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幼少期の章

初恋はクソゲー

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キーンが呼んだ教師が来るまでの三日間、俺はキーンにお願いされてルエリア様の視線をそらすために庭巡りをしていたのだがそれが日課になってしまって一週間になる。
流石にルエリア様の邪魔になるだろうから二日目は遠慮していたけれど、
薔薇園は誕生日パーティーに入ったことがあるけれどあれは一部に過ぎないと聞かされて何も考えずに「そうなんですか?」と普通の相槌を打った次の日には日課になっていた。
おかしいな、クソ雑魚世界の強制力くんにどうこうされたわけではないはずなのに。
お祓い行きたい。寺生まれのイニシャルTと会って俺の中の悪役令嬢的な強制力を破してもらいたい。

そんなわけで奇妙な気持ちで過ごした一週間。
最初の三日以降は俺も勉強をしなければいけなくなったので空いた時間にめぐっていたのだけれど、なんとまだ庭を見終わっていない。
王城なだけあって庭も広いのはわかるけど限度があるだろ。
ちなみにキーン様にその話をしたら「あんなもの半日もあれば周りきるだろ」とドン引きされた。
しかしよく考えてみて欲しい、ルエリア様と一緒なのだ。
あのお方は流石に花の一輪一輪に足を止めてじっくり眺めているわけではないが、それに近い。
あと俺とぽつぽつ会話をしながらだから余計ゆっくりとした時間が過ぎている。

キーンは割とせっかちで早口早歩き早食いの三拍子がそろっているから、マイペースでスローペースのゆったりルエリア様とは恐らく根本的に合わないんだろうなぁとこの一週間で確信した。
結構前にキーンが自分をルエリア様が嫌っているに違いないと言っていたけれど、とんだ被害妄想な気がする。
確かにルエリア様はキーンのことをじっと見つめる節があるけれど、何を話そうか考えているだけだし。
考えながら口に出さなくてもいいかという結論を頭の中で出しているのだろうなと思った。

そんなことを、本日の勉強が終わってからキーンに言ってみたら凄い目を向けられた。

こんな可愛い子によくそんな怖い目向けられたな。
俺だって好きで兄弟仲の取り持ちをしているわけじゃない。
よその兄弟にとやかく言えるような兄弟関係じゃないし。
うちは共依存だからな。一般的にはどうにかするべきなんだろうけど、別にそのままでもいいと思うのでそのままにしているだけだからな。そういうところだぞ、俺。

「俺、5歳の時王族に迎え入れられたって言ったろ」
「そんな過去の話を持ち出されましても。当時第一王子は7歳のはずですよね? 7歳の言った言葉ですよ?」
「7歳に言われたなぁ、家族四人だって揃って顔見合わせたときに『いつの間に母様は弟を生んでいたのですか?』ってな」
「……うわ、」
それは……ちょっと、うん。
子供に気を遣えとか空気を読めとかそういうのは無理だってわかってはいるけど。
「俺が、気を遣うだろ……ピンポイントで俺が困ること言いやがった。滅茶苦茶やばいこと言いだしやがったなこいつ。俺のこと嫌いなのか? 嫌いなんだな? と思ってそれ以来もう苦手だ」
「それは被害妄想でございます」
単純に気になったから何も考えずに口に出したんでしょうね。
と言っても無駄そうなので黙ることにした。
俺は自分の容姿にしか確固たる自信がないからそれ以外に対して卑屈だけど、キーンはそれの上を行くな。いや、周りが楽観的というか気にしなさすぎだからキーンが浮いているだけだなこれは。

「そもそもあの人を苦手じゃない方が異常なくらいだろ。お前も苦手だろ? なあ」
「護衛の方を困らせないで差し上げて」
「はいー、遠目で見る分にはいいんですけど。殿下の護衛はちょっと……」
「あなたも素直に答えないでくださる?」
王族です。相手は。王子なんです。しかも第一王子で?キーン様は絶対に王になりたくないともくればほぼほぼ未来の王様で確定なんです。彼。
「つーかお前、今日の分終わったんならさっさと行けよ」
「婚約者殿、今日もお勤めよろしくお願いしあーす!」
「キーン様もあなたも、私のとことなんだと思っていらっしゃるのでしょうか……聞きたくないので言わなくてもいいですが」
「生贄だ」
「聞きたくないと! 言ったはずですが!?」

わかったわかったと手をひらひらさせるキーンにジト目を向けて、俺は庭に向かった。

そう。日課だ。
「お待たせいたしましたルエリア様」
「……こんにちは」
「こんにちは。今回はどちらにしますか?」
「右に」
どこやねん。
少し歩くと、ユリが見えた。今回はユリか。

俺は朝昼夕と庭をルエリア様と徘徊する。
何故一日三回なのかというと、昼に白いつつじを見ていた時に「朝も美しい」と言われて「そうなんですね」と至極真っ当な返答をしたら朝も誘われるようになり。
夕方も夕日に照らされてまた違う印象になるんだろうね、何かを言われることなく夕方も誘われるようになった。
ちなみに誘われているって言っても、いつにも増してじぃっと見られるだけだ。キーンが。
一応これでもルエリア様ではなく、キーンの婚約者候補なのでこんなにルエリア様を構っててもいいの?不貞だと思われない?とキーンに言ったら鼻で笑われた。
陛下と后妃様からは息子をよろしくお願いしますと言われた。どっちの息子やねん。どっちもか。

というわけで気にしなくてもいいらしい。
そしてキーン曰く『俺がお前を男なんてことにも気付かずに一目惚れしたから、俺を傷付かせないようにってことで先にあの陛下たちが言って口裏合わせてるだろ。第一王子は空気読まずに気付いたらすぐに言ってくるだろうからよ』とのことだ。
その時は、だよな。ルエリア様がかわいいかわいい俺が男だとわかる確率は限りなく低いとは思うけれど、男だと思ったらそこがパーティー中だろうと口に出しているだろうな。
それならあらかじめバレている方がいいな。
と、思っていたのだが。

「……段差だが」
「段差ですわ」
「…………触れても、いいものだろうか……?」
「……はい?」
「その、そなたはキーンの婚約者だ」
「ええ候補ですが。はい」
「ちいさな段差だが……危ない」
「確かに気付かなければつまずいていたやもしれません」
「……」
「……段差はあらかじめ言ってくだされば大丈夫ですので」
「そうか」
「……転んだら、支えてくださりますか?」
「! ああ、勿論」

はい。ちょっとここでストップ。
会話がへたくそなのはいつものことなのでスルーしておいて下さい。

めっっっちゃ女の子として扱っていません?
しかもキーンの婚約者だから触れるの大丈夫なのか思案してる辺り、これはもう完全に俺を女性として気を使っていらっしゃる気がするのは気の所為だろうか。
気の所為ではない気がする。
とてつもなく嫌な予感がする。
知らないのでは?これ。
俺が男の娘だと知らないのでは?
いやでも男の娘だと分かった上でエスコートしてるかもしれない。その可能性もある。
チラりと隣でユリを見ているルエリア様を覗き見る。うーん、この顔は何も考えていなさそうだ。

……き、聞いてみる?
「あの……」
いやでもなんて聞くのこれ。
私が男の娘だって知ってますか?とかどうやって日常会話の中で自然に聞くことができるんだろうか。
「……?」
「……なんでもない……です」
だめだ。
一緒に小首を傾げることしか出来なかった。俺はなんて無力なんだ。
いやでもここで突然俺自身のデリケートな話題出してきたらルエリア様ビックリしちゃうだろうし。
いつもはルエリア様がデリケートな話題に踏み込んで来るけども。

そうだ。
何もルエリア様に聞く必要は無い。キーンに問い詰めれば良いことだ。今はこのデートを楽し……デートじゃないから。
デートじゃないんだよ。
願望が足どころか全身出してくるんじゃないよ、俺。
違う。これは違うんです。
もう絶対クソゲーくんの強制力のせいですね。
俺がルエリア様に惹かれるのは絶対クソゲーくんの強制力のせいですね。絶対そうです。
そうに決まってる。落ち着け、落ち着いてユリの花の匂いをかごう。
いい香りだ。
まさか前世でジャンケンに負けて花屋に職場体験したことがあるくらいしか花に縁がなかった俺がこんなに花を見る時が来るとは。

「……ユリが好きなのか?」
「……いえ?」
「? では、何の花が?」
「花はこれと言って……花が好きなのはルエリア様でしょう?」
「……そうだが……」
んん?
心無しかルエリア様がしょんぼりしている気がする。
「……つまらないだろう」
「いいえ?」
「……? 花は好きではないのだろう」
んん?気にしている、のか?
「楽しいので大丈夫ですよ?」
「……?」
「私は、ルエリア様と花を見て回るのが好きですから。毎日とても楽しいです。大丈夫ですよ」
「……そう、か」
あ。ちょっと笑った。
……ま。いっか。
これはデートじゃないし、ルエリア様が俺が男の娘だと知らないかもしれないけど。
景色は綺麗で花は美しくて、俺は可愛くてルエリア様は愛らしい。
なんでかずっとルエリア様が俺から目線を離してくれないけど、うん。
まあ考えるのをやめて今を楽しもう。
花を見よう、花を。

ユリと一概に言っても種類はたくさんあるようで、2Pカラーのようにただ色が違うだけではないらしい。
あと、香りも少し違うような……?
うん。花はやっぱりよくわからないな。綺麗ということしかわからない。
俺がかわいいから花が似合うのはよく分かるけど。

そんな俺をしばらく見ていたルエリア様がようやく俺から目を離して、先程まで見ていたユリを指さした。

「このユリはオトメユリという」
「オトメユリ、にございますか」
めちゃくちゃ日本じゃん。
まあクソゲーだから普通にどことない日本感はあるのは分かるけど。
「他とはどう違」
「そなたのような花だなと」
「…………お、え、私……?」

「可愛らしい」

ぺたりと自分の頬を触る。ああ、大丈夫だった。
顔から火が出たかと、思った。
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