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兄編

ジュタドール

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ジュタドール・セルーネ・オーデルハインはクソゲーで最も暗い幼少期を持つ。

生後数ヶ月で簡単な計算と母国語を全てマスターしていた天才児は父親と母親にそれはもう大切に育てられた。
当然ながら、オーデルハインの男児であるジュタドールは魔法が使えない。
しかし、これ程の天才児。男児とはいえセルーネの子。
もしかしたら魔法が使えるようになるかもしれない。
ジュタドールは希望だったのだ。
オーデルハインの力は確かに強い。継承して行くべきなのは当然のこと。
だが、ほぼ全員が使えるものが使えないというのは酷く劣等感を抱くもの。
そして、戦などもう二度と起こりはしないであろう平和なこの国でオーデルハインの力というのは、アルルもはっきり言っていたが正に不要でしかない。
オーデルハインが王族の為に得た力は、継承してきた力は、もう呪いでしかなかった。
だから、天才ならば打ち砕いてくれるのではないかと期待したのだ。オーデルハインの男児でも魔法が使えるようになるのではないかと。

そんな淡い期待を抱いて大切に愛して育てた両親は、ジュタドールが2歳の時にどうでもよくなってしまう。
そう、セルーネの中でも膨大な魔力を有する悪役令嬢が誕生したことによって。
母親は使えない子より使える子を愛し、
魔法が使えない父親はどうしようもなく魔力に惹かれてるもの。
2歳まで円満だった三人家族は、ジュタドールとは別の人間で円満な三人家族を構成してしまうのだ。


と、まあここまでの説明はほぼほぼ考察班から参照したものなんだが。
はっきり言って当時はこのクソゲーがそこまで考えてるわけないだろ!と机を叩いたが、実際体感した限りでは概ねそんな感じだった。
考察班の方々と叩いた机、申し訳ございませんでした。
ああ、ちなみにゲーム内ではジュタドールがオーデルハインの男児だから魔法が使えないという説明をさんざん受けた後にオーデルハインの当主から魔法を使えるようになれ!とめちゃくちゃ無茶振りをされている現場を目撃する。
本当に特に説明もないので、プレイヤー内の通称は情緒不安定無茶振りオジサンだ。

そんなわけで、ジュタドールは魔法は当然使えないがオーデルハインの当主であることに変わりはない。
情緒不安定オジサンには修行と躾と言う名の虐待をされ、母親からは一切の愛情を向けられなくなった。
それに対して悪役令嬢は、大した魔法が使えなくても我儘を言っても食べ物を残しても怒られることはない。可愛らしい容姿も相俟って誰も彼女の我儘を咎めず。
正に愛された子。
血の繋がった兄妹であるはずなのにどうしてここまで待遇が違うのか。


ここら辺はジュタドールルートで読んだ。
バグで三回同じ文章が流れてくるのも相俟ってジュタがめちゃくちゃコンプレックス増し増し人間に見えた記憶がある。ある意味シスコンだな。
更に言うと悪役令嬢はジュタからも愛されて当然だと思っていた子なので、妹を拒めばどうなるか分かっていたジュタは内心のドロドロを隠して悪役令嬢を可愛がっていたのだ。

そんなことしてれば当然心は壊れていくわけで……。
ジュタドールは必ず発狂するというか闇落ちするというか、メンヘラorヤンデレみたいなことになる。
これはセーブデータを破壊されながらハッピーエンドもバッドエンドも迎えた俺だから言えるんだがハッピーエンドはクソだ。
キーンの時もクソだったからジュタドールの時は踏みとどまったけど、それにしたってクソ。ゴミだ。あんなのは。
ジュタドールのハッピーエンド、めっちゃ病むジュタドールにヒロインがグーパンして「死ぬとか殺すとか言うな! いい加減にしろ!」とまあぶちかます。鬱に理解がないbotかな?という気持ちになったわマジで。
でもそれで改心して、精神的に安定したジュタドールとヒロインは幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。になるんだ。

俺は「人間を舐めるな!」って叫んだよ。
全部がなあなあで終わったどころの話じゃない。何にも解決してないんだ。ジュタドールの環境、何一つ変わらないし。なんというかかなり可哀想だと思ったよ。
何がめでたいのか箇条書きにして提出して貰いたいと思ったのは初めてだ。
スタッフに希死念慮あるやつ居なかったんだろうか。居たらまだマシだったろうに。
打って変わってバッドエンドはまあ一緒に死ぬか一人で死ぬか全員死ぬか全員殺すか。こっちの方がまだマシな気がする。
縦スクロールで文字列が流れて、そういうことでバッドエンドでした!って出てくるクソ仕様だけど。
ジュタドールがエンド多い癖にバッドエンド全部そうやって終わらせてくるからなんて言えばいいのか分からない。


まあクソゲーの仕様は一旦どうでもいいとして。
問題は実際のジュタドール。つまり、兄上だ。
兄上は俺が女の子ではなく男の子、Qとして生まれた時点でクソゲーのジュタドールから乖離している。あの人は完全にゲームとは違う生い立ちになっている。
生い立ちが俺と完全に反転しているのが現実の兄上だ。
昔、俺がいらないからってあげた魔力で魔法も使えるから両親からすれば本当に天才で完璧な子になったんだと思う。

まあ、それに気付いたのは初めて女装した時にこの世界がクソゲーだと分かった時だけど。
……あの時、初めて自分が女じゃなくて良かったと思った。コンプレックス解消とまではいかなかったけど。

えっと、現実の兄上はちゃんと三人家族で仲睦まじく生活してるけどやっぱりちょいちょい束縛とか監禁欲求とか出るのはそういう性格だから仕方ないんだろうな。アレ、家庭環境関係ないんだな。

で、兄上が俺の事をどう思っているかと言ったら可哀想な子かな?可哀想な子だから自分が面倒見てあげないと可哀想とか?そういう。
母上のような父上のような存在だから兄上って呼んでた。
ちょっと兄にしては度が超えているけれど、まあ仕方ないかなって。

俺にとっても、ジュタドールは可哀想な子だから。お互い様なんだよ。全部。


なんだよ。
お前の兄、クソやべえなって?
それフリィシュも言ってた。俺もそう思うしよく分かってるよ。自覚もしてる。

……え?俺もクソやべえって?


「いやいや、アルルさんや。俺の何処がクソやべぇんだよ。普通でしょ。
人生二回目なんだから兄上のことを受け入れることくらい別にどうって事ないよ」
「あと十回くらい人生をやり直したらどうだ?」

アルルは心底疲れたとばかりに頭を抱えた。コーヒー淹れたげようか?
「あ。でも俺最近ココア淹れるのに凝ってるからココアでもいい?」
「ハーブティ」
「ルエリア様の好きな飲み物がココアでさ。俺は前世の習慣でココアの粉は練るタイプなんだけどどう思う?」
「ハーブティを出せ」
「あれって味変わるのかな」
「ハーブティを! 出せ!!」
「ないね」
アルル、申し訳ないけどうちにハーブティなんて丁寧な暮らしをする人が飲むようなものあるわけないじゃん。







ーーー以下、場面切替ーーー


ガチャッガチャッと意味を持たない音が空気に呑み込まれる。
抵抗は許されない。
拒絶も許されない。
逃げることは許されない。
「……兄上、」
「ん? どうしたの?」
ジュタドールがニコニコと代わり映えのしない微笑みを向けて来る。
ここでもし、解放してくれと涙を流しても。
此処ではなく居場所ができたからそこに戻りたいのだと叫んでも、この男はニコニコしながら『そうだね、可哀想に』と慰めてくるのだろう。
「……どうしても、ダメなんですね」
抵抗をやめてポツリと吐き出せば、何の話だと問うことはせずにジュタドールは口元だけニコリとさせて答える。
「当たり前でしょ?」
ああ、くそ。
どうしようもない。どうにもならない。
やっぱり。この兄弟はどうにもならない。
どうしようもなく、ムカつく程に。
そういうところが、本当に

「前世のオレの母親そっくり」
「……は?」

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