯物を支えつつ、後方から荷車を押して戻った。
天幕に戻ると、木と木の間をつなぐようにロープをかけて吊るし、洗った洗濯物をひとつずつ干していった。
滞(とどこお)りなく干し作業を終え、ケントとハーヴェイは背を向き合い、木にもたれて座っていた。
心地のいい風が、ケントとハーヴェイの髪を、そして干している洗濯物を揺らしている。
「はぁ……終わったっすねぇ」
「ああ、天気が良くてよかったな」
「──そういえばこの前の訓練の時……マラークさんにボコボコにされて、落ち込んでたじゃないっすか?」
「……俺、そんなにわかりやすく落ち込んでたか?」
「うっす。でもなんかいつの間にか元気になってたみたいっすけど、なんかあったんすか?」
「あー……そっか。ハーヴェイには言ってなかったもんな」
ケントのその一言に、過剰なまでに反応したハーヴェイは、大木からひょっこりと顔を出しながら、ケントへと問いただした。
「はぁぁ!?まーた隠し事っすか!?なんすか!?もっとエッチな事とかじゃないっすよね!?」
「なんでだよ。ったくおまえは……たまたま言いそびれただけだって」
(まぁ……マラークにケツを犯されてる事までは、ハーヴェイも知らないみたいだし、隠し事はあるっちゃあるけどな)
「で、なんなんすか?」
「俺、支援魔法師──エンチャンターになろうと思ってさ」
「エンチャンター?なんすかそれ?」
「戦闘中の味方に支援魔法をかけるポジションだよ──ちょっとあのあたりに立ってみて」
「──?」
金色の眉をかしげ、どこか腑に落ちなそうな表情をしながらも、ハーヴェイはケントの指す位置へと移動した。
「ここでいいっすか?」
「ああ──シールド」
ハーヴェイの周囲に青い光が浮かび上がると、その光が六角形の球体を作った。
昨日のマラークの無に等しい反応とは違って、ハーヴェイは表情どころか体全体を使って、オーバーともいえるほど大きなリアクションをした。
「えぇ!?な、なんすかこれ!?」
「防御魔法だよ。こうやって味方を守るんだ──リリース」
リリースの魔法言葉に反応して、ハーヴェイの周りの球体は透明のように消えていった。
「へぇ、なんか強そうなのに、なんで誰も使ってないんすか?」
「魔力を異常に消費するからだよ、効率が悪すぎるからだから誰も使わないんだ」
「あ、なーるほど。つまり俺の精液のおかげって事っすよね!?」
「……そうストレートに言われるとなんか嫌だな……ま、その通りだけど」
「へへ、これからもたくさん飲ませてあげるっすよ」
「おまえなぁ……そうだ。なら、もののついでにもう一個頼んでいいか?」
「ん?なんすか?」
「他の支援魔法の練習台になってくれよ──」
ケントはふと、ミレイユさんの言葉を思い出す。
*
いい?身体能力向上系の支援魔法は、シールドみたいに形を創造するものとは違うの。
スピードやパワーのように、他人の身体能力を上げるには、対象者の体の事を知らないとその真価を発揮する事はないわ。
その人の体の筋肉の使い方──そうね、たとえばスピードなら足の形、筋肉、走り方のクセあたりかしらね。
魔法をかければ便利に能力アップ……なんて都合のいいものじゃなく、しっかり部位に補助をかけて出力を上げるようにするのがコツよ。
まったくの知らない他人にも効果がないわけじゃないんだけど……知り尽くした相手と比べると圧倒的にその効果は薄くなるの──
「──とまぁそういう事らしいんだ」
「よくわかんないっすけど……つまり足を見せてほしいって事っすか?」
「あ、ああ?……(なんか違う気もするけど……)──それと練習で支援魔法をかけさせてくれるか?」
「もちろんいいっすよ。じゃあ仕事から戻ったら、丁寧に舐めさせるっすね」
「はぁ!?いや足は見せてくれるだけで──」
「舐めて覚えた方が速いっすよ。へへっ天幕の中では俺の言う事絶対なんで」
(こいつ……絶対新しい扉開こうとしてるだろ……)
最低とも言えるそのハーヴェイの言葉の内容に反して、その表情は無垢(むく)と思えるほど嬉しそうな笑顔をしていた。
傭兵に何かを頼むと、高くつく──改めてそう思ったケントだった。
*
その後ケントは日番を終え、夜酒場の食事を終えても、マラークはケントに声をかけなかった。
昨日あれだけ自分を犯したし、単に今日はそういう気分じゃない。
ケントはそのくらいに思っていた。
食事を終え、残った他の傭兵たちが、楽しく酒をたしなんでいる中、1人静かに酒を飲んでいるマラーク。
しかしどこか右頬がほんのかすかに上がっており、悪だくみをするかのようにわずかに八重歯(やえば)が見えていた。
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